一〇〇式観測挺進車
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(一〇〇式挺身観測車から転送)
性能諸元 | |
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全長 | 4.00 m |
全幅 | 1.90 m |
全高 | 1.99 m |
重量 | 4.10 t |
速度 | 40 km/h |
行動距離 | 200 km |
装甲 | 6mm |
エンジン |
空冷直列4気筒 ディーゼルエンジン 65 馬力/2300 rpm |
乗員 | 最大8名 |
一〇〇式観測挺進車 テレ(ひゃくしきかんそくていしんしゃ - )とは、1940年(昭和15年)に大日本帝国陸軍が採用した装軌式の砲兵用弾着観測車。「一〇〇式」の呼称は、採用年が皇紀2600年にあたることに由来する。
開発母体となったのは3年前に採用された九七式軽装甲車であるが、実際は九七式軽装甲車を母体に2年前に開発・採用された九八式装甲運搬車の車体を流用して開発された。
砲兵用の測距儀や方位盤等の弾着観測機器はもとより、データを砲側の射撃要員に伝えるために無線通信機や有線電話、電話線敷設装置なども搭載している。また砲弾の弾道に影響を与えうる風向、風速の観測も任務に入る。乗員は基本的に操縦手、前線観測指揮官、照準兵、観測兵、無線通信兵の5名だが、最高で8人まで乗ることが出来る。車体形状は前述のように九八式装甲運搬車に準じているが、戦時中には車体前部を直線的にし、生産性を向上させた簡易生産型も作られている。
なお、資料によっては「一式観測挺進車」として、同じ九七式軽装甲車派生型の砲兵観測車を紹介するものもある[1]。また、試製九七式観測挺進車として1936年~1938年に3形式が試作されたとする史料もあるが、本車との関係は明示されていない[2]。
脚注
[編集]- ^ 斉藤浩(編)『帝国陸海軍の戦闘用車両』デルタ出版、1992年、114頁。同書は、九四式軽装甲車派生型として試製一〇〇式観測挺進車が試作されたともする。
- ^ 陸軍野戦砲兵学校「研究録 第238号、第239号試製97式観測挺進車 試製97式機械牽引砲兵軽観測車研究試験記事」アジア歴史資料センター Ref.A03032152500、研究録-第2838号・研究録(昭和十四年一月第二百三十八号)・試製九七式観測挺進車、試製九七式機械~(国立公文書館所蔵)。なお、文書中の一部では九八式と表記している個所もある(資料19枚目)。
参考文献
[編集]- 佐山二郎 『機甲入門』 光人社〈光人社NF文庫〉、2002年。