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トゥーリンはドリアスでの少年時代を、ネルラスという名のエルフ乙女とよく過ごした。彼女からドリアスについてトゥーリンは多くのことを学び、またシンダール語も彼女から学んだ。この頃はトゥーリンにとって明るい一時であった。しかしトゥーリンが少年から青年になると、ネルラスと会うことは次第に少なくなっていった。それでもネルラスは陰から彼を見守っていたのだが。9年の間トゥーリンはメネグロスで過ごした。彼の親族の消息は使者を通じて度々齎され、妹ニエノールが美しく成長していることや、それがモルウェンの心痛を和らげていることを伝え聞いたのである。そしてトゥーリンは人間の中で最も丈高く成長し、その膂力と勇気は国内に知れ渡るようになった。彼はベレグに弓矢の技に森の知識、そして剣術を学んだ。このように彼をよく知るものからは愛情・友情を得たが、彼自身は陽気な性質ではなく、滅多に笑うこともない陰気な所があったので、友人は多くはなかった。特に彼を嫌う者の中にサイロスという名のエルフがいた。彼はべレリアンド最初の合戦でデネソールに仕えていたものである。デネソールの死後、彼はオッシリアンドではなくドリアスに避難してきたのであった。彼はトゥーリンに巧みに悪意を隠して嫌味を言ったり、侮蔑の言葉を投げかけた。トゥーリンはこれに終始沈黙を持って答えたが、これがさらにサイロスの癇に障った。 |
トゥーリンはドリアスでの少年時代を、ネルラスという名のエルフ乙女とよく過ごした。彼女からドリアスについてトゥーリンは多くのことを学び、またシンダール語も彼女から学んだ。この頃はトゥーリンにとって明るい一時であった。しかしトゥーリンが少年から青年になると、ネルラスと会うことは次第に少なくなっていった。それでもネルラスは陰から彼を見守っていたのだが。9年の間トゥーリンはメネグロスで過ごした。彼の親族の消息は使者を通じて度々齎され、妹ニエノールが美しく成長していることや、それがモルウェンの心痛を和らげていることを伝え聞いたのである。そしてトゥーリンは人間の中で最も丈高く成長し、その膂力と勇気は国内に知れ渡るようになった。彼はベレグに弓矢の技に森の知識、そして剣術を学んだ。このように彼をよく知るものからは愛情・友情を得たが、彼自身は陽気な性質ではなく、滅多に笑うこともない陰気な所があったので、友人は多くはなかった。特に彼を嫌う者の中にサイロスという名のエルフがいた。彼はべレリアンド最初の合戦でデネソールに仕えていたものである。デネソールの死後、彼はオッシリアンドではなくドリアスに避難してきたのであった。彼はトゥーリンに巧みに悪意を隠して嫌味を言ったり、侮蔑の言葉を投げかけた。トゥーリンはこれに終始沈黙を持って答えたが、これがさらにサイロスの癇に障った。 |
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17歳になった時、新たなトゥーリンの悲しみが起きた。ドル=ローミンから使者が戻ってこなくなったのである。今やモルゴスの覆う影はヒスルム全土にまで達していたためである。トゥーリンは家族のことを思うと思い悩んだ。 |
17歳になった時、新たなトゥーリンの悲しみが起きた。ドル=ローミンから使者が戻ってこなくなったのである。今やモルゴスの覆う影はヒスルム全土にまで達していたためである。トゥーリンは家族のことを思うと思い悩んだ。彼はシンゴル王の前に参じると剣と鎧、そしてドル=ローミンの竜の兜を賜るよう願い出た。それは叶えられたが、彼が冥王を撃とうとしていることを知ると、シンゴル夫妻は忠告してそれを諌めた。そこで彼は忠言に従い北の国境へ出向き、エルフ部隊に合流し、オークや他のモルゴスの召使いたちと戦うようになった。彼は常に先陣を切って敵を屠った。その大胆さからドル=ローミンの竜の兜の再来がドリアス以外の国々でも囁かれるようになった。この頃戦士としてトゥーリンが敵わなかったのは、彼の師であるベレグ・クーサリオンただ一人であった。二人は戦友となって共に戦った。 |
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そして3年後、トゥーリンは戦いに疲れて、休息を取ろうとメネグロスに帰ってきた。しかし荒野から戻ってきたばかりの彼は髪は茫々武具も衣服もくたびれ果てており、そんな彼が食卓についたところをサイロスが嘲って、ヒスルムの男たちがこんなにも野蛮で荒々しいのなら、女達は髪の毛以外身を覆うものもなく走り回っているに違いないと、侮蔑の言葉を投げかけた。これにはトゥーリンもブチ切れ、杯を取るやサイロスの顔面に投げつけた。彼はひどい傷を負い、ひっくり返った。そこへトゥーリンは剣を抜いて迫ったが、これはマブルングによって阻止された。翌日トゥーリンが国境警備隊に戻ろうとしていたところを、剣と盾で武装したサイロスが待ち伏せしており、背後から襲いかかった。しかし百戦錬磨の戦士となっていたトゥーリンはこれを躱すと、素早く剣を抜き、打ちかかった。そしてサイロスの盾を砕き、剣を持つ手を傷つけて、彼を無力化した。その上で昨日の侮蔑のお返しにサイロスの衣を剥ぎ取り、身を覆うのは髪の毛だけにすると、剣でもって追い回した。サイロスは狂ったように悲鳴を上げながら逃げまわったため、他のエルフ達も何事かと集まってきたが、二人はすごい速さで駆け抜けていったため、ついていける者は殆どおらず、追いかけられたのはマブルング他数名であった。彼は追いかけながら、必至にトゥーリンに思いとどまるよう説得したが、トゥーリンはそれを無視した。そしてサイロスはエスガルドゥインの川まで追い詰められ、恐怖のあまり跳躍を試みたものの、対岸への着地には失敗し、悲鳴とともに落ちていき、水中の大岩に当たって砕けて死んだ。その結果を見届けたトゥーリンが振り返ると、そこにはマブルング他何名かのエルフ達がやって来ていた。 |
そして3年後、トゥーリンは戦いに疲れて、休息を取ろうとメネグロスに帰ってきた。しかし荒野から戻ってきたばかりの彼は髪は茫々武具も衣服もくたびれ果てており、そんな彼が食卓についたところをサイロスが嘲って、ヒスルムの男たちがこんなにも野蛮で荒々しいのなら、女達は髪の毛以外身を覆うものもなく走り回っているに違いないと、侮蔑の言葉を投げかけた。これにはトゥーリンもブチ切れ、杯を取るやサイロスの顔面に投げつけた。彼はひどい傷を負い、ひっくり返った。そこへトゥーリンは剣を抜いて迫ったが、これはマブルングによって阻止された。翌日トゥーリンが国境警備隊に戻ろうとしていたところを、剣と盾で武装したサイロスが待ち伏せしており、背後から襲いかかった。しかし百戦錬磨の戦士となっていたトゥーリンはこれを躱すと、素早く剣を抜き、打ちかかった。そしてサイロスの盾を砕き、剣を持つ手を傷つけて、彼を無力化した。その上で昨日の侮蔑のお返しにサイロスの衣を剥ぎ取り、身を覆うのは髪の毛だけにすると、剣でもって追い回した。サイロスは狂ったように悲鳴を上げながら逃げまわったため、他のエルフ達も何事かと集まってきたが、二人はすごい速さで駆け抜けていったため、ついていける者は殆どおらず、追いかけられたのはマブルング他数名であった。彼は追いかけながら、必至にトゥーリンに思いとどまるよう説得したが、トゥーリンはそれを無視した。そしてサイロスはエスガルドゥインの川まで追い詰められ、恐怖のあまり跳躍を試みたものの、対岸への着地には失敗し、悲鳴とともに落ちていき、水中の大岩に当たって砕けて死んだ。その結果を見届けたトゥーリンが振り返ると、そこにはマブルング他何名かのエルフ達がやって来ていた。彼はトゥーリンにメネグロスに戻り、王の裁きを待つよう伝えた。しかしトゥーリンはこれを断った。サイロスは王の助言者の一人であったからである。マブルングは心中トゥーリンに同情していたため、友として戻るよう勧めた。しかしそれでも囚人となるのを恐れたトゥーリンは断り、立ち去った。もしトゥーリンを生きたまま捕らえようとするなら、マブルング側にも犠牲者が出るのは避けられないためである。そしてトゥーリンは逃亡し無法者となったのである。 |
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その頃ドリアスではトゥーリンに対して裁断が下されようとしていた。シンゴル王はサイロスも嘲笑の言葉を投げかけたりと非はあるが、死に至らしめる程の罪には見合わないと考え、トゥーリンが王に赦しを請わず国を出て行ったことを聞き、養子縁組を取り消すとまで発言した。だがそこへベレグがネルラスを連れて来て、彼女が王に彼女の見たこと、即ちサイロスがトゥーリンに不意打ちを仕掛けたことを言上した。これにより審判の場は一変し、皆がトゥーリンに同情的になった。そして王はトゥーリンの過失を赦し、再び王宮に迎え入れることを許可した。しかしネルラスは泣き出し、彼は見つかるだろうかと嘆いた。王もなにか良い手立てはないものかと思案に暮れていたところを、べレグが王に対して、自分がトゥーリンを必ず探し出して連れてくると応え、一人出立した。 |
その頃ドリアスではトゥーリンに対して裁断が下されようとしていた。シンゴル王はサイロスも嘲笑の言葉を投げかけたりと非はあるが、死に至らしめる程の罪には見合わないと考え、トゥーリンが王に赦しを請わず国を出て行ったことを聞き、養子縁組を取り消すとまで発言した。だがそこへベレグがネルラスを連れて来て、彼女が王に彼女の見たこと、即ちサイロスがトゥーリンに不意打ちを仕掛けたことを言上した。これにより審判の場は一変し、皆がトゥーリンに同情的になった。そして王はトゥーリンの過失を赦し、再び王宮に迎え入れることを許可した。しかしネルラスは泣き出し、彼は見つかるだろうかと嘆いた。王もなにか良い手立てはないものかと思案に暮れていたところを、べレグが王に対して、自分がトゥーリンを必ず探し出して連れてくると応え、一人出立した。 |
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その頃トゥーリンは自らを王に追われる無法者になったと信じこみ、西を目指してドリアスを抜けると、テイグリン南部の森に入った。ニアナイス・アルノイディアド以前には、ハレスの一族が点在して生活していた場所である。だが今では彼らの多くは死に絶え、生存者はブレシルへと落ち延びていた。そしてニアナイス・アルノイディアド以降は荒廃した時代となったため、付近一帯はオークと無法者が跳梁跋扈していた。敗残兵に罪人、荒廃した土地を捨ててきた人々、追放者、これらは略奪を繰り返す無法者と化していた。彼らはガウアワイス(狼人)呼ばれ忌み嫌われていた。その中の50人ほどは徒党を組み、オークに劣らぬほど嫌われていた。その中でも悪名高い一党にトゥーリンは出会うこととなった。彼らは通行料を要求し、払えないなら死んでもらうと脅してきたが、トゥーリンはそのうちの一人を即座に殺してみせることで、後釜に入った。そして本名は明かさずネイサンと名乗った。程なく彼は一目置かれるようになった。剣の腕が立ち、森の知識も豊富で、欲が薄く、自分の取り分を殆ど要求しなかったからである。このように無法者仲間から信用されるようになったが、恐れられるようにもなった。彼らには理解できない突然の怒りのためである。トゥーリンは自尊心故にドリアスには帰れず、ブレシルのハレスの一族のもとに下るつもりもなく、かと言ってドル=ローミンには戻れなかった。冥王の影の下にある彼の地に、単独で赴くのはあまりにも危険過ぎるからであった。それゆえトゥーリンはガウアワイスの一員として留まらざるを得なかった。しかし彼らの非道な行為を見て見ぬふりをする時、憐憫の情や羞恥心から怒りの感情が頭をもたげたのである。そして春が来たが、このまま森の民の家々の近くに根城を構えるのは危険なことであった。何時彼らが団結してガウアワイスに抵抗してくるか知れないからである。そこで南へさっさと行くべきだとトゥーリンは思っていたが、それを首領フォルウェグがしないのを不審に思っていた。そんな折、散歩に出ていたトゥーリンはたまたま森の民の若い娘を襲おうとしていた首領を斬り捨ててしまう。そこを無法者の一員アンドローグ<ref>彼にはアンドヴィーア(Andvír)という息子がいて、彼も無法者の一員にいたと『中つ国歴史』にはある。彼は後のバル=エン=ダンウェズにおける虐殺を生き延び、シリオンの港へと避難し、そこでディーアハヴェルがナルン・イ・ヒーン・フーリンを作るのを手伝ったとある。おそらくドリアス出奔後から無法者としての生活、その後ゴルソルとして活動するまでのトゥーリンのことを話したのだろう。J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.11 The War of the Jewels』1994年 Harper Collins, 311頁及び314から315頁</ref>に見られてしまうが、彼の命は助けた。この結果ガウアワイス内で揉めたものの、前首領に不平が溜まっていたこともあって、トゥーリンを新しい首領とすることに決まった。そして彼らはその地方を離れた。 |
