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石油流出

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
油流出事故から転送)
原油流出後の海岸

石油流出(せきゆりゅうしゅつ)、または油流出(あぶらりゅうしゅつ)は、液体の石油系炭化水素が人為的に自然環境に流出することをいい、しばしば海への流出を指す。液体の石油系炭化水素とは石油ガソリン軽油といった生成された石油製品のほか、副産物、舶用燃料油、廃油、廃油混合油など様々なものを含む(以下、石油と表記)。流出した石油を除去するには数か月ないし数年を要する[1]。流出した石油は海洋環境に悪影響を及ぼす。石油による人為的な汚染のほとんどは人間の陸上での活動によるものであるが、世間の関心や規制が最も向けられるのは石油タンカーに対してである。

環境への影響

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原油流出により汚染されたアラナミキンクロ

生物への影響には物理的なものと化学的なものとがあり、前者の例としては窒息、後者の例としては有毒成分による作用が挙げられる。有毒成分は気化することが多く、致死的な濃度の有毒成分による被害よりも低濃度の有毒成分が累積することによって影響を被ることのほうが多い[2]

石油が鳥の羽に付着すると、羽がもつ保温能力が低下し、気温の変化に適応したり水中で浮力を得ることが困難となる。さらに、捕食したり捕食者から逃れる能力が奪われる。石油で汚染された鳥が毛繕いをしようとすると、羽毛を覆う油を摂取してしまうこととなり、そのことにより腎臓肝臓の機能が損なわれ、消化器に炎症を引き起こす。これら臓器へのダメージと捕食能力の低下により、鳥は脱水と代謝不均衡に陥る。ホルモンバランスの異常に見舞われることもある[3]。流出した石油に汚染された鳥のほとんどは、人間が汚染を除去したり治療を施したりしない限り死んでしまう[4][5]。海洋哺乳類は海鳥と同様の影響を被る。ラッコ鰭脚類の体毛が石油で覆われると保温能力が損なわれて体温が安定しなくなり、低体温症に陥る。水面が石油で覆われることで水中に降り注ぐ日光の量が減少し、海洋植物植物プランクトン光合成量が減少する。このように動植物の活動量がともに減少することで、食物連鎖に悪影響が及ぶことになる。

人間の社会生活への影響

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沿岸部が行楽地である場合、比較的短期間ではあるが行楽活動に悪影響を及ぼす。取水口から石油をとりこむことで工場などの施設の操業に支障をきたすこともある。水産物の味や臭いに影響が出て食べられなくなることもあり、さらに実際に影響が出ていない場合でも風評被害が発生することもある[2]

石油の除去と回復

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エクソンバルディーズ号原油流出事故での除去作業の様子
2009年に発生したモンタラ原油流出事故の航空写真
1978年、ブルターニュ半島沖で座礁したアモコ・カディス

流出した石油はしばしば分解されることなく拡散し、水底に沈殿する。石油の流出による影響から環境を回復させることは困難であり、その成否は流出した石油の種類、水温(水温が高いと蒸発する種類の石油もある)、石油が漂着した岸の形態など、様々な要因に左右される[6]

除去の手段には以下のようなものがある。

  • 吸着マット - 水に浮かび石油を吸着する。ロール型やシート型など様々な形状のものがある。素材はポリプロピレンなど[7][8]。粘り気の少ない石油に対し有効で、水分を含んだ状態で使用すると吸着率が増す[9]
  • オイルフェンスcontainment boom) - 流出した石油を集めるために使う。シート型の吸着マットを使用する場合には回収を確実にするためにオイルフェンスを組み合わせる必要がある[8]
  • 油回収ネット - 吸着マットを詰めた網[8][9]
  • 油処理剤(流出油乳化分散剤) - 石油を乳化し、水中に分散させるための薬剤。初期の薬剤は毒性が強く二次的な被害を引き起こしたが、改善が進んでいる。なお、揮発性の低い重質油は時間の経過とともに「固めのグリース状」に変性する(ムース化)が、ムース化した石油に対しては油処理剤が効果を発揮しない[10]。油処理剤を使用する際には、油よりも先に水に触れないようにする、油吸着ネットと併用しないようにするなどの注意が必要である[9]
  • ゲル化剤 - 石油を凝固させる薬剤。石油の気化を防ぐ効果もある[9]
  • バイオレメディエーション - 微生物[11]生物剤英語版[12]の使用による分解・除去。
  • 上記バイオレメディエーションを促進する薬剤の使用。
  • 燃焼 - 適切に燃焼させることができれば、水中の石油を減少させることができる[13](ただし大気汚染を引き起こす[14])。
  • 汲みとり - 柄杓、油回収枠などを使って汲みとる[8]

