ジョージ・トゥポウ5世
ジョージ・トゥポウ5世 George Tupou V | |
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トンガ国王 | |
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在位 | 2006年9月11日 - 2012年3月18日 |
戴冠式 | 2008年8月1日 |
全名 | Siaosi Tāufaʻāhau Manumataongo Tukuʻaho |
出生 |
1948年5月4日 トンガ、トンガタプ島 |
死去 |
2012年3月18日(63歳没) 香港、薄扶林 |
子女 | 女子(非嫡出子) |
父親 | タウファアハウ・トゥポウ4世 |
母親 | ハラエバル・マタアホ |
ジョージ・トゥポウ5世(George Tupou V、1948年5月4日 - 2012年3月18日)は、トンガ国王。本名をSiaosi Tāufaʻāhau Manumataongo Tukuʻaho Tupou V[1]という。なお、SiaosiはGeorgeのトンガ語における転訛であり、トンガ語に基づいて「シオアシ・トゥポウ5世」と表記されることもある。
人物
[編集]元国王タウファアハウ・トゥポウ4世とハラエバル・マタアホHalaevalu Mataʻaho王太后の長男で、1966年5月4日に王太子となった[2]。
スイスの小学校、オークランドの中学校に通い、イングランドのオックスフォード大学、サンドハースト王立陸軍士官学校で学んだ。
王太子時代から、トンガの政治に大きな影響を持ち、1979年から1998年には外務大臣を務め[2]、トンガや国外でかなりの財をなした。
2006年9月11日に王位を継承[2]し、初代トゥイ・カノクポルTu'i Kanokupolu(ンガタNgata)から数えて23代目のトンガ国王に即位。王位に就いて最初の宣言は、法律に従い、事業を全て止めるというものだった。
2006年のトンガ動乱(2006 Nuku‘alofa riots)の影響で、戴冠式は2008年8月1日に、日本の皇太子徳仁親王など世界各国の皇族・王族や要人らを招いて行われた。
2012年3月18日、香港の病院で崩御[3]。63歳没。トゥポウ5世には王位継承権のある王子女がなく、長弟のファタフェヒFatafehi ʻAlaivahamamaʻo Tukuʻaho王子は両親や兄に先立って2004年に薨去していたため、次弟の元首相ウルカララʻUlukālala Lavaka Ata王子(アホエイトゥʻAhoʻeitu ʻUnuakiʻotonga Tukuʻaho、1959年生まれ)がトゥポウトア・ラヴァカTupoutoʻa Lavaka王太弟として立てられ、王位を継承し、トゥポウ6世として即位した。
トゥポウ5世に結婚歴はなく、嫡出子はいないが、非嫡出子の娘がいる。しかしトンガの憲法により、この女子に王位継承権はない。
脚注
[編集]- ^ His Majesty King Siaosi Tāufaʻāhau Manumataongo Tukuʻaho (George) Tupou V of Tonga Has Died (VIDEOS) UPDATE!
- ^ a b c “外務省: ジョージ・トゥポウ5世 トンガ国王略歴”. www.mofa.go.jp. 2022年5月23日閲覧。
- ^ Tonga King George Tupou V 'dies in Hong Kong' BBC News 2012年3月19日閲覧