その頃トゥーリンは自らを王に追われる無法者になったと信じこみ、西を目指してドリアスを抜けると、テイグリン南部の森に入った。ニアナイス・アルノイディアド以前には、ハレスの一族が点在して生活していた場所である。だが今では彼らの多くは死に絶え、生存者はブレシルへと落ち延びていた。そしてニアナイス・アルノイディアド以降は荒廃した時代となったため、付近一帯はオークと無法者が跳梁跋扈していた。敗残兵に罪人、荒廃した土地を捨ててきた人々、追放者、これらは略奪を繰り返す無法者と化していた。彼らはガウアワイス(狼人)呼ばれ忌み嫌われていた。その中の50人ほどは徒党を組み、オークに劣らぬほど嫌われていた。その中でも悪名高い一党にトゥーリンは出会うこととなった。彼らは通行料を要求し、払えないなら死んでもらうと脅してきたが、トゥーリンはそのうちの一人を即座に殺してみせることで、後釜に入った。そして本名は明かさずネイサンと名乗った。程なく彼は一目置かれるようになった。剣の腕が立ち、森の知識も豊富で、欲が薄く、自分の取り分を殆ど要求しなかったからである。このように無法者仲間から信用されるようになったが、恐れられるようにもなった。彼らには理解できない突然の怒りのためである。トゥーリンは自尊心故にドリアスには帰れず、ブレシルのハレスの一族のもとに下るつもりもなく、かと言ってドル=ローミンには戻れなかった。冥王の影の下にある彼の地に、単独で赴くのはあまりにも危険過ぎるからであった。それゆえトゥーリンはガウアワイスの一員として留まらざるを得なかった。しかし彼らの非道な行為を見て見ぬふりをする時、憐憫の情や羞恥心から怒りの感情が頭をもたげたのである。そして春が来たが、このまま森の民の家々の近くに根城を構えるのは危険なことであった。何時彼らが団結してガウアワイスに抵抗してくるか知れないからである。そこで南へさっさと行くべきだとトゥーリンは思っていたが、それを首領フォルウェグがしないのを不審に思っていた。そんな折、散歩に出ていたトゥーリンはたまたま森の民の若い娘を襲おうとしていた首領を斬り捨ててしまう。そこを無法者の一員アンドローグ<ref>彼にはアンドヴィーア(Andvír)という息子がいて、彼も無法者の一員にいたと『中つ国歴史』にはある。彼は後のバル=エン=ダンウェズにおける虐殺を生き延び、シリオンの港へと避難し、そこでディーアハヴェルがナルン・イ・ヒーン・フーリンを作るのを手伝ったとある。おそらくドリアス出奔後から無法者としての生活、その後ゴルソルとして活動するまでのトゥーリンのことを話したのだろう。J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.11 The War of the Jewels』1994年 Harper Collins, 311頁及び314から315頁</ref>に見られてしまうが、彼の命は助けた。この結果ガウアワイス内で揉めたものの、前首領に不平が溜まっていたこともあって、トゥーリンを新しい首領とすることに決まった。そして彼らはその地方を離れた。 |
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ドリアスから幾人もの探索者が放たれ、トゥーリンが出奔した都市に探索に当たったが、探索は失敗に終わった。というのもまさか無法者の徒とつるんでいるとは、夢にも思わなかったからである。結局彼らは皆帰参した。 |
ドリアスから幾人もの探索者が放たれ、トゥーリンが出奔した都市に探索に当たったが、探索は失敗に終わった。というのもまさか無法者の徒とつるんでいるとは、夢にも思わなかったからである。結局彼らは皆帰参した。べレグのみがひとり孤独な探索を続けた。そしてトゥーリンに助けられた森の民の娘からついに足がかりを得たのである。べレグは追跡を開始したが、トゥーリンは移動の際ほとんど手がかりを残さぬよう、水際立った術を用いて妨げたので、ベレグですら彼らの探索には手を焼いた。痕跡を見つけ、野生の生き物から聞き出した情報からその場へ行ってみると、既にもぬけの殻となっていた。 |
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それから程なくオーク達がテイグリンを渡って南にやって来た。ブレシルの民の抵抗を受けながらも、オーク共は森の民の許へ略奪にやってきた。ベレグによる注意を受けていたため先に送り出していた婦女子は、ブレシルに逃れていたため助かったが、遅れて出立した男たちはオークに遭遇し、戦いとなり打ち負かされた。幾許かの者が辛うじてブレシルまで逃げ切ったが、多くの者は殺されるか捕虜となった。そしてオークは家屋敷を略奪して回ると、火を付け、西に戻って街道を使い北方へ戻ろうとしていた。 |
それから程なくオーク達がテイグリンを渡って南にやって来た。ブレシルの民の抵抗を受けながらも、オーク共は森の民の許へ略奪にやってきた。ベレグによる注意を受けていたため先に送り出していた婦女子は、ブレシルに逃れていたため助かったが、遅れて出立した男たちはオークに遭遇し、戦いとなり打ち負かされた。幾許かの者が辛うじてブレシルまで逃げ切ったが、多くの者は殺されるか捕虜となった。そしてオークは家屋敷を略奪して回ると、火を付け、西に戻って街道を使い北方へ戻ろうとしていた。これを無法者の斥候が察知した。捕虜はどうでもよく、略奪品目当てゆえである。しかしトゥーリンは相手の規模がわからない以上、無闇に襲うのは危険だと判断したが、無法者たちは耳を貸そうとはしなかった。そこで仕方なくトゥーリンはオルレグという名の無法者を伴って偵察に出た。その間はアンドローグが一党の指揮をとることとなった。だがオーク達は街道近くが、ナルゴスロンドの領域に近いことを知っており、その見張りを恐れてもいた。そのため略奪後でも浮かれておらず、用心深くなっていたためトゥーリンとオルレグは発見されてしまった。オーク達はナルゴスロンドの斥候と勘違いし、たちまち二人を追い回し始めた。トゥーリンは彼らの様子から、ナルゴスロンドのエルフを大変恐れているのを見抜き、オークを欺いて西へと逃げた。オルレグは途中で多量の矢を浴びて死んだが、俊足とエルフの鎧を身に纏っていたトゥーリンは無事逃げ果せた。オーク達はナルゴスロンドのエルフがやって来るかもしれないとの恐れから、捕虜を皆殺しにすると慌てて北へと逃げていった。 |
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三日間たっても首領とオルレグが戻らないことから、無法者たちは出立を促したがアンドローグがこれを制していた。そんな時彼らの前に一人のエルフが不意に姿を表した。ベレグであった。彼は何の武器も持たず、敵意のないことを示すため掌を彼らの方に向けていた。しかし無法者たちは恐怖し、アンドローグの打った輪縄がべレグの両腕を絡めとった。ベレグは友として参った自分になぜこんな仕打ちをするのかと、ネイサンの名を呼んだが、ウルラドという名の無法者が彼は今は此処にはいないことを告げた。そしてアンドローグが、長らく自分たちを付け回していたのがベレグであると確信すると、彼を木に縛り付けた。彼は詰問したがベレグは、自分はネイサンと名乗る男の友人で、彼に吉報を携えてきたとしか答えなかった。アンドローグは彼を殺そうとしたが、多少は心根の良い者たちが反対し、アルグンドは、もし首領が戻ってきた時に友人と吉報を奪われたと知ったら、自分たちは後悔することになると言って制止した。 |
三日間たっても首領とオルレグが戻らないことから、無法者たちは出立を促したがアンドローグがこれを制していた。そんな時彼らの前に一人のエルフが不意に姿を表した。ベレグであった。彼は何の武器も持たず、敵意のないことを示すため掌を彼らの方に向けていた。しかし無法者たちは恐怖し、アンドローグの打った輪縄がべレグの両腕を絡めとった。ベレグは友として参った自分になぜこんな仕打ちをするのかと、ネイサンの名を呼んだが、ウルラドという名の無法者が彼は今は此処にはいないことを告げた。そしてアンドローグが、長らく自分たちを付け回していたのがベレグであると確信すると、彼を木に縛り付けた。彼は詰問したがベレグは、自分はネイサンと名乗る男の友人で、彼に吉報を携えてきたとしか答えなかった。アンドローグは彼を殺そうとしたが、多少は心根の良い者たちが反対し、アルグンドは、もし首領が戻ってきた時に友人と吉報を奪われたと知ったら、自分たちは後悔することになると言って制止した。だがアンドローグはベレグをドリアス王の間者に違いないと決め付けた。それから二日間が経過すると流石に男たちも痺れを切らし、エルフを殺そうとした。その時丁度トゥーリンが帰ってきたのである。彼はベレグを見ると衝撃を受け、涙をはらはらと流しながら駆け寄った。そして友を縛っている縄目を断ち切ると、ベレグを掻き抱いた。無法者仲間から事の次第を聞いて、自分の行ってきた無法無道な行為に自責の念が芽生え、今後トゥーリンは人間とエルフ以外しか襲わないと誓った。そこに縛めから解かれたべレグが、サイロスの一件は不問となったことを告げ、ドリアスに戻ってくれるよう頼むが、彼は黙りこんでしまった。翌朝もう一度ベレグはドリアスに戻るよう説得したが、トゥーリンは自尊心からドリアスへの帰還を拒んだ。それに無法者仲間に対しても愛情があることから、今更彼らを見捨てるわけにも行かないと告げ、トゥーリンは自由にやってゆきたいと、自身の手勢を従えて戦うことを決意する。そしてベレグに残ってくれるよう懇願するが、ベレグはそれは出来ないと答え、今やオーク達はディンバールにもやって来て、ブレシルの人間も難儀しているから、自分はそこへ戻るつもりだと言う。そこで自分に会いたければディンバールに来て自分を探せと伝える。トゥーリンはそれに黙って耐えたが、不意にエルフの乙女のことを口に出し、彼女に証言してもらったのに自分は彼女を思い出すことが出来ない、なぜ彼女は自分を見ていたんだろうかと独りごちる。これにはべレグも驚き、トゥーリンが幼い頃ネルラスとともに過ごしていた日のことを告げる。しかし子供の頃のことはもう朧気でよく思い出せないと答えるトゥーリンに、ベレグは大きく嘆息し、中つ国には武器によらぬ傷もあるのだと言い、エルフと人間はやはり出会うべきではなかったのだと嘆いた。そして別れの際何故かアモン・ルーズが目に入ったことから、トゥーリンはベレグに、自分に会いたければアモン・ルーズに来て自分を探せと伝え、二人は友情を懐きながらも悲しい気持ちで別れた。 |
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べレグはメネグロスに戻ると、シンゴル夫妻に事の顛末を全て言上した。シンゴルは溜息をつくと、トゥーリンに対してどうすればいいのかと、悩んだ。そこでべレグは暇乞いをした。彼は出来る限りトゥーリンを守り導く決心をしたのである。シンゴルはそれを許可し、別れに際して望みの品を与えると言った。ベレグは名剣を一振り所望した。今やオークの数は多すぎて、彼の大弓だけでは間に合わなくなってきたのと、ベレグの持っている剣ではオークの鎧を貫くのが難しくなっていた。それに対しシンゴルは武器庫に所蔵している剣のうちから好きなものを選べ、と言いベレグはアングラヘルを選んだ。この剣は非常な名剣で、これに匹敵するのはアングウィレルという対になる剣のみであった。この二振りの剣は隕鉄で出来ており、鍛えた刀匠は、ゴンドリンで処刑された<暗闇のエルフ>エオルである。彼はナン・エルモスの住む許可をシンゴルから得る代わりに、嫌々アングラヘルを献上したのだった。アングウィレルの方はエオルが自分用にとっておいたが、マイグリンが脱走時に勝手に持ちだした。ベレグがアングラヘルを拝領すると女王メリアンがその刃を見て、その剣には邪気が篭っており、それを鍛えた刀鍛冶の黒い心が潜んでいるため、使い手を愛することはないだろうと忠告する。それでもべレグはこの剣を選んだ。そしてメリアンからは[[レンバス]]を大量に与えられた。 |
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ベレグはこれらの授けられた物を携え、北のディンバールへ戻っていった。そしてアングラヘルは鞘から抜かれることを喜んだ。やがてオーク共が駆逐され戦いが鎮まると、冬にベレグはそこを去り、二度と戻らなかったのである。 |
