港川人
港川人(みなとがわじん、Minatogawa man)は、約20000~22000年前に日本列島南西部の沖縄諸島(現在の沖縄県)に存在していたとされている人類である[1]。
概要
[編集]1967年(昭和42年)、アマチュア考古学研究家の大山盛保が、沖縄県島尻郡具志頭村港川(現在の八重瀬町字長毛)の海岸に近い石切場にある裂罅(れっか。割れ目のことで、英語では"fissure"(フィッシャー))で、多数のイノシシの化石を発掘(港川遺跡)。翌1968年(昭和43年)1月には断片的な人骨を発見した。
大山はさらに発掘を続け、1970年(昭和45年)8月から12月にかけて、4体(男性1体、女性3体)の全身骨格(港川人骨)を発見。東京大学の鈴木尚により同定が行われた[2][3][4][5]。この人骨は約2万年前~2万2千年前のものとされ、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で約2万7千年前の人骨が発見される[6][7]まで、日本列島で発見され、全身骨格の形で残っている人骨の中で、最も古いものであった[1]。
4体の港川人骨の身長は、男性で約155センチメートル[8]、女性は144センチメートルと小柄で、下半身は筋肉質のしっかりとした体型だったが、上半身は華奢で肩や腕の力は弱く、握力と咀嚼力は強かったことが骨から読み取れるという[9][10]。骨内部のレントゲン調査では「ハリス線」と呼ばれる病気や栄養不足による成長阻害によって生じる筋状の痕跡が見られ、生活環境が厳しかった可能性が指摘されている[11][12]。
縄文人との関係
[編集]かつて港川人は縄文人の祖先ではないかと考えられてきた[13]。
しかし、国立科学博物館等の研究チームが2009年(平成21年)に発表した分析結果によれば、港川人の顔立ちは、現在の人類では、オーストラリア先住民やニューギニアの集団に近いという。国立科学博物館研究主幹(当時)の海部陽介は、港川人は日本列島本土の縄文人とは異なる集団で、5万~1万年前の東南アジアやオーストラリアに広く分布していた集団から由来した可能性が高いと述べている。そして、その後に、農耕文化を持った人たちが東南アジアに広がり、港川人のような集団はオーストラリアなどに限定されたと考えられるとしている[4][5][14]。
2021年(令和3年)には、男性人骨(港川1号)のミトコンドリアDNAの全塩基配列の解読が完了し、港川人はハプログループMの基盤的な系統に位置しており、現代の日本人や縄文人、弥生人に多く見られる祖先型の遺伝子を持つものの、そのいずれとも特徴が異なっていることが分かった。港川人は縄文人、弥生人、現代人の直接の先祖でなく、共通の祖先から枝分かれしたと考えられるという[15][16][17][18][19]。
沖縄の古代人骨
[編集]沖縄の古代人骨としては、1968年(昭和43年)に那覇市山下町の山下町第一洞穴遺跡から発見された約3万2000年前の旧石器時代の化石人骨(山下洞人)が知られている。また、全身骨格としては、石垣市の白保竿根田原洞穴遺跡から発見された数体の全身骨格のうちのひとつについて、沖縄県教育委員会は2017年(平成29年)に港川人より5千年古い約2万7千年前のものであると発表している[6][7]。
港川遺跡から約1.5kmの距離にある南城市のサキタリ洞遺跡では、2014年(平成26年)に少なくとも9000年以上前の人骨が発掘されており、調査が行われるとともに、港川人との関係等についての研究が進められている[1][20]。
展示
[編集]沖縄県立博物館・美術館は「港川人復元模型」や頭骨の複製等を所蔵している[21][22]。また、遺跡が所在する八重瀬町にある八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館には、常設展示の1つとして港川人コーナーが設けられており、全身骨格のレプリカやこれまでの研究成果が紹介されている[2][23]。
脚注
[編集]- ^ a b c 本田寛成 (2015年1月27日). “歴史的発見相次ぐ 日本人の起源論争にも波及 歴史新発見 沖縄県南城市のサキタリ洞遺跡”. 日本経済新聞. オリジナルの2015年1月28日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b “港川遺跡”. 日本列島の旧石器時代遺跡. 日本旧石器学会. 2023年4月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月1日閲覧。
- ^ 馬場悠男. “動く大地とその生物 哺乳類 人類 35 港川人1号人骨”. 動く大地とその生物. 2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月1日閲覧。
- ^ a b 渡辺延志 (2010年6月28日). “港川人、縄文人と似ず 顔立ち復元、独自の集団か”. 朝日新聞. オリジナルの2010年7月1日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b 山城祐樹 (2009年10月9日). “【教えてニュース塾】港川人 縄文人と別起源”. 琉球新報. オリジナルの2015年12月23日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b “旧石器時代 人骨19人分確認、世界最大級 沖縄・石垣島”. 毎日新聞. (2017年5月19日). オリジナルの2017年5月19日時点におけるアーカイブ。 2018年7月20日閲覧。
