植竹龍三郎
表示
(植竹竜三郎から転送)
植竹 龍三郎(うえたけ りゅうざぶろう、1880年(明治13年)8月15日[1] - 1942年(昭和17年)7月20日[2])は、日本の実業家、政治家、僧侶(僧名は龍山)[3]。衆議院議員(栃木県第1区選出、立憲政友会)[4]
人物
[編集]栃木県那須郡川西町(現・大田原市)に生まれた[4]。先代植竹三右衛門の二男[5][6]、植竹三右衛門の弟[3][7][8]。1901年、高等商業学校(現・一橋大学)を卒業[9]。1903年[10]、あるいは1911年[6]、分かれて一家を創立した[6][10]。朝鮮清津港において対支露貿易業を営み、同地日本人会議長、並びに商業会議所会頭に挙げられた[4]。
1920年の第14回衆議院議員総選挙に栃木県第1区(宇都宮市)から立候補して当選[11]。同年12月の第44回帝国議会では最初に登院したと当時の新聞記事にある[12]。しかし、1924年の第15回衆議院議員総選挙では憲政会系の斎藤太兵衛(無所属)の前に落選した[13][14]。
栃木県選出衆議院議員として横田千之助と共に国事に益し、電気、鉄道、鉱業、畜産等各種事業会社社長だったが、法華経の信者に転じ、政治家並びに実業界より身を退き僧籍に入り、旧名・龍三郎を龍山と改めた[3]。
帝国商業[7]、朝鮮炭鉱、塩原電車、日光登山鉄道、宇都宮信託、下野電力興業、西澤金山、中宮祠電力各社長[4][5]、海馬島漁業拓殖、植竹商業各取締役[7][10]、朝鮮清津商業会議所会頭などをつとめた[3]。
宗教は日蓮宗[3][8]。住所は栃木県宇都宮市塙田町[7][10]、那須郡川西町[4]、東京市杉並区高円寺町[8]。東京府在籍[3][8]。
家族・親族
[編集]- 植竹家
- 父・三右衛門(1854年 - 1933年、栃木県多額納税者、味噌醤油醸造業、栃木県農工銀行頭取、貴族院議員)[5]
- 兄・三右衛門(1877年 - ?、前名・熊次郎、栃木県多額納税者、東野鉄道、下野木材、帝國造林各社長、川西町長)[3][5]
- 弟・喜四郎(1884年 - 1963年、歌人、植竹書院創業者)
- 妻・スエ(1892年[3][8]、あるいは1893年[5] - ?、福井、右近権左衛門の妹)[3][5]
- 長女・勝(1913年 - ?、厚生省体育官加藤橘夫の妻)[8]
- 二女(1914年 - ?)[5]
- 長男・達郎(1916年 - ?、兄・植竹熊次郎の養子[5]、東洋拓殖会社員[8])
- 男(1919年 - ?)[5]
- 三男(1922年 - ?)[5]
- 四男(1925年 - )[5][8]
- 親戚
- 十代目右近権左衛門(日本海上保険社長)
- 十一代目右近権左衛門(福井県多額納税者、海運業、右近商事社長)
脚注
[編集]- ^ 衆議院『第四十三回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1920年、12頁。
- ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』90頁。
- ^ a b c d e f g h i 『人事興信録 第12版 上』ウ43頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月21日閲覧。
- ^ a b c d e 『衆議院議員略歴 第1回乃至第19回』236頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k 『人事興信録 第8版』ウ34-35頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月21日閲覧。
- ^ a b c 『人事興信録 第5版』う26頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年3月8日閲覧。
- ^ a b c d 『人事興信録 第11版 上』ウ54頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第13版 上』ウ38頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年3月7日閲覧。
- ^ 『東京高等商業学校一覧 明治44-45年』152頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月21日閲覧。
- ^ a b c d 『人事興信録 第10版 上』ウ50頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年10月19日閲覧。
- ^ 衆議院議員一覧 (大正九年五月十日改選) - 大阪毎日新聞1920年5月14日(神戸大学図書館新聞記事文庫)
- ^ 帝国議会成立す 両院部長理事互選 - 中外商業新報1920年12月26日(神戸大学図書館新聞記事文庫)
- ^ 解散から総選挙(三六) - 東京朝日新聞1924年3月12日(神戸大学図書館新聞記事文庫)
- ^ 栃木1区選挙結果第15回衆議院議員選挙 - 選挙ドットコム
参考文献
[編集]- 『東京高等商業学校一覧 明治44-45年』東京高等商業学校、1891-1912年。
- 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
- 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
- 人事興信所編『人事興信録 第10版 上』人事興信所、1934年。
- 衆議院事務局編『衆議院議員略歴 第1回乃至第19回』衆議院事務局、1936年。
- 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937-1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。