古今亭志ん陽
Kokontei Shin'yô | |
古今亭志ん陽定紋「鬼ツタ」 | |
本名 | |
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生年月日 | 1974年10月24日(50歳) |
出身地 | 日本・東京都北区 |
師匠 | 三代目古今亭志ん朝 初代古今亭志ん五 六代目古今亭志ん橋 |
弟子 | 古今亭松ぼっくり |
名跡 | 1. 古今亭朝松 (1999年 - 2003年) 2. 古今亭朝太 (2003年 - 2012年) 3. 古今亭志ん陽 (2012年 - ) |
出囃子 | 越後獅子 |
活動期間 | 1999年 - |
配偶者 | 田畑めぐみ |
所属 | 落語協会 |
公式サイト | 公式プロフィール |
古今亭 志ん陽(ここんてい しんよう、1974年10月24日 - )は、東京都北区出身の落語家。本名∶殖栗 不二雄。キャスターの田畑めぐみは妻。落語協会所属。出囃子は『越後獅子』。TCP Artistとは業務提携。
経歴
[編集]東京農業大学第一高等学校卒業。拓殖大学[1]在学中、フリーマーケットで五代目古今亭志ん生のカセットテープを購入したのを機に、落語家を志すようになる。志ん生に入門することを考えるが、既に故人となっていたため、その弟子で長男の十代目金原亭馬生に入門しようと考えた。しかし、馬生もまた故人となっていたため、志ん生の弟子で馬生の弟である古今亭志ん朝への入門を考える。
1998年12月、三代目古今亭志ん朝に入門。翌年11月に前座となる、前座名は「朝松」。2001年10月に師匠の志ん朝が死去したことにより、兄弟子初代古今亭志ん五門下に移籍。
2003年5月に古今亭志ん公、桂才紫、三遊亭司と共に二ツ目昇進し、一門の由緒名「朝太」に改名。2010年9月、師匠志ん五死去により、志ん五の弟弟子六代目古今亭志ん橋門下に移籍。
2012年9月に古今亭文菊と共に抜擢で真打昇進。「志ん陽」に改名。
芸歴
[編集]- 1998年12月 - 三代目古今亭志ん朝に入門。
- 1999年11月 - 前座となる、前座名「朝松」。
- 2001年10月 - 師匠志ん朝死去により、兄弟子初代古今亭志ん五門下に移籍。
- 2003年5月 - 二ツ目昇進、「朝太」に改名。
- 2010年9月 - 師匠志ん五死去により、志ん五の弟弟子六代目古今亭志ん橋門下に移籍。
- 2012年9月 - 真打昇進、「志ん陽」に改名。
人物
[編集]浅草演芸ホール8月中席で毎年行われる住吉踊り連に所属している。
志ん陽、柳家小傳次、柳家燕弥、春風亭三朝の四人で「RAKUGOもんすたぁず」を組んでいる。
真打昇進の名前の候補に「古今亭志ん松」があったが志ん陽自身が断った。のちに「志ん松」の名前は同じ六代目志ん橋門下(生え抜き)の別の落語家が名乗った。
志ん朝、初代志ん五と2人の師匠が死去している。六代目志ん橋門下に移籍した時に志ん橋も病に侵されたが回復。志ん橋曰く「俺も死んだら朝太の行くところが無くなると思い頑張った。」とのことであった。三番目の師匠となった志ん橋は、2023年10月に死去した[2]。
弟子
[編集]二ツ目
[編集]出演
[編集]ウェブテレビ
[編集]映画
[編集]- 二つ目物語(2022年、林家しん平監督、クロスロード)- 菊之家三馬 役
脚注
[編集]- ^ “古今亭志ん陽 本名 殖栗不二雄(96期) 真打昇進披露公演(拓殖大学学友会)”. 2016年8月7日閲覧。
- ^ 古今亭志ん橋 訃報 - 一般社団法人 落語協会 2023年10月8日
- ^ Inc, Natasha (2020年4月30日). “5時間の「ABEMA寄席」に柳家さん喬、入船亭扇遊、林家彦いち、隅田川馬石ら(コメントあり)”. お笑いナタリー. 2020年5月1日閲覧。
外部リンク
[編集]- 古今亭志ん陽 - 落語協会
- 古今亭志ん陽 (@k_shinyou) - X(旧Twitter)
- 古今亭志ん陽 - TCP Artist
- 公式ブログ - ウェイバックマシン(2019年11月1日アーカイブ分)