情報操作
情報操作(じょうほうそうさ)とは与える情報(証言、記事、写真、映像)を制限したり、虚偽または虚偽にならない範囲で改変することによって、その情報を受け取った者が受ける印象や判断結果に影響を与えようとする行為。広い意味では、コマーシャルや比較広告などの商業活動も含んでいる。
第二次世界大戦ごろからラジオや映画などにより、効果的に行われるようになったが、行為自体は古くから行われている。かつてナチス・ドイツや大日本帝国が独裁者の指揮の下、情報宣伝組織に行なわせたものが広く知られている。現在でも、情報戦の一環として行われており、中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国が行っているものが広く知られている。独裁国家や戦時中における検閲は、例外なく情報操作を意図している。
アメリカや日本など自由主義諸国では、政府のみならず、外国の影響エージェント、独自の目的を有する政治・宗教団体、非政府組織(NGO)、あるいは一個人ですら情報操作を行える環境にあり、情報操作は双方向性を帯びている。
文化間の基準や常識の違いに対する不見識から意図せずに、また情報が流布される時間が遅れたり、情報そのものが不正確であったため結果的に起きる場合がある。
情報操作の対象
情報操作を意図している対象によって手法は異なり、またある対象によって有効であるものが別の対象に有効であるというわけでもない。情報操作を行う人数と対象となる人数の大小によって、手法を変更する必要がある。数人で1人を対象とすれば、情報操作を行うのは容易であるし様々な手法が使えるが、逆に1人で集団を相手に行う際には、手法も限られ、より困難になることが多い。
個人
個人を対象とした情報操作は、最も基礎的な情報操作であるが、逆に最も手法を一般化しにくい対象である。重要な影響力の高い人物に友好的な関係を作り、信頼関係を基に情報操作を行うのが基本である。報酬や賄賂のような金銭関係や組織内での上下関係、雇用関係など利用できる手法は様々である。脅迫や恐喝、暴力のような非合法な手法も有効である。実際の効果以上に過大評価されていることが多いが、性的関係を持つことも有効である。
信頼関係を構築すれば、対象に与える影響力は絶大である。虐待の被害者が、加害者の下に止まり続ける理由の1つに加害者による情報操作をあげることができる。個人の生死まで左右できる反面、別の個人による情報操作も同じ理由から効果的である。個人がグループ内で受ける情報操作は、バンドワゴン効果などから個人に対する情報操作に対して、比較優位に機能することが多い。逆にそれ以上の大きな集団内で受ける情報操作は、メッセージが希薄になるため、比較劣位に機能する。しかし、対象にかける時間に多くの時間を割く必要があるため、全ての個人に対して行うことは不可能である。
グループ
2人以上の特定の共通点を持つグループを対象とした情報操作は、個人を対象とした情報操作と共通する点が多いが、いくつか異なる点もある。信頼関係の必要性や手法の大部分が個人に対するそれと同じであるが、グループ内の意見を左右するオピニオン・リーダーを包摂すればグループの意見を容易に変えることができるため、必要とされる時間は大幅に減少する。スピーチやポスター、手紙などで比較的容易に情報操作を行うことができる反面、グループが肥大化すると、相対的に影響力が減少する。
集団
複数のグループを含む集団は、情報操作の集大成と言えるが、個人やグループの手法が当てはまらない場合も多くある。例えば、性的関係で集団を情報操作するのは、不可能ではないものの大きな困難が伴う。一定の信頼関係は必要であるものの、過度の信頼性は意図しない方向への暴走を引き起こす可能性がある。情報操作の際には集団内からの検証に耐える必要があり、容易に見抜かれるものであれば、再び信頼を得ることは困難である。しかし、1人当たりに必要とする時間は、集団では0に近づく。30分のスピーチで情報操作を行う場合には、個人であれば、1時間かかっても2人しか対象に出来ない。グループであれば、集合させる会場に左右される。しかし、集団であれば、容易に数百万人を対象にすることができる。
テレビやラジオなどのマスメディアを活用すれば、その人数は爆発的に増加する。多くのマスメディアもまた一企業であるため、会社の利害及び経営方針、社風、株主の意向等により情報操作が行われる可能性がある。これらマスメディアによる情報操作は偏向報道により行われ、
- やらせ報道
- 誘導的な質問をした後の回答のみを報道
- 長いインタビューの一部を編集で切り貼りして、発言者の意図とは異なる趣旨の内容にして報道
- 根拠が薄弱なまま「○○の恐れがある」と不安のみを煽る報道
- 事実と異なる報道を行った後、その取り消しを行わない
- アンケート対象の意図的な絞り込み、自由記述型にすべき回答欄を故意に多肢選択型にして結果を操作する
- マスメディアやその支援者に都合の悪い事実を報道しない
- 情報源を「関係筋」として詳細を公開しない
等の手法が用いられる。これらの情報操作は言論統制が行われていない国々においても発生する可能性がある。
記者クラブ