ベレグはこれらの授けられた物を携え、北のディンバールへ戻っていった。そしてアングラヘルは鞘から抜かれることを喜んだ。やがてオーク共が駆逐され戦いが鎮まると、冬にベレグはそこを去り、二度と戻らなかったのである。 |
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ベレグが去ってから、北方のオークは以前にも増して大部隊で街道を南下してテイグリンを渡るようになり、無法者一行は狩るよりも狩られることの方が多くなってきた。そ |
ベレグが去ってから、北方のオークは以前にも増して大部隊で街道を南下してテイグリンを渡るようになり、無法者一行は狩るよりも狩られることの方が多くなってきた。そこでトゥーリンはより安全な巣窟を探さねばならないと痛感し、シリオンの谷間を抜けて西へと向かった。ここまで遠出するのは一向にとっても初めてのことであった。そんな中雨宿りをしている時、3つの人影を目撃する。大声で止まるよう命じたが、人影はそれに従わず逃げようとしたため、アンドローグが矢を射かけた。2つの人影はそのまま逃げたが、1つは逃げ遅れトゥーリン達に捕まった。それは小ドワーフで名をミームといった。ミームは命乞いをし、身代金の代わりに、誰にも見つからぬ隠れ家を共にしてもよいと申し出たため、トゥーリンはそれを受け入れた。翌日彼らはミームに続いてアモン・ルーズへ向かった。アモン・ルーズは禿山でシリオンの谷とナログの間の荒れ地の外れにあり、岩を覆うセレゴンという深紅の花以外何も生えていなかった。ミームは秘密の入口に着くと、一行をバル=エン=ダンウェズと名付けた洞窟の中へと案内した。ここでミームは自分の息子キームが死んだことをもう一人の息子イブンから知らされる。アンドローグの放った矢がキームの命を奪ったのである。トゥーリンはこれを申し訳なく思い、もしも富が手に入ることでもあれば金塊で息子の命を贖おうと申し出た。ミームはこれを聞くとトゥーリンを眺め、その旨承ったことと、気持ちが少しは和らいだことを告げた。だがアンドローグに対しては、再び弓矢を手に取らば弓矢によりて死ぬという呪いをかける。こうしてバル=エン=ダンウェズにおけるトゥーリンの日々が始まる。 |
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の間の荒れ地の外れにあり、岩を覆うセレゴンという深紅の花以外何も生えていなかった。ミームは秘密の入口に着くと、一行をバル=エン=ダンウェズと名付けた洞窟の中へと案内した。ここでミームは自分の息子キームが死んだことをもう一人の息子イブンから知らされる。アンドローグの放った矢がキームの命を奪ったのである。トゥーリンはこれを申し訳なく思い、もしも富が手に入ることでもあれば金塊で息子の命を贖おうと申し出た。ミームはこれを聞くとトゥーリンを眺め、その旨承ったことと、気持ちが少しは収まったことを告げた。だがアンドローグに対しては、再び弓矢を手に取らば弓矢によりて死ぬという呪いをかける。こうしてバル=エン=ダンウェズにおけるトゥーリンの日々が始まる。 |
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ある年の真冬が近づく頃、未曾有の大雪が北方から齎され、アモン・ルーズも深い雪に覆われた。アングバンドの力が増大するにつれて、ベレリアンドの冬は厳しさが増していると噂された。そんな厳しい寒さの最中、ベレグ・クーサリオンが再びトゥーリンの許へ訪れる。ベレグは彼の竜の兜を携えてきていた。それによってトゥーリンの考えが変わることを期待したからである。しかしトゥーリンはドリアスに戻ろうとはしなかった。ベレグは彼への愛情に負け、彼もトゥーリンの仲間になることになった。無法者仲間にレンバスを与えることで |
ある年の真冬が近づく頃、未曾有の大雪が北方から齎され、アモン・ルーズも深い雪に覆われた。アングバンドの力が増大するにつれて、ベレリアンドの冬は厳しさが増していると人々の間で噂された。そんな厳しい寒さの最中、ベレグ・クーサリオンが再びトゥーリンの許へ訪れる。ベレグは彼の竜の兜を携えてきていた。それによってトゥーリンの考えが変わることを期待したからである。しかしトゥーリンはドリアスに戻ろうとはしなかった。ベレグは彼への愛情に負け、彼もトゥーリンの仲間になることになった。無法者仲間にレンバスを与えることで活力を与え、怪我人や病人も治療した。たちまち彼らは癒やされた。ベレグは弓の腕前も優れて、力も強く、遠目も効いたので、無法者仲間からも尊敬を受けるようになった。しかし小ドワーフは過去にべレリアンドのエルフに追い立てられ、殺されたことがあったためミームはベレグを憎んだ。トゥーリンは再び竜の兜を身につけると自らをゴルソル(恐るべき兜の意)と名乗り、バル=エン=ダンウェズを拠点に戦いを開始した。オーク達は南方の地域、ベレリアンドに入る道を探っていたが、トゥーリンに率いられたガウアワイス達はそれを襲撃するようになった。竜の兜と強弓が再起したという噂は遍くに伝えられた。流離人となりつつも、モルゴスに抵抗する意思を持つ多くの者たちが、再び勇気を取り戻しトゥーリンとべレグの許へ集まってきた。テイグリン川とドリアス西境に挟まれた地域はドル=クゥーアルソルと呼ばれるようになった。<弓と兜の国>の意である。メネグロスやナルゴスロンド、そして隠れ王国ゴンドリンにすら二人の武勇の誉れは響いた。だがそれはアングバンドにも聞かれることとなり、竜の兜故にフーリンの息子の存在は明らかになってしまった。モルゴスは大いに笑い、アモン・ルーズ近辺に間者を大量に放った。 |
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その年も暮れる頃、ミームとイブンは冬の蓄えのため、荒れ地に赴いたところを捕らえられた。そして秘密の入口をまたも案内させられる羽目になった。こうしてバル=エン=ダンウェズは敵に売られた。ミームの案内で、オーク達は敵が寝静まっているところを襲ったのである。トゥーリンの仲間の多くは寝ているところを襲われ殺された。 |
その年も暮れる頃、ミームとイブンは冬の蓄えのため、荒れ地に赴いたところを捕らえられた。そして秘密の入口をまたも案内させられる羽目になった。こうしてバル=エン=ダンウェズは敵に売られた。ミームの案内で、オーク達は敵が寝静まっているところを襲ったのである。トゥーリンの仲間の多くは寝ているところを襲われ殺された。中には階段を使って丘の頂に逃れた者もおり、彼らはそこで討ち死にするまで戦った。しかしトゥーリンは戦闘中に網を被せられ、身動きの取れなくなったところを連れ去られた。当たりに静けさが戻った頃、ミームが姿を現した。そして山頂に斃れた死者たちを見渡したが、一人生存者がいた。ベレグであった。そこでミームは憎悪の念からベレグを殺そうと、死者の傍らにあったアングラヘルを手に近づいたが、ベレグはよろめきながら立ち上がり、アングラヘルを奪い返すと逆にそれを突きつけた。ミームは仰天して山頂から逃げ去った。ベレグはひどい傷を負っていたが、彼は中つ国のエルフでも力強い者である上、癒やしの術にも長けていたので死ななかった。回復した彼は埋葬しようとした死者の中にトゥーリンがいないことに気付き、彼がオークたちに連れて行かれたことに気付いたのである。そこで彼は追跡を開始した。相手の足取りを追う術にかけて彼の右に出るものは、中つ国広しといえども一人もいないほどであった。彼は眠らずに急行したのに対し、オーク達は勝利に浮かれて北上するにつれ、追跡を恐れなくなっていたため、その足取りは遅かった。オーク達の居所ももはや然程遠くはなかった。そんな時ベレグは道中タウア=ヌ=フインで一人のエルフを発見する。それはナルゴスロンドのグウィンドールであった。そこでグウィンドールにレンバスを与え活力を取り戻させ、通過したオークの部隊の話を聞くと、その中にたいそう背の高い人間の男がいたと彼は言った。そこでトゥーリンを助けるために自分が来たことを話すと、彼は一端は諦めることを勧めるが、ベレグはそれでもトゥーリンを見捨てず助けにいく決心であると言うと、彼も助力を申し出た。アンファウグリスの不毛の地まで来るとオーク達は、狼を見張り番に立てて酒盛りを始めた。その頃エレド・ウェスリンに稲妻が走り、西から風が吹き始めていた。オークが眠った所でベレグはその強弓で狼を一匹ずつ確実に仕留めていった。そして二人は野営地に入ると、縛られたトゥーリンを発見し、綱を切ると抱き上げてそこから運びだした。そこから少し上った茨の茂みまで来ると、これ以上彼を運べず二人はトゥーリンをそこで下ろした。嵐は近くまで来ていた。ベレグはアングラヘルを抜くと、トゥーリンの手足の縛めを切った。しかしこの時運命の力が強く働いた。足の枷を切った時アングラヘルの切っ先が、トゥーリンの足を少し刺したのである。彼はそれで目を覚ました。すると何者かが抜き身の剣を引っさげて、自分の上に屈みこんでいたのだ!彼はオークが再び彼を苦しめに来たと早とちりし、暗闇の中で掴みかかると敵の剣を奪い取り、彼の上に屈みこんでいた何者かを斬り殺したのである。しかしその時一閃の稲妻が頭上を走り、自分が斬った者の顔を照らした。それはベレグの顔であった。トゥーリンは石と化したように動かず、それを見つめ、傍らのグウィンドールは稲光に照らしだされるトゥーリンの顔の凄惨さに言葉もなかった。オーク達は嵐のため野営地全体が大変な騒ぎとなっていたが、トゥーリンはグウィンドールの危険を告げる声にも全く反応せず、ベレグの亡骸の傍らにいつまでも座り込んでいた。朝が来て嵐も去ると、オーク達はトゥーリンの捜索を諦めアングバンドへと帰還していった。トゥーリンは魂が抜けたように呆然と座り込んでいた。グウィンドールはトゥーリンを促すとベレグを埋葬した。傍らには彼の強弓ベルスロンディングが置かれた。しかしアングラヘルはグウィンドールが取り置き、トゥーリンに渡してこれでモルゴスの召使に恨みを晴らすといいと言った。そしてこの先必要だったためレンバスも取り置いた。 |
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こうして最も信義に篤い、べレリアンドの森の技にかけては右に出るもののいないベレグ・クーサリオンは、彼の弟子であり親友であった者の手によって最期を遂げたのである。そしてこの悲しみは一生トゥーリンの中から消えることはなかった。 |
こうして最も信義に篤い、べレリアンドの森の技にかけては右に出るもののいないベレグ・クーサリオンは、彼の弟子であり親友であった者の手によって最期を遂げたのである。そしてこの悲しみは一生トゥーリンの中から消えることはなかった。 |
2017年4月13日 (木) 10:56時点における版
モルゴス(Morgoth)は、J・R・R・トールキンの中つ国を舞台とした小説、『シルマリルの物語』の登場人物。
概要
エル・イルーヴァタールによって作られたヴァラールの一人で、神々の王マンウェとは兄弟の関係にあった。彼の本来の名前はメルコール(Melkor)であった。メルコールはヴァラール、引いては全アイヌアの中でも最大の力を持つ存在であり、力と知識において最も優れた資質を与えられていた上、他のヴァラールの資質をも幾らかずつ併せ持っていた。だがこの力を悪しき方向に使い、マンウェの王国(アルダ)を力で奪い取る事に費やし、アルダに回復不能な傷を負わせた。この反逆を持ってメルコールという名は奪い去られ、彼は最早ヴァラールの一員としては数えられない。
マイアールの中には彼の力に畏怖し、仕える者も現れた。彼はアルダの内と云わず外と云わず多くのマイアールを堕落させた。その中でも強大なものがサウロンであり、それよりも卑小なもの達がバルログであった[1]。
彼は『シルマリルの物語』における邪悪な者たちの首魁であり、尚且つ『ホビットの冒険』や、『指輪物語』にまでおけるアルダの諸悪の根源でもある。
名前
彼の本来の名前であるメルコールは、クウェンヤで「力にて立つ者」(He Who Arises In Might)の意である。このメルコールをシンダリンで表したものがベレグーア(Belegûr)になるが、シンダール・エルフ達にとって初めて会った時から敵であった彼に、この名前が用いられることは一度もなかった。故に彼らはベレグーアを捩ってベレグアス(Belegurth)と呼んだ。これは「大いなる死」(Great Death)を意味する。メルコールの名を奪い取られた後、モルゴスと呼ばれるようになったが、これはシンダリンで「黒き敵」(Black Foe)もしくは「暗黒の敵」(Dark Enemy)を意味する。この他にシンダリンで「圧制者」(the Constrainer)の意味を持つバウグリア(Bauglir)の名で呼ばれることもある。
