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メモリアルアートの大野屋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ソウルジュエリーから転送)
株式会社メモリアルアートの大野屋
種類 株式会社
略称 大野屋、MAO
本社所在地 日本の旗 日本
190-0012
東京都立川市曙町二丁目22番20号
立川センタービル9階
設立 1939年3月
業種 サービス業
法人番号 9011101056574 ウィキデータを編集
事業内容 墓所墓石の販売
墓所造営
葬祭業
仏壇仏具の販売
保険
代表者 大澤 静可(代表取締役会長兼CEO
奥田 実 (代表取締役社長兼COO
資本金 1億円
純利益 3900万円
(2023年12月期)[1]
総資産 83億8200万円
(2023年12月期)[1]
従業員数 295名(2019年1月1日時点)
決算期 12月
外部リンク https://www.ohnoya.co.jp/
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株式会社メモリアルアートの大野屋(メモリアルアートのおおのや)は、東京都立川市に本社を置く葬祭業及び墓地墓石仏壇仏具の販売などを行う企業。

沿革

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  • 1939年(昭和14年)3月 創業者大澤良丈が多磨霊園裏門前に石材店「大野屋」を開業。
  • 1949年(昭和24年)
    • 合名会社大野屋」を設立、個人商店から会社法人に改組。
    • 寺院と共同で八ヵ寺墓地を開発し、霊園開発のノウハウを得る。
  • 1969年(昭和44年) 建墓ローンの取扱いを開始。併せて車額広告の掲出を行う。共に業界初。
  • 1971年(昭和46年) 社名を現在の「メモリアルアートの大野屋」に変更し、記念、記憶、追憶などを意味する「メモリアル」と芸術、技術を意味する「アート」を組み合わせ旧来の墓石、石屋の暗いイメージを一新、新しいお墓の在り方を主張。またスフィンクスをシンボルマークに制定。
  • 1973年(昭和48年) 石材業界では初めてとなるテレビCMを開始。
  • 1976年(昭和51年) 仏具部を開設。仏壇販売を始める。
  • 1979年(昭和54年) 大阪支店を開設。関東の石材店としては初の関西進出。
  • 1985年(昭和60年) 「建墓プラン・ピラミッド」を発売し、保険事業を開始。その後1997年(平成9年)には損害保険1998年(平成11年)には生前予約システム「アンシア」の販売を開始し、取扱いの幅を広げる。
  • 1989年(平成元年) 名古屋支店を開設。
  • 1995年(平成7年) 仏事相談サービス等を行う大野屋テレホンセンターを開設。併せて仏事相談や葬儀の緊急コールに使える「もしもカード」の発行を開始。また葬儀子会社の大野屋セレモ株式会社が葬祭会館「おおのやホール」を開設。葬祭事業の積極的展開を進める。
  • 1998年(平成10年) 大野屋セレモ株式会社を統合。現在の事業領域となる。またアメリカ合衆国最大手のROA社と技術提携を結び、より多様な墓石デザインが可能となる。
  • 2000年(平成12年) 葬儀、仏壇、墓所、墓石、保険といった仏事全般のトータルサービスを提供できる初めての店舗「メモリアルギャラリー横浜」を開設。
  • 2011年(平成13年) 「メモリアルギャラリー千葉」を開設。
  • 2002年(平成14年) 山岳散骨サービス「モンブラン葬」を開発。
  • 2003年(平成15年) ペットの遺骨を一緒に埋葬できる墓地「withペット」を開発。また「仏壇クイック補修サービス」を開始。ともに業界初。
  • 2004年(平成16年) 仏事総合サービス案内を兼ねた提供型の「フューネラルホーム」をさいたま市にオープン。
  • 2005年(平成17年) 墓石業界で初めて「プライバシーマーク」を取得。
  • 2006年(平成18年) 関東墓石事業部門、国際規格「ISO9001」を取得。
  • 2007年(平成19年) 大野屋テレホンセンターへの相談件数が10万件を突破。
  • 2009年(平成21年)
    • 「ホール&リビング リコルド田園調布」の会員組織「リコルドプレミアムクラブ」を発足。
    • 書道家・武田双雲とコラボレーションした墓石彫刻サービス「双書(そうしょ)」を開始。
  • 2010年(平成22年) 本社を新宿センタービル内に移転。
  • 2017年(平成29年) 供養文化の発展を目的に、毎年9月4日を「供養の日」と制定[2]

歴代CMモデル

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提供番組

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脚注

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外部リンク

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