- ^ a b “世界最大の旧石器時代遺跡 石垣白保遺跡 墓としては国内初”. 琉球新報. (2017年5月19日). オリジナルの2017年5月19日時点におけるアーカイブ。 2018年7月20日閲覧。
- ^ 埴原和郎「特別寄稿 二重構造モデル: 日本人集団の形成に関わる一仮説」『Anthropol. Sci. 人類誌』第102巻第5号、1994年、455-477頁、doi:10.1537/ase.102.455、2015年12月23日閲覧。
- ^ 安里進『沖縄県の歴史』山川出版社、2004年、21頁。
- ^ 馬場 悠男 (2020年). “幻の明石原人から実在の港川人まで”. 学術の動向 25 (2): pp. 2_34-2_37. doi:10.5363/tits.25.2_34
- ^ 堤 2009, pp. 16–18.
- ^ “旧石器時代の沖縄/”. 沖縄県教育委員会 (2023年3月13日). 2023年3月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月1日閲覧。
- ^ Hisao BABA; Shuichiro NARASAKI (1991). “Minatogawa Man, the Oldest Type of Modern Homo sapiens in East Asia”. 第四紀研究(The Quaternary Research) 30 (2): 221-230. doi:10.4116/jaqua.30.221 2015年12月23日閲覧。.
- ^ “ハイビジョン特集 私たちはどこから来たのか ~日本列島人の起源に迫る~ - NHK名作選(動画・静止画)”. NHKアーカイブス. NHK. 2023年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月1日閲覧。
- ^ Fuzuki Mizuno; Jun Gojobori, Masahiko Kumagai, Hisao Baba, Yasuhiro Taniguchi, Osamu Kondo, Masami Matsushita, Takayuki Matsushita, Fumihiko Matsuda, Koichiro Higasa, Michiko Hayashi, Li Wang, Kunihiko Kurosaki, Shintaroh Ueda (2021-06-13). “Population dynamics in the Japanese Archipelago since the Pleistocene revealed by the complete mitochondrial genome sequences”. Scientific Reports 11 (12018). doi:10.1038/s41598-021-91357-2 .
- ^ 石倉徹也 (2021年6月13日). “日本人の祖先は「港川人」? 旧石器時代、DNAで解析”. 朝日新聞. オリジナルの2021年6月13日時点におけるアーカイブ。
- ^ “旧石器時代の「港川人」、現代日本人と直接つながらず…DNA分析「ルーツ論争」に一石”. 読売新聞. (2021年6月14日). オリジナルの2021年6月13日時点におけるアーカイブ。
- ^ “50年前に沖縄で発見された「港川人」、日本人の多様性を示す「広義の祖先」”. 沖縄タイムス. (2021年6月15日). オリジナルの2021年6月14日時点におけるアーカイブ。
- ^ “この1年:文化財 日本人の起源論に衝撃”. 毎日新聞. (2021年12月6日). オリジナルの2021年12月6日時点におけるアーカイブ。
- ^ “サキタリ洞人の発見”. 沖縄県立博物館・美術館. 2020年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年12月25日閲覧。
- ^ “港川人復元模型(2014年作成)”. 沖縄県立博物館・美術館. 2023年6月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月1日閲覧。
- ^ “学芸員コラム 港川人(新型)”. 沖縄県立博物館・美術館. 2023年3月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月24日閲覧。
- ^ “八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館”. 八重瀬町. 2022年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月1日閲覧。
参考文献
[編集]- 堤, 隆『ビジュアル版・旧石器時代ガイドブック』新泉社〈シリーズ「遺跡を学ぶ」別冊第2巻〉、2009年8月25日。ISBN 9784787709301。