なおモルゴスと名付けたフェアノールがシンダリンを知っている筈がないので(彼はシンダール・エルフと交流がない)、本来はクウェンヤで「黒き敵」と呼んだ筈である。原作者のトールキンは、モルゴスのクウェンヤ形について幾つかの案を出しており、モリンゴット(Moringotto, Moriñgotho)[2]、またはモリコット(Morikotto)になるだろうと記している[3]。しかし明確にどれが正解かは述べていない。
肩書
彼の最も代表的な肩書(タイトル)は「冥王」である。「冥王」(Dark Lord)という単語が世に初めて用いられたのは『指輪物語』のサウロンだったが、本来はモルゴスこそが初代の「冥王」に当たる。彼はアイヌアとしては極寒と灼熱を生じさせた者だったが、彼が悪事を成すにあたって最もよく用いたのが暗黒であった。本来は暗闇は生者にとって恐れる必要のないものであったが、彼はこの暗闇を全ての生ある者にとって甚だしい恐怖に満ちたものへと変えてしまった。故に彼は「冥王」と呼ばれるようになったのである。この他にエルフ達からは「大敵」(Great Enemy)や「暗黒の王」(Lord of the Darkness)などと呼ばれた。
彼自身が称したものとしては「世界の王」(King of the World)や、人間の英雄フーリンに対して名乗った「アルダの運命の主」(Master of the fates of Arda)、「長上王」(Elder King)がある。しかし「長上王」はマンウェの肩書であり、モルゴスの詐称に過ぎない。
『シルマリルの物語』には出てこないが、『中つ国の歴史』シリーズにのみ登場するものとしては、「北方の暗黒の力」(the Dark Power of the North)、「地獄の王」(Lord of Hell)、「虚言の王」(Lord of Lies)、「災禍の王」(Lord of Woe)、「地獄の民の君主」(Prince of the People of Hell)などがある。
能力
彼の力は全アイヌア中、最強と言ってよいものであった。原作者のトールキンは、メルコールの元来の性質はより遥かに強大なものとして造られたと、後の"フィンロドとアンドレス"の草稿にて書いている。彼はエル・イルーヴァタールを除けば最大の力を持つ者であり、他のヴァラールが皆一丸となって挑んでも、彼を制御することも縛鎖につける事も不可能であった[4]。全盛期のメルコールはただ睨みつけるだけで、マンウェの気力を挫くことすら可能だったという[5]。
しかしここで重要な事がある。彼の力は確かに膨大なものではあったが、エルとは異なり所詮は有限のものに過ぎないという点である。彼は無分別に力を空しく浪費したり、他者を堕落させたり配下に力を分け与えたり、邪悪な生き物を創ることなどによって、少しずつその力を減じていったのである。この事の詳細はメルコールの弱体化を参照されたい。
彼のその絶大な力は、原初のアルダの形成期の時に最も発揮された。彼は自身の欲望や目的に沿うように捻じ曲げようとし、各所で盛んに火を燃やしたのである。そして若いアルダが炎で満ちると、そこを我が物にしようとした彼は、他のヴァラールがアルダを形造ろうとするのを妨害し始めた。彼らが陸地を造り上げると、メルコールが破壊し、彼らが谷を穿つとメルコールが埋め戻してしまった。山々を積み刻み上げると、メルコールがこれを崩した。海を作るため深く掘ったなら、メルコールが海水を周囲に溢れさせてしまった。かくの如くヴァラールが仕事を始めても必ず、それを元に戻すか損ねてしまったのである。このためアルダは当初ヴァラールが思い描いていたものとは異なるものに仕上がってしまった。これらの混乱が統御されるのは大分後の事となる。
彼はその強大な力を用いて2つの山脈を隆起させた。中つ国の極北に造られた鉄山脈(エレド・エングリン)と、中つ国の南東部に造られた霧ふり山脈(ヒサイグリア)である。前者は彼の最初の大規模地下要塞であるウトゥムノの防壁として築かれ、後者は狩人神オロメが中つ国内部に分け入るのを妨げるために築かれた。また後者は、『ホビットの冒険』及び『指輪物語』にも登場し、トーリン達やフロド達一行が霧ふり山脈越えを敢行しようとしたことや、ドワーフがモリアの王国を山脈内に築いたことでも知られる。またアマンから帰還した直後に鉄山脈の南側に、第二の大規模地下要塞として造り直されるアングバンドを掘った時に出た大量の土砂と礫、それと地下溶鉱炉から出た大量の灰や鉱滓を積み上げた、サンゴロドリムの塔と呼ばれる連峰を築くことになる。第二代冥王となったサウロンが精々山を破壊できる程度の力であるのと比べれば、最強のアイヌアである彼の力が如何程のものであったかがこの事からもわかるだろう。
彼は、山々の頂から山々の下なる深い溶鉱炉に至るまで、冷気と火を支配していた。そして彼が座している所には暗黒と影が周囲を取り巻いており、その暗闇は優れた眼を持つマンウェとその召使たちでさえも見通すことは出来なかったという。またイルーヴァタールから人間が贈り物として賜った"死"に、影を投げかけて暗黒の恐怖と混同させ、"死"を忌避すべきものとしてしまったのも彼の仕業であった。
メルコールは他のヴァラールの中でもアウレと最も似ていた。才能や考えること、新しい物を作り出す事でその技を賞賛される事を共に喜んだ。しかしアウレがエル・イルーヴァタールに忠実であり、他者を妬むことはなく、自らの制作物に執着する事がなかったのに対し、メルコールはアウレを妬み、羨望と所有欲に身を焼くようになっていった。結果彼は他者の作品を破壊するか、模造するか、醜く作り変えるかの何れかしかできなくなってしまった。そのメルコールが創りだしたのが、邪悪なオークやトロル、竜のような怪物たちである。エルフの古賢やエント達に言わせると、オークは捕らえたエルフを醜く捻じ曲げ変質させたものであり、トロルはエントの模造物であるという。しかしこれは彼らの間での通説であり、実際の所オークやトロルの成り立ちは不明なところが多い。ただ、モルゴスが深く関わっていることだけは確かである。
外見
メルコールが最初に目に見える形を取った時は、彼の心中に燃える悪意と鬱屈した気分のため、その形は暗く恐ろしかった。彼は他のヴァラールの誰よりも強大な力と威厳を見せてアルダに降り立った。だがその姿はさながら、頭を雲の上に出し、その身に氷を纏い、頭上に煙と火を王冠のように戴き、海を渡る山のようであった。そしてその目の光たるや熱を持って萎らせ、死の如き冷たさで刺し貫く炎のようであったという。
弱体化した後に彼が取っていた姿は、ウトゥムノの圧制者としての丈高く見るだに恐ろしい暗黒の王の姿である。ウトゥムノが出来て以降、彼はアマンに囚われていた一時期を除き、ずっとこの姿を取っていた。 上のエルフの上級王フィンゴルフィンとの一騎討ちの際は、黒い鎧で身を包んでおり、頭には鉄の王冠を戴き、地下世界の大鉄槌グロンドと、紋章のない黒一色の巨大な盾をその手に携えていた。エルフ王の前ではモルゴスの姿はまるで塔のようであったという。
なおアマンで取っていた姿は詳細はなく、ヴァラとして尤もらしい姿をしていたとくらいしか書かれていない。
メルコールの弱体化
トールキンはこのメルコールの弱体化というアイディアについて、二つのパターンを考えていた。その内の一つが出版された『シルマリルの物語』にもあるように、アルダを侵食するために、数多い下僕に悪意と力を注ぎ込んで繰り出すうちに、本来は並ぶ者のなかったメルコール自身の力は少しずつ損なわれ、弱まっていった、というものである。この結果諸力の戦い(諸神の戦い)でウトゥムノを攻略したマンウェは、要塞の最深部でメルコールと相見えたが、二人とも大いに驚愕したという。マンウェはメルコールの眼光で最早怯むことがなかったため、メルコール個人の力が衰えたことに気付いたためであり、逆にメルコールはそんなマンウェを見て、自身の力がマンウェよりも弱体化したことを見て取ったためであった[6]。そして彼はトゥルカスと組み打ち、投げ飛ばされ敗北を喫するのである。
もう一つの案は、メルコールがアルダそのものを支配するために、自己とアルダを同一化しようと試みた、というものである。これはサウロンと一つの指輪との関係に似ている。だがそれよりも遥かに広大で尚且つ危険な方法であった。つまりアルダ全てが(祝福された地アマンを除いて)メルコールの"要素"を含むこととなり、穢れてしまったからである。このためアマン以外の地で生まれ育つものは、大なり小なりメルコールの影響を受けてしまう事になった。しかしこの事と引き換えに、モルゴスは彼が持っていた膨大な力の殆どを失ってしまった。故に中つ国全てがいわば「モルゴスの指輪」となったのである。ただサウロンとモルゴスの指輪の違いは、サウロンの力は小さいが集約されているため指に嵌めることができ、彼は昔日にも増してその力を発揮できるが、モルゴスのそれは彼の膨大な力が中つ国遍くに散逸してしまっており、彼の直接的なコントロール下にはないという点である。そしてその膨大な力を差し引いて残った余り物―それが即ちモルゴス他ならないということは、彼の肉体に宿る霊が酷く萎びて零落してしまった事を意味した。しかしこのためにモルゴスを完全に滅ぼそうとするならば、アルダそのものを完全に分解しなければならないというジレンマが生じてしまった。ヴァラールがモルゴスとの全面的な戦いになかなか乗り出さなかったのはこのためである[7]。
どちらのアイディアが最終的なトールキンの意図、つまり正典となったのかは曖昧模糊としており(後期には後者の方に関しての考察が多いが)、出版された『シルマリルの物語』では前者の案を採用している。何れにせよ弱体化したモルゴスはこの結果、永遠に"受肉"してしまいアイヌアなら誰でもできる、肉体を棄てて不可視の姿に戻ることさえできなくなったのである。トールキンの草稿によると、第一紀末のモルゴスの力は第二紀のサウロンよりも劣るものであったという[8]。
弱体化および受肉し、堕落してアイヌアとしての力を殆ど失ったモルゴスに残されたのは、巨人の如き体躯(ogre-size)と怪力(monstrous power)[9]と幾許かの魔力、あと元ヴァラとしての威光は久しく痕を留めたため、彼の面前では殆どの者が恐怖に落ち込むこととなった。とは言え、彼は受肉したことにより傷付くのを恐れ、自身が戦いに巻き込まれるのを可能な限り避けるようになり、専ら下僕たちや卑劣なカラクリを用いるようになっていった。宝玉戦争において、彼が自ら戦場に現れて武器を振るったのはただの1度だけであり、その殆どをアングバンドの深奥に引き篭もって過ごしたため、弱体化後のモルゴスの能力的な描写があるのは僅かなものでしかない。彼はサンゴロドリムから火と煙を吹き出させ、時には火焔流を流出させたり、炎を太矢のように遠く飛ばし堕ちた箇所を破壊したりすることが出来た[10]。フィンゴルフィンとの決闘の際には、大鉄槌グロンドを高々と振り上げ雷光の如く打ち下ろし、大地を劈いて大きな穴を開け、そこからは煙と火が発したという。また人間の英雄フーリンを魔力で金縛りにし、彼の家族たちに呪いをかけ、後に一家全員の運命を破滅に追い込んでいる。ただこれは文字通りモルゴスの呪いの魔力なのか、彼の下僕であるグラウルングを用いて結果的にそうなるように仕向けたのか、線引が難しいところがある。
実の所、メルコールの持っていたオリジナルの力が減じてゆき、弱体化してゆくというアイディアは、後期クウェンタ・シルマリルリオン(LATER QUENTA SILMARILLION、LQ)の『アマン年代記』にて初めて見られるもので[11]、初期クウェンタ・シルマリルリオン(EARLY QUENTA SILMARILLION、EQ)には見られないものであった。EQは中つ国の歴史』シリーズの5巻に当たり、LQは10巻から11巻に当たるが、LQで物語として改変・執筆されたのはトゥーリン・トゥランバールの死辺りまでで、それ以降の部分(ゴンドリンの陥落や怒りの戦いなど)はEQを用いざるを得なかったため、これは特別厄介な問題を引き起こした。即ち古い時代に書かれたEQと、より発展した構想のもとに書かれたLQの間では看過しがたい不調和が生じたということで、これはクリストファー氏も認めている[12]。この不調和には様々な設定の差異などがあるが、その一つとして『シルマリルの物語』の終盤部分は、メルコールの弱体化というアイディアが無い時代に書かれたものだということに留意する必要がある。
来歴
世界の創造前