ESIマップ(環境脆弱性指標図)

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ESIマップ(環境脆弱性指標図)は、沿岸部の脆弱性を評価し、地図化したもので、石油の漂着防止や除去について優先順位を設定するために用いられる[15][16][17]。石油流出に迅速に対応することで、影響を最小限にとどめ、あるいは完全に防止することができる。ESIマップは基本的に、沿岸部の形態情報、生物資源情報および社会施設情報の3つの要素によって成り立つ[17][18]。アメリカ合衆国では国立海洋大気庁がESIマップを作成している[17]

原油流出量の判断

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流出した原油の層の濃さを観察すれば、被害状況は容易に判断する事が出来る。原油が流出した面積が分かれば、流出した原油の総合的な体積が分かる[19]

状況 原油の層の濃さ 流出量
インチ ミリメートル ナノメートル ガロン/平方マイル リットル/ヘクタール
わずかに可視可能 0.0000015 0.0000380 38 25 0.370
薄い銀色の光沢として見える 0.0000030 0.0000760 76 50 0.730
周りの水と鮮明に区別できる 0.0000060 0.0001500 150 100 1.500
明らかに異色である 0.0000120 0.0003000 300 200 2.900
色が非常に濃い 0.0000400 0.0010000 1000 666 9.700
色が異常に濃い 0.0000800 0.0020000 2000 1332 19.500

上記の原油流出時のグラフは緊急時の短期間での判断が必要とされるときに使われる。しかし強風等の観測では上記のグラフでは不正確になる事がある為、注意を要する。また、国際原油流出観測機構(WOSM)が設立されている[20]

主な石油流出の事例

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流出量10万トン以上、または3000万米ガロン以上の事例(表記はトンで統一[注 1]
事例 場所 発生日 流出量(トン) 脚注
2010年メキシコ湾原油流出事故

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 (メキシコ湾)

2010年4月20日 180万以上推定180万以上 [21]
レイクビュー油田における流出

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州

1909年03月14日 123万 [22]
湾岸戦争における流出 イラクの旗 イラクペルシア湾
クウェートの旗 クウェート
1991年1月23日 075万ないし110万 [23][24]
Ixtoc I 油田における流出

メキシコの旗 メキシコ メキシコ湾

1979年6月3日
– 1980年3月23日

045万4000ないし48万 [25][26][27]
アトランティック・エンプレス号とエージアン・キャプテン号の衝突による流出 トリニダード・トバゴの旗 トリニダード・トバゴ 1979年7月19日 028万7000 [28][29][30][31]
フェルガナ峡谷の油田における流出 ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン 1992年3月2日 028万5000 [23]
ノールーズ油田における流出 イランの旗 イラン(ペルシャ湾) 1983年2月4日 026万 [32]
ABTサマー号の炎上による流出

アンゴラの旗 アンゴラ (アンゴラ沖)

1991年5月28日 026万 [28][29]
カストロ・デ・ベルバー号の炎上による流出

南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 サルダンハ湾

1983年8月6日 025万2000 [28][29]
アモコ・カディス号の座礁による流出

フランスの旗 フランス ブルターニュ半島

1978年3月16日 022万3000 [28][23][23][29][33][34]
ハーベン号の爆発炎上による流出

イタリアの旗 イタリア 地中海ジェノヴァ付近)

1991年4月11日 014万4000 [29]
オデッセイ号の沈没による流出

カナダの旗 カナダ ノバスコシア州沖合

1988年11月10日 013万2000 [28][29]
シー・スター号の衝突による流出 イランの旗 イランオマーン湾 1972年12月19日 011万5000 [28][23][29]
Irenes Serenade号からの流出 ギリシャの旗 ギリシャ(ピロス) 1980年02月23日 010万 [29]
ウルキオラ号の座礁による流出

スペインの旗 スペイン ア・コルーニャ

1976年5月12日 010万 [28][29]
トリー・キャニオン号の座礁による流出

イングランドの旗 イングランド シリー諸島

1967年3月18日 008万ないし11万9000 [28][23][29]

脚注

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注釈

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  1. ^ 1トンの原油はおよそ308米トン、または7.33ガロンに相当するものとする。

