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清凉里 588

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オーパルパルから転送)

座標: 北緯37度34分41.5秒 東経127度2分41秒 / 北緯37.578194度 東経127.04472度 / 37.578194; 127.04472

清凉里 588
清凉里 588
歩道に面したガラス窓のところがいわゆる「飾り窓」である
各種表記
ハングル 청량리 588
漢字 清凉里 588
発音 チョンニャンニ オーパルパル
日本語読み: せいりょうり ごはちはち
英語表記: Cheongnyangni 588
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清凉里 588(チョンニャンニ オーパルパル)は、大韓民国ソウル特別市東大門区清凉里駅近くにあった風俗街である。

この地区は一般的に「オーパルパル」の名前で呼ばれる。名前の由来は、典農洞588番地に存在するため[1]

オランダアムステルダムの有名な風俗街飾り窓と似た構造となっている。1980年代以降、ミアリテキサス千戸洞テキサスと並ぶソウルの風俗街として名を馳せた[2]

2009年には清凉里 588一帯を清凉里4区域に指定し、都市環境整備事業を行っていた。しかし、2012年にソウル市都市再整備委員会が「集娼村形成の背景などを記録し、この区域の建物の一部を歴史的痕跡として保存したい」として都市計画の変更手続きを行なったが、清凉里4区域の住民からはこのことについて「集娼村の痕跡を残す事業」とし、反発した[3]

現在は、性売買特別法の施行に伴い、かつて程の賑わいは失われつつある。2016年5月1日より、再開発事業の開始とともに撤去が始まった。現在、跡地には高層マンション「清凉里駅ロッテキャッスルSKY-L65」が建っている。なお、朴元淳当時ソウル特別市長は、一部をそのまま保存し「清凉里620」とする計画を発表したものの、地域住民の反発、さらに補欠選挙で当選した呉世勳新ソウル特別市長は、計画を撤回した[4]

脚注

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  1. ^ オ・ユソク「東大門外遊郭「清凉里588」空間構成の歴史と変化」、『ソウル学研究』、第36号、(2009)、ソウル市立大学ソウル学研究所
  2. ^ イコマ師匠 (2019年7月30日). “韓国ソウル最大の色街オーパルパルの昔と今”. コリアワールドタイムズ. 2020年5月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月6日閲覧。
  3. ^ 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 (2021年4月17日). “ソウル・清凉里の売春街、痕跡も消去へ…「歴史文化空間計画」白紙に”. www.chosunonline.com. 2024年10月21日閲覧。
  4. ^ 청량리588 사라진 자리… '문화공간' 청량리620이 채운다 清涼里588が消えた場所...「文化空間」清涼里620が埋める、朝鮮日報、2019年7月24日

関連項目

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