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シーサッチャナーライ郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

座標: 北緯17度31分2秒 東経99度45分37秒 / 北緯17.51722度 東経99.76028度 / 17.51722; 99.76028

シーサッチャナーライ
位置画像
シーサッチャナーライの位置
情報
タイ語名 อำเภอศรีสัชนาลัย
スコータイ県
地理番号 6405
郵便番号 64130
統計
面積 2,050.511 km2
人口 95,198 人 (2005年)
人口密度 46.4 人/km2
行政
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シーサッチャナーライ郡(シーサッチャナーライぐん)は、タイスコータイ県にある郡(アンプー)である。

名称

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シーサッチャナーライとは「吉祥なる銀の出るところ」を意味する。旧称・チャリエン (タイ語: ชะเลียง) 、ハートシアオ (タイ語: หาดเสี้ยว) 。サワンカローク (タイ語: สวรรคโลก) 、サンカローク (タイ語: สังคโลก) とも称したが、現在、この名称はサワンカローク郡のものとなっている。

歴史

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ワット・チャーンローム

3世紀ごろの人間の形跡もみられる。クメール王朝時代の遺構も見つかっており、タイ族到達以前からの人類の痕跡がある。

スコータイ王朝時代には、4大一級地方ムアン(ムアンルークルワン、Muang Luk Luang)の1つとなり[1]、スコータイの副王の統治する町となった。スコータイ王ラームカムヘーンは中国から陶磁器の製法を輸入し、シーサッチャナーライ周辺では陶器産業が盛んになった。また、ラームカムヘーン王はここに仏塔を建て、仏舎利を奉納している。スコータイ王リタイは、即位するまではシーサッチャナーライの国主であり、即位の後もシーサッチャナーライに寺院など多数建立し、現在、シーサッチャナーライ歴史公園と呼ばれて残る遺跡を作り上げた。

その後、アユタヤ王朝に帰順したが、トライローカナート王の時代の1460年には、サワンカローク(シーサッチャナーライ)の国主は宗主国であったアユタヤに離反し、北方のラーンナーに帰順した。その翌年、サワンカロークの国主は、チエンマイの国王を連れて、ピッサヌロークやカムペーンペットを得ようとしたが失敗に終わる[2]。この後、このサワンカロークの国主は、チエンマイの王に不忠であるとされて、チエンマイに送られ、ラムパーンの国主が代わりにサワンカロークの国主となった[3]。この後、トライローカナートはサワンカロークを取り返している。

1767年のアユタヤ陥落の際に町は見捨てられ、後のラッタナコーシン王朝時に再建された。そのころの町はハートシアオと呼ばれていたが、1939年に現在の名前に改称された[4]

地理

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南部にはヨム川の形成した台地が広がり、北部には山岳地帯が広がる。

交通は、国道101号線が南北に通っており、北はプレー方面と、南はスコータイ方面とつながっている。国道102号線が東に延びておりウッタラディット方面とつながっている。

経済

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郡内の主な産業は農業であり、米の生産が盛んである。

行政区分

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郡は11のタムボンがあり、さらにその下位に148の村(ムーバーン)が存在する。郡内には2つのテーサバーン(自治体)が設置されており以下のようになっている。

  • テーサバーンタムボン(タムボン自治体)・シーサッチャナーライ …… タムボン・シーサッチャナーライ、タムボン・ターチャイの全体およびタムボン・ノーンオーの一部。
  • テーサバーンタムボン・ハートシアオ …… タムボン・ハートシアオの一部。

また、郡内には8つのタムボン行政体が設置されている。以下はタムボンの一覧である。

  1. タムボン・ハートシアオ …… タイ語: ตำบลหาดเสี้ยว
  2. タムボン・パーギウ …… タイ語: ตำบลป่างิ้ว
  3. タムボン・メーサム …… タイ語: ตำบลแม่สำ
  4. タムボン・メーシン …… タイ語: ตำบลแม่สิน
  5. タムボン・バーントゥック …… タイ語: ตำบลบ้านตึก
  6. タムボン・ノーンオー …… タイ語: ตำบลหนองอ้อ
  7. タムボン・ターチャイ …… タイ語: ตำบลท่าชัย
  8. タムボン・シーサッチャナーライ …… タイ語: ตำบลศรีสัชนาลัย
  9. タムボン・ドンドゥー …… タイ語: ตำบลดงคู่
  10. タムボン・バーンケーン …… タイ語: ตำบลบ้านแก่ง
  11. タムボン・サーラチット …… タイ語: ตำบลสารจิตร

外部リンク

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脚注

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  1. ^ 柿崎千代 訳『タイの歴史』明石書店〈世界の教科書シリーズ〉、2002年、117頁。ISBN 978-4-7503-1555-3 
  2. ^ พระราชพงศาวดารกรุงเก่า ฉบับหลวงประเสริฐอักษรนิติ์ - アユタヤ王朝年代記ルワン・プラスート本
  3. ^ The Chiang Mai Chronicle 2nd Edition, trans. David K. Wyatt and Aroonrut Wichienkeeo, Chinag Mai: Silkworm Books, 1998, pp92-94 ISBN 9747100622
  4. ^ “พระราชกฤษฎีกาเปลี่ยนนามอำเภอ กิ่งอำเภอ และตำบลบางแห่ง พุทธศักราช ๒๔๘๒” (Thai). ราชกิจจานุเบกษา 56 (0 ก): 354-364. (๑๗ เมษายน ๒๔๘๒). http://www.ratchakitcha.soc.go.th/DATA/PDF/2482/A/354.PDF.