鄧義
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(トウ義から転送)
鄧 義(とう ぎ、生没年不詳)は、中国後漢時代末期の政治家。荊州章陵郡の人。
正史の事跡
[編集]姓名 | 鄧義 |
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読み・ピンイン | とうぎ〔Dèng Yì〕 |
時代 | 後漢時代 |
生没年 | 〔不詳〕 |
字・別号 | 〔不詳〕 |
本貫・出身地等 | 荊州章陵郡 |
職官 | 荊州治中→侍中 |
爵位・号等 | - |
陣営・所属等 | 劉表→曹操 |
家族・一族 | 〔不詳〕 |
劉表配下の治中従事(『後漢書』劉表伝は「侍中従事」としているが、「治中従事」の誤りと思われる)。
建安元年(196年)、曹操が献帝を許に迎え入れると、鄧義は劉表に曹操と同盟するよう進言した。しかし、この時点で袁紹と同盟していた劉表は進言を容れず、しかも鄧義を侮辱するような言動をした。鄧義は病気を口実に辞職し、劉表が没するまで出仕しなかった。
建安13年(208年)、曹操が荊州を支配すると、鄧義は招聘され侍中に任命された。これ以後は史書に記述が見当たらない。
物語中の鄧義
[編集]小説『三国志演義』でも劉表死後に登場し、蔡瑁の命令で劉先と共に荊州を守備する。曹操が荊州に攻め寄せてくると、戦いし得ないとして軍民を引き連れ降伏している。以後、登場しない。