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デコンプレッション機構

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
デコンプレッションから転送)

デコンプレッション機構(デコンプレッションきこう、: compression release mechanism)とはレシプロエンジンの機構の一つで、シリンダー圧力を解放してエンジン始動性の向上や振動を低減させるもので、これに加え、ディーゼルエンジンでは停止させるための機構の一種でもある。デコンプ機構デコンプと略して呼ばれる場合が多い。

オートバイ

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シリンダーの単室容積がおおむね350 cc以上の排気量を持つエンジンで、かつ単気筒のように爆発間隔が大きいものは、人力での始動に労力を要し、同時にケッチンを食らう危険も伴うため、これらを回避できるデコンプレッション機構を備えることがある。

キックスターターなどの人力始動装置を用いて始動を行う際に、圧縮上死点をやや過ぎた辺りにピストンを位置させてからキックペダルを蹴り始めると、最初の(クランキングの最たる抵抗である)圧縮上死点までのクランクシャフト回転数を最大(4ストローク機関で2回転弱)にでき、始動が容易になる。ピストンの位置を合わせるにはキックペダルをゆっくりと動かしてクランクシャフトを回転させるが、このとき圧縮上死点の手前ではシリンダー内圧が上がって回転の抵抗となる。特に排気量が大きいエンジンでは抵抗が大きく、キックペダルを動かすために大きな力が必要になる。このとき力任せにキックペダルを動かすと勢い余って、初期位置として理想的なピストン位置を行きすぎてしまうことがある。デコンプレッション機構はこうした不便を解消するためにシリンダーの内圧を解放して始動前の準備をスムーズに行えるようにする機構である。

シリンダーヘッド排気バルブやデコンプ専用のバルブを開いて圧力を逃がす構造となっていて、バルブの開放はハンドルに設けられたレバーを操作して行う場合と、キックペダルに連動してバルブが開くオートデコンプの場合がある。同時に、蹴り始める位置として理想的なピストン位置となっていることを表示するキックインジケータを装備する車種もある。現行車種ではヤマハ・SR400がデコンプレバーとキックインジケータの両方を装備している[1]

デコンプ機構もキックインジケータも始動の補助機構であり、原動機にとって必須機構ではない。慣れによりデコンプを操作しなくても始動できる場合がある。

汎用エンジン

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始動装置としてリコイルスターターを用いる草刈り機チェーンソーにもデコンプレッション機構が組み込まれ、始動時の労力の軽減に寄与している。排気量25cc以下の4ストロークエンジンで電磁弁式のデコンプレッション機構が組み込まれているものは、オペレーターのボタン操作若しくはリコイルスターターの紐の位置を検出して自動的に作動する。排気量35ccを超えるエンジンの場合、DSP (DECOMPRESSION VALVE STARTING) と呼ばれる機械式のバルブの開閉によってデコンプレッションを行う場合が多い。DSPは、1966年にアメリカのチェーンソーメーカーのマッカラー社 (en:McCulloch Motors Corporation) によって手動式のものが搭載[2]され、その後1972年に現在の自動式のものが登場[3]し、今日の多くのチェーンソーで用いられている[4]。このDSPはエンジン停止時は開放状態が維持されているが、クランキングによりピストンが上下し始めるとシリンダーの内圧によって自動的に閉鎖される構造である。

また、こうしたデコンプレッションとは別に、近年では2ストロークエンジン向けに、特殊な形状の排気ポートを用いることで低速回転時にデコンプレッション効果を発揮する排気デコンプ[5]構造も広く採用されている。

ディーゼルエンジン

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自動車用のディーゼルエンジンのうち、古い予燃焼式エンジンにデコンプ機構を備えたものがあった。ディーゼルエンジンは圧縮比が高い一方、昔のセルモーター(スターターモーター)やバッテリーは性能が低かったため、セルモーターの負荷を軽減するためにデコンプ機構が用いられた。また、ディーゼルエンジンはイグニッションスイッチを切っても回り続ける場合があり、デコンプ機構によって圧縮を抜くことで燃焼を止めてエンジンを停止させていた[6]

耕耘機等に用いられているセルモーターを持たない小型の汎用ディーゼルエンジンでは、人力での容易な始動を可能にするために、デコンプ機構を作動させながら始動用クランクハンドルを回してフライホイールに十分な慣性モーメントを与えた後デコンプ機構をオフにするという方法が用いられている。

