勝谷誠彦
勝谷誠彦(かつや まさひこ、1960年12月6日 - )は、兵庫県尼崎市生まれのコラムニスト・写真家。吉本興業所属。
内科小児科を開業する勝谷病院を経営する医師の息子。同じ町内に中島らもがいた。灘中学校と灘高等学校の同期に精神科医・教育評論家の和田秀樹がいる。高校時代は生徒会長を務めた。東京大学文科3類と筑波大学医学専門群を受験して失敗し、早稲田大学第一文学部文芸専攻卒。大学では早稲田おとめちっくクラブから少女マンガ研究会に所属していた。在学中よりフリーライターとして活動。事務所『ブレーメン・ファイブ』を設立。1985年文藝春秋に入社し、週刊文春記者となる。1989年に起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件の記事を担当、加害少年らを実名で報道した。出版局第二文庫部次長を最後に退社。フリーライターとなる。この頃の活躍は、西原理恵子描くところの「ホモのカッチャン」で馴染みのあるものも多い。退社は花田紀凱に殉じたものといわれるが、出所が、西原理恵子であるため真相は不明。
尼崎出身とあってか、阪神タイガースの大ファン。
主な連載はSPA!「ニュースバカ一代」日経パソコン「電脳血風録(それゆけ電化男へタイトル変更。)」と多数。 グルメにも造旨が深く、著書も数多くある。
主張
自身のWEBサイト『勝谷誠彦の××な日々。』では分かりやすくキャッチーな発言が目立つ。
攻撃的な口調はテレビでも健在で、日本テレビの「ザ!情報ツウ」の中で謎の集団「ザイン」が開いた「フェロモン大作戦」という名前の集会に密着したという話題で、ザインの会員たちが「国歌斉唱」と称して軍歌である「海行かば」を歌ったことに対して「まもなく『英霊たち』を迎える8月15日が来るのに、『海行かば』をこんなとこで歌うなこの野郎! ふざけるな!」と激怒している。その直後、スタジオが凍りついた。また、自身のマネージャーが島田紳助に「態度が悪い」という理由から暴行され心身障害を負った際マネージャーをなじる報道がなされた際「マネージャーのせいにするんじゃねぇよ!!バカ野郎!!」と、マスコミや島田を痛罵している。この事はアッコにおまかせ!(TBS系列)で取り上げられている(ただし、テロップカードで)。
レギュラー番組
準レギュラー・常連パネラー
- テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」
- テレビ朝日「朝まで生テレビ」
- テレビ朝日「サタデースクランブル」「Sunday!スクランブル」
- TBS「サンデージャポン」
- よみうりテレビ「たかじんのそこまで言って委員会」
- よみうりテレビ「ウェークアップ!ぷらす」
- 関西テレビ放送「ムハハnoたかじん」