ジュウモンジダコ属
ジュウモンジダコ属 | |||||||||||||||||||||||||||
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ジュウモンジダコ属の1種
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分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Grimpoteuthis Robson, 1932 | |||||||||||||||||||||||||||
タイプ種 | |||||||||||||||||||||||||||
Grimpoteuthis umbellata (Fischer, 1883) | |||||||||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||||||||
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和名 | |||||||||||||||||||||||||||
ジュウモンジダコ属 | |||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||
Dumbo octopuses | |||||||||||||||||||||||||||
下位分類群 | |||||||||||||||||||||||||||
ジュウモンジダコ属[1][2](ジュウモンジダコぞく、Grimpoteuthis)は、有触毛亜目メンダコ科に属する深海性のタコの1属である[3][4][5]。英語ではダンボ・オクトパス (英: dumbo octopuses) とも呼ばれる[6]。この名前は、外套膜の上の辺りに巨大な耳のような鰭を持つことから[7]、1941年公開のディズニー映画のキャラクター、ダンボの耳に喩えられたことに由来している[6]。最も深い場所に生息しているタコの仲間とされる[6]。
和名と分類
[編集]「ジュウモンジダコ」の和名で呼ばれたタコは2種存在する。
- Grimpoteuthis hippocrepium (Hoyle, 1904)
- 窪寺 (2017) などでジュウモンジダコと呼ばれる[8][5][9]。Stauroteuthis hippocrepium Hoyle, 1904 として記載され[10]、もう1種と同じ Stauroteuthis Verrill, 1879 に属していた。日本近海にも生息し、熱帯東太平洋の水深0–3,280 m と、小笠原諸島近海の北西太平洋海盆の水深0–6,720 m から見つかっている[5]。
- Stauroteuthis syrtensis (Verrill, 1879)
- 瀧 (1999) でジュウモンジダコと呼ばれる[11]。現在では「ヒカリジュウモンジダコ」と呼ばれることが多い[12][13]。北西大西洋に分布する[11][3]。水深457–2,463 m(メートル)から見つかっている[3]。
そのため、Stauroteuthis 属もジュウモンジダコ属と呼ばれた[14]。また、その属する Stauroteuthidae 科もジュウモンジダコ科と呼ばれる[8][11][15][16]。
分類
[編集]本項で述べる Grimpoteuthis は、Grimpoteuthidae 科に置かれることもある[17]。まずジュウモンジダコ属 Grimpoteuthis は Voss (1988) によりメンダコ科 Opisthoteuthidae に含められた[17]。O'Shea (1999) はメンダコ科から本属 Grimpoteuthis と Luteuthis 属を分離し、それぞれ Grimpoteuthidae と Luteuthidae とした[17]。分子系統解析を行った Piertney et al. (2003) では、ジュウモンジダコ属 Grimpoteuthis と Luteuthis、Enigmatiteuthis の3属が Grimpoteuthidae に含められた[17][18]。分子系統解析により鞘形類の属レベルの系統関係を示した Sanchez et al. (2018) では、やはりメンダコ科に含められている[4]。
本属 Grimpoteuthis は Robson (1932) により記載された[19]。タイプ種である Grimpoteuthis umbellata はアゾレス諸島近海の水深2,235 m から得られた状態の悪い1標本のみが知られる[20]。そのため、属の定義などにはタイプ産地からの新たな標本が求められる[20]。この種はもともと Fischer (1883) により Cirroteuthis umbellata として記載された[21]。ほかにも、G. meangensis、G. megaptera、G. pacifica および G. plena も Cirroteuthis として記載され、G. wuelkeri やジュウモンジダコ G. hippocrepium は Stauroteuthis として記載された[22]。
系統関係
[編集]Piertney et al. (2003) による有触毛亜目の系統樹を示す。
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Sanchez et al. (2018) では、以下のような系統関係が示された。有触毛亜目および、ヒゲダコ科は側系統群となった[4]。
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形態
[編集]体は釣鐘状で、半ゼラチン質[23][6][19]。体表には色素胞を持たない[1]。外套長は最大115 mm(ミリメートル)、全長は最大475 mm[19]。
腕はほぼ同大等長で、広い傘膜を持つ[11]。有触毛亜目は2層の傘膜を持つこともあるが、本属では一次膜は厚く、二次膜を欠く[19]。吸盤列は1列で、その両側に触毛(棘毛[6])が並ぶ[11][1]。交接腕は不明瞭[11]。腕の吸盤は一部の種に性的二形がみられる[19]。
