コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

ジャン=ピエール・レオ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jeanジャン-Pierreピエール Léaudレオ
Jean(ジャン)-Pierre(ピエール) Léaud(レオ)
2000年、第25回セザール賞にて
生年月日 (1944-05-28) 1944年5月28日(80歳)
出生地 フランスの旗 フランス国 パリ
職業 俳優
ジャンル
主な作品
受賞
カンヌ国際映画祭
ベルリン国際映画祭
セザール賞
名誉賞
2000年
その他の賞
テンプレートを表示

ジャン=ピエール・レオ(フランス語: Jean-Pierre Léaud、1944年5月28日 - ) は、フランス俳優[1]。「ジャン=ピエール・レオー」とも表記される。

来歴

[編集]

1944年5月28日、パリに生まれる[2]。父は脚本家ピエール・レオPierre Léaud)、母親は女優ジャクリーヌ・ピエルーJacqueline Pierreux)という恵まれた家庭に生まれ育ち、幼い頃から俳優になることを夢見る。13歳の時にフランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』の主役のオーディションに自らの強い意志で応募。トリュフォーから「誰よりも本気だった」との評価を得て主役の座を射止める。

『大人は判ってくれない』の成功とトリュフォーからの寵愛を得たことから、ヌーヴェルヴァーグの監督達の様々な作品に出演。ヌーヴェルヴァーグを代表する俳優となった。トリュフォーの死の前から、ゴダールとトリュフォーの板挟みに苦しみ精神的に不安定な時期を経て復帰した。以後、現在に至るまで活躍し、2016年には第69回カンヌ国際映画祭において名誉パルム・ドールを受賞している[3]

フィルモグラフィー

[編集]
大人は判ってくれない』(1959年)

脚注

[編集]
  1. ^ Jean-Pierre LéaudIMDb. 2020年9月10日閲覧。
  2. ^ Jean-Pierre Léaud”. AlloCiné. 2015年9月21日閲覧。
  3. ^ The honorary Palme d’or awarded to Jean-Pierre Léaud”. Cannes. 2016年5月23日閲覧。

外部リンク

[編集]