マスタードオイル
マスタードオイル(英: mustard oil)という言葉は、マスタードシードに由来する以下の2つの油に対して用いられる。
マスタードオイルの辛味は、TRPA1チャネルの活性化因子であるアリルイソチオシアネートが存在するためである。
圧搾油
[編集]この油は非常に辛く、北インド、東インド、ネパール、バングラデシュ、パキスタン等でよく料理に用いられ、特にベンガル州、オリッサ州、アッサム州、ネパールでは伝統的に好んで使われている。マスタードシードの約30%を油が占める。マスタードオイルは、クロガラシ、カラシナ、シロガラシから作られる。
特長的な辛味は、アリルイソチオシアネートのためである。約60%の一不飽和脂肪酸(エルカ酸42%とオレイン酸12%)、約21%の多不飽和脂肪酸(オメガ3α-リノレン酸6%とオメガ6リノレン酸15%)、約12%の飽和脂肪酸からなる[1]。
健康への影響
[編集]マスタードオイルは、α-リノレン酸とエルカ酸の両方を高濃度で含む。
1970年代初頭に実験動物を用いて行った研究で[2]、エルカ酸は高濃度では心臓に対する毒性を示す結果が得られた[3]。ヒトに対する悪影響に関する報告はなかったものの、この動物実験の結果を元に世界中でエルカ酸の摂取規制値が設けられるようになった[3]。マスタードオイルはエルカ酸の含有量が多いため、アメリカ合衆国では輸入及び販売が禁止された[4]。
α-リノレン酸を多く含む油は心臓を保護し心臓血管の病気を防ぐと考えられているが、近年この考えは疑われ、健康に良い効果はほとんどないと考えられている[5][6][7][8]。
インドで行われたマスタードオイルの健康影響に関する2つの研究は、結論が全く異なっている。一方では、マスタードオイルに心臓を保護する効果はなくエルカ酸の悪影響がα-リノレン酸の効果を上回っていると結論付けている[9]。もう一方では、マスタードオイルに保護効果は認められ、α-リノレン酸の効果がエルカ酸の悪影響を上回っていると結論付けている[10]。
幼児のマッサージにマスタードオイルを用いる習慣は、皮膚に損傷を与えるとの研究結果がある[11]。より多くのサンプル数の別の研究では、マスタードオイルのマッサージにより体重、身長、腕脚の周長等が、マッサージを行わない群に比べて改善したという結果が得られたが、ごま油の方が効果が大きかった[12]。
栄養価
[編集]アメリカ合衆国農務省によると[13]、テーブルスプーン1杯分(14グラム)のマスタードオイルは、以下を含む。
- カロリー:124キロカロリー
- 脂質:14グラム
- 炭水化物:0グラム
- 繊維:0グラム
- タンパク質:0グラム
精油
[編集]挽いたマスタードシードを水や酢と混ぜると、調味料としてのマスタードの辛味が生まれる。この条件下で、酵素ミロシナーゼとシニグリンとして知られるグルコシノレートが反応して、アリルイソチオシアネートが生成する。蒸留により、92%以上のアリルイソチオシアネートを含む非常に鋭い辛味の精油を得ることができる。アリルイソチオシアネートの辛味は、感覚ニューロンのTRPA1イオンチャネルの活性化が原因である。シロガラシはアリルイソチオシアネートを生じないが、より辛味のマイルドなイソチオシアネートを生成する[14](配糖体がシニグリンではなくシナルビンであるため)。
アリルイソチオシアネートは、草食性動物から植物を守るのに役立っているが、植物自体にとっても有害であるため、ミロシナーゼとは別に無害なグルコシノレートの形で貯蔵されている。草食性動物が植物を噛むと、有毒のアリルイソチオシアネートが生成される。また、この物質はホースラディッシュやワサビの辛味成分にもなっている。合成することもでき、合成マスタードオイルとして知られる[15]。
アリルイソチオシアネートを含むため、マスタードオイルは皮膚や粘膜に対する刺激作用を持つ。食品産業では、極少量を風味付けに用いることもある。例えば北イタリアでは、モスタルダと呼ばれる果物のシロップ付けに加えられる。その他、猫よけや犬よけにも用いられる。
CAS登録番号は、マスタードオイルは8007-40-7、純粋なアリルイソチオシアネートは57-06-7である。
利用
[編集]マスタードオイルは、かつて[いつ?]北インドやパキスタンでよく使われる調理用油であり、ベンガルやバングラデシュでは現在[いつ?]でもよく用いられている。20世紀後半、北インドやパキスタンでは大量生産された植物油が出回るようになって、マスタードオイルはあまり用いられなくなった。現在[いつ?]では、文化に複雑に埋め込まれている。
- 重要な人物が初めて家に帰ってくる際に玄関の両脇に撒く。
- パンジャブ州、ベンガル州やインドのその他多くの地域の婚礼で、明りの燃料として用いる。
- 結婚前のMayianの際の手作り化粧品の一部として用いる。
- ディーワーリー等の祭りの際の土器ランプの燃料として用いる。
- 楽器として用いる。マスタードオイルを絞った後の残渣を砂、マスタードオイル、やに等と混ぜ、ドーラク等の楽器の膜に重さを付けるために内側の膜に塗る。
出典
[編集]- ^ Entry for mustard oil in the USDA National Nutrient Database for Standard Reference, Release 22
- ^ Amy McInnis, 21 May 2004 The Transformation of Rapeseed Into Canola: A Cinderella Story
