佐伯市立名護屋小学校
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佐伯市立名護屋小学校 | |
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北緯32度47分32.8秒 東経131度52分35.3秒 / 北緯32.792444度 東経131.876472度座標: 北緯32度47分32.8秒 東経131度52分35.3秒 / 北緯32.792444度 東経131.876472度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 佐伯市 |
設立年月日 | 1874年(明治7年)10月 |
閉校年月日 | 2017年(平成29年)3月31日 |
共学・別学 | 男女共学 |
分校 | 森崎分校 |
学期 | 3学期制 |
所在地 | 〒876-2405 |
大分県佐伯市蒲江大字丸市尾浦496番地2 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
佐伯市立名護屋小学校(さいきしりつ なごやしょうがっこう)は、かつて大分県佐伯市蒲江にあった公立小学校である。
概要
[編集]2017年(平成29年)4月1日に旧蒲江町の6小学校・1分校を統合して佐伯市立蒲江翔南小学校が開校することに伴い、森崎分校とともに3月31日を以て閉校した。卒業生の総数は3,497人[1]。
森崎分校
[編集]- 郵便番号 - 876-2404
- 所在地 - 大分県佐伯市蒲江大字森崎浦1562番地1
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沿革
[編集]- 1874年 - 丸市尾浦村の廃庵に学校を設置。
- 1880年 - 葛原・波当津の両校を分校とする。
- 1892年 - 丸市尾簡易小学校を丸市尾尋常小学校に改称。葛原・波当津分校がそれぞれ分教場となる。
- 1921年 - 丸市尾尋常高等小学校と森崎尋常小学校が合併し、名護屋尋常高等小学校が設置される。森崎、葛原分教場を廃止。
- 1925年 - 葛原分教場、森崎分教場(3年生以下)がそれぞれ設置される。
- 1941年 - 名護屋村立名護屋国民学校に改称。
- 1947年 - 名護屋村立名護屋小学校に改称。葛原・森崎分教場がそれぞれ分校となる。
- 1955年 - 名護屋村が、蒲江町・下入津村・上入津村と合併し、新たに蒲江町が発足。蒲江町立名護屋小学校に改称。
- 1960年 - 波当津分校が波当津小学校として分離独立。
- 1994年 - 葛原分校が廃止される。
- 2005年 - 蒲江町が、佐伯市、南海部郡4町3村と合併し、新たに佐伯市が発足。佐伯市立名護屋小学校に改称。
- 2010年 - 波当津小学校を統合[2][1]。
- 2011年 - 猪串小学校を統合[3]。
- 2017年3月5日 - 閉校式挙行[1]。
- 2017年3月31日 - 閉校。
森崎分校
[編集]- 1874年 - 森崎浦村、野々河内村、猪串浦村が共同で三浦学校を設置。
- 1887年
- 4月 - 三浦小学校より分離独立。森崎簡易小学校に改称。
- 9月 - 森崎尋常小学校に改称。
- 1921年 - 丸市尾尋常高等小学校と合併。
- 1925年 - 3年生以下の児童が通学する分教場として、森崎分教場が設置される。
- 1941年 - 名護屋村立名護屋国民学校森崎分教場に改称。
- 1947年 - 名護屋村立名護屋小学校森崎分校に改称。
- 1955年 - 蒲江町立名護屋小学校森崎分校に改称。
- 2005年 - 佐伯市立名護屋小学校森崎分校に改称[4]。
- 2017年3月31日 - 閉校。
通学区域
[編集]名護屋小学校の通学区域には以下の区域が指定されている[5]。
- 蒲江大字葛原浦
- 蒲江大字波当津浦
- 蒲江大字丸市尾浦
以下の区域は、3年生まで森崎分校に、4年生から本校に通学する。
- 蒲江大字猪串浦
- 蒲江大字野々河内浦
- 蒲江大字森崎浦
※蒲江大字猪串浦に限り、新入学児童及び転入児童は、佐伯市立蒲江小学校に通学することができる[6]。
アクセス
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脚注
[編集]- ^ a b c 学びや、心の中に 各地で卒業式、閉校式 大分合同新聞、2017年3月6日
- ^ 学校沿革史 佐伯市立名護屋小学校
- ^ 佐伯市立名護屋小学校 学校からのお知らせ 名護屋小学校「案内パンフレット」(6年生作成)
- ^ 森崎分校の沿革 佐伯市立名護屋小学校森崎分校
- ^ 佐伯市立学校通学区域設定規則別表1
- ^ 佐伯市立学校通学区域設定規則別表1 備考2