ホヤウカムイ
ホヤウカムイは、アイヌに伝わる蛇神。名前は「蛇の神」を意味する。ホヤウまたはオヤウカムイともいう。
類語
[編集]アイヌの龍蛇は概して、湖沼に棲み悪臭を放つものと考えられており、ホヤウ(hoyau "蛇"。樺太方言で"蛇"を意味する言葉とされる[1]) 、チャタイ(chatai, catay 日本語の"蛇体"の借用語)、サキソマエップ[注 1]またはサクソモアイェプ(sak-somo-ayep "夏には言わせぬ者"・"夏季にその名を口にしてはならない者"; サㇰ"夏"+ソモアイェ"人が言わない+ㇷ゚"者")などと呼称される[5][1][6]。
また、ある伝承によればホヤウ(オヤウ)はサキソマエップの一族ともいわれる[2]。更科源蔵は、
概要
[編集]サクソモアイェプは日高地方西部の湖沼に棲むといわれ、日高の川筋には必ずどこかにいたという。その日高地方の伝承によれば、サクソモアイェプは、翼を生やした蛇体の姿であり、全身が薄い墨色で目と口の周りが朱色、俵のような胴体で頭と尾が細く、鋭く尖った鼻先で
別の伝承によれば、有翼なものは、ラプウシオヤウと称するとされるが[2]、知里真志保の説明によればホヤウが俗名でラプシヌプルクル(翅の生えた魔力ある神)が神名である[1]。
サクソモアイェプ("夏には言われぬ者")の異名をもつが、それは竜蛇が夏や火のそばでは力を得るが、冬や寒さには弱まり体の自由が利かなくなるという、冬に冬眠する蛇のような習性からきている[1][6][3]。寒さを厭うので(巫女に憑依しては)「火をたけ、火をたけ」と訴えるという[1]。
有毒性
[編集]サクソモアイェプはひどい悪臭を放ち、この体臭に触れた草木は枯れ果て、人間がホヤウカムイの居場所の風下にいると体毛が抜け落ちたり、皮膚が腫れ上がり、近づきすぎると皮膚が焼け爛れて死ぬことすらあるともいう[7][8]。鵡川の川口から日高寄りにあるチンという集落でも、ホヤウカムイの棲むとされる沼がカムイト(神沼の意)と呼ばれ、人々が付近を通る際にはホヤウカムイの害を避けるために、丘の上から沼の様子を確認してから通ったという[8]。
日高山脈の主峰・
ある神謡(ユーカラ)によれば、ホヤウの毒が人にも神にも災厄だったため、オキクルミ神が遣わされ、竜蛇は上流にある人里にいくがよいと誘われる。その里では祝言らしかることにいそしんでおり、老人に娘との婚姻を勧められたうえで魚をふるまわれるが、食べたとたん腹痛を訴えて死ぬ。人里は見た目と違い、じつはスズメバチ(シソヤ)の集落で、老人は蜂たちの長であった[9]。
またジョン・バチェラーが明治の頃に採取したアイヌの伝承によれば、人間が蜂や蟻類に刺されるのは、すべて大蛇のしわざとされていた[10]。さらには説話によれば、雌の大蛇の誘惑を勇士が拒み、その罰として千年の寿命を与えられた;勇者はついに大蛇を打ち滅ぼし、その体は朽ちて破片が蜂や蟻になったという[10]。
憑依
[編集]竜は
あるいは霊力を司るなどの未知の力を持っており、巫女に憑いて低級な霊を祓うという説もある[13][信頼性要検証]。
洞爺湖
[編集]洞爺湖の
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 吉田巌 (1914年)によるカナ表記[2]。
- ^ 洞爺湖のほかにも、カリンバトウ、ネツヌサトウの沼の主がホヤウであると伝わっていた[2]。
- ^ 更科源蔵 (1967年)より引用:"日高から西部の湖には、サクソモアイェプ(夏に言われぬ者)という、翼の生えた蛇体がいるといわれ、胴体は俵の様で頭と尾が細く、鼻先がノミのように尖っていてこれがぶつかると、大木でも伐り倒されたり引裂かれたりする。全身淡黒色で目の縁と口のまわりが赤く、ひどい悪臭があって、これの棲んでいる近くに行っても、またその通った跡を歩いてもその悪臭のために、皮膚がはれたり全身の毛が脱けおちてしまう。"
- ^ 吉田の情報源であるパレシナという話者が、その兄サンコレアシに実際起こったこととして語っている。
- ^ "體亀(エチンゲ)の如きもの"といわれる。アイヌ語で ecinke は"亀"の意。
- ^ 吉田は有珠岳(ウフイヌプリ)とルビを振るが[2]、ウフイヌプリは「燃える山」つまり"火山"の意[15]。
出典
[編集]- ^ a b c d e f 知里真志保編訳 編「えぞおばけ列伝」『アイヌ民譚集』岩波書店〈岩波文庫〉、1981年(原著1960年)、202-203頁。ISBN 978-4-00-320811-3 。
- ^ a b c d e f g h 吉田巌「アイヌの妖怪説話 (續)」『人類学雑誌』第29巻、第10号、日本人類学会、397-407(404)頁、1914年10月 。
- ^ a b c d Philippi, Donald L. (2015) [1979]. “Song of a Dragon God”. Songs of Gods, Songs of Humans: The Epic Tradition of the Ainu. Princeton University Press. pp. 154-161. ISBN 1400870690. JSTOR j.ctt13x0q8v.23
- ^ a b 久保寺逸彦『アイヌ叙事詩神謡・聖伝の研究』岩波書店、1977年、189-194頁。
- ^ Philippi 1979[3]。久保寺 1977に拠る[4]。
- ^ a b 常光徹監修『にっぽん妖怪大図鑑』2011年ポプラ社、99頁
- ^ a b c d e 更科源蔵『カメラ紀行 アイヌの神話』淡交新社、1967年、163-170頁。 NCID BN0622560X 。
- ^ a b 更科源蔵、安藤美紀夫『北海道の伝説』角川書店〈日本の伝説 17〉、1977年、67-170頁。ISBN 978-4-04-722017-1。
- ^ ユーカラ38番[4][3]。
- ^ a b Batchelor, John (January-March 1894). Items of Ainu Folk-Lore. 7. 30-31. JSTOR 532957
- ^ Philippi (2015) [1979]: "Dragons are sometimes companion spirits of shamanesses (竜は、ときおり巫女を伴う精霊にもなりうる)".[3]
- ^ Hunter's Log (2020).
- ^ 関口秋生編 編『あなたの知らない未確認生物 ニッポンのUMA〔図解説〕大図鑑』コアマガジン、2008年、203頁。ISBN 978-4-86252-311-2。
- ^ a b 更科源蔵『アイヌ伝説集』北書房、1971年、156-157頁。 NCID BN12649338。
- ^ 萱野茂「ウフイヌプリ【uhuy nupuri】」『アイヌ語辞典』、三省堂、116頁、1996年 。
外部リンク
[編集]- Hunter's Log (2012年2月29日). “オヤウカムイ work=龍学 -dragonology”. 2020年7月7日閲覧。