世界が始まる前、最も力あるアイヌアとして誕生したメルコールは、不滅の炎を求めてしばしば独り虚空に入った。彼には、エル・イルーヴァタールが虚空のことを全く顧みないように思われたため、それに不満を抱き、彼を創造した者を見倣って、意志ある者達を創りだし虚空を満たしたいと考えるようになった。だがそれには神秘の火、不滅の炎が必要だったのであるが、彼はそれを見出すことは出来なかった。何故ならばその火はイルーヴァタールと共にあったからである。しかしこの単独行動が過ぎるあまり、彼は次第に同胞たちと異なる独自の考えを抱くようになっていった。
世界の創造
そして世界創造の歌、無数のアイヌアの聖歌隊による音楽、即ちアイヌリンダレが歌われた際、主題が進むに連れ、メルコールは心中に彼独自の、イルーヴァタールの主題にそぐわぬことを織り込もうという考えを起こした。メルコールは自分に割り当てられた声部の力と栄光を、さらに偉大なものにしたいという欲望が湧き起こったのである。そして世界創造前に抱いた考えの一部を彼の音楽に織り込んだのであった。すると彼の周囲には不協和音が生じ、他のアイヌアの旋律を乱し、中にはメルコールの音楽に調子を合わせるアイヌアも出始めた。こうして彼の不協和音はイルーヴァタールの主題とぶつかることとなった。するとイルーヴァタールは第二の主題を提示し新たな音楽が始まったが、またもメルコールの不協和音がこれと競い合い、最後には勝ちを制した。しかしイルーヴァタールが提示した第三の主題は全く相容れない二つの音楽が同時進行するような仕儀となり、最後にはイルーヴァタールの主題がメルコールと同調者達の不協和音さえも取り込んで一つの音楽として完成するようになっていた。そしてこの時イルーヴァタールはメルコールを叱責したが、彼は恥じ入ったものの考えを改めることなく、むしろ密かに心に怒りを懐いた。 イルーヴァタールがアイヌアの音楽の産物であるエア(Eä、アルダを含む世界全てを指す)を幻視させると、アイヌアの内最も力ある者の多くがアルダに心を奪われたが、その最たるものがメルコールであった。最も彼はアルダに赴いてイルーヴァタールの子らのために準備を整えるよりも、実の所アルダの支配者となりたかったのであるが。そして歌の主題が実在となって地球即ちアルダが誕生すると、彼が生じさせた極寒と灼熱を統御するという口実を己自身に信じこませて、アルダに降った多くのアイヌアの一人となった。そしてヴァラールがアルダを仕上げるのは自分たちの仕事であると気づき、その大事業にとりかかった時、メルコールはアルダを我が物にしようとし、他のヴァラにそう宣言した。兄弟であるマンウェに窘められて一旦は退いたものの、ヴァラールが目に見える諸力として肉体を纏い、美しく地上を歩く姿を見て嫉妬に燃え、自らも肉体を纏うと同胞たちに戦いを挑んだ。しばらくはメルコールが優勢だったが、トゥルカスが参戦するとアルダからの逃走を余儀なくされた。
灯火の時代
アルダの外なる暗闇に追いやられたメルコールは、トゥルカスを憎悪しつつ密かに機会を伺っていた。その間にヴァラールは世界に秩序をもたらし、ヤヴァンナの種子も蒔かれ、メルコールの火も鎮められるか、あるいは原初の山々の下に埋められた。そして世界には光が必要となったため、アウレが二つの巨大な灯火を造り、そしてヴァルダが灯火に明かりを点け、マンウェがこれを清めた。ヴァラールはこの灯火を南北にそれぞれ据え付けた。この灯火が据え付けられた柱は、後の世の如何なる山々も及ばないほどの高さであったという。その灯火の下ヤヴァンナの種子はたちまち芽吹き生い茂り、獣たちも現れ出た。そして中つ国にかつてあった大湖に浮かぶアルマレンの島に彼らの宮居を築き、宴を開き、「アルダの春」と呼ばれる平和な時代を謳歌し始め、如何なる禍も懸念せずにいた。しかしメルコールはこれらのことをすべて把握していた。何故ならば彼が堕落させた数多のマイアールがスパイとして働いていたからである。彼らの長はサウロンであった[13]。やがてトゥルカスが心地よい疲れから眠り込んでしまうと、機会到来と見たメルコールは堕落させた聖霊たちをエアの館から呼び出し、灯火も朧な中つ国の遥か北方に鉄山脈を築き、その山々の地の下深くに穴を掘り、大規模な地下要塞を造り始めた。これこそウトゥムノである。この地よりメルコールの禍と憎悪の瘴気が流れでて、「アルダの春」は台無しとなった。植物は病んで腐り、水は淀み腐敗し、獣達は角や牙ある怪物となり大地を血で染めた。ここに至りヴァラールもようやくメルコールが活動を再開したことを悟り、彼が潜んでいる場所を探し求めたが、メルコールは彼らが準備を整える前に奇襲を仕掛け、アルマレンを照らしていた二つの巨大な灯火を破壊してしまった。このときアルダがこうむった被害は甚大で、陸は砕け海は荒れ狂い、灯火は破壊の炎となって流れ出た。このためヴァラールが最初に構想した世界は決して実現しなくなってしまった。復讐を終えたメルコールは速やかにウトゥムノに撤退し、災害の鎮圧で手一杯のヴァラールには彼を追撃する余裕はなかった。かくして「アルダの春」は終わりを告げた。アルマレンの彼らの宮居は完全に破壊されたため、やむなくヴァラールは中つ国を去り、西方大陸アマンに移り住んだ[14]。そしてメルコールを警戒し、ペローリ山脈即ちアルダで最も高いアマンの山脈を防壁として築いた。とは言え神々は完全に中つ国を見捨てたわけではなく、ウルモの力はメルコールの暗黒の地にあっても絶えざる水の流れの形をとって配慮され、ヤヴァンナ、オロメの二者はアマンから遠く隔たった暗黒の地にも時折訪れた。前者はメルコールのもたらした傷を少しでも癒すため、後者はメルコールの怪物を狩るためであった。メルコールはそんなオロメを恐れ疎んじ、彼の侵入を妨げるため霧ふり山脈を隆起させた。そして鉄山脈の西方、北西の海岸から然程遠くない所にはヴァラールの攻撃に備えて城砦と武器庫を造った。これはアングバンドと名付けられ、副将サウロンをその守りに当たらせた。この暗黒の時代にメルコールによって変節させられた、邪悪なる者達や怪物たちが数多く育ち跋扈するようになり、以後久しく世を悩ますこととなる。そしてこの後長期間に渡り中つ国はメルコールの支配下にあり、彼の暗黒の王国は絶えず中つ国の南方へと拡大していった。
二本の木の時代及び第一紀
ヴァラールが新たにアマンに築いた国ヴァリノールには彼らの都ヴァルマールが築かれた。そしてこの都の正門の前に緑の築山があり、ヤヴァンナはこれを清めるとその地で力の歌を歌った。この歌により生まれいでたのが世に名高い二つの木である。至福の地アマンはこの木によって美しく照らされたが、その光は中つ国にまでは届かなかった。未だ中つ国はウトゥムノにいるメルコールの暗闇の下にあった。そこでヴァラールは会議を行い、やがて目覚めるであろうイルーヴァタールの子らのために、中つ国をこのままにしておいてよいものか、と意見を出し合った。しかしマンドスの最初に生まれる者達は暗闇の中に目覚め、まず星々を仰ぎ見るという宿命があり、さらに大いなる光(太陽のこと)が現れる時彼らは衰微するのだという発言から、ヴァルダはアルダに降りきたってから今までになかった大事業に取り掛かった。二つの木から零れ落ちる露を受け溜める、ヴァルダの泉からテルペリオンの銀の雫を掬い取り、それを元に幾つもの新しい星々を天に輝かせ、そしてメルコールへの挑戦として滅びの印である<ヴァラールの鎌>すなわちヴァラキアカと呼ばれる7つの強力な星々(要は北斗七星のこと)を天に嵌め込んだ。この難事業を長いことかけてヴァルダがやり遂げた時、エルフはついにクイヴィエーネンの湖の畔にて目覚め、第一紀が始まったと言われる[15][16]。警戒に抜かりのないメルコールは早速彼らに気づき、エルフを惑わそうとし、黒い狩人の姿をした召使たちを送り込み、これらはエルフを捕らえては貪り食った。このため、狩りに出かけたオロメは偶然彼らと邂逅し彼らをエルダール(星の民)と名付けて、親愛の情から近づいたのだがエルフたちの多くは彼を恐れて逃げ出すか、隠れるかして行方知れずとなった。しかし勇気あるエルフは踏み止まりオロメが暗黒の下僕などではないことを見て取った。そしてエルフたちはみな彼の方に引き寄せられていったのである。しかしメルコールの罠に落ち込んだ不運な者達は、確かなことは殆ど知られていないものの、ウトゥムノの地下深くに囚われて、彼の魔力で捻じ曲げられオークと化したのだと、後の賢者たちの間では信じられている。オロメからこのエルフの目覚めはヴァリノールにも伝えられ、ヴァラールは大いに喜んだ。しかし喜びの中にも惑いの気持ちもあった。そこで彼らはメルコールからエルフ達を守るためにはどうすればいいのか、長い時間をかけて話し合った。そしてマンウェはイルーヴァタールの助言を仰ぐと、ヴァラールを召集し、如何なる犠牲を払おうともメルコールに対して戦を仕掛け、エルフたちをかの影から救い出すべきだと宣言した。これを聞きトゥルカスは喜んだが、アウレはその戦いで被る世界の傷を思って心を傷めた。そしてヴァラールは軍備を整え軍勢を率いてアマンから出撃した。メルコールはアングバンドでまずヴァラールの攻撃を迎えたが、これに抗し得ず陥落し、このため中つ国北西部は甚だしく破壊された。メルコールの召使いたちはヴァラール軍に追われてウトゥムノに遁走した。次いでウトゥムノの攻城戦にかかったがこれは長く苦しいものであった[17]。ウトゥムノは地の底深く掘られ、穴という穴はメルコールの火と夥しい召使いたちで満たされていたからである。しかし遂にウトゥムノは破られ、要塞の屋根は引き剥がされ、地下坑は皆むき出しとなり、要塞最深部での激しい戦いの末、メルコールはトゥルカスに組み伏せられ、アウレの造ったアンガイノールの鎖によって縛り上げられた。こうして世界はしばしの間、平和を得ることになる。しかし、ウトゥムノ以北は徹底的に破壊されたものの、ヴァラールがウトゥムノ攻めを急いだあまり、アングバンドは完全な破壊は免れた。このためメルコールの下僕たちの中にはヴァラールの追求を遁れた者も大勢居た。メルコールの副官サウロンは遂に見つからなかった。またこの戦いの余波で中つ国北西部の地形は激変し、海岸線はあらかた破壊され、広大な高地が隆起したり、大海が広く深くなるなど中つ国が被った被害は甚大なものであった。
ヴァリノールに連行されたメルコールはマンウェの足許に平伏して許しを請うたが、却下されマンドスの砦に投獄された。彼は三期の間ここに幽閉された。その後再びヴァラールの玉座の前に引き出された彼は、ヴァラールの栄光をその目にして嫉妬の念を懐き、諸神の足許に侍っているエルフたちを見て憎悪でその心中は膨らんでいった。しかし彼はマンウェの足許にへりくだって許しを請い、改心したふりをして見せた。そこでマンウェは彼を赦したものの、ヴァラールはすぐには警戒は解かなかったため、メルコールは已むを得ず、他のヴァラやエルダールを助けたり助言を与えたりして、少しずつ周囲の警戒を解していった。そしてしばらくの後、メルコールは自由にアマンを動きまわっても良いという許可が与えられた。マンウェにはメルコールの悪が矯正されたように思われたからである。しかしウルモとトゥルカスは彼の改心を信用しなかった。
メルコールはエルダールが自身の没落の原因となった事を決して忘れては居なかった。それ故彼らとヴァラールを離間させようと考えるようになる。彼は心中に憎悪の念を抱きつつ、それとは裏腹に親愛の情を装ってエルダールに近づき、彼らのために惜しみなく知識や力を提供した。しかしマンウェとヴァルダに最も愛されているヴァンヤール・エルフは彼を怪しむことをやめなかったため、彼らを堕落させることは難しかった。またファルマリの方は逆にメルコールの方が全く気にもかけなかった。彼にとっては役に立ちそうもないと見たからである。しかしノルドール・エルフは彼のもたらす知識を大いに尊び耳を傾けた。この事からメルコールはノルドール族に目を付けた。そんな時フェアノールが最も世に知られるエルフの作品、大宝玉シルマリルを完成させる。その輝きを目にしたメルコールは世の何よりもシルマリルを渇望した。そして身を焦がすようなその欲望に駆られた彼は、何としてもフェアノールを滅ぼし、ヴァラールとエルフを離間させようと工作に精を出すようになる。彼は時間をかけて虚言の種を蒔いていった。ヴァラールは嫉妬心からエルダールを中つ国から引き離したのだ、これから現れる人間たちに広大な中つ国を任せ、エルフ達は自分達の監視下に置いておくのだ、弱い人間ならば後々支配するのは容易いことだからだ、と。無論これは全く根拠の無いことだったのだが、ノルドール族の中には完全に信じる者、あるいは半信半疑な者が大勢続出するようになった。こうしてメルコールの工作は実りつつあった。フェアノールの心中には新天地を望む気持ちが炎のように燃え盛ったからである。さらにメルコールはフェアノールに異母弟のフィンゴルフィンとその息子達が、ノルドールの上級王フィンウェとその長子フェアノールに取って代わろうとしていると吹き込んだ。その一方で、フィンゴルフィンとその弟フィナルフィンには、フェアノールが父親の愛情を独占し、二人を追放しようと画策していると吹き込んだ。そしてメルコールは武器の造り方をノルドールに語った。彼らが刀剣や槍、斧といったものを造り始めたのはこの頃だと言われている。こうしてノルドールの叛意を焚きつけ、一族の不和を煽り相争わせるまではかれの目論見どおりになったが、フェアノールが刀を抜いてフィンゴルフィンを恫喝したことで、ヴァラールが介入することとなり、この際の審判で事の真相が明らかとなり、メルコールの悪意が明らかとなった。しかしフェアノールは抜刀した罪で12年の間フォルメノスに追放されることとなった。メルコールはその悪意が顕になったことを悟ると身を晦まし、トゥルカスの追手から逃れると密かにフェアノールの許へ訪れた。そして偽りの友情を装って、フェアノールをこの境遇から救い出そうと、彼に逃亡を勧めたがその際の発言でシルマリルへの欲望を見抜かれたメルコールは、フェアノールに面罵された上に立ち去るよう命じられ門扉を眼前で閉じられた。こうして恥をかかされたメルコールの心はドス黒い怒りに塗り潰されたが、ヴァラールの追跡を案じてその場を去った。フィンウェは急使をヴァラールの許に送り、オロメとトゥルカスが追跡に飛び出たが、メルコールは北方へ逃走したという情報がもたらされ、二人は全速力で北に向かったが、彼の消息を見出すことは出来なかった。