出典

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  1. ^ Hindsight and Foresight, 20 Years After the Exxon Valdez Spill”. NOAA (2010年3月16日). 2010年4月30日閲覧。
  2. ^ a b 海洋における油流出がもたらす影響”. 福井県衛生環境研究センター. 2010年6月8日閲覧。
  3. ^ C. Michael Hogan (2008),"Magellanic Penguin",GlobalTwitcher.com, ed. N. Stromberg.
  4. ^ Dunnet, G., Crisp, D., Conan, G., Bourne, W. (1982) "Oil Pollution and Seabird Populations [and Discussion]" Philosophical Transactions of the Royal Society of London. B 297(1087): 413–427
  5. ^ Untold Seabird Mortality due to Marine Oil Pollution, Elements Online Environmental Magazine.
  6. ^ Lingering Lessons of the Exxon Valdez Oil Spill
  7. ^ 油防除のポイント”. 財団法人漁場油濁被害救済基金. 2010年6月8日閲覧。
  8. ^ a b c d 油防除資機材一覧”. 財団法人漁場油濁被害救済基金. 2010年6月8日閲覧。
  9. ^ a b c d 油の種類・性状と油吸着材・処理剤等による防除の仕組み”. 財団法人漁場油濁被害救済基金. 2010年6月8日閲覧。
  10. ^ 海洋の油流出と油処理剤の変遷”. 徳田先生の部屋. 日本エヌ・ユー・エス株式会社. 2010年6月8日閲覧。
  11. ^ http://www.enviroliteracy.org/article.php/540.html
  12. ^ http://www.epa.gov/oilspill/ncp/bagents.htm
  13. ^ Emergency Response: Responding to Oil Spills”. Office of Response and Restoration. National Oceanic and Atmospheric Administration (2007年6月20日). 2010年6月8日閲覧。
  14. ^ Oil Spills
  15. ^ Environmental Sensitivity Index (ESI) Maps”. 2010年5月27日閲覧。
  16. ^ http://response.restoration.noaa.gov/
  17. ^ a b c 漁場情報を加えた油流出事故用沿岸域脆弱性マップの利用に関する研究」『2004年度ORC報告書 プロジェクト1』2004年。 
  18. ^ NOAA (2002). Environmental Sensitivity Index Guidelines, version 3.0. NOAA Technical Memorandum NOS OR&R 11. Seattle: Hazardous Response and Assessment Division, National Oceanic and Atmospheric Administration, 129p.
  19. ^ Metcalf & Eddy. Wastewater Engineering, Treatment and Reuse. 4th ed. New York: McGraw-Hill, 2003. 98.
  20. ^ Anderson, E.L., E. Howlett, K. Jayko, V. Kolluru, M. Reed, and M. Spaulding. 1993. The worldwide oil spill model (WOSM): an overview. Pp. 627–646 in Proceedings of the 16th Arctic and Marine Oil Spill Program, Technical Seminar. Ottawa, Ontario: Environment Canada.
  21. ^ Ray Henry (15 June 2010). “Scientists up estimate of leaking Gulf oil”. Associated Press. http://www.msnbc.msn.com/id/37717335/ns/disaster_in_the_gulf/ 16 June 2010閲覧。 
  22. ^ Rintoul, William, Drilling Through Time, pp. 13-15, (Sacramento, California: California Department of Conservation, Division of Oil and Gas, 1990).
  23. ^ a b c d e f Oil Spill History”. The Mariner Group. 2008年11月2日閲覧。
  24. ^ Major Oil Spills”. 2008年11月2日閲覧。
  25. ^ IXTOC I”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2008年11月3日閲覧。
  26. ^ Ixtoc 1 oil spill: flaking of surface mousse in the Gulf of Mexico”. Nature Publishing Group. 2008年11月3日閲覧。
  27. ^ John S. Patton, Mark W. Rigler, Paul D. Boehm & David L. Fiest (1981年3月19日). “Ixtoc 1 oil spill: flaking of surface mousse in the Gulf of Mexico”. NPG (Nature Publishing Group). 2007年7月29日閲覧。
  28. ^ a b c d e f g h 主要なタンカー油流出事故について”. 国土交通省. 2010年6月8日閲覧。
  29. ^ a b c d e f g h i j Major Oil Spills”. International Tanker Owners Pollution Federation. 2008年11月2日閲覧。
  30. ^ Atlantic Empress”. Centre de Documentation de Recherche et d'Expérimentations. 2008年11月10日閲覧。
  31. ^ Tanker Incidents”. 2009年7月19日閲覧。
  32. ^ Oil Spills and Disasters”. 2008年11月16日閲覧。
  33. ^ Amoco Cadiz”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2008年11月16日閲覧。
  34. ^ [1]

関連項目

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外部リンク

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