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大川市立大川中学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大川市立大川中学校
地図北緯33度12分41秒 東経130度23分18秒 / 北緯33.211508度 東経130.388222度 / 33.211508; 130.388222座標: 北緯33度12分41秒 東経130度23分18秒 / 北緯33.211508度 東経130.388222度 / 33.211508; 130.388222
過去の名称 大川町立大川中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大川市
学区 大川小学校校区
宮前小学校
校訓 自律・自学・自主
設立年月日 1947年昭和22年)4月1日
閉校年月日 2020年令和2年)3月31日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 3学年
学期 3学期制
所在地 820-0053
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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大川市立大川中学校(おおかわしりつおおかわちゅうがっこう)は、福岡県大川市酒見にあった公立中学校

大川市役所から約1kmの地点に位置していた(徒歩で約13分)。

2020年令和2年)3月末をもって閉校し、大川市立大川南中学校との統合により、大川市立大川小学校敷地内に大川市立大川桐英中学校が新設された[1]

概要

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歴史
1947年昭和22年)の学制改革により、新制中学校として発足。現校名になったのは1954年(昭和29年)。2020年(令和2年)3月末をもって閉校し、73年の歴史に幕を下ろした。校舎等は2023年(令和5年)までに解体され、跡地は整地の上、更地となっている。
校訓
「自律・自学・自主」
校章
中央には校名の「大」と「川」の文字を図案化したものを円状にして組み合わせ、「中」の文字を囲んだ形となっている。
校歌
作詞は八波則吉、作曲は森脇憲三による。
通学区域

沿革

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  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革が行われる(六・三制の実施)。
  • 1949年(昭和24年)- 中学校の独立校舎が完成し、移転を完了。加えて、大川町立大川小学校に「第一分校」、福岡県立大川高等学校に「第二分校」を設置。
  • 1950年(昭和25年)- 独立校舎の増築が完了し、全学年を収容。上記の分校を廃止。
  • 1951年(昭和26年)11月 - 第三期工事(技術室など)が完了。
  • 1953年(昭和28年)
    • 2月 - 第四期工事(理科室など)が完了。
    • 8月 - 運動場の整地を完了。
  • 1954年
    • 4月1日 -市町村合併による市制施行で大川市が発足。これにより、「大川市立大川中学校」に改称。
    • 10月 - 講堂体育館が完成。
  • 1956年(昭和31年)- 西側の校門に続く道路が完成。
  • 1957年(昭和32年)
    • 2月 - 家庭科教室が完成。
    • 10月 - プールが完成。
  • 1958年(昭和33年)5月 - 正門に続く道路が完成。
  • 1960年(昭和35年)12月 - 福岡県道徳教育研究発表会の会場校となる。
  • 1962年(昭和37年)4月 - 4教室を増築。
  • 1963年(昭和38年)4月 - 特殊学級を新設。
  • 1964年(昭和39年)2月 - 創立15周年記念事業で独立図書館(後の卓球場)が完成。
  • 1971年(昭和46年)4月 - 鉄筋コンクリート造2階建ての新校舎が完成。
  • 2015年(平成27年)11月 - プール南側の相撲場を解体。
  • 2020年(令和2年)
    • 3月24日 - 大川市役所で中学校4校合同の閉校式を挙行。
    • 3月31日 - 閉校。

委員会

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  • 代表委員会
  • 保健体育給食委員会
  • 生活安全委員会
  • 環境委員会
  • 図書委員会

部活動

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運動部
文化部

著名人

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交通

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最寄りの鉄道駅

周辺

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脚注

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参考資料

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  • 「大川市誌」(1977年(昭和52年)12月21日発行, 大川市)p.1279~ 教育・文化

関連項目

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座標: 北緯33度12分41.429秒 東経130度23分17.599秒