外套膜の側方に中程度から大きな鰭を持つ[20][19]。貝殻は内在性(スティレット)で、U字形である[20][6][19]。歯舌は歯が1本の単純な形か、完全に退化する[20][19]。
輸卵管は右側のみ残存する[11]。墨汁嚢を欠く[11][1][19]。また、腸の血洞を欠く[11]。
行動と生態
[編集]寿命は3–5年と考えられている[6]。
内在性の貝殻に支えられた大きな鰭と薄い傘膜が発達したヒゲダコ科では主に鰭と傘膜を動かした泳ぎ方をし、短い鰭と厚い傘膜を持つメンダコ属では頑丈な腕による移動を行うと考えられているが、ジュウモンジダコ属では両者の中間的な形質を持ち、海底に生息するとともに鰭を使った遊泳を行うと考えられている[23]。深海での生態写真から、海底で休む様子や鰭を使った遊泳、傘膜を使った漂泳が観察されている[24]。また、傘膜を翻し、腕の口側を外に向け、外套膜を覆うような行動も知られている[25]。
浅海の底生のタコを多く含む無触毛亜目に比べると、捕食行動は少ない[26]。Grimpoteuthis boylei の胃内容物から、多毛類やカイアシ類、端脚類や等脚類などの甲殻類を捕食していることが分かっている[27]。触毛で小さな獲物を操作したり、餌を口に運ぶために水流を生み出したりする[6]。触毛には化学受容器を持ち、暗闇で餌を探すのに用いていると考えられている[6]。
深海棲であり、顎板から種を見分けるのが難しいため、天敵となる捕食者の記録は少ない。ただし、南アフリカで漁獲されたアカシュモクザメ Sphyrna lewini の胃内容物から、おそらく本属と思われる深海棲タコが記録されている[23]。
雄は明瞭な交接腕を欠くため、大きな吸盤を使って雌の外套腔に直接精莢を挿入する[28]。雌は一時的に精子を保管し、のちに受精に用いる[28]。雌は様々な発育段階の卵を抱卵するため、繁殖に季節性はなく、生涯を通して行われると考えられている[28]。卵が体外に放出されると、卵膜が冷たい海水に触れて固くなる[28]。母ダコは卵を海底の礫や貝殻の下に隠す[28]。
種と分布
[編集]本属はインド-太平洋から大西洋、南氷洋にかけて広く分布するが、北緯50°以北の北極海からは見つかっていない[3][20]。種としては広域分布するものは知られていない[3]。
鉛直方向の生息域は水深200 m 前後から7,000 m 以深とされ、水深7,279 m からも見つかっている[3]。今まで知られている中でも最も深い場所に棲むタコの仲間ともされる[6]。
下記の14種が知られる[22]。以下に種と、発見された水深を示す。
- Grimpoteuthis abyssicola O'Shea, 1999 - 2,821–3,180 m[29]
- Grimpoteuthis bathynectes Voss & Pearcy, 1990 - 2,816–3,932 m[30]
- Grimpoteuthis boylei Collins, 2003 - 4,845–4,847 m[31]
- Grimpoteuthis challengeri Collins, 2003 - 4,828–4,838 m[31]
- Grimpoteuthis discoveryi Collins, 2003 - 2,600–4,870 m[20]
- ジュウモンジダコ Grimpoteuthis hippocrepium (Hoyle, 1904) - 0–6,720 m[5][注釈 1]
- Grimpoteuthis innominata (O'Shea, 1999) - 1,705–2,002 m[10][注釈 2]
- Grimpoteuthis meangensis (Hoyle, 1885) - 915–1,098 m[3]
- Grimpoteuthis megaptera (Verrill, 1885) - 1,929–4,710 m[3]
- Grimpoteuthis pacifica (Hoyle, 1885) - 4465 m[3]
- Grimpoteuthis plena (Verrill, 1885) - 1,964 m[3]
- Grimpoteuthis tuftsi Voss & Pearcy, 1990 - 3,585–3,900 m[20]
- Grimpoteuthis umbellata (P. Fischer, 1884) - 1,140–5,274 m[3]
- Grimpoteuthis wuelkeri (Grimpe, 1920) - 1,501–2,057 m[32][3]
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d EVE CONANT, NGM STAFF「あなたの知らないオクトパス: 並外れた能力」『ナショナル ジオグラフィック日本版』第30巻第5号、日経ナショナルジオグラフィック、2024年5月、16–23頁、ISSN 1340-8399。
- ^ “Grimpoteuthis Robson, 1932 ジュウモンジダコ属”. BiSMaL. 2024年8月10日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l Voss 1988, pp. 295–307.
- ^ a b c Sanchez et al. 2018: e4331
- ^ a b c d 窪寺 2017, p. 1144.
- ^ a b c d e f g h i j モンゴメリー 2024, p. 180.
- ^ JAMSTEC 環境報告書2008 (PDF) (Report). 海洋研究開発機構. 2008. p. 9. 2024年8月10日閲覧。
- ^ a b 窪寺 2013, p. 269.
- ^ “Grimpoteuthis hippocrepium (Hoyle, 1904) ジュウモンジダコ”. BiSMaL. 2024年8月10日閲覧。
- ^ a b c d Hochberg et al. 2016, p. 262.
- ^ a b c d e f g h i 瀧 1999, p. 374.
- ^ 大場 2015, p. 102.
