増沢由貴子
増沢由貴子 (牧原由貴子) | |
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基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 東京都 |
生年月日 | 1978年2月3日(46歳) |
身長 | 149.3cm |
体重 | 47.0kg |
血液型 | O型 |
騎手情報 | |
所属団体 | 日本中央競馬会 |
初免許年 | 1996年 |
免許区分 | 平地 |
騎手引退日 | 2013年9月30日 |
経歴 | |
所属 |
美浦・増沢末夫(1996年3月 - 2000年2月) 美浦・フリー(2000年3月 - 2003年2月) 美浦・増沢末夫(2003年3月 - 2008年2月) 美浦・フリー(2008年3月 - 2012年2月) 美浦・菊沢隆徳(2012年3月 - 引退) |
増沢 由貴子(ますざわ ゆきこ、旧姓 牧原〈まきはら〉、1978年2月3日 - )は日本中央競馬会(JRA)所属の調教助手、元騎手。東京都生まれ。戸籍上の正式な表記は増澤 由貴子である。
略歴
1996年、細江純子・田村真来とともにJRA初の女性騎手としてデビューした[1]。いわゆる「競馬学校花の12期生」の一人で、競馬学校の同期には福永祐一や和田竜二などがいる。競馬学校卒業時にはもっとも優秀な卒業生としてアイルランド大使特別賞を獲得するなど、騎乗技術は高かった[2]。女性らしく馬へのあたりがいいとも言われている。
初騎乗は1996年3月2日、中山競馬第1競走のダイワアサヒで、16頭立ての4着だった。初勝利は同年3月17日、中山競馬第5競走でアラビアンナイトに騎乗してのものであった。9月には時事通信杯クイーンステークスで重賞初騎乗を果たす(ナスケンエース・13着)。デビュー年は9勝を挙げ、民放競馬記者クラブ賞の特別賞を受賞した[3]。
翌1997年も11勝を挙げ、JRAのCMで本木雅弘、鶴田真由と共演する[4][5]など存在感を見せた。このCMでは騎手としての目標を聞かれ「GIレースに勝つこと」と返答した。
しかし1998年末のレース中に落馬事故に巻き込まれ負傷、加療休養に入る。2000年3月1日付で増沢厩舎所属からフリーとなった[6]後、7月に1年7ヵ月ぶりに復帰する[2]。だが、若手騎手としての減量特典がなくなって以降、騎乗数は大幅に減少する。2003年には再び増沢厩舎所属となり、厩舎所属馬を中心に騎乗することが多くなった。現役の騎手ではあるものの、どちらかと言うと追い切りや馬の世話など調教助手的な役割が多くなった。
2006年2月14日に増沢末夫の長男で調教助手の増沢真樹と結婚(末夫とは義理の父の関係となる)[1]。この年は年始から1回も騎乗していないことから、結婚を機に一線を退くものと思われたが、しばらくは現役を続行すると宣言。同年3月1日から登録名が増沢由貴子に変更となった[7]。
2007年11月3日にこの年のJRA初騎乗を迎え、2鞍に騎乗したがそれぞれ6、15着だった。11月22日の浦和競馬第5競走C3選抜でひさびさの勝利を挙げ、さらに11月24日にはふたたび中央競馬で騎乗、勝利には届かなかったがクビ差の2着と健闘した。
2008年、増沢末夫厩舎の定年解散にともない3月1日付でフリーとなった[3]。夫は同日で新規開業した鹿戸雄一厩舎へ移籍したが、自身は騎乗機会を増やすためということでフリーとなった。所属ではないが、鹿戸厩舎の調教の手伝いはしていた。
2008年11月18日、金沢競馬場で行われたレディースジョッキーズシリーズ2008開幕戦の金沢ラウンド第1戦の「加賀友禅賞」で約1年ぶりの勝利[8]。最終ラウンドの荒尾競馬場の第6戦の「オッズ・パーク賞」で2勝目をあげ、73ポイント獲得しわずか1ポイント差の2位で終えた[9]。
2012年3月1日付けでフリーから菊沢隆徳厩舎所属に変更となった。
2013年9月30日付けで騎手を引退。引退後は菊沢隆徳厩舎の調教助手となる[10]。これにより一時は最大で6人いたJRA所属の女性騎手はいなくなった[11]。JRA通算勝利数は34勝[5]。これは、2018年8月に藤田菜七子騎手が塗り替えるまで、女性騎手としてJRA最多勝記録であった[12]。JRA・地方通算勝利数は39勝。中央競馬での最終勝利は2004年6月20日の福島競馬第7競走・ダイワメンフィスで挙げたものが最後となり、以来引退まで9年近く中央競馬での勝利がなかった。
騎乗成績
年度 | 1着 | 2着 | 3着 | 騎乗数 | 勝率 | 連対率 | 複勝率 |
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1996年 | 9 | 12 | 8 | 146 | .062 | .144 | .199 |
1997年 | 11 | 7 | 11 | 177 | .062 | .102 | .164 |
