スポラディックE層
スポラディックE層(すぽらでぃっくいーそう、Es層、略称Eスポ)とは、春から夏ごろにかけて、主に昼間に、上空約100km付近に局地的に突発的(sporadic)に発生する、電離層である。Esの電子密度が極度に高い場合は、F層でも反射できないVHF帯の電波をも反射するという特殊な性質がある。
発生時の状況
30MHz以上の電波の周波数は、VHF(Very High Frequency)と呼ばれ、通常は電離層を突きぬけ、見通し距離外の伝播は出来ない。 ところが、スポラディックE層と呼ばれる特殊な電離層が発生すると、そうした通常は電離層を通り抜ける30-150MHzのVHF電波が、同スポラディックE層により反射されるようになる。このため、中国など周辺諸国のテレビやFMラジオ電波が、スポラディックE層で反射して、日本へも強く受信され、テレビの1-3チャンネルやFMラジオ放送に混信による画像や音声の乱れが生じることがある。アマチュア無線では21MHz帯以上の周波数の反射が顕著で、長距離(300~1500キロ以上)の交信が可能となる。(ただし、21MHz以下の周波数でもEスポによる反射は起こっている。)
観測方法
電離層の反射状態を知るためには地上の2点間の通信状況を監視する他、横軸に周波数、縦軸に高度、カラーコンターでエコー強度を示したイオノグラムの観測結果が利用されている(外部リンク [1] を参照)。これはレーダー(イオノゾンデ)を用いて地表から上空に電波を発射し、電離層で反射して地表面に戻ってくるまでの時間を測定し、電離層の高度と反射強度の検出結果をグラフ化したものである。Eスポ発生時には、高度100km付近において周波数軸に対し、反射層が水平方向に直線で伸び、電波を強く反射する層がイオノグラムに現れる。 イオノグラムは、観測地点のピン・ポイント情報しか得られないため、Eスポの平面的・地域分布情報は得られない。 Eスポの地域分布を中国からのFM放送反射波を受信することで得ようとするアイディアはあるが、実現はされていない。
発生の傾向
Eスポは、季節的には5月中旬~8月上旬に発生頻度が高い。時間的には、11時~12時と17時~18時頃に最も出現頻度が高い。また数日続けて同じ時刻近辺にEスポが出現しやすい傾向も見られる場合があるが発生頻度は不規則である。夜間に発生するVHF帯での異常伝播は、E層でのFAIと呼ばれる電離層構造が出来るという説もある。FAIとは、Es層内プラズマ中の不安定な構造が、地磁気の磁力線に沿った鉛直方向に対して電子密度が高くなる濃淡構造言う。FAIは磁力線に直行の方向から入射する電波を強く後方散乱し、夏の夜半前にしばしば現れると言われている。
Eスポの発生頻度に地域的偏りがあり、その原因は不明であるが、地球上では日本付近において最も出現率が高いことが知られている。通常の電離層(D,E,F層)と比べると、電子密度が極めて高いのがスポラディックE層の特徴で、上空約100kmで雲のような状態で分布し、高速に移動する。地上から垂直上方に電波を発射すると一部はEs層を突き抜けてF層で反射する場合もある。斜めに入射して反射した電波は散乱波的な性質を持っており、電波の偏波面が変化を受ける。この反射による偏波面の変化により、通常のグラウンドウェーブ等の伝搬に用いる水平偏波のアンテナを用いて送信した電波も、Eスポでの反射を受けると垂直偏波アンテナでも強く受信できるようになる。
電離層(D,E,F層)の電子密度の変化は、11年周期の太陽活動との相関が高いことが知られているが、スポラディックE層では、出現頻度や最大電子密度と太陽活動との関係は無い。流星を起源とする金属イオンによって高い電子密度が保たれるため流星群の出現と相関があるとする説や、ある特定の気圧配置において出現しやすいとする説もあったが、現在では、ウィンドシアー理論によるスポラディックE層の生成過程説が有力的に支持されている。
アマチュア無線家の間では、50MHz帯の異常電波の傾向について、日本列島を寒冷前線が縦断した時、且つ雲が垂れ込めていると発生し易いという栗山晴二氏の唱えた「キングソロモンの法則」が知られている。但し、気象現象は対流圏内(およそ上空10km程度まで)の活動であるにも関わらず、なぜE層の高さ(上空100kmの電離層、熱圏)にまで影響するのかといった因果関係を説明できる科学的な根拠は無く、経験則の域を出られなかった。
一方、VHF帯の電波は、対流圏内に形成されるダクトと呼ばれる伝播経路が形成されることで異常伝播が起こることも知られており、「キングソロモンの法則」では、スポラディックE層による異常伝播と、こうした対流圏内ダクトによる異常伝播が区別できていなかったと考えられる。イオノグラムを中心とした近年の詳細な観測により、それらの現象は流星エコーやダクトによる異常伝播を、スポラディックE層による伝播と誤認識したもので、必ずしもEスポに対応するものではないと考えられている。またEスポの発生が少ない季節においても、昼間にF層が発達することでEスポ発生時と同じようなVHF帯での異常伝播が発生することがあると考えられる。1500kmを越えるVHFの異常伝播は、複数のEスポの発生によるマルチホップよりも、F層でのVHF電波の反射により発生してると考えられる。
地震の前に多発するとする主張もあるが、Eスポの発生分布は季節変動が明らかな現象であり、少なくとも現在までに明らかに地震が原因であると判断できる事象が観測された事実はなく、地震との関連には否定的な見解が主流である。電波は地中での減衰が極めて大きく、電波の通過が出来ないため、震源で岩盤崩壊時、石英などがピエゾ効果により発生した電波が、地表まで出ることは不可能と考えられる。