- ^ “映画『リトル・マーメイド』の魔女はタコ? イカ? 真剣に考えた”. ナショナル ジオグラフィック 日本版 (2023年6月23日). 2024年8月5日閲覧。
- ^ 松田純佳『日本周辺海域における小型ハクジラの食性』(博士論文・水産科学専攻)北海道大学、2017年9月25日。doi:10.14943/doctoral.k12855。甲第12855号 。2024年9月16日閲覧。
- ^ 肥後 & 後藤 1993, p. 535.
- ^ 佐々木 2010, p. 56.
- ^ a b c d Collins & Villaneuva 2006, p. 293.
- ^ Piertney et al. 2003, pp. 348–353.
- ^ a b c d e f g h i Hochberg et al. 2016, p. 259.
- ^ a b c d e f g h Collins & Villaneuva 2006, p. 298.
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- ^ a b Hochberg et al. 2016, pp. 259–263.
- ^ a b c Collins & Villaneuva 2006, p. 310.
- ^ Collins & Villaneuva 2006, pp. 312, 316.
- ^ Collins & Villaneuva 2006, p. 314.
- ^ Collins & Villaneuva 2006, p. 307.
- ^ Collins & Villaneuva 2006, p. 308.
- ^ a b c d e モンゴメリー 2024, p. 181.
- ^ O'Shea 1999, pp. 1–280.
- ^ Hochberg et al. 2016, p. 261.
- ^ a b Collins 2003, pp. 93–127.
- ^ Collins & Villaneuva 2006, p. 303.
参考文献
[編集]- Collins, M.A. (2003). “The genus Grimpoteuthis (Octopoda: Grimpoteuthidae) in the north-east Atlantic, with descriptions of three new species”. Zoological Journal of the Linnean Society 139 (1): 93–127. doi:10.1046/j.1096-3642.2003.00074.x.
- Collins, M.A.; Villaneuva (2006). “Taxonomy, ecology and behaviour of the cirrate octopods”. In Gibson, R.N., R.J.A. Atkinson & J.D.M. Gordon. Oceanography and Marine Biology: An Annual Review. 44. London: Taylor and Francis. pp. 277–322
- Hochberg, F.G.; Norman, M.D.; Finn, J.K. (2016). “Family Opisthoteuthidae”. In Jereb, P.; Roper, C.F.E.; Norman, M.D. & Finn, J.K.. Cephalopods of the world. An annotated and illustrated catalogue of cephalopod species known to date. Volume 3. Octopods and Vampire Squids. FAO Species Catalogue for Fishery Purposes. No. 4, Vol. 3. Rome: FAO. pp. 248–261. ISBN 978-92-5-107989-8
- O'Shea, S. (1999). “The marine fauna of New Zealand: Octopoda (Mollusca: Cephalopoda)”. NIWA Biodiversity Memoir 112: 1–280.
- Piertney, S.B.; Hudelot, C.; Hochberg, F.G.; Collins, M.A. (2003). “Phylogenetic relationships among cirrate octopods (Mollusca: Cephalopoda) resolved using mitochondrial 16S ribosomal DNA sequences”. Molecular Phylogenetics and Evolution 27 (2): 348–353. doi:10.1016/S1055-7903(02)00420-7.
- Robson, G. C. (1932). A Monograph of the Recent Cephalopoda. Part II. Octopoda. London: British Museum (Natural History). p. 136
- Sanchez, G.; Setiamarga, D. H. E.; Tuanapaya, S.; Tongtherm, K.; Winkelmann, I. E.; Schmidbaur, H.; Umino, T. (2018). “Genus-level phylogeny of cephalopods using molecular markers: current status and problematic areas”. PeerJ: e4331. doi:10.7717/peerj.4331.
- Voss, G. L. (1988). “The biogeography of the deep-sea Octopoda”. Malacologia 29 (1): 295–307 .
- 大場裕一『光る生き物 DVD付』学研プラス〈学研の図鑑LITE〉、2015年11月27日。ISBN 978-4054061712。
- 窪寺恒己 著「第9章 日本のタコ図鑑」、奥谷喬司 編『日本のタコ学』東海大学出版会、2013年6月5日、211–269頁。ISBN 978-4486019411。
- 窪寺恒己 著「頭足綱」、奥谷喬司 編『日本近海産貝類図鑑 第二版』東海大学出版会、2017年1月26日、1131–1151頁。ISBN 978-4486019848。
- 佐々木猛智「貝類学」、東京大学出版会、2010年8月10日、ISBN 978-4-13-060190-0。
- 瀧巌「第8綱 頭足類」『動物系統分類学 第5巻上 軟体動物(I)』内山亨・山田真弓 監修、中山書店、1999年1月30日、327–391頁。ISBN 4521072313。
- 肥後俊一、後藤芳央『日本及び周辺地域産軟体動物総目録』エル貝類出版局、1993年2月。
- サイ・モンゴメリー 著、定木大介 訳、尾崎憲和、川端麻里子 編『神秘なるオクトパスの世界』池田譲 日本語版監修、日経ナショナル ジオグラフィック、2024年4月15日。ISBN 9784863136106。