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医薬品ネット販売訴訟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

医薬品ネット販売訴訟(いやくひんネットはんばいそしょう)とは一部の医薬品に対してネット販売を規制した厚生労働省令の合法性について争われた日本の訴訟[1]

経緯

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元来、薬事法(現:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)は医薬品のネット販売を想定しておらず規制はなかった[2]

しかし、インターネットの普及とともに、2002年11月からネット販売業者であるケンコーコムが市販薬のネット販売を開始するようになり、厚生労働省は2004年にビタミン剤等の副作用の少ない薬に限って認める通知を出した[2][3]。しかし、強制力はなく、副作用のリスクが高いものも含めて、市販薬のネット販売は続いた[2]

医薬品を直接手渡すことのできないネット販売には消費者に医薬品の情報が十分に伝わらず、安全を確保できない恐れがあったことから、厚生労働省は市販薬の販売制度を見直すこととした。

2006年6月に成立した改正薬事法では、一般用医薬品のうち、第一類医薬品については薬剤師に、第二類医薬品については薬剤師または登録販売者が販売・授与しなければならない(36条の5)と定めていた。また、旧薬事法の改正に伴って改正された同法の施行規則159条の14は、第一類医薬品と第二類医薬品については対面販売を義務付けていた[2][4]

そして、ネット販売が許された第三類医薬品はビタミン剤や整腸剤などに限られており、大半の市販薬についてネット販売は不可能となった[2]

訴訟の経過

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市販薬のネット販売を規制した改正薬事法及び厚生労働省令が施行されたのは2009年6月であるが、その1か月前の同年5月にネット販売業者であるケンコーコムとウェルネットが市販薬のネット販売規制は違法として国を相手取って市販薬のネット販売ができる権利の確認を求める訴訟を起こした[2][5]

原告らは省令は日本国憲法第22条営業の自由を妨害するものであると主張した。

訴訟の経過

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第一審(東京地方裁判所)

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2010年3月30日東京地方裁判所は「(厚生労働省令は)副作用被害の防止等を達成するための手段として合理性がある」として合憲の判断を示し、原告の請求を棄却した[6][5]。一方で「副作用に関する消費者の意識や情報通信技術に変化が生じた場合、規制内容を見直すことが法の趣旨に合致する。今回の規制が恒久的に固定化されるべきという判決ではない。」と付言し、状況の変化に応じて柔軟に規制内容を見直すよう付言した[6][5]。原告は控訴した。

控訴審(東京高等裁判所)

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2012年4月26日東京高等裁判所は市販薬のネット販売規制について「薬事法にはネット販売の禁止を直接定めた規定がなく、厚生労働省令は国民の権利を制限するもので違法」とし、省令は法律によらず無効とした[7][8]。2006年の改正薬事法では1類と2類の医薬品の販売について「薬局又は店舗で、薬剤師等が行う」と規定しており、厚生労働省は「直接的な表現こそはないが、対面による販売を前提にしていることは明らか」と主張していたが、東京高裁の判決は「府立はネット販売を明確には禁止していない」と判断した[7]

国は上告した。

上告審(最高裁判所第一小法廷)

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2021年3月18日、最高裁判所第二小法廷(裁判長:竹内行夫)は、国側の上告を棄却した(原告勝訴)[4]

上告審判決

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最高裁判所判例
事件名 医薬品ネット販売の権利確認等請求事件
事件番号 平成24(行ヒ)279
2013年(平成25年)1月11日
判例集 民集第67巻1号1頁
裁判要旨
薬事法施行規則15条の4第1項1号(同規則142条において準用する場合),159条の14第1項及び2項本文,159条の15第1項1号並びに159条の17第1号及び2号の各規定は,一般用医薬品のうち第一類医薬品及び第二類医薬品につき,店舗販売業者による店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による販売又は授与を一律に禁止することとなる限度において,薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効である。
第二小法廷
裁判長 竹内行夫
陪席裁判官 須藤正彦千葉勝美小貫芳信
意見
多数意見 全会一致
反対意見 なし
参照法条
 薬事法36条の5,薬事法36条の6,行政手続法38条1項,薬事法施行規則15条の4第1項1号,薬事法施行規則142条,薬事法施行規則159条の14第1項,薬事法施行規則159条の14第2項本文,薬事法施行規則159条の15第1項1号,薬事法施行規則159条の16第1号,薬事法施行規則159条の17第1号,薬事法施行規則159条の17第2号
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2013年1月11日最高裁判所第二小法廷(裁判長:竹内行夫)は、薬事法施行規則の諸規定について、薬事法の委任の範囲を逸脱し、違法無効であるとし、原告の請求を認容した[4]