日本では記者クラブを通じた情報操作が行われているとの主張がある。日本における省庁・地方公共団体・警察の記者会見は記者クラブ加盟マスメディアの出席しか認められていないことが多く、加盟社は記者室の独占使用などの便宜供与を受けていることが多い。このため発表側に批判的な報道を控えるようになり、情報操作に惑わされやすくなるというものである。記者が独自の情報の確認を怠っている場合に発生しやすい。例えば新聞記者であれば締め切りの時間は周知の事実であるため、詳細な検討ができないように時間を調節して発表することも行われている。
また、情報提供者が個人的に特定のジャーナリストに密かに情報を流すリーク(漏洩)という手法もある。リークは不確かな内部告発、ライバル攻撃などの特別の意図を行われることが多い。
情報操作の手法
旧ソ連共産党の手法を例に挙げる。なお、これらの手法はソ連共産党に限らず、どのようなグループにおいても用いられ得る。
- 匿名の権威(ロシア語:Анонимный авторитет):「消息(信頼すべき)筋によれば・・・」等のフレーズで始まり、記事の内容に権威を与えることを目的とする。この「筋」の名前は決して明かされることはない。
- 日常会話(Будничный рассказ):暴力、殺人等、人々が否定的に受け取る情報をあたかも日常会話のように記述し、心理的習熟効果を発生させ、反応を麻痺させる。
- ハンスト(Голодовка):本来は抗議手段であるが、現代のハンストはマスコミと密接に連携して行われる。
- 泥棒捕り(Держи вора):何らかの事件に対して批判・責任を問われる人物が、他者に先駆けて事件を批判し、国民の怒りを他方向に向けさせる。
- 撹乱(Забалтывание):大量の誹謗中傷を流し、事件そのものに対する関心を低下させる。いわゆる情報ノイズ。
- 感情共鳴(Эмоциональный резонанс):デモや集会等における群集の扇動。群集を理性ではなく、感情レベルで反応させる。
- 感情整列(эмоциональная подстройка):一定のシチュエーションを用意して、群集の感情を均一化させる。
- ブーメラン効果(Эффект бумеранга):国家権力により弾圧・迫害されることで、「自由の闘士」というイメージを作り出し、官営マスコミの報道を逆用する。
- ハレーション効果(Эффект ореола):政治家、芸能人等の著名人の横に並ぶことで自分の信用を高める。
- 一次効果(Эффект первичности):最初に発信された情報は、後発の情報よりも優先され、信用されやすいという原理に基づく。
- プレゼンス効果(Эффект присутствия):事件現場から発信される情報は、人々に現実のものと受け取られやすい。臨場感を演出するために、しばしば、やらせが行われる。
- 情報封鎖(Информационная блокада):軍事行動や刑事事件の際に情報の流通を制限又は停止させる(報道協定など)。情報支配と密接に関係しており、当局の一方的な情報が流される。中国・北朝鮮・ビルマ・イラクでは、国全体に情報封鎖がされている。
- 仲介者の利用(Использование медиаторов):集団に対して情報操作を行うために、その集団のオピニオン・リーダーに狙いを定めて工作する。しばしば、オピニオン・リーダーは金品等で買収されることもある。
- 分類表(Классификаторы):決まりきった単語、フレーズを使用することで、事件がどのようなものなのか分類してしまう。
- コメント(Комментарии):人々を一定の方向に誘導するために、事件に対する解釈を付け加える。
- 事実確認(Констатация факта):一面的な事実を提示して、世論を誘導する。
- 虚偽類似(Ложная аналогия):世論操作に都合の良い「原因-結果」の因果関係を作り出す。
- フィードバック(Обратная связь):予め特定の結論が得られるような質問を作成しておき、一般の視聴者の回答を受けて、視聴者全体の意見に偽装する。テレビの電話投票やネット投票等。
- 側面迂回(Обход с фланга):主題とは無関係な記事の正確性を期して、記事全体の信憑性を高める。真実に紛れれば嘘の信憑性は高まる。
- 注意転換(Отвлечение внимания):スローガン等を駆使して、世論の注意を別の方向に向けさせる。
- 事件の目撃者(Очевидцы" события):事件の目撃者を証言させ、感情共鳴を引き起こすことを目的とする。目撃者は、しばしば、プロの俳優であることがある。
- 歴史の書き換え(Переписывание истории):国家、民族全体に対する長期的な情報操作。現在、東アジア地域で盛んに行われている。
- 展望(Перспектива):紛争の報道において、どちらか一方の主張のみを取り上げ、他者の立場を無視する。
- 反復(Повторение):同じフレーズを反復して、人々の記憶に刻み込ませる。嘘も百回言えば真実となる(ヨーゼフ・ゲッベルスの言葉)。
- すり替え(Подмена):否定的な意味を有する言葉を受け入れ易い言葉に置き換える。たとえば、テロリストはレジスタンスとなり、略奪行為は抗議デモと報道される。
- 半真実(Полуправда):虚偽の中に一面的な真実を織り交ぜ、記事全体を真実に見せかける。
