ロッキンガム侯爵
ロッキンガム侯爵 Marquess of Rockingham | |
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Arms:Quarterly, 1st and 4th, Argent on a Chevron engrailed Azure between three Martlets Sable as many Crescents Or (Watson); 2nd and 3rd, Sable a Chevron between three Leopards' Faces Or (Wentworth) Crest:A Griffin passant wings elevated Argent beaked forelegged and ducally gorged Or Supporters:Dexter: a Griffin Argent beaked and forelegged Gules collared vairé Ermine and Azure; Sinister: a Lion Or collared vairé Ermine and Gules
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創設時期 | 1746年4月19日 |
創設者 | ジョージ2世 |
貴族 | グレートブリテン貴族 |
初代 | 6代男爵トマス・ウェントワース |
最終保有者 | 2代侯チャールズ・ウェントワース |
付随称号 | モルトン伯爵(Ire) ハイアム子爵 モルトン男爵(Ire) ワス男爵 ハロウデン男爵 ロッキンガム男爵(E) |
現況 | 廃絶 |
断絶時期 | 1782年7月1日 |
モットー | Mea Gloria Fides and En Dieu Est tout |
ロッキンガム侯爵(英: Marquess of Rockingham)は、かつて存在したイギリスの侯爵位。グレートブリテン貴族。
ロッキンガム男爵、ロッキンガム伯爵、モルトン伯爵などを前身とし、初代モルトン伯爵トマス・ワトソン=ウェントワースが1746年に叙せられたことに始まる爵位である。その息子である2代ロッキンガム侯爵チャールズ・ワトソン=ウェントワースはイギリス首相を務めたことで知られるが、彼の代で爵位は絶えた。
歴史
[編集]庶民院議員も務めたロッキンガム城荘園の地主ルイス・ワトソン(1584–1653)は、1621年6月23日にイングランド準男爵位を与えられ、ついで1645年1月26日にイングランド貴族爵位「ノーサンプトン州におけるロッキンガムのロッキンガム男爵(Baron Rockingham, of Rockingham in the County of Northampton)」に叙せられた[1]。
その孫である3代ロッキンガム男爵ルイス・ワトソン(1655–1724)は、庶民院議員や猟犬管理官などを務めて1714年10月9日にグレートブリテン貴族爵位「ロッキンガム伯爵(Earl of Rockingham)」、「ケント州におけるリーズコートのソンズ子爵(Viscount Sondes, of Lees Court in the County of Kent)」、「ケント州におけるスロウリーのスロウリー男爵(Baron Throwley, of Throwley in the County of Kent)」に叙せられた[2]。しかしこれらの爵位は孫の3代ロッキンガム伯爵トマス・ワトソン(1715–1746)の死で家系が絶えて廃絶している[2]。
ロッキンガム男爵位のみ3代ロッキンガム伯爵の従兄弟にあたる初代モルトン伯爵トマス・ワトソン=ウェントワース(1693–1750)が継承した[2]。彼は2代ロッキンガム男爵エドワード・ワトソン(1630–1689)の三男トマス・ワトソン=ウェントワースの息子であり、庶民院議員を務めて、1728年5月28日にグレートブリテン貴族爵位「ヨーク州におけるモルトンのモルトン男爵(Baron Malton, of Malton in the County of York)」、1734年11月19日に「ヨーク州におけるワスのワス男爵(Baron Wath, of Wath in the County of York)」「ノーサンプトン州におけるハロウデンのハロウデン男爵(Baron Harrowden, of Harrowden in the County of Northampton)」「ノーサンプトン州におけるハイアム・フェラーズのハイアム子爵(Viscount Higham, of Higham Ferrers in the County of Northampton)」「モルトン伯爵(Earl of Malton)」に叙せられていた。そしてそのあとの1746年2月26日に上記の第6代ロッキンガム男爵位を継承した。さらに同年4月19日には「ロッキンガム侯爵(Marquess of Rockingham)」に叙せられた[3]。
その息子である2代ロッキンガム侯チャールズ・ワトソン=ウェントワース(1730–1782)は、ホイッグ党の中でも革新的なロッキンガム派のリーダーとなり、1762年から1766年と1782年には首相を務めた[4]。また彼は襲爵前の1750年9月17日にアイルランド貴族爵位「モルトン男爵(Baron Malton)」「モルトン伯爵(Earl of Malton)」に叙せられていた[3]。しかし子供はなく、彼の死とともに全ての保有爵位が消滅した[3]。
一族の本邸はノーサンプトンシャーのロッキンガム城とヨークシャーのウェントワース・ウッドハウスだった。
一覧
[編集]ロッキンガム男爵 (1645年)
[編集]- 初代ロッキンガム男爵ルイス・ワトソン (1584–1653)
- 2代ロッキンガム男爵エドワード・ワトソン (1630–1689)
- 3代ロッキンガム男爵ルイス・ワトソン (1655–1724) (1714年にロッキンガム伯)
ロッキンガム伯 (1714年)
[編集]- 初代ロッキンガム伯・3代ロッキンガム男爵ルイス・ワトソン (1655–1724)
- 2代ロッキンガム伯・4代ロッキンガム男爵ルイス・ワトソン (1714頃–1745)
- 3代ロッキンガム伯・5代ロッキンガム男爵トマス・ワトソン (1715–1746) (ロッキンガム伯爵位廃絶)
ロッキンガム男爵 (1645年)
[編集]- 初代モルトン伯爵・6代ロッキンガム男爵トマス・ワトソン=ウェントワース (1693–1750) (1746年にロッキンガム侯)
ロッキンガム侯 (1746年)
[編集]- 初代ロッキンガム侯トマス・ワトソン=ウェントワース (1693–1750)
- 2代ロッキンガム侯チャールズ・ワトソン=ウェントワース (1730–1782)(全爵位廃絶)
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ Heraldic Media Limited. “Rockingham, Baron (E, 1645 - 1782)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2015年11月16日閲覧。
- ^ a b c Heraldic Media Limited. “Rockingham, Earl of (GB, 1714 - 1746)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2015年11月16日閲覧。
- ^ a b c Heraldic Media Limited. “Rockingham, Marquess of (GB, 1746 - 1782)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2015年11月16日閲覧。
- ^ 今井宏編 1990, p. 332-355.
参考文献
[編集]- 今井宏 編『イギリス史〈2〉近世』山川出版社〈世界歴史大系〉、1990年。ISBN 978-4634460201。