「ネット販売の禁止が職業活動の自由を相当程度、制約するのは明らか」とした上で、省令で販売規制をかけるには「規制の範囲や程度が、法の規定から明確に読み取れることが必要」との枠組みを示し、「改正薬事法はネット販売の規制や対面販売による情報提供の必要性を明示していない」「国会審議等で出たネット販売に慎重な意見が改正薬事法には明記されず、国会がネット販売を禁止すべきだとの意思を持っていたとは言い難い」と判断し、「厚生労働省の規定は改正薬事法の委任範囲を逸脱し、違法で無効」として上告を棄却して、2社のネット販売権を認めた判決が確定した[4][9][10]

ただし、この最高裁判決では市販薬のネット販売を規制することが営業の自由を保障する日本国憲法第22条に違反するかどうかについては言及しなかった[4][9]

影響

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薬事法改正とさらなる訴訟

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最高裁判決で厚生労働省令が無効となったことで市販薬のネット販売は解禁状態となったが、2013年12月13日に市販薬のネット販売に関する明文規定を盛り込んだ法改正案が成立し、2014年6月に施行された。

その後、ケンコーコムから改称したRakuten Direct社(現在は楽天に統合)は、改正薬事法の、要指導医薬品の対面販売を義務付けた規定(36条の6第1項及び第3項)が職業活動の自由(営業の自由)を保障する憲法22条1項に違反する、と主張して、訴訟を提起したが、敗訴した[11]

脚注

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出典

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  1. ^ 上田健介, 尾形健 & 片桐直人 (2016), p. 138.
  2. ^ a b c d e f 「薬ネット販売 議論半ば 東京高裁が認める判決 安全性確保に課題/「対面」も説明不足」『朝日新聞朝日新聞社、2012年4月30日。
  3. ^ 「薬販売 安全確保が課題 ネット禁止の省令 最高裁「無効」 通信業者、さっそく再開」『朝日新聞』朝日新聞社、2013年1月12日。
  4. ^ a b c d e 最高裁判所第二小法廷判決 民集第67巻1号1頁 民集第67巻1号1頁、平成24(行ヒ)279、『医薬品ネット販売の権利確認等請求事件』。
  5. ^ a b c 「薬ネット販売規制合憲、地裁判決、「状況変われば見直しを」。」『日本経済新聞日本経済新聞社、2010年3月31日。
  6. ^ a b 「薬ネット販売禁止「合憲」 東京地裁」『読売新聞読売新聞社、2010年3月31日。
  7. ^ a b 「薬ネット販売 認める 東京高裁逆転判決 「省令は無効」」『読売新聞』読売新聞社、2012年4月27日。
  8. ^ 「大衆薬ネット販売認める、東京高裁、「規制は違法」逆転判決。」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2012年4月27日。
  9. ^ a b 「薬ネット販売禁止「違法」 国敗訴、解禁状態に 最高裁判決」『読売新聞』読売新聞社、2013年1月12日。
  10. ^ 「薬ネット販売解禁へ、安易な省令規制に警鐘、最高裁、「法に禁止明記せず」。」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2013年1月12日。
  11. ^ 最高裁判所第一小法廷判決 令和3年3月18日 民集第75巻3号552頁、令和1(行ツ)179、『要指導医薬品指定差止請求事件』。

参考文献

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  • 上田健介、尾形健、片桐直人『憲法判例50!』有斐閣〈START UP〉、2016年12月24日。ASIN 4641227195ISBN 978-4-641-22719-4NCID BB22759123OCLC 971512096全国書誌番号:22839574 

関連項目

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