- コントラストの原理(Принцип контраста):心理的に対照的な刺激を受けると、人間の知覚や認識に対比効果が出る。
- 観測気球(Пробные шары):世論の反応を見るため、試験的な報道を流す。
- 心理的ショック(Психологический шок):感情共鳴のピークを利用する。生々しい戦災や事件現場の映像が利用される。
- 格付け(Рейтингование):例えば、選挙の立候補者の能力や当選の可能性等の格付けを行い、世論を誘導する。
- センセーショナリズム(Сенсационность)又は緊急性(срочность):緊急性を有する事件・事故の報道において、報道を一方的に飲み込ませる。
- アクセントの転移(Смещение акцентов):事実を改編することなく、強調点を転移して事実の意味を変えてしまう。
- 連想の創出(Создание ассоциаций):隠喩、比喩を駆使して、敵対者に否定的な印象を与える。
- 情報の波の創出(Создание информационной волны):情報の一次波を起こし、不特定多数による大規模な二次波を発生させる。いわゆるブログの炎上。
- 問題の創出(Создание проблемы):記事のテーマを指向的に選別して、強調したい問題を提起する。
- 脅威の創出(Создание угрозы):敵対者(反対意見)の危険性を強調して、よりましな(当局に好都合な)選択肢を選ばせる。
- 社会的同意(Социальное одобрение):社会全体が報道の中の意見に同意しているような印象を与える。逆の手法(社会全体がその意見に不同意)は、社会的不同意。
- 癒着提案(Сросшиеся предложения):互いに無関係な情報から一定の意味のある文章を作り上げる。これらの情報は個別的には事実であるが、組み合わせの結果、読者に誤った印象を与える。
- 予告打撃(Упреждающий удар):世論の否定的反応を引き起こす政策を採る際、情報を事前にリークし、決定採択時までに世論の関心を低下させる。
- 毒入りサンドウィッチ(Ядовитый сэндвич):序文と結論に否定的報道をおいて、肯定的な報道を挟み込み、肯定的な報道の意義を低下させる。逆の手法(肯定的報道で否定的報道を挟み込む)は、砂糖入りサンドウィッチ(Сахарный сэндвич)と呼ばれる。
対処
情報操作に対しては、様々な対抗手段がある。
- 情報源との意識的遮断:テレビ、新聞等の媒体の閲覧を一時的に停止する。停止中は、物事の観察力が向上するが、時事問題に疎くなるという短所がある。
- 専門的情報源の閲覧:専門的な問題に関しては、その分野の専門家の著作等を読んだ方が良い。ただし、その専門家自身が既に情報操作の影響を受けている可能性もある。
危険性
危険性は大きく分けて情報操作の直接的な影響によるものと間接的な影響によるものに分けられる。
直接の影響
情報操作により誤った結論が導かれ、それに基づいて対象者が行動するというのは、情報操作の一番顕著な影響であり、危険性である。特定集団の利益になるため、情報操作が行われる場合は、より多数の集団の損失を伴うことが多く、情報の検証が欠かせない。しかし情報操作により、常に操作側の意図している通りに対象者が行動するわけではない。対象者の信頼が低い場合、情報操作を常に疑われるため、意図する方向と逆に行動する場合がある。
操作側にも情報操作の危険性が存在する。情報操作に成功したと認識された場合、実際には失敗していても情報操作を続けようとする可能性が高い。現実と内容の乖離が続くと、情報操作側が、操作しているはずの情報を事実だと認識し、行動するようになる場合がある。最終的には、客観的な事実を陰謀や党派的な主張、あるいは差別など主観的な論理から批判するようになる。
間接の影響
情報操作の成功、失敗に関わらず、後の検証で情報操作が発覚した場合には、一般的に操作側に対する信頼性が低下する。失った信頼性を取り戻すのは容易でなく、再度の発覚後は回復に必要な時間は大幅に増加する。このため、常に情報操作を行うのではなく、必要な時だけ行い、それ以外は避けて真実を報道し続けることが最も効果的な情報操作である。
情報操作の対象外である集団から、情報操作を認識することは比較的容易であり、多くの場合は双方に対する信頼性の低下という形で表れる。
関連項目
- 言論統制
- 社会的制裁
- 社会心理学
- 独裁政治
- カルト
- 選挙運動
- プロパガンダ
- 手品
- 冤罪報道
- 風評被害
- 検閲
- 南京大虐殺
- 記者クラブ
- 椿事件
- リスク・コミュニケーション
- 電通
- 小泉訪朝における空白の10分間事件
- 発掘!あるある大事典
- やらせ
- 噂#デマ
関連書籍
- 川上和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 講談社、1994年5月。ISBN 4061492012
- 渡辺武達 『テレビ―「やらせ」と「情報操作」』 三省堂、2001年3月。ISBN 438536060X
- 櫻井よしこ 『GHQ作成の情報操作書「眞相箱」の呪縛を解く』 小学館、2002年7月。ISBN 4-09-402886-2
- 新藤健一 『映像のトリック』 講談社、1986年2月。ISBN 4-06-148804-X