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坊つちやん

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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坊つちやん』(ぼっちゃん)は、夏目漱石中編小説1906年、「ホトトギス」に発表。のち『鶉籠』(春陽堂刊)に収録された。

作者の松山での教師体験をもとに、江戸っ子気質の教師が正義感に駆られて活躍するさまを描く。漱石の作品中、最も多くの人に愛読されている。


注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。


あらすじ

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている「坊っちゃん」は、東京の物理学校を卒業後、最愛の清(きよ)とも別れて、はるばる四国は松山に、旧制中学校の教師として やって来た。

そこで彼が出会うのは、西洋かぶれの教頭や、その腰巾着で きどったなりの画学教師、叡山の悪僧と云うべき面がまえの上司、いたずら好きの生徒たち… 城下町の学校に集っていたのは、食えない連中ばかり。

素直な江戸っ子の 坊ちゃんは、何をするにも窮屈だ。

坊っちゃんの運命は、いかに…

登場人物

坊っちゃん
この物語の主人公。直情径行な性格の持ち主。およそ物事に悩んだり迷ったりすることがないのは長所でもあるが、いささか度が過ぎるところがある。成り行きで在学していた東京の物理学校に来た求人を受け、松山の中学校で数学教師になる。主人公を「坊っちゃん」と呼ぶのは、彼を溺愛する「清」だけ。
清(きよ)
坊っちゃんの家の下女を長年勤めてきた老婆。明治維新で零落した身分のある家の出。親からも疎んじられていた坊っちゃんが、大のお気に入りである。善良だが世間知らず。
山嵐
数学教師。主任を務めるので 坊ちゃんの直属の上司にあたる。正義感の強い真っ直ぐな性格。坊ちゃんよりも はるかに常識のある好人物。生徒にも人気があるらしい。坊っちゃんとは当初、行き違いから険悪な中になるのだが…。名字は堀田。
赤シャツ
教頭。大学出の文学士であることからも、坊ちゃんよりもヒエラルキー的に上であるといえる人物。夏でも赤いフランネルのシャツを着るなど、服装に妙なこだわりがある。女性のようなやさしい声で話す。持ってまわした物の言い方などが、坊っちゃんの癇に障る。色々な意味で坊ちゃんの天敵
野だいこ
画学教師。赤シャツのお気に入りで得をしている。公私ともにわたって徹底した太鼓持ちぶりな姿を恥じることがない。名字は吉川。
うらなり
英語教師。お人よしで気弱な性格。坊ちゃんは彼に(一方的に)肩入れすることになる。名字は古賀。
マドンナ
うらなりの婚約者だった令嬢。赤シャツと交際している。坊っちゃん曰く、「水晶の珠を香水で暖ためて、掌へ握ってみたような心持ち」の美人。名字は遠山。
坊っちゃんの学校の校長。事なかれ主義の優柔不断な人物。

作品解説

作者が、高等師範学校(後の東京高等師範学校)英語嘱託となって赴任を命ぜられ、愛媛県尋常中学(現在の松山東高校)で1895年4月から教鞭をとり、1896年4月に熊本の第五高等学校へ赴任するまでの体験を下敷きに、後年書いた小説である。

主人公は東京の物理学校(現・東京理科大学)を卒業したばかりの江戸っ子気質で血気盛んで無鉄砲な新任教師である。人物描写が滑稽で、わんぱく坊主のいたずらあり、悪口雑言あり、暴力沙汰あり、痴情のもつれあり、義理人情ありと、他の漱石作品と比べて大衆的なため、より広く愛読されている。

それ故、青少年への読書課題にも、よく選出され、しばしば、映画やテレビドラマの原作としても取り上げられている(登場人物のキャラクターなど、その後の日本の学園ドラマの原点とも言える)。高度な文学性を備え、読み手の力量が問われる作品でもある。主人公のモデルは漱石自身かと考えられる事もあるが、漱石自身は中学校で唯一人の「文学士」であった。『私の個人主義』には、次のように書いている。

「当時その中学に文学士と云ったら私一人なのですから、もし「坊ちゃん」の中の人物を一々実在のものと認めるならば、赤シャツはすなわちこういう私の事にならなければならんので、――はなはだありがたい仕合せと申上げたいような訳になります。」『現代日本の開花』には、「現代日本の開化は皮相上滑(うわすべ)りの開化であると云う事に帰着するのである。」と書き、(「上滑り」は漱石が作った言葉)漱石は当初、人生に対して余裕を持ってのぞむ『余裕派』と言われていたが、実際は、文明開化により急速に流れ込む圧倒的な西洋文明の中で、「上滑り」に苦しんでいた。

