ンバラ
ンバラ Mbalax | |
---|---|
様式的起源 |
ルンバ ウォロフ族の音楽 コンゴの音楽 |
文化的起源 | 1970年代前半 |
ンバラ または ムバラ(英:Mbalax / Mbalakh)は、セネガルのダンス・ミュージックである。ンバラは西洋の音楽(ジャズ、ソウル、ラテン、ロックなど)と民族音楽(セネガルの打楽器サバールを使ったリズムなど)の融合である。ンバラという名前は、サバールのリズムから由来している。
歴史と影響
[編集]ンバラ・ミュージックは、1970年代にセネガルで生まれた。その頃、セネガルで人気のあった音楽は、キューバのルンバ、ハイチのコンパ、コンゴのスークース、アメリカン・ソウルとファンクだった。植民地政策から脱却し起源へ戻るアフリカ中心主義による影響で、セネガルのミュージシャン達はそれらの音楽と伝統的なセネガルの音楽を融合し、ナショナル・アイデンティティを採り入れた新しい音楽を創造しはじめた。ミュージシャン達はサバールのリズムに合わせ、ウォロフ語(セネガルの事実上の共通語)で歌いはじめ、ダンサー達はサバールに合わせて踊り、まるで伝統的なグリオのように歌手にチップを渡し始めた。
この新しいスタイルを演奏したバンドの中では、エトワール・ドゥ・ダカール(ユッスー・ンドゥールとエル・ハジ・フェイがボーカルを務める)やラーム・ダーン(チョーン・セックがボーカルを務める)が革新的で最も人気があった。そして、ンバラとその踊りは、他の地域(マリやモーリタニア、コートジボワールやフランスなど)まで広がっていった。
世界的なポップ・ミュージックの流行の影響を受け、ンバラはキーボード、シンセサイザーなどの電子楽器を使用するように進化していった。ンバラは初期はジャズ、ファンク、ラテン(特にキューバの音楽)、コンゴのポップスに影響を受けていたが、今日はR&B、ヒップホップ、クーペ=デカレ、ズークやその他のラテン音楽やアフリカン・ポップスの影響を受けている。最近ではンバラ・アーティストはこれらのジャンルのアーティストとしばしば共演している。例えばヴィヴィアン・ンドゥールがズークのスターである Philip Montiero やマリ人のラップ・スターである Mokobe と共演した。おそらく最も有名なものは、ユッスー・ンドゥールがネナ・チェリーと共演した曲「Seven Seconds」であろう。それは、ンデール(リード・ドラム)、サバール(リズム・ドラム)、タマ(トーキングドラム)の音にアフリカ風かつアラビア風の微分音を多く含むボーカルが合わさる、西アフリカのダンス・ミュージックでは最も国際的に影響を与えた曲だった。
ンバラ・ダンス
[編集]ンバラ・ダンスは、ナイトクラブや社交的な場(例えば結婚式、誕生会など)でよく踊られる。特に若いウォロフ族の間で人気がある。ンバラ・ダンスは、年齢や性別で運動内容は変化するが、骨盤の回転やひざを動かす運動を多用する。
ンバラ・ダンスは、人気曲の増加に対応して次々と新しい踊りが出現している。Patricia Tang は、この運動について以下のように記述している。
「踊りの一例として、「ventilateur」(扇風機の意味。挑発的に臀部を回す運動)や「xaj bi」(犬の意味。ダンサーが犬のように足を上げる)、「moulaye chigin」(サバールをブレイクした時に行う骨盤とひざの運動)があり、最近では「jelkati」(肘を曲げて上腕を左から右へ同方向に動かす運動)がある。そして、これらのダンスが流行しているのは、サバールと密接に関係がある[1]。」
音楽と演奏楽器
[編集]セネガルでは、楽器や歌は特定の性別や年齢層の人のものだった。音楽は、グリオのみが演奏することを許されていた。グリオは歴史や家系などをメロディに乗せて歌っていた。現在もグリオは、結婚式や葬式などの式典に参加している。
音楽はバラフォン、リティ、タマ(トーキングドラム)、サバールといった楽器で演奏される。1970年代にはフルート、エレクトリック・ギター、ピアノ、ヴァイオリン、トランペット、シンセサイザーといった西洋の楽器がダンスとともに使われるようになった。楽器の演奏に加え、歌(ウォロフ語、フランス語、英語のどれも使われる)とダンスは音楽に伴う。ンバラの歌詞は、社会、宗教、家族、道徳的な問題を歌うものが多い。
Patricia Tang は、以下のように記述している。
「ンバラの特徴としては、サバールのリズムとなる。ウォロフ族のサバール演奏者の用語で、ンバラとは伴奏を意味する。サバールのアンサンブルでは、それぞれのドラムは別の役割を果たす。ンバラのパートは、1つのダンスから他のダンスまでリズミカルに変化する[2]。」