1998年 | 3 | 6 | 7 | 144 | .021 | .063 | .111 |
1999年 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 |
2000年 | 0 | 2 | 1 | 51 | .000 | .039 | .059 |
2001年 | 4 | 2 | 2 | 89 | .045 | .067 | .090 |
2002年 | 3 | 3 | 2 | 84 | .036 | .071 | .095 |
2003年 | 2 | 0 | 4 | 66 | .030 | .030 | .091 |
2004年 | 2 | 1 | 4 | 36 | .056 | .083 | .194 |
2005年 | 0 | 0 | 0 | 29 | .000 | .000 | .000 |
2006年 | 0 | 0 | 0 | 9 | .000 | .000 | .000 |
2007年 | 0 | 1 | 0 | 10 | .000 | .100 | .100 |
2008年 | 0 | 0 | 1 | 19 | .000 | .000 | .053 |
2009年 | 0 | 0 | 0 | 10 | .000 | .000 | .000 |
2010年 | 0 | 0 | 0 | 8 | .000 | .000 | .000 |
2011年 | 0 | 0 | 0 | 1 | .000 | .000 | .000 |
2012年 | 0 | 0 | 0 | 8 | .000 | .000 | .000 |
2013年 | 0 | 0 | 0 | 4 | .000 | .000 | .000 |
中央 | 34 | 34 | 40 | 891 | .038 | .076 | .121 |
(netkeiba.com[13]より)
主な騎乗馬
- ダイワテキサス - 中央重賞5勝。牧原の騎乗による勝利はなかったが、調教での騎乗を担当していたことから、引退式で騎乗した[14]。
- レイズスズラン - ダート交流重賞3勝。牧原の騎乗では500万下条件で1勝を挙げ、1600万下条件でも2度の2着があった。七夕賞(16着)でも騎乗した。
- チゴイネルワイゼン - 中央5勝。牧原の騎乗で1000万下条件2連勝、オーロカップ(オープン)2着、安達太良ステークス(1600万下)3着、関越ステークス(オープン)4着と、オープンクラスの優勝まであと一歩と迫ったコンビであったが、乗り替わり後にレース中の故障で安楽死処分となる。
脚注
- ^ a b “牧原由貴子騎手が結婚へ”. netkeiba.com (2006年2月12日). 2018年3月1日閲覧。
- ^ a b 野元賢一 (2000年9月17日). “女性騎手、懸命の手綱・中央競馬にわずか5人”. サラブnet. 2018年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月13日閲覧。
- ^ a b “増沢由貴子騎手など5人が所属変更 | 競馬ニュース”. netkeiba.com (2008年2月28日). 2019年5月16日閲覧。
- ^ 「JRAに16年ぶりの女性騎手誕生! 過去の女性騎手を振り返る - エキサイトニュース」『』。2018年8月25日閲覧。
- ^ a b “JRA初女性騎手の増沢由貴子が引退”. nikkansports.com. 2018年8月25日閲覧。
- ^ “横山典騎手らフリーに | 競馬ニュース”. netkeiba.com (2000年3月1日). 2019年5月16日閲覧。
- ^ “牧原由貴子騎手が氏名変更”. netkeiba.com (2006年3月1日). 2018年3月1日閲覧。
- ^ “地方競馬情報サイト TOPICS-2008”. www.keiba.go.jp. 2018年8月25日閲覧。
- ^ “レディースJS、別府真衣騎手が初優勝 | 競馬ニュース - netkeiba.com”. netkeiba.com 2018年8月25日閲覧。
- ^ “増沢 由貴子騎手が引退”. 日本中央競馬会 (2013年9月30日). 2013年9月30日閲覧。
- ^ “増沢由貴子騎手引退…JRA女性騎手不在に”. スポーツニッポン (2013年9月30日). 2013年9月30日閲覧。
- ^ “藤田菜七子がJRA女性騎手歴代最多35勝目!” (日本語). サンスポZBAT!競馬 2018年8月25日閲覧。
- ^ “増沢由貴子の年度別成績|競馬データベース - netkeiba.com”. db.netkeiba.com. 2019年5月16日閲覧。
- ^ “ダイワテキサスを訪ねて~にいかっぷホロシリ乗馬クラブ | 馬産地コラム | 競走馬のふるさと案内所”. uma-furusato.com. 2019年5月16日閲覧。
関連項目