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白取千夏雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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白取 千夏雄(しらとり ちかお、1965年 - )は、日本の漫画編集者。妻は漫画家のやまだ紫。元『ガロ』副編集長。元京都精華大学講師。

経歴

1965年北海道函館市宝来町生まれ。1980年代中頃に青林堂に入社し長井勝一に師事する。ガロ時代は古屋兎丸などを発掘。

1997年、青林堂から親会社ツァイトに移籍。山中社長体制下のガロにおいて、ガロ副編集長兼デジタルガロ編集長を勤めるなど、ガロ・青林堂において積極的にデジタル路線・サブカル路線を進めるが、それがガロの手塚能理子編集長らの反発を招き、青林堂の分裂とガロの休刊を招く結果となる。

ガロの休刊・おより青林堂の分裂騒動においては、手塚をはじめとする殆どの社員が退社し、青林工藝舎を設立した後も青林堂に残り、ほとんど一人で残務処理に当たった。その後、新社員を集めてガロを復刊させるが、蟹江幹彦体制下の青林堂においてガロは再び休刊となり、白取も青林堂を退社。

2005年に白血病の宣告を受ける。

2007年より夫婦で京都に移住。2008年より京都精華大学講師を務める。また、日本ジャーナリスト専門学校講師に就任したが、病状の悪化に伴い休職。

あまりにもひどいエロ劇画を紹介するwebサイト「このマンガがひどい!」を主宰するエロ劇画評論家の劇画狼が編集者としての弟子にあたり、2012年より劇画狼の「おおかみ書房」レーベルに協力する形で、三条友美中川ホメオパシーといった作家のマニアックな作品を世に送り出している。

2017年現在も病気療養中。

人物

  • 青林工藝舎を率いる手塚能理子とともに、青林堂の系譜を受け継ぐ人物。ただし青林堂の分裂騒動の経緯から手塚とはわだかまりがあるため、「青林工藝舎が青林堂の後継者である」という見方には否定的。
  • ガロ時代は古屋兎丸などを担当し、古谷の作品『パレポリ』にも作中に白取が登場する。白取が制作した『パレポリ』の初版本はあまりに豪華すぎたため、一冊売るたびに赤字になったという経緯が再販本で語られている[1]。古屋兎丸が『ガロ』を離れて売れっ子になってからも、「永久担当」と呼ばれるほど信を置かれている。
  • 山中元社長ともわだかまりがあったが、2014年に京都で顔を合わせ、和解した。

外部リンク

参照

  1. ^ 『パレポリ』(青林堂、1996)、表1