ウィリアム・ジョッピー
基本情報 | |
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本名 | ウィリアム・トレーレ・ジョッピー |
階級 | ライトヘビー級 |
身長 | 175cm |
リーチ | 184cm |
国籍 | アメリカ合衆国 |
誕生日 | 1970年9月11日(54歳) |
出身地 | ワシントンD.C. |
スタイル | オーソドックス |
プロボクシング戦績 | |
総試合数 | 49 |
勝ち | 40 |
KO勝ち | 30 |
敗け | 7 |
引き分け | 2 |
ウィリアム・ジョッピー(William Joppy、1970年9月11日 - )は、アメリカ合衆国の男性プロボクサー。ワシントンD.C.出身。元WBA世界ミドル級王者。
来歴
[編集]1993年2月26日、プロデビュー。
1995年9月16日、ラスベガスのミラージュで行われたNABF北米ミドル級王座決定戦でロドニー・トニーと対戦し、12回判定で引き分けた為、王座獲得に失敗した。
1996年6月24日、世界初挑戦。横浜アリーナでWBA世界ミドル級王者竹原慎二に挑み、9回2分29秒TKO勝ちを収め[1]、23戦目で無敗の世界王者となった。その後、2度の防衛に成功した。
1997年8月23日、マディソン・スクエア・ガーデンでフリオ・セサール・グリーンと対戦し、12回0-3(113-116、112-114、112-113)の判定負けを喫し、3度目の防衛に失敗し王座陥落と同時にプロ初黒星を喫した。
1998年1月31日、フロリダ州タンパのアイス・パレスでWBA世界ミドル級王者フリオ・セサール・グリーンとダイレクトリマッチで再戦し、12回3-0(117-110、117-112、117-113)の判定勝ちを収め、雪辱を果たすと共に王座返り咲きに成功した。
1999年8月28日、ラスベガス・ヒルトンで世界4階級制覇のロベルト・デュラン(パナマ)を3回2分54秒TKOで破り初防衛に成功、その後、防衛回数を5まで伸ばした。
2001年5月12日、マディソン・スクエア・ガーデンでフェリックス・トリニダード(プエルトリコ)に自身初のKO負けとなる5回2分25秒TKO負けを喫し、6度目の防衛に失敗し王座から陥落した。
2001年11月17日、マンダレイ・ベイ・イベント・センターで行われたWBA世界ミドル級レギュラー王座決定戦でハワード・イーストマン(イギリス)と対戦し、12回2-0(115-112、114-112、113-113)の判定勝ちを収め、みたび王座獲得に成功した。
2002年10月10日、両国国技館で保住直孝と対戦し10回2分48秒TKO勝ちを収め、初防衛に成功すると同時に竹原慎二戦以来6年ぶりの日本での試合を勝利で飾った。
2003年12月13日、ボードウォーク・ホールでWBAスーパー・WBC・IBF世界ミドル級王者バーナード・ホプキンスとの王座統一戦に挑むが、12回0-3(109-119、108-119、109-118)の判定負けを喫し、ジョッピーが保持していたWBAレギュラー王座はWBAスーパー王座に吸収される形で空位となり、2年1ヵ月保持していた王座から陥落した。この試合は8大タイトルマッチの1試合として行われた。
2004年12月4日、アーカンソー州・リトルロックのボストン・コリセウムでWBCアメリカ大陸ミドル級王者ジャーメイン・テイラーと対戦し、12回0-3(3者共に107-120)の判定負けを喫し、王座獲得に失敗した。
2008年2月29日、2階級制覇を目指しIBF世界スーパーミドル級王者ルシアン・ブーテ(ルーマニア)に挑むも、10回TKO負け。その後、2年間リングから遠ざかった。
2010年3月6日、カナダケベック州モントリオールのモントリオール・カジノで行われたセバスチャン・デマースとの2年ぶりの復帰戦で、10回0-2(95-95、2者が93-97)の判定負けを喫した。
2011年1月8日、カザフスタン共和国南カザフスタン州シムケントのスポーツ・パレスでWBA・IBA世界ライトヘビー級世界ライトヘビー級王者ベイブット・シュメノフと対戦し、6回15秒KO負けを喫し王座の獲得に失敗した。当初はWBO世界ライトヘビー級王者ユルゲン・ブリーマーがシュメノフと対戦予定だったが、ブリーマーがインフルエンザを理由に欠場し、ジョッピーが代役となった[2]。
2011年3月12日、フェアファックスのジョージ・メイソン大学でコーリー・カミングスと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた試合を最後に現役を引退した。
獲得タイトル
[編集]備考
[編集]竹原に圧勝したのは既出したとおりだが、ウィリアム自身はトリニダードとの対戦前、竹原のパンチ力が最強であったとし、トリニダードのはそれより劣ると過小評価していた。
脚注
[編集]- ^ “偉業から2年…村田諒太は唯一無二の経験伝える”. 日刊スポーツ (2020年4月16日). 2022年8月30日閲覧。
- ^ シルベスター&カニンガム防衛戦延期に ボクシングニュース「Box-on!」 2011年1月19日
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]前王者 竹原慎二 |
WBA世界ミドル級王者 1996年6月24日 - 1997年8月23日 |
次王者 フリオ・セサール・グリーン |
前王者 フリオ・セサール・グリーン |
WBA世界ミドル級王者 1998年1月31日 - 2001年5月12日 |
次王者 フェリックス・トリニダード |
空位 前タイトル保持者 フェリックス・トリニダード |
WBA世界ミドル級王者 2001年11月17日 - 2003年12月13日 |
空位 次タイトル獲得者 マセリノ・マソー |