「玉敷神社」の版間の差分
表示
削除された内容 追加された内容
m →昔あれだった タグ: 差し戻し済み ビジュアルエディター |
タグ: 差し戻し済み ビジュアルエディター |
||
18行目: | 18行目: | ||
'''玉敷神社'''(たましきじんじゃ)は、[[埼玉県]][[加須市]]騎西にある[[神社]]。[[式内社]]で、[[近代社格制度|旧社格]]は[[県社]]。[[元荒川]]流域に分布する[[久伊豆神社]]の総本社的存在の神社である。 |
'''玉敷神社'''(たましきじんじゃ)は、[[埼玉県]][[加須市]]騎西にある[[神社]]。[[式内社]]で、[[近代社格制度|旧社格]]は[[県社]]。[[元荒川]]流域に分布する[[久伊豆神社]]の総本社的存在の神社である。 |
||
== |
== ん == |
||
* [[大国主|大己貴命]] |
* [[大国主|大己貴命]] |
||
2022年6月7日 (火) 06:28時点における版
玉敷神社 | |
---|---|
拝殿 | |
所在地 | 埼玉県加須市騎西552 |
位置 | 北緯36度6分26.56秒 東経139度34分10.83秒 / 北緯36.1073778度 東経139.5696750度座標: 北緯36度6分26.56秒 東経139度34分10.83秒 / 北緯36.1073778度 東経139.5696750度 |
主祭神 | 大己貴命 |
社格等 |
式内社(小) 旧県社 |
創建 | (伝)大宝3年(703年) |
本殿の様式 | 流造 |
別名 | 久伊豆大明神 |
例祭 | 12月2日 |
地図 |
玉敷神社(たましきじんじゃ)は、埼玉県加須市騎西にある神社。式内社で、旧社格は県社。元荒川流域に分布する久伊豆神社の総本社的存在の神社である。
ん
昔あれだった
元は現在地の北方の埼玉郡正能村(現:加須市正能)に鎮座していた。天正2年(1574年)、上杉謙信が武蔵に出兵した際に兵火にかかり、社殿を焼失した。このとき古文書・社宝等も焼失したため、それ以前の歴史については不明である。江戸時代に埼玉郡根古屋村(現:加須市根古屋)の騎西城大手門前に再建された後、寛永4年(1627年)ごろに現在地に遷座した。
江戸時代までは「久伊豆大明神」とも称されており、埼玉郡の総鎮守として尊崇されていた。
境内
-
本殿
-
拝殿
-
神楽殿(加須市指定文化財)
-
境内社(左端に摂社宮目神社)
-
境内社
-
イチョウ(本殿脇、加須市指定天然記念物)
-
イチョウ(神楽殿脇、加須市指定天然記念物)
-
鳥居
文化財
重要無形民俗文化財(国指定)
- 玉敷神社神楽 - 2008年(平成20年)3月13日指定。
埼玉県指定文化財
- 有形文化財
- 刺繍三十番神像 - 2019年(平成31年)2月22日指定。
- 天然記念物
加須市指定文化財
- 有形文化財
- 玉敷神社神楽殿 - 1992年(平成4年)3月16日指定。
- 玉敷神社文書 - 1992年(平成4年)3月16日指定。
- 有形民俗文化財
- 玉敷神社算額 - 1980年(昭和55年)9月30日指定。
- 神楽講の大絵馬 - 1988年(昭和63年)3月31日指定。
- 天然記念物
- 玉敷神社のいちょう - 1988年(昭和63年)3月31日指定。
脚注
- ^ “6種類のフジの花、満開 埼玉・加須でまつり”. 朝日新聞(朝日新聞DIGITAL) (2013年4月30日). 2013年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月10日閲覧。
- ^ 『騎西藤まつり』に関する提言書 (PDF) p. 8 - 加須市(騎西地域まちづくり市民会議)、2013年5月28日、2016年5月10日閲覧。