メルコールは首尾よく追っ手を撒いた。北方に向かうと見せかけ、実は引き返して遥か南に去っていたからである。この頃の彼はまだアイヌアなら誰でもできる、姿を変えることも、肉体を棄てて不可視の姿に戻ることも可能だったからである。最もこの能力はそのうちに永遠に失われることになるが。そしてペローリ山脈の東の山麓の裾野にあるアヴァサールを訪れた。そこには闇の大蜘蛛ウンゴリアントが棲息していたからである。かの雌蜘蛛は光を吸い上げ闇の糸を紡ぐ事が出来た。そしてその紡がれた暗黒の蜘蛛の巣には最早如何なる光も届かなくなっていたため、彼女は飢餓に瀕していた。メルコールはここで彼女を探しだすと暗黒の王の姿をとった。そして二人はアマンを襲う計画を練った。ウンゴリアントは本心を言うと諸神に挑むのは大変な危険を伴うため、恐怖から些か気が進まなかったのだが、メルコールが示した報酬に釣られて力を貸すことを承諾した。そしてメルコールとウンゴリアントはアマンを急襲した。丁度その時ヴァリノールは祝祭の季節であったため、ほぼ全住民はマンウェの御許であるタニクウェティル山頂の宮居に赴いており、都は無人であった。メルコールとウンゴリアントは二つの木の前に来ると、メルコールが黒い槍で二つの木を髄まで刺し貫いた。木は深傷を負って樹液が血のように流れ出た。ウンゴリアントはそれを吸い上げたうえ、二つの木の傷口に口を当て樹液を一滴残らず飲み干した。そしてウンゴリアントの体内にある致死の猛毒が木に入って二つの木は枯死した。それでもまだ足らず彼女はヴァルダの泉をも飲み干した。そして見るもおぞましい巨大な姿に膨れ上がり、黒い煙霧を吹き出した。その姿はメルコールさえ恐れをなすほどであった。
こうしてウンゴリアントの放つ闇でヴァリノールの国は大混乱に陥った。その隙にメルコールはフォルメノスを訪れ、祝祭に参加していなかったフェアノールの父フィンウェを殺害して、シルマリルとその他のエルフの宝石の全てを奪い、北方へと逃走した。この報せを聞いたフェアノールはメルコールをモルゴスと呼んで呪った。そして彼は闇の中へと走り去っていった。これより後メルコールはその名で呼ばれることはなく、モルゴス、黒き敵などと呼ばれるようになる。オロメの軍勢とトゥルカスがモルゴスを追跡するため直ちに出撃したが、ウンゴリアントの黒雲と闇の中では何も見えず、結果的に彼らの追跡は空しく終わった。モルゴスとウンゴリアントは、軋み合う氷の海峡ヘルカラクセを渡って中つ国へ逃亡した。モルゴスは彼女を撒いてアングバンドに逃げ帰るつもりだったのだが、ウンゴリアントはそれを許さなかった。報酬を要求する彼女に、モルゴスは渋々エルフの宝石をくれてやると、彼女は次々とそれを貪り食った。ウンゴリアントはさらに大きさを増し闇を吹き出したが、彼女はまだ満足しなかった。そして遂にシルマリルを要求したのである。モルゴスは激高し、自分が力を与えてやったからこそ、今回のことは上手くいったのだからシルマリルは決して渡さないと拒絶した。しかしモルゴスから出て行った力の分だけ、ウンゴリアントは大きくなり、モルゴスは小さくなっていた。その為ウンゴリアントを制御できず、彼女の紡いだ暗黒の蜘蛛の巣に囚われ、宝玉はおろか自分自身の息の根を止められそうになった。その時モルゴスは山々をも揺るがすほどの恐ろしい絶叫を上げた。その叫びをアングバンドの地下深くで主の帰還を待っていたバルログ達が聞きつけ、彼らは火を吐く嵐のごとくやって来て、その炎の鞭でウンゴリアントの蜘蛛の巣をズタズタに切り裂くと、ウンゴリアントを追い払った。一命を取り留めたモルゴスはアングバンドに新たに地下要塞を築き、城門の上にサンゴロドリムの塔を打ち建てた。そしてシルマリルを巨大な鉄の王冠にはめ込むと、世界の王を称して中つ国に君臨した。
モルゴスはアングバンドに帰還すると直ぐ様戦支度を始めた。彼の不在の間、副官サウロンが闇の中で十分な数のオークを繁殖させていたからである[18]。そこでモルゴスはオークの力と残忍さに加えて破滅と死を渇望する心を植え付けて、彼らを中つ国北西部即ちベレリアンドへと送り出した。そして彼らは大挙してシンゴル王の領地を襲った。これがモルゴスとエルフの間で初めて行われた戦であった。モルゴスとエルフの大きな戦いはこれを皮切りに全部で五度行われることとなる。
- ベレリアンド最初の戦い
この戦いはシンゴルを除く、アマンに赴いたことがない暗闇のエルフ達と、モルゴスのオークたちとの間で行われた。オーク達は広い範囲を襲撃して回ったため、シンゴルはエグラレスト(ファラス)の統率者キーアダンとの連絡を絶たれてしまったため、オッシリアンドのエルフ王デネソールに助けを求めた。デネソールは救援に答え、援軍を率いてシンゴル王とともにオークを挟み撃ちにし敗北せしめた。敗走したオーク達は北へ逃げたが、そこではドワーフ達が待ち構えており、これによりほぼ全滅の憂き目にあった。この戦いでエルフ側は勝利を得たものの、犠牲も大きく、特にオッシリアンドのエルフ達は、王デネソールを始め多数が討ち死にを遂げた。また西方ではオーク側が勝利を収め、キーアダンは海岸際まで撤退せざるを得なかった。 この戦いの結果からシンゴル王は周囲の者たちを領地内に集めると、妻のメリアンの力で影と惑わしの見えざる壁(メリアンの魔法帯)を張り巡らせた。これはマイアであるメリアンよりも大きな力を持つものでもない限り、シンゴル夫妻の意思に反して通行することは不可能なものであった。以後この魔法帯の内なる地はドリアスと呼ばれるようになる。
丁度この頃、モルゴスに父を殺されシルマリルを盗まれた、フェアノール一党が中つ国にやって来る。彼らはその途上で船を手に入れるために、同族であるテレリたちを殺戮した。この同族殺害の罪と、シルマリルを取り戻すために立てたフェアノールの誓いは、後々まで彼らに重くのしかかることとなる。彼らは中つ国に到着すると船を焼き捨ててしまった。フェアノールは後続のフィンゴルフィン達をわざと見捨てたのである。フィンゴルフィンは船が燃える赤々とした光を見て兄が自分を裏切ったことを知った。そしてこの光にモルゴスも気付き、フェアノールが自分を追ってきた事を知る。そこで彼は今だ十分な備えができていないであろうことを見込み、オークの軍勢を差し向けた。ここにべレリアンド第二の合戦が勃発する。
- ダゴール・ヌイン・ギリアス(星々の下の合戦)
この戦の時には、まだ月が昇天していなかったためにこう呼ばれた。ノルドールは不意を突かれた上に数で劣っていたものの、たちまちの内に大勝利を収めた。何故となれば、彼らは二つの木の光をその眼で見た上のエルフだったからである。この時キーアダンを包囲していたオーク達が援軍として差し向けられたが、これはフェアノールの息子ケレゴルムが感付いて逆に急襲し壊滅せしめた。この合戦は10日間に及び、べレリアンド征服を目指して彼が用意した全軍勢の内戻ってきたのはわずか一握りであった。この結果には流石のモルゴスも唖然としたという。しかしモルゴスにとっては慰めとなることも起こった。当のフェアノールがこの戦で命を落としたのである。彼は仇敵への復讐の念と憤怒の余りオークの残党を追うのに入れ込み、味方を引き離して突出し過ぎたのである。これを見たオーク達は反転して攻めに転じ、さらにアングバンドからバルログ達が出てきた。そしてフェアノールはモルゴスの王土ドル・ダイデロスで包囲された。彼は獅子奮迅の戦いぶりを見せたが、遂にはバルログの長ゴスモグによって致命傷を負わされた。その時フェアノールの息子たちが軍を率いてやって来たため、モルゴス軍はフェアノールを放り出して撤退した。
フェアノールが死んだ直後に、モルゴスはエルフ側に使者を遣わして、敗北を認めて和睦の話し合いを申し込んだ。シルマリルを1個引き渡しても構わないという条件付きである。これにフェアノールの長子マイズロスは十分警戒して、双方共に決められた以上の軍勢を引き連れてきたが、モルゴス側の方が多かった上にバルログもいたため、マイズロス以外の者は皆殺しにされ、彼は生け捕りにされた。そして彼を人質としたのであるが、フェアノールの息子たちは誓いに縛られていたため、モルゴスへの戦いを止めることは出来なかった。そこでモルゴスはマイズロスの右手に鉄の枷をはめサンゴロドリムの絶壁にぶら下げた。
しかしこの時、月と太陽が空に出現する。これらは二つの木の忘れ形見ともいうべきもので、ヴァラール達の手で造られ、清められたものであった。この二つの光は共にモルゴスにとっては予期せぬ痛打であり、憎悪の対象となった。そこで彼は月の舵を取るマイア・ティリオンに、影の精たちを差し向けたが撃退された。しかし太陽の船を導くアリエンのことは非常に恐れ、為す術がなかった。モルゴスには最早それだけの力がなかったのである。弱体化した彼はアリエンの目に見られることと、彼女が舵を取る太陽の燦然とした輝きに長く耐えられなかったのである。また、モルゴスの召使であるオークやトロルにとっても陽光は致命的であった。彼は自分と自分の召使いたちを暗闇で覆って陽光から身を隠すようになり、モルゴス自身はますます地面から離れられず、暗い砦の奥に篭もるようになった。彼の国土は全て煙霧と一面の黒雲に包まれるようになった。そしてフィンゴルフィン一党がヘルカラクセを渡って、艱難辛苦の末に中つ国に辿り着いたのもこの頃であった。彼らはアングバンドの城門前まで来ると、これを激しく叩いてトランペットを吹き鳴らし、サンゴロドリムを揺るがしたが、フィンゴルフィンはフェアノールと違い用心深かったので直ちに兵を引きミスリムの湖へと向かった。
太陽の第一紀
太陽が初めて昇った時、ヒルドーリエンでイルーヴァタールの次子である人間が目覚めた。モルゴスの間者たちはこれに気づくと、すぐに彼のもとに注進した。モルゴスはこのことを大事件と考え、副将サウロンにエルフとの戦いの指揮権を委ねると、暗闇の中密かにアングバンドを出発し自ら中つ国奥地に乗り込み、人間の心に影を投げかけた。そして恐怖と虚言を持って人間をエルダールの敵として東から彼らを攻撃せしめようと企んだ。しかしこの企みはなかなか上手く行かず完全には成就しなかった。この時点では人間は数が少なすぎたからである。そこでモルゴスは、あとの事を彼よりも劣る少数の召使いたちに任せて、アングバンドに戻ってしまった。
フィンゴルフィンの長子フィンゴンはマイズロスの親友であったため、彼が囚われの身になっていることを知ると単身、救出のためにサンゴロドリムの山をよじ登った。そこでマイズロスを発見するものの、近くによることは出来ず、マイズロスはフィンゴンに自分を射殺すよう頼む有様であった。そこでフィンゴンがマンウェに哀れみをこうと、大鷲の王ソロンドールがやって来てフィンゴンをマイズロスの近くまで運んだ。しかし魔法の鉄枷は外せなかったため、仕方なく右手首を切断し彼を助け出すことに成功した。フィンゴンはこの勲で名を上げ、そしてマイズロスがノルドールの上級王の王権をフィンゴルフィンに譲り、フェアノールが船を焼いて見捨てた所業を謝罪したために、両王家は再び団結することとなった。
