風食礫
風食礫(ふうしょくれき、英語: ventifact[1], faceted pebble[1], ドイツ語: windkanter[1])は、風稜石(ふうりょうせき)ともいい、風に運ばれた砂に磨かれ削られて滑らかな面をもつようになった礫や巨礫(岩)のこと[1][2][3]。
成因
[編集]風に吹かれた砂は跳躍し[注釈 1]、岩石の露出部分に衝突して磨く風磨(ウインドアブレーション)の働きをする。これはサンドブラスト加工にも似る[2][3][4]。風磨は風食の1種でもある。一定方向の風が続くような場所で、岩石は風上側で風磨を強く受けて平滑面を生じ風食礫となる[2][3][1]。また、表面に風磨による溝や窪み、孔をもつものも風食礫という[3][5]。摩耗による光沢が現れるものもある[6]。
季節による卓越風の変化や気候の変化によって風向きが変わったり、礫の下の土砂が飛ばされるなどして礫の向きが変わったりすると、新たな平滑面が生じ、平滑面を複数もつことになる。そして、平滑面が複数あるとき、隣り合う平滑面の間に鋭い稜線が発達する[2][1][7]。一方、向きが変わって平滑面が不明瞭になる場合もある[8]。
一稜石の平滑面が明瞭なものが見つかる場合、その状態から風磨の働きが強い卓越風向を知ることができる[7]。
風食礫は砂漠などの乾燥地域に多く見られるが[2][1]、海岸の砂浜、周氷河地域でも見られ[2]、その他の海岸や山岳地帯でも見つかっている[7]。雪の粒子も風磨の作用をもつ[2]。
周氷河地域では氷河の作用で生じたモレーンの岩石に風食礫がみられることがあり、例えば南極マクマードドライバレーのモレーンでは礫の多くに、更に巨礫のいくつかにも風食礫が見つかっている[9]。
礫の化学的風化が速いと風磨を目立たなくしてしまうため、湿度が低くて露も少なく降水量が少ない乾燥した気候は、化学的風化が遅く好条件となる[10]。このほか、礫の周りの微地形や植生、礫の空間的な分布、更に、より大きなスケールの斜面形状、堆積物の量、風の季節変化などが、風磨の強弱、残りやすさに影響すると考えられる[10]。
砂粒が平滑面を造るために必要な期間は、10年から数百年[注釈 2]、あるいは数千年[注釈 3]といわれている[2]。
なお、風磨を受けない部分は砂漠うるしなどと呼ばれる酸化鉄の皮膜に覆われる[8]。
様々な名称
[編集]ドイツ語名称の"kante"は隅や稜を意味し、頭の部分は数量でeinは1[11]。
風食礫の西洋諸語における学術語ventifact(ベンチファクト[5]、ベンティファクト)は、それまでドイツ語でdreikanter、zweikanterなど個別に呼ばれていたものを包括する語としてEvansが1911年に提唱した[7][15]。ラテン語で「風の」を意味する"ventus"、「作る」を意味する"facto"からきている[1]。ほかにglyptolith(グリプトリス)の別名もある。こちらは「切られた、彫刻された」を意味するギリシャ語"gluptos"に由来する[16]。
例
[編集]アメリカでは、例えばモハーヴェ砂漠で多くの風食礫が発見されている[6][10]。
日本の場合、湿潤な気候のため風食礫は珍しいとされる[17]。数少ない分布地として静岡県御前崎市の産地が知られる。海岸段丘の礫が海岸砂丘から飛ばされた砂に磨かれてできたと考えられ、「白羽の風蝕礫産地」として国の天然記念物に指定されている[6][17][18]。
他には、鳥取砂丘のほか沿岸の砂丘にも見つかるとされ[6]、また伊豆大島三原山の火口原[6][19]、神津島天上山の火口原[19]、三宅島のメガネ岩付近[19]、硫黄島千鳥ヶ原[20]、静岡県浜松市の中田島砂丘[20]、愛知県の伊良湖岬[20]、北海道稚内市ルエランの海岸[19]などで小規模だが発見の報告がある。
火星の地面では、様々な風食地形がみられ、地球と比べても豊富に風食礫が存在する[21]。
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真っすぐな稜線をもつ三稜石(アメリカ)
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先の尖った大きな三稜石(デンマーク)
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花崗岩の風食礫(アメリカ)
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多くの平滑面をもつ風食礫(南極)
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 運搬作用#運搬様式_2も参照。
- ^ Embleton & Thornes 1979 - [2]より孫引き
- ^ 赤木 1990 - [2]より孫引き
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l 鈴木 2005, p. 121「風稜石」
