ケニー・ハリソン (野球)
基本情報 | |
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国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | ハワイ州カイルア |
生年月日 | 1971年11月8日(52歳) |
身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 195 lb =約88.5 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投左打 |
ポジション | 外野手 |
プロ入り | 1996年 アマチュアFA |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
この表について
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ケネス・ジョン・ハリソン(Kenneth John Harrison, 1971年11月8日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州出身の野球選手(外野手)。長打力があり、変化球に対応する器用さや盗塁能力も兼ね備えていた[1]。
経歴
[編集]ハワイ大学では4年間で打率.341、11本塁打の成績を残し、特に最終学年の4年生では打率.389、8本塁打、60打点でウエスタン・アスレチック・カンファレンスのMVPに選出されている[1]。1993年のMLBドラフト2巡目でミネソタ・ツインズから指名を受けたが、MLBの選手としては体格が大柄ではなく、プロとして金銭的な報酬を求めるならNPBの方が適していると考え、入団を拒否[2]。ハワイに遠征してきた東京六大学選抜との対戦経験などから、日本式の厳しい練習で成長しNPBで活躍することを目指して1994年に社会人野球の川崎製鉄千葉に入社した[2]。MLBのドラフト指名を受けた選手が社会人野球でプレーするのはデレク・タツノ以来、史上2人目となった。
訪日直後の3月のJABA東京スポニチ大会から3番・右翼手としてスタメンで起用され、1本塁打を含む9打数3安打の成績を残している[2]。同年の都市対抗では本塁打を放ち、日本選手権ではチームのベスト8進出に貢献して優秀選手に選出された。翌1995年も公式戦打率.417の打撃で都市対抗出場に貢献したが、外国人選手枠との兼ね合いなどから獲得に至るNPBの球団は現れなかった[3]。2年間で公式戦打率.324、9本塁打の成績を残したが、コミュニケーション面での鬱積などもあり、2年契約の満了に伴い同年9月をもってアメリカに帰国[4]。1996年はピッツバーグ・パイレーツ傘下(当時)のA+級リンチバーグ・ヒルキャッツでプレーした[5]。
脚注
[編集]外部リンク
[編集]- 選手の通算成績と情報 Baseball-Reference (Register)