蓑火
概要
[編集]旧暦五月の梅雨の夜などに、琵琶湖を人の乗った舟が渡ると、その者が雨具として身に着けている蓑に点々と、まるでホタルの光のように火の玉が現れる。蓑をすみやかに脱ぎ捨てれば蓑火も消えてしまうが、うかつに手で払いのけようとすれば、どんどん数を増し、星のまたたきのようにキラキラと光る[1][2]。熱くはないらしい[3]。
琵琶湖で水死した人間の怨霊が姿を変えたものともいわれるが、井上円了の説によれば、これは一種のガスによる現象とされる[2]。
同種の怪火は各地に伝承があり、秋田県仙北郡、新潟県中蒲原郡、新潟市、三条市、福井県坂井郡(現・坂井市)などでは蓑虫(みのむし)、蓑虫の火(みのむしのひ)、蓑虫火(みのむしび)、ミノボシ、ミーボシ、ミームシなどという。信濃川流域に多いもので、主に雨の日の夜道や船上で蓑、傘、衣服に蛍状の火がまとわりつくもので、慌てて払うと火は勢いを増して体中を包み込むという。大勢でいるときでも一人にしか見えず、同行者には見えないことがあり、この状態は「蓑虫に憑かれた」と呼ばれる。逆に居合わせた人々全員に憑くこともあり、マッチなどで火を灯すか、しばらく待てば消え去るという。中蒲原郡大秋村では、秋に最も多く出るという[2][4]。
北陸地方の奇談集『北越奇談』などには福井県坂井郡の蓑虫の記述があるが、これは怪火ではなく、雨の夜道で傘の水滴が目の前に垂れ下がり、手で払おうとすると脇によけ、次第に水玉が大きくなり、数を増して目をくらますものという。正体は狸の仕業ともいわれ、石屋や大工には憑かないという特徴がある。また秋田県仙北郡角館町(現・仙北市)付近では、蓑虫は寒い晴れの日、蓑や被り物の縁に光が付着して、手で払っても消えないものだという。これらの怪異は新潟県ではイタチ、三条市では狐、坂井郡では狸の仕業とされる[2]。
安政時代の書物『利根川図志』にも、これらと同種の怪火である川蛍(かわぼたる)がある。これは千葉県印旛沼で、主に雨の日、夜中に高さ1-2尺(約30-60センチメートル)の空中にホタルのような光が漂うというものである。沼の上に出した舟の中に入ってくることもあり、力まかせに叩くと船一面に砕け散り、火のように燃えることはないものの、非常に生臭い悪臭と、油のようにぬるぬると気味の悪い感触が残り、洗ってもなかなか落ちないという[5]。
脚注
[編集]- ^ 水木しげる『妖鬼化 3 近畿編』Softgarage、2004年、134頁。ISBN 978-4-86133-006-3。
- ^ a b c d 村上健司編著『妖怪事典』毎日新聞社、2000年、322-323頁。ISBN 978-4-620-31428-0。
- ^ 水木しげる『妖怪伝』(1985年11月、講談社) p.126
- ^ 水木しげる『妖鬼化 2 中部編』Softgarage、2004年、142頁。ISBN 978-4-86133-005-6。
- ^ 『妖怪事典』、126頁。