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ENEOS横浜製造所

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ENEOSホールディングス > ENEOS > ENEOS横浜製造所

座標: 北緯35度29分10秒 東経139度39分43秒 / 北緯35.4861度 東経139.662028度 / 35.4861; 139.662028 ENEOS横浜製造所(エネオスよこはませいぞうしょ)は、神奈川県横浜市神奈川区にあるENEOS工場である。

概略

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新日本石油精製時代の2008年(平成20年)4月に横浜製油所から横浜製造所へ改称した。

製油所から調達した原料を使用し、潤滑油などの石油製品や試験製品を生産している。また、炭素繊維燃料電池の開発、一般事業者が電力会社東京電力)に電力を供給するIPP事業の拠点でもある。

事業所概要

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データ

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  • 所在地 - 横浜市神奈川区子安通3丁目390
    敷地は運河道路によって第1工場から第4工場と第6工場の5つに分断されている。
  • 敷地面積 - 440,000 m2[1]
  • 従業員数 - 114人(2015年3月31日現在)[1]
  • 原油処理能力 - 0バレル/日

主な生産品

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沿革

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  • 1922年(大正11年)1月21日 - 小倉石油店が横浜に原油貯油所を開設。
  • 1925年(大正14年)4月10日 - 小倉石油店が小倉石油株式会社に改組。
  • 1929年(昭和4年)12月 - 小倉石油横浜製油所として操業開始。
  • 1941年(昭和16年)6月1日 - 小倉石油と日本石油が合併、日本石油横浜製油所が発足。
  • 1945年(昭和20年)2月19日 - 太平洋戦争による空襲で被災。ただし被害は軽微。
  • 1946年(昭和21年)11月30日 - GHQの指令により、石油精製を停止。
  • 1950年(昭和25年)1月25日 - 操業再開、第2常圧蒸留装置稼動開始。原油処理能力は9,000バレル/日。
  • 1951年(昭和26年)10月1日 - 日本石油精製設立に伴い、同社横浜製油所となる。
  • 1952年(昭和27年)4月15日 - 第3常圧蒸留装置稼動開始、原油処理能力を18,700バレル/日に増強。
  • 1954年(昭和29年)9月15日 - 原油処理能力を24,000バレル/日に増強。
  • 1954年(昭和29年)12月27日 - 日本初、世界でも2番目となる流動接触分解装置が稼動開始。
  • 1956年(昭和31年)4月2日 - 第4常圧蒸留装置稼動開始、原油処理能力を46,000バレル/日に増強。
  • 1960年(昭和35年)10月1日 - 原油処理能力を51,000バレル/日に増強。
  • 1961年(昭和36年)4月16日 - 第2常圧蒸留装置休止、原油処理能力を42,000バレル/日に削減。
  • 1961年(昭和36年)5月8日 - 第5常圧蒸留装置稼動開始、原油処理能力を70,000バレル/日に増強。
  • 1983年(昭和58年)9月30日 - 第3常圧蒸留装置廃棄、原油処理能力を55,000バレル/日に削減。
  • 1986年(昭和61年)9月10日 - 第4常圧蒸留装置廃棄、原油処理能力を28,000バレル/日に削減。
  • 1987年(昭和62年)7月27日 - 第5常圧蒸留装置休止により、原油処理を停止。
  • 1997年(平成9年)7月 - 日本石油精製が日石三菱石油精製に社名変更。
  • 2000年(平成12年)6月 - IPP事業開始。
  • 2002年(平成14年)4月1日 - 日石三菱精製が新日本石油精製に社名変更、同社の横浜製油所となる。
  • 2006年(平成18年)7月11日 - 潤滑油・グリース製造装置を増設、新日本石油加工東京工場から製造移管。
  • 2008年(平成20年)4月1日 - 横浜製造所に改称。
  • 2010年(平成22年)7月1日 - JX日鉱日石エネルギー発足により、同社の横浜製造所となる。
  • 2016年(平成28年)1月1日 - JX日鉱日石エネルギーがJXエネルギーに商号変更。
  • 2017年(平成29年)4月1日 - JXエネルギーがJXTGエネルギーに商号変更。
  • 2020年(令和2年)6月25日 - JXTGエネルギーがENEOSに商号変更。

脚注

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  1. ^ a b 『JXホールディングス2015年3月期有価証券報告書』による

外部リンク

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