これらの他の作品から、『坊っちゃん』では、それぞれ、坊っちゃんは従来の日本の象徴、赤シャツは西洋かぶれの象徴として、その葛藤を描いていると言われる。当然、『坊っちゃん』は、決して、単純な勧善懲悪の物語などではなく、現に、善玉たる坊っちゃん達は、悪玉たる赤シャツ達に勝利してはいない。何故なら、うらなりの左遷を防いだ訳でもなければ、山嵐の濡れ衣を晴らしたり復職を勝ち取った訳でもなく、むしろ、邪魔者である坊っちゃん達が去った後の中学校における赤シャツ達の立場は安泰であろう。故に、『坊っちゃん』は、むしろ、敗北と挫折の物語と言える。だが、漱石の独特なリズムとテンポに満ちた文体の魅力によって、読者は深い感銘に満ちた爽やかな読後感を得る事が出来る。だからこそ、所詮、敗残者が一矢報いたに過ぎぬ赤シャツ達に対するリンチ事件が痛快無比な悪人退治に感ぜられるのである。

福武文庫発行の『児童文学名作全集1』のあとがきで、作家の井上ひさしは、『坊っちゃん』の映像化が、ことごとく失敗に終わっているとする個人的見解を述べ、その理由として、『坊っちゃん』が、徹頭徹尾、文章の面白さにより築かれた物語であると主張している。

また、主人公が帰京後に「街鉄の技手となった」ことが、読者の側から「落ちぶれて市井の人になった」と解釈されることが多い。だが、この「東京市街鉄道」は明治26年に開通したばかりの当時の最先端の交通機関であり、その技手(エンジニア)ということであれば「物理学校」卒業の主人公としてはふさわしい職業である。(給料は25円で、教員時代の40円には及ばないが、十分な額である。)

「坊っちゃん」の表記

「坊っちゃん」のタイトルは「坊ちゃん」と誤って書かれることがある。初期の書籍を見ると、「つ」付きとなしとが混在している。作者である漱石自身も表記は一貫していなかったとされる。ただ、原稿(複製)を見ると、確かに「つ」付きとなっている。校正の段階で編集者が統一したという説がある。なお、漱石が高浜虚子に宛てた手紙の中では「坊チやン」と書かれている。

関連作品

小説

映画

テレビドラマ

舞台・ミュージカル

漱石の日常と「坊っちゃん」の世界が二重構造で展開されるミュージカル。1993年1995年2000年2007年に再演。2000年公演時の坊ちゃん役は中村繁之

アニメ

当時フジテレビで放送されていた『日生ファミリースペシャル』の中の一作品として放送される。マドンナは登場するが、台詞が一切無い。
日本テレビで放送された青春アニメ全集の中の1作品として放送された。

マンガ

パロディ

  • アニメ『ヤッターマン』の第103話「シッパイツァーだコロン」(1978年12月23日放送)では、ゾロメカが坊っちゃん仕立てとなっている。ヤッターマン側がカボッチャン(カボチャ+坊っちゃん)・イモアラシ(イモ+山嵐)、ドロンボー側がアカシャツノカブ(赤シャツ+カブ)・ノダイコン(野だいこ+ダイコン)・プリマドンナ。
  • 柳広司が、坊っちゃんが再び松山に渡り、赤シャツの首吊り自殺の真相究明に乗り出す、という『贋作「坊っちゃん」殺人事件』と言う小説を発表している。

「坊っちゃん」を付けた施設・商品等

作品中では舞台は「四国」としか表現されてないが、漱石の体験から推測することにより松山が舞台となっていると考えられる。市内及びその周辺部には「坊っちゃん」や「マドンナ」を冠した物件等が多数存在する。代表的なものは下記に示すとおりである。

その他、商品名、店舗名に「坊っちゃん」冠したものがある。なお、「坊ちゃん」と「っ」抜きで誤って表記されているものも散見される。

関連項目

  • 粟飴 - 作中では「越後の笹飴」として登場する。
  • 伊予弁 - 「なもしと菜飯は違うぞな、もし」など誇張された松山の方言が登場する。

外部リンク