ノルドールはドル・ダイデロスに見張りを置くと各地に使者を送った。シンゴル王はドリアスの魔法帯を彼らに開こうとはせず、フィナルフィンの血を引くものだけを中に入れることを許した。フィナルフィンの妻は、シンゴルの姪に当たるエアルウェンであったからである。そしてシンゴルはノルドール族にヒスルムとドルソニオン、それと無人の荒れ地であったドリアスの東の地に住まうことを許した。フェアノールの息子たち、特にカランシアはこれを聞いて怒ったが、マイズロスが窘め、その後間もなくマイズロス達はミスリムを去って、東の方の広い土地に移った。彼らはここにマイズロスの辺境国を築いた。太陽の出現から50年後、フィンゴルフィンの息子トゥアゴンとフィナルフィンの息子フィンロドは共に南に旅行した。その際夢という形でウルモの啓示を受け、何時か来るモルゴスの攻撃に備え、しっかりとした要塞を作るべきだという意味に受け取った。
ある時フィンロドとその妹ガラドリエルがシンゴルの許を訪れた時、フィンロドはシンゴル王の王宮<メネグロス>(千洞宮)を目の当たりにして、自分もこのような王宮を築きたいと考えた。そこでシンゴル王に相談した所、ナログ川の深い峡谷とその西側にある洞窟群のことを教えてくれ、道案内を付けてくれた。こうしてフィンロドはナログの洞窟群にメネグロスを模倣した王宮を後に築いた。これがナルゴスロンドである。この地を作るに当たり青の山脈のドワーフの手を借りたが、フィンロドは十分な報酬を支払った。その御礼にフィンロドのためにドワーフは後の世にも名高いナウグラミーア(ドワーフの首飾り)を贈った。
同じく夢の啓示を受けたトゥアゴンはウルモ自身からシリオンの谷間に行くよう命じられ、ウルモの案内で、環状山脈の内側にあるトゥムラデンという隠れた谷間を見出した。そしてその谷間の真中に石の丘があり、トゥアゴンは故郷ティリオンの都に倣った都市の設計にとりかかった。これが後のゴンドリンである。
ガラドリエルは兄フィンロドの王国には行かず、ドリアスに留まりメリアンとの語らいに興じる日々を過ごしていた。だが彼女はアマンでの出来事は二つの木の枯死、シルマリルの盗難、フィンウェの殺害には触れたものの、同族殺害やフェアノールの誓いのことなどは触れずに置いた。メリアンはマイアとしての洞察力でガラドリエルが何かを隠していると悟ったが、それ以上の追求はしなかった。この事については後に予期せぬ形でシンゴルの耳に入ることとなる。
モルゴスはノルドール族が戦争のことは余り念頭に無いようで、遠くまで旅に出たりと逍遥しているという間者の報告を聞き、敵の軍事力と警戒を試そうとした。北方の地は地鳴り鳴動し鉄山脈は火を吐いた。そしてアングバンドの大門前の大平原<アルド=ガレン>をオーク達が怒涛のように渡ってきた。ここにべレリアンド第三の会戦が起きる。
- ダゴール・アグラレブ(赫々たる勝利の合戦)
オーク達は西はシリオンの方を侵犯し、東はマイズロスとマグロールの土地に侵入したが、フィンゴルフィンとマイズロスは警戒に抜かり無く、オークの本隊の狙いはドルソニオンであることに気付き、これを襲おうとしているところを両側から挟撃し、モルゴスの召使たちを敗退せしめアルド=ガレンを渡って追撃し、アングバンドの大門前で一兵残らず殲滅した。かくの如くこの合戦は大勝利に終わったが、同時に警告ともなり、モルゴスに対する包囲を縮め、見張りを強化した。アングバンドの包囲の始まりである。
アングバンドの包囲
このアングバンドの包囲は400年に渡って続いた。しかしこの包囲は完全なものではなかった。なぜならサンゴロドリムの城塞は、湾曲する鉄山脈から突き出るように築かれていたので、両側をこの山脈に守られていたため、これを超えて包囲することはノルドールには不可能であった。それに鉄山脈の北は常冬の雪と氷の大地であったからである。このためモルゴスは後背部には憂いはなく、彼の手下はアングバンドの大門ではなく北方側の秘密の入口から出入りしてベレリアンドに侵入した。またモルゴスは配下のオークに命じて、西方から来たエルフの中で生け捕りに出来るものがいたら、生きたままアングバンドに捕らえることにした。そうした捕虜の中には、モルゴスの面前で黒々とした恐怖に落ち込み威圧され、彼の思い通りになる者たちもいた。そうしてモルゴスはフェアノールの誓いや同族殺害のことなど様々なことを知ることが出来た。
モルゴスは、このフェアノールに率いられたノルドール族による同族殺害に、さらに嘘の尾鰭をつけ毒を含んだ噂としてシンダール族の間に流した。シンダールは用心が足らず、言われた言葉をそのまま受け取ったため、モルゴスは彼らに狙いを絞ったのである。キーアダンは賢者であったためこれらの噂は悪意によるものと看て取ったが、出所はモルゴスではなくノルドールの諸王家の間での妬みによるものと勘違いした。彼は自分が聞いたことをドリアスのシンゴル王に伝えた。シンゴルは激怒して、その場にいたフィナルフィンの息子たちをなじった。フィナルフィン一党は同族殺害に加わっていないものの、フィンロドは黙して語らなかった。それを釈明するとなれば、他のノルドール族を非難することになるからである。しかし弟アングロドは耐えられず、また以前ドリアスに使者として赴き帰ってきた際、カランシアに言われたことが遺恨となり、その場で真実を語りフェアノールの息子たちを非難した。この結果シンゴルは、フィナルフィンの子たちは縁者として以前通り扱い、また、フィンゴルフィン一党とは彼らがヘルカラクセでの苦しみで、罪を贖ったとして親交を保つことにした。しかしフェアノール一党への怒りは収まらず、彼らの言葉(即ちクウェンヤ)をベレリアンドで使うことを一切禁じた。このためノルドールも日常的にシンダリンを使わざるを得ず、クウェンヤは伝承の言葉として生き続けることとなった。
ダゴール・アグラレブから100年後モルゴスはフィンゴルフィンに奇襲を仕掛けた。彼は鉄山脈の北方からオークを送り出し、そこから西へ大きく迂回して南下し、ヒスルムに押し入るつもりだった。が、そこに至る前にフィンゴン率いる部隊に襲われ、オークの殆どは海へと追い落とされた。これによりモルゴスはオークだけではノルドールを滅ぼすことは不可能だと悟り、別の方法を模索することとなった。
その再び100年後、北方の火竜(ウルローキ)の祖グラウルングがアングバンドの大門から出撃してきた。この時の彼はまだ若竜で、成竜の半分にも達していなかった。しかしそれでもエルフ諸侯を仰天させるには十分だった。彼らは竜から逃げだし、グラウルングはアルド=ガレンを蹂躙した。しかしフィンゴンが一団の弓騎兵でこれを追い包囲すると、一斉に矢を浴びせかけた。グラウルングは身を完全に鱗で鎧うほど成長してなかったため、飛んでくる矢に耐えられず、アングバンドに逃げ帰った。この勲でフィンゴンは大いに名を高めた。モルゴスは早過ぎるグラウルングの出撃に大きく機嫌を損じたと言われている。そしてこの後200年に渡り長い平和が続き、ベレリアンドのエルフ達は繁栄することとなる。
ノルドールがベレリアンドに来て300年以上経った平和な時代に、ナルゴスロンドの王となったフィンロドはシリオンの東に旅をし、青の山脈(エレド・ルイン)の山並みに向かった。夕闇の訪れる頃、彼はそこでベレリアンドにやってきた人間、ベオルらの一族と出会った。彼らはそこで親交を結びフィンロドを主君としフィナルフィン王家に忠誠を尽くすこととなり、アムロドとアムラスの国に住む場所を定めた。しかしオッシリアンドのエルフらは人間を嫌い彼らを冷遇した。そのため次にやって来たハラディンの一族は北上してカランシアの収めるサルゲリオンに定住した。カランシアは人間の存在を殆ど歯牙にもかけていなかったからである。マラハ(Marach)の一族が最後にやって来たが、彼らは背が高く好戦的な輩だったので、オッシリアンドのエルフ達も手が出せなかった。しかしマラハの一族はベオルの一族と友好関係にあったため、そちらの近くへと移り住んでいった。人間の来訪はエルフにとっても興味深いことで、フィンロド以外の様々なエルフ達が人間のもとを訪れた。しかしシンゴル王は人間の来訪を歓迎せず、ドリアスは人間に対しては閉ざされたままであった。そして<第二の民>という意味であるエダインという言葉が彼らに使われ、後にエダインはエルフの友である三氏族についてのみ使われることとなる。フィンゴルフィンはノルドールの上級王として彼らを歓迎したため、多くの人間の若者がエルダールの王侯貴族に使えた。その中のマラハ(Malach)は14年間ヒスルムに定住しアラダンの名を与えられた。そして約50年後には何万という人間が西方のノルドール三王家の土地に入った。ベオルの一族はドルソニオンに来てフィナルフィン王家の土地に定住した。マラハの一族は後にはハドルの一族と呼ばれるようになり、ドル=ローミンに定住することとなる。またハラディンの一族は後にオークに襲われたことで、ハレスという名の女性に導かれてブレシルの森へと移っていった。しかし人間の間には不平分子もいて、エルダールを恐れかつ彼らに使えるのを良しとしないものも多かった。西の地に光明があると聞いて来てみれば、実際は暗黒の王とエルフたちの戦争の真っ最中であったため、それを厭うてエレド・ルインを再び超えてエリアドールに戻っていくものや、遥か南の方へと去っていった者たちも多くいた。こうした者達を除いて、エルダールのもとに集った人間たちは知識と技能を教授され、その智慧と技は勝っていき、ついにはエレド・ルインの東に住み、エルダールに会ったことも教えを受けたことのない、他の全ての人類を凌駕するに至ったのである。
この頃隠れ王国ゴンドリンはアマンのエルフの都ティリオンにも比す程の美しい都となった。しかしゴンドリンの中でも、最も美しいものはトゥアゴン王の娘イドリルであった。環状山脈の中ではゴンドリンの民も増え栄えていったが、200年ほど経つとトゥアゴン王の妹アレゼルはゴンドリンに倦み、広大な大地と森林に強く心を惹かれるようになった。そして彼女は王の許しを得ると、昔の友人フェアノールの息子ケレゴルムに会いに行こうとした。しかしそこへ行くにはドリアスを通らねばならず、彼女はフィナルフィン王家の者ではなかったため通行は許されなかった。そこでアレゼルは無謀にもナン・ドゥンゴルセブの危険地帯を通過しようとした。そこは昔バルログらから逃れたウンゴリアントが一時期棲み着いていた場所で、今も彼女の子孫の大蜘蛛達が徘徊する所であった。ここで大蜘蛛に襲われたアレゼルは護衛のものとはぐれてしまったが、運良く窮地を脱しケレゴルムとクルフィンの住んでいた場所に到着した。しかし折り悪く、二人は留守であった。そのため二人が帰ってくるまでそこに留まっていたが、ある時遠くまで馬を進めすぎた時、<暗闇エルフ>と呼ばれるシンゴル王の縁者エオルに見つかり、彼女に魅入られ我が物にしたいと思ったエオルは、魔法を用いて彼女を自分の住まいに引き寄せた。アレゼルはそのままそこに留まった。二人は結婚したからである。アレゼルにとっては意外なことにこの婚姻は不本意なものではなかったようで、そこでの生活もそれなりに気に入っていたようであった。そして4年後に二人の間に子が生まれる。この子はアレゼルから密かにクウェンヤでローミオンと名付けられ、エオルは息子が12歳になったのを機にマイグリンと名付けた。マイグリンは外見は母方のノルドール族に似ていたものの、内面は父方の性格を濃く受け継いでいた。しかしマイグリンは父よりも母を慕っており、母からノルドールの話を聞かされてはそれに憧れていた。マイグリンは父に母方の同族と会ってみたいと言ってみたが、エオルはノルドール族を嫌っていたため許されなかった。またアレゼルの方も縁者に再び会いたいという気持ちが募ってきた。やがて長の年月が経ち、ある時ドワーフ達の祝宴に呼ばれてエオルが出かけた際、マイグリンとアレゼルは脱走を図った。二日後に帰ってきたエオルはこれを知ると直ちに追いかけ、必死になって二人を探した。そして運の悪いことにアレゼルとマイグリンが乗り捨てた馬の嘶きから、エオルは隠れ王国に通ずる秘密の通路を探しだすことに成功し、ゴンドリンに連行されてきた。エオルはマイグリンを連れて出て行く権利を主張したがそれは聞き入れられなかった。隠れ王国に通ずる道を知ってしまったからである。トゥアゴン王はエオルにここに永久に留まるか死を選ぶか迫った。エオルは後者を選ぶと同時に、隠し持っていた投槍をマイグリンに投じたが、アレゼルが息子の盾になった。大した傷は追わなかったものの、この槍には毒が塗られていたため、アレゼルは命を落とした。それ故エオルは切り立った絶壁から投げ落とされ処刑された。しかしこのマイグリンが後にゴンドリンの破滅のもととなるとはこの時誰も予想し得なかった。
包囲網敗れる
