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中村蘭台 (初代)

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初代中村蘭台

初代 中村 蘭台(しょだい なかむら らんたい、正体字:蘭臺、安政3年(1856年)- 大正4年(1915年11月18日[1])は、近代日本の篆刻家は蘇香、は伯表、通称に稲吉、は蘭台の他に香艸居主人など。陸奥国若松(現・福島県会津若松市)出身[2]

来歴

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父は会津藩士で須藤姓を名乗った。勤王思想をもったことで藩主の怒りに触れ自刃。残された母は3人の男子を連れて江戸に出る。三男の蘭台は浅草の船問屋に養子に出され家名が中村となる。はじめ鍛冶屋に行くが、後に高田緑雲の門下となる。文彭何震の刻法を学び秦漢の印に遡った。しかし37歳の頃徐三庚の作品に衝撃を受け以後はその作風に傾倒した。東京浅草新片町・北松山町に住む。

印材に木材を用いることを研究し、精巧な技術を開発した。明治40年(1907年)には河井荃廬浜村蔵六岡本椿所山田寒山らと丁未印社を創立し篆刻の発展に尽した。も能くした。次男の蘭石中村蘭台名跡を継いだ。

印譜

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  • 『酔漢堂印存』 1906年
  • 『蘭台印集』 1920年
  • 『三集』 1929年

出典

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参考文献

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関連項目

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