- ^ a b c d e f g h i j k l m 地形の辞典 2017, pp. 314–315「三稜石」(著者:林正久)
- ^ a b c d e f 地学事典 2024, p. 1273「風食礫」(著者:木曽敏行、小池一之)
- ^ a b 地形の辞典 2017, p. 771「風磨」(著者:成瀬敏郎)
- ^ a b 地形の辞典 2017, p. 769「風食礫」(著者:松倉公憲)
- ^ a b c d e 豊島吉則「三稜石」『小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』』 。コトバンクより2024年10月15日閲覧。
- ^ a b c d e Livingstone & Warren 2019, p. 64
- ^ a b 高山茂美「風食礫」『小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』』 。コトバンクより2024年10月15日閲覧。
- ^ 倉沢一「特集 南極の化学 : 「南極」生きている火山と大陸」『化学教育』第34巻第2号、日本化学会、1986年、109-114頁、doi:10.20665/kagakukyouiku.34.2_109。
- ^ a b c Laity, Bridges & Boyle 2001
- ^ a b c 鈴木 2005, p. 120「一稜石」
- ^ a b 鈴木 2005, p. 121「二稜石」
- ^ a b 鈴木 2005, p. 120「三稜石」
- ^ 赤木祥彦「三稜石」『平凡社『改訂新版世界大百科事典』』 。コトバンクより2024年10月15日閲覧。
- ^ “ventifact” (英語). GeoWord of the Day. American Geosciences Institute (2018年10月18日). 2024年10月15日閲覧。
- ^ 鈴木 2005, p. 120「gryptolith」
- ^ a b “白羽の風蝕礫産地”. ふじのくに文化資源データベース. 静岡県文化財団. 2024年10月15日閲覧。
- ^ “白羽の風蝕礫産地”. 国指定文化財等データベース. 文化庁. 2024年10月15日閲覧。
- ^ a b c d 瀬川, 福本 & 成瀬 1984
- ^ a b c 野村 1972
- ^ Julie E. Laity; Nathan T. Bridges (2009). “Ventifacts on Earth and Mars: Analytical, field, and laboratory studies supporting sand abrasion and windward feature development” (英語). Geomorphology 105 (3–4): 202-217. doi:10.1016/j.geomorph.2008.09.014.
参考文献
[編集]- 日本地形学連合、鈴木隆介、砂村継夫、松倉公憲 編『地形の辞典』朝倉書店、2017年2月。ISBN 978-4-254-16063-5。
- 地学団体研究会 編『最新 地学事典』平凡社、2024年3月。ISBN 978-4-582-11508-6。
- 鈴木淑夫『岩石学辞典』朝倉書店、2005年3月。ISBN 4-254-16246-4。
- Ian Livingstone and Andrew Warren, ed (2019) (英語). Aeolian Geomorphology: A New Introduction . John Wiley & Sons. ISBN 9781118945636
- Embleton, C. and Thornes, J., ed (1979) (英語). Process in Geomorphology . Edward Arnold
- 赤木祥彦 著「乾燥地域の地形」、佐藤久・町田洋 編『地形学』朝倉書店、1990 、125-152頁。ISBN 978-4-254-16606-4。
- “Ventifact Formation in the Mojave Desert: Field Analogs for Martian Processes” (英語). NASA Jet Propulsion Laboratory (2001年). 2024年10月15日閲覧。
- 瀬川秀良、福本紘、成瀬敏郎「北海道,稚内西海岸の風食礫の形成」『地理科学』第39巻第1号、地理科学学会、1984年、31-36頁、doi:10.20630/chirikagaku.39.1_31。
- 野村松光「静岡県御前崎町白羽の三稜石について」『地学研究』第22巻第11-12号、日本地学研究会、1971年12月、356-360頁、CRID 1520573330851613952、doi:10.11501/3222587。