レイピア
レイピア (rapier) は、細身で先端の鋭く尖った刺突用の片手剣。16-17世紀頃のヨーロッパで主に護身あるいは決闘の際の武器として用いられた。日本語では、細身の剣である事から「細剣(さいけん)」と訳される。
外観
[編集]刃渡りは1メートル、幅は2.5センチメートルかそれ以下、全長1.2メートル前後のものが標準的。重量は1.3キログラムほどあり、見た目よりも重い。重心は中世の片手剣と同じく鍔から先端に向かっておよそ10cmのところにあった。多くの場合、装飾を施した柄や護拳などが取り付けられている。しばしばフルー
歴史
[編集]レイピアの前身はエストック(両手突き剣)といわれることがあるが、こちらは甲冑を着た相手のチェインメイルを刺しぬくもので構造も扱い方も異なる。15世紀中頃にフランスで「エペ・ラピエル」(当時のフランス語の綴りで espee は剣、rapiere は刺突を意味する)と呼ばれる刺突用の剣が生まれ、これがレイピアの語源とされている。その後スペインで「エスパダ・ロペラ (espada ropera)」という名前で発展し、イタリアで「ストリッシャ (striscia)」という名前を経て、17世紀の初めにフランスに戻って広まった。移行期にはワイドレイピアと呼ばれる身幅の広いものもあった。この時代、ヨーロッパでは「三銃士」に見られるように銃の発達にともない鎧は廃れていったため、剣による攻撃と防御の技術が発展した。戦場ではブロードソードやサーベルが使われ、レイピアが使われたのは主に街中の護身用あるいは決闘の武器としてであった。
レイピアはしばしば、その刃は切りつけに向いておらず、相手の攻撃を受け止めると折れてしまうというイメージが強いが、実際には骨まで切り込む切れ味があり、根元付近は肉厚に作られているため、その付近で受け止めれば問題なかった[1]。欠点としてレイピアは、当時の刀剣と比べ長大な刀身を備えていることがほとんどであり、素早く振り回すことが難しく、長い刀身のため相手の剣を受け止めた場合、絡まって抜け出せなくなるため、相手の攻撃は受け流す必要性があった[2]。どちらかと言えば、護身用の武器としては素早く抜くことが出来、取り回しやすいダガーやサイドソードと呼ばれる汎用性の高い剣を用いる場合が多かった。
16世紀ごろから決闘裁判に使われるようになった。
レイピアはヨーロッパに広く流行したが、1700年頃になるとレイピアをさらに発展させたスモールソードがその後継として広まっていった。その後レイピアは貴族の間で(他の多くの剣もそうであるように)騎士道精神の象徴や、華麗な装飾を施された芸術品として扱われた。
実戦での使用
[編集]マンゴーシュとの併用
[編集]レイピアを使う際は、もう一方の手でパリーイング・ダガーと呼ばれる敵の攻撃を受け流す短剣を用いることが一般的であった。 多くの場合左手で扱ったため、フランスでは左手を意味する「マンゴーシュ (main gauche)」と呼ばれるようになり、日本でもその名前が使われている。
スウェプト・ヒルト
[編集]レイピアの特徴の一つである複雑な柄は「曲線状の鍔をもつ柄」という意味のスウェプト・ヒルト (Swept Hilt) と呼ばれる。ダガーにも同様のものが見られるが、十手のようにフックがついたものや、柔らかなカーブを描いた∫の鍔には、相手の剣を絡めとり折ってしまう目的があった。
日本
[編集]滋賀県甲賀市水口町の藤栄神社には「水口レイピア」と呼ばれる十字形洋剣が伝わっており、当初は舶来品とされていたが、解析の結果ヨーロッパ製のレイピアをモデルにした国産品であることが判明した[3]。
外観を模しただけの工芸品であり実用品ではないとされるが、日本刀や火縄銃の製造技術が応用されるなど工夫が施されている[3]。資料が少ないため由来は不明であるが、南蛮の品に興味を示していた加藤嘉明が豊臣秀吉から拝領した物という説もある[4]。