- ^ a b Food Standards Australia New Zealand (June 2003) Erucic acid in food Archived 2008年12月3日, at the Wayback Machine. : A Toxicological Review and Risk Assessment . Technical report series No. 21; Page 4 paragraph 1; ISBN 0-642-34526-0, ISSN 1448-3017
- ^ FDA, 18 March 2011 FDA Import Alert 26-04
- ^ Pan A et al. α-Linolenic acid and risk of cardiovascular disease: a systematic review and meta-analysis. Am J Clin Nutr. 2012 Dec;96(6):1262-73. PMID 23076616
- ^ Vedtofte MS et al. The role of essential fatty acids in the control of coronary heart disease. Curr Opin Clin Nutr Metab Care. 2012 Nov;15(6):592-6. PMID 23037902
- ^ Salter AM. Dietary fatty acids and cardiovascular disease. Animal. 2013 Mar;7(Suppl 1):163-71. PMID 23031737
- ^ Billman GE. The effects of omega-3 polyunsaturated fatty acids on cardiac rhythm: a critical reassessment. Pharmacol Ther. 2013 Oct;140(1):53-80. PMID 23735203
- ^ Ghafoorunissa. Requirements of dietary fats to meet nutritional needs & prevent the risk of atherosclerosis--an Indian perspective. Indian J Med Res. 1998 Nov;108:191-202. PMID 9863275
- ^ “Diet and risk of ischemic heart disease in India”. Am. J. Clin. Nutr. 79 (4): 582-92. (April 2004). PMID 15051601 .
- ^ Darmstadt GL, Mao-Qiang M, Chi E, Saha SK, Ziboh VA, Black RE, Santosham M, Elias PM. (2002). Impact of topical oils on the skin barrier: possible implications for neonatal health in developing countries. Acta Paediatr. 91(5):546-54. PMID 12113324
- ^ Effects of massage & use of oil on growth, blood flow & sleep pattern in infants, Agarwal KN, Gupta A, Pushkarna R, Bhargava SK, Faridi MM, Prabhu MK, Indian J Med Res. 2000 Dec;112:212-7, PMID 11247199
- ^ “Food Composition Databases Show Foods -- Oil, mustard”. アメリカ合衆国農務省. 2019年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月24日閲覧。
- ^ “Mustard”. A Guide to Medicinal and Aromatic Plants. Center for New Crops and Plant Products, Purdue University. 3 January 2009閲覧。
- ^ “Mustard Oil, Synthetic”. JT Baker. 3 March 2010閲覧。
外部リンク
[編集]ウィキメディア・コモンズには、マスタードオイルに関するカテゴリがあります。
- Effect of an Indo-Mediterranean diet on progression of coronary artery disease in high risk patients (Indo-Mediterranean Diet Heart Study) a randomised single-blind trial.
- Isolation of Erucic Acid from Mustard Seed Oil by Candida rugosa lipase
- Tanuja Rastogi; Reddy, KS; Vaz, M; Spiegelman, D; Prabhakaran, D; Willett, WC; Stampfer, MJ; Ascherio, A (2004). “Diet and risk of ischemic heart disease in India”. American Journal of Clinical Nutrition 79 (4): 582-592. PMID 15051601.