旧日本軍戦車等で広く用いられた空冷ディーゼルエンジンは、様々な構造のデコンプ機構を備えることで始動電動機のみでの始動を可能としていた。(慣性始動装置は始動に時間が掛かるため)九五式軽戦車などで用いられた14.3L直列6気筒では、排気弁のプッシュロッドの作動を制限することでデコンプ機構が各気筒独立して作動させられるようになっており、始動の際には初めに全気筒のデコンプ機構を開いて始動電動機の回転を開始し、十分に回転速度が上がったところで3番・4番気筒のデコンプ機構を閉じて部分的に点火行程を開始し、最後に全気筒のデコンプ機構を閉じる2段階操作で始動操作を完了する仕組みであり、寒冷地などの条件下ではセルモーターを2機搭載して始動トルクを段階的に強化できる工夫も行われていた。九七式中戦車で用いられた21.7L、4弁V型8気筒では、排気弁のカムシャフトを軸方向にスライドさせる事で減圧カムへと切り替える手動式の可変バルブ機構でデコンプ機構を実現しており、九五式の直6、九七式のV8共に予熱栓や吸気予熱装置英語版を持たない設計でありながらも諸外国の戦車と比較して良好な始動性を実現していた。一式中戦車以降採用された統制型一〇〇式V型12気筒では減圧カムは吸気弁側に作用する方式となり、予熱栓を併用する事で始動電動機のみでの始動を実現していたが、鉛蓄電池の性能低下や極寒冷下などの要因により始動電動機のみでは十分な始動トルクが得られない場合には、始動用クランクハンドルによる手動回転も併用された。統制型のうち民生向け水冷機関ではデコンプレバーの操作によりロッカーアームが強制的に押し下げられるよりシンプルな構造が用いられた[7]

ガソリンエンジン

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一般的な自動車用ガソリンエンジンでは始動性向上のためのデコンプレッションはあまり必要とされることはない。一方で始動時の振動低減のためにデコンプレッションが用いられる事がある。特にハイブリッド車アイドリングストップ車ではエンジンの再始動が頻繁に行われるため、ユーザーに不快感をもたらさないようにデコンプによる振動低減は重要となっている。

一般的な手法としては可変バルブタイミング機構により吸気弁を遅く閉じ、吸気を戻す事でデコンプを行う方法がある。一般的な可変バルブタイミング機構(油圧によりカム位相を可変するタイプ)では仕様上エンジン停止時、吸気カムは最遅角位置(吸気弁遅閉じ)でロックされるため、最遅角位置をデコンプが得られる時期まで遅らせている場合は始動時のデコンプは自動的に行われる事となる。ただし吸気弁の遅閉じによるデコンプは始動時間が伸びる場合があり、閉弁時期が遅すぎる場合は始動性が悪化する。このため始動時間・始動性が悪化しない範囲で吸気バルブタイミングの最遅角位置は設定される。

停止時に最遅角位置でロックされるタイプの可変バルブタイミング機構では始動性確保のために最遅角位置に制限を受けるため、バルブタイミングの作動角度範囲にも制限が生じる。しかし近年では中間ロック方式が開発され、最遅角位置を気にすること無く広い作動角度と始動時の最適な閉弁時期を得る事が可能となっている。また油圧式と異なり電気式の可変バルブタイミングでは始動時の閉弁時期が可変でき、振動低減と始動時間が両立するようにデコンプを調整する事が可能であるため採用理由の一つともなっている。

このように可変バルブタイミング機構が普及し、ハイブリッド車やアイドルストップ車が多くなった現代のガソリン車では振動低減のためのデコンプは一般的に用いられている機構といえる。

脚注

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  1. ^ 各部詳細説明”. ヤマハ発動機株式会社. 2011年7月6日閲覧。
  2. ^ U.S. Patent No. 3,538,899, "COMPRESSION RELIEF MECHANISM FOR STARTING INTERNAL COMBUSTION ENGINES", issued Nov 10, 1970
  3. ^ U.S. Patent No. 3,893,440, "AUTOMATIC DECOMPRESSION VALVE TO FACILITATE STARTING OF AN INTERNAL COMBUSTION ENGINE", issued July 8, 1975
  4. ^ デコンプ (DSP) 始動時減圧装置 - 株式会社新宮商工
  5. ^ [1]
  6. ^ ディーゼルエンジンを停止させるには、この他に燃料吸気のどちらかを遮断する方法がある。
  7. ^ 坂上茂樹「デコンプとその使用法について 陸軍統制系車両用高速ディーゼルにおける始動・停止補助装置」『経済学雑誌 117巻 4号』

関連項目

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外部リンク

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