ノルドールの上級王フィンゴルフィンは民も増え国力も増大し、同盟者の人間も得たことから、アングバンド襲撃を考えるようになった。しかし各王国の現状に満足していた他のノルドール達は、それがそのまま続くことを期待し、重い腰を上げようとはしなかった。中でもフェアノールの息子たちにはその気がなかった。もしアングバンドを攻めるなら、勝つにせよ負けるにせよ、甚大な損害を被ることは必至だからである。ノルドールの公子たちの中で王に同意したのはアングロドとアイグノールだけであったという。この二人の王国ドルソニオンはサンゴロドリムに最も近い地であったため、モルゴスの脅威は常に心を占めていた。しかし結局この計画は実現せず、このまま包囲を続けることとなった。そしてフィンゴルフィンが中つ国に来て455年を経た時、モルゴスがついに動いた。第四の合戦が起きたのである。
- ダゴール・ブラゴルラハ(俄に焔流るる合戦)
月のない冬の夜、アルド=ガレンの平原を見張っていたノルドール族は、数が少なく、騎兵たちの中でも眠りの中にいる者たちが殆どであった。その時突然サンゴロドリムから火炎流が流れだし、炎の大河となってバルログよりもずっと早く流れ下って全平原を覆った。鉄山脈も火焔を噴出し、その毒煙は生あるものの命を奪った。こうしてアルド=ガレンの草原は滅び、火で舐め尽くされた跡には、灰土に覆われる不毛の地しか残らなかった。この後アルド=ガレンの名は変えられてアンファウグリス(息の根を止める灰土の地)と呼ばれるようになる。そして多くのノルドール族がこの炎で焼け死に、黒焦げとなった骸を晒すこととなった。この火の川はドルソニオンの高地や、エレド・ウェスリンが堰き止めたものの、山腹の森に火がつき山火事となって煙による混乱がもたらされた。こうして戦は始まった。この火の川の跡に今や成竜となった竜祖グラウルングが先頭を切って進んできた。その龍尾に続くのはバルログたちであり、さらにその後ろにはノルドールがかつて目にしたことがないほどの、オークの大軍が押し寄せてきた。襲撃の矛先をまともに受けたアングロドとアイグノールは討ち死に、ベオル家のブレゴラス及びこの一族の戦士の大多数が戦死した。しかしブレゴラスの兄バラヒアは西のシリオンの山道で戦っていた。そこには南方から急遽馳せ参じたフィンロド王が味方の軍勢から切り離されて包囲され、落命するか虜囚の身になるかの瀬戸際であったところを、バラヒアが勇敢な部下とともに駆けつけ血路を開いて救出したのである。こうしてフィンロドは生きてナルゴスロンドに戻ることが出来た。この時彼は謝礼にバラヒアに自分の指輪を与え、バラヒアの一族が困難に落ちいった時は必ずこれを助けるという誓いを立てた。ヒスルムの軍勢は多くの戦死者を出して、エレド・ウェスリンの砦に退却したが、オーク達から何とか砦を守り切った。ハドル家の長金髪のハドルは主君フィンゴルフィンの後衛を守って討ち死にした。彼の次男であるグンドールも同じく死んだ。しかし高く堅固な山脈が火の川を堰き止めたのと、オークもバルログも北方のエルフと人間の剛勇を打ち負かせなかったため、ヒスルムは最後まで攻略されずに残った。しかしフィンゴルフィンは夥しい敵に包囲され、味方の軍勢から切り離されてしまった。フェアノールの息子たちは戦いに利あらず、彼らの王国があった辺境の地は敵の強襲で余すところ無く敵の手に落ちてしまった。アグロンの山道で敵に大きな損失を与えたものの、ケレゴルムとクルフィンは敗北を喫し南西方に遁れ、ナルゴスロンドに辿り着きフィンロド王のもとに避難場所を求めた。しかし彼らは北方の同族の許に留まっていたほうがよかったかもしれない[19]。マグロールの守る山間やカランシアの守るサルゲリオンはグラウルングが来たためこれに抗しきれず、彼らは遁走した。グラウルングはその火と恐怖で、アムロドとアムラスが守っていた東べレリアンドの奥地まで荒らしまわった。マイズロスのみはこの上ない剛勇を持ってヒムリングの大砦を守りきり、マグロールはそこへ合流した。カランシアはアムロド・アムラスと合流すると南に遁れ、オッシリアンドのエルフの助けを得て抵抗を続けた。この後べレリアンドでは、第五の合戦まで大きな合戦はないものの、頻繁に戦が起きるようになっていく。この第四の合戦はモルゴスの猛攻撃が下火になった春の訪れと共に終わったと考えられている。
- モルゴスとフィンゴルフィンの一騎討ち
この時ヒスルムに届いた一報はドルソニオンは滅び、フィナルフィンの息子たちは敗北し、フェアノールの息子たちの領土は壊滅したという内容であった。これを聞いたフィンゴルフィンはノルドールは最早滅亡する(少なくとも彼にはそう思われた)という絶望と憤怒に駆られ、彼は愛馬ロハルロールを駆り単身敵陣に突入した。アンファウグリスの灰土の中を疾風の如く駆け抜ける彼を、狩人神オロメその人がやって来たと勘違いし、敵は驚き惑うて逃げまわった。憤怒に燃える彼の目はヴァラールのように輝いていたからである。こうして彼はアングバンドの大門に辿り着くと角笛を吹き鳴らし門扉を強打し、モルゴスに一騎討ちを挑んだ。フィンゴルフィンはモルゴスを名指しして罵倒した[20]ために、モルゴスその人は気乗りしなかったが、配下の諸将の手前応じざるを得なかった。彼は黒い鎧を纏い、大鉄槌グロンドと黒い盾を構えて決闘に臨んだ。モルゴスの巨体はエルフ王の上に影を落としたが、フィンゴルフィンは星のように光を放った。彼の鎧には銀が被せてあり、青い盾には水晶が嵌めこまれていたからである。そして彼の愛剣は氷のように煌めくリンギルであった。モルゴスは何度もエルフ王に打ちかかったがその度に素早く躱され、逆に7度斬りつけられ傷を負わされた。その度に苦痛の叫びを上げるモルゴスに、アングバンドの軍勢は狼狽するばかりであった。しかしエルフ王は徐々に疲弊してゆき、モルゴスは盾を構えて迫った。三度王は粉砕されんとして膝を突き、三度立ち上がりボロボロになった盾と兜を上向けて立ち上がった。しかし周囲の大地はグロンドが振り下ろされた際の、地面を劈いた穴や裂け目だらけであったため、彼は躓きモルゴスの足許に仰向けに倒れた[21]。モルゴスは好機とばかりに左足を敵の首にかけへし折った。しかし死の間際、フィンゴルフィンは死力を振り絞り、愛剣リンギルでモルゴスの足を深く突き刺した。そのためモルゴスの足からはドス黒い血が吹き出し、大地の穴を満たした。こうしてノルドールの上級王、武勇に最も優れていたフィンゴルフィンは死んだ。モルゴスはエルフ王の亡骸を折って狼どもに与えようとしたが、鷲の王ソロンドールが飛来して顔を鉤爪で引っかき、フィンゴルフィンの遺体を運び去った。戦争におけるモルゴスの勝利は大きかったが、彼自身が負った傷はこの後も癒えることはなく、モルゴスは以後片足を引き摺るようになり、顔にはソロンドールによって付けられた傷が痕となって残った。
フィンゴルフィンの死後悲しみに暮れながらも、フィンゴンはノルドールの上級王を継承した。そして息子のエレイニオン(ギル=ガラドとも呼ばれる)[22]をファラスのキーアダンのもとに送った。
今やドルソニオンは滅んだが、バラヒアはそこから逃げようとはしなかった。バラヒアの民は大勢死に、生存者も残り少なくなってしまった。そしてこの国の森は恐怖と幻影に覆われた魔の森と化し、タウア=ヌ=フインと呼ばれるようになった。そこでバラヒアは婦女子をブレシル、またはドル=ローミンへと避難させ、自分たちは絶望的な環境でも頑強にゲリラ的抵抗を続けたのである。
ダゴール・ブラゴルラハから2年経過しても、西方のシリオンの水源近辺の地域は依然としてノルドール族の手にあった。ウルモの力がこの水の中にあったため、トル=シリオン(第一紀のミナス=ティリスとも呼ばれた)は難攻不落であったからである。しかしモルゴスの召使の内で最も枢要な地位にあり、最も恐るべきものとされたサウロンが、トル=シリオンの守護者であるオロドレスを攻撃してきた[23]。この強襲にエルフ達は耐えられず、オロドレスはナルゴスロンドへと遁走した。この辺りはサウロンの第一紀での活動に詳しい。
この頃ブレシルに移住していたハレスの一族は、最初のうちこそ北方の戦の影響を受けずにいたが、第四の合戦後はオークたちも南にまで姿を現すようになり、屡々戦闘が行われた。ハレスの一族はシンゴル王はともかく、ドリアスの国境警備隊とは親交を保っていたため、警備隊長のべレグがシンダールの大部隊を率いて救援に駆けつけ、ハレスの一族と共にオーク軍を壊滅させた。このためオークはそれから暫くの間南方には攻め寄せてこなかった。丁度この時ハドルの一族のフーリンとフオルは、ドル=ローミンではなくブレシルにいた。母親がハレスの一族出身だったからである。この兄弟もオークとの戦闘にわずか13歳で従軍したのだが、共にオークに捕らえられるか殺されるかの危機に陥った。しかしシリオンの川にはウルモの力が強く働いていたため、濃霧が立ち昇り二人を間一髪のところで脱出させたのである。その後二人は大鷲王ソロンドールに見つかり、配下の大鷲によって救助され、隠れ王国ゴンドリンへと運ばれた。彼らはそこで一年の間暮らした後、王に暇乞いを告げた。彼らは空からやってきたため、秘密の入口を知らないことからトゥアゴン王も許しを与えた。王と異なり二人を嫌っていたマイグリンは当て擦りを言ったが、兄弟はここで過ごした一年は決して他言しないと王に誓った。そして二人は来た時と同じように大鷲に運ばれてゴンドリンを去った。二人は一年もの間何処にいたのか、一族縁者両親からも聞かれたが決して答えなかったため、父親のガルドールはそこで尋ねることをやめて、推測し本当のことを考え当てた。この兄弟の不思議な話はモルゴスの間者の知るところとなった。
モルゴスは第四の合戦で大勝利を得たが、不安は拭えなかった。フィンロドとトゥアゴンの消息が杳として知れないからである。ナルゴスロンドは名前だけしか知らず、ゴンドリンに関しては名前も含めて何一つ情報を持っていなかった。そこで彼は間者をべレリアンドに放つ一方、オークの主力部隊を呼び戻した。自分がまだ正確な情報を握ってない状況では、決定的な勝利を掴むことは難しいと考えたのである。第四の合戦から7年後モルゴスはヒスルムを攻めた。エイセル・シリオン包囲戦ではドル=ローミンの領主ガルドールが戦死したが、彼の息子フーリンはオーク達の大多数に仕留めるとエレド・ウェスリンから追い払い、アンファウグリスの遥か遠くまで追撃した。しかしフィンゴン王の方は衆寡適せず、北方から攻めてきたアングバンドの大軍に手こずっていたところだったが、ファラスのキーアダンの援軍が到着したことで、エルフ側が勝利を収めた。その後フーリンがドル=ローミンの領主となり、ハドル王家を継承しフィンゴンに忠誠を誓った。彼は妻にはベオル王家からモルウェンを貰い受けた。そしてちょうどこの頃ドルソニオンのバラヒア一党が滅ぼされた(サウロンの第一紀での活動参照)。
西方を抑えたモルゴスのオーク達は、容赦なく敵の拠点を1つずつ落としていった。多くのノルドール・シンダールが囚われてアングバンドに連れて行かれ奴隷としてこき使われた。またモルゴスは諸国間に虚言の種を蒔いた。そしてそれは屡々同族殺害の呪いゆえに鵜呑みにされた。時代が暗くなるに連れて、ベレリアンドのエルフたちは恐怖と絶望故に、理性的な判断が難しくなってきたからである。モルゴスはエダインとエルダールを離間させようと務めたが、エダイン三王家は耳をかそうとはしなかった。このためモルゴスは彼らを激しく憎み、エレド・ルインの向こう側にいる褐色人(東夷)に使者を送った。この褐色人の中でも有力な部族がボールとウルファングの一族で、べレリアンドにやって来た彼らはエルダールに使えた。ボールの一族はマイズロスとマグロールに仕え、ウルファングの一族はカランシアに忠誠を誓った。これはモルゴスの狙い通りであった。エダイン三王家と東夷の間には親愛感は殆ど存在しなかったと言われている。
シルマリルの奪還
バラヒア一党は滅ぼされたが、ベレンのみは命を拾うことが出来た。ベレンは父の亡骸を埋葬すると父の仇を追った。そして真夜中にオークの野営地を見出し、そこでオークの隊長がフィンロドの指輪が嵌ったバラヒアの手を見せびらかしていた。森の生活に馴染んでいたベレンは、敵に気取られることなく近づき、突然隊長に斬りつけバラヒアの手を取り返し、一目散に逃げ出した。オーク達は急なことに慌てふためき、統率が取れていなかったため、ベレンは上手く逃げおおせた。
その後4年ほどベレンは孤独な放浪者としてドルソニオンにいたが、彼一人でもモルゴスに対して抵抗活動を続けた。彼の勲はべレリアンドに広く知られるようになり、ついにモルゴスは彼の首級にフィンゴンにも劣らぬ賞金をかけた。が、オーク達は彼を積極的に探さず、むしろ恐れて逃げまわる始末であった。そのためサウロンが指揮を執る羽目になり、巨狼や悪霊たちの軍勢を伴ってやって来た。さしものベレンもこれには及ばず、ついに父の眠る地を見捨てて脱出することとなった。彼はエレド・ゴルゴロス(恐怖の山脈)を登り、そこから南下してドリアスに行こうと決心した。この旅は凄絶なものであり、エレド・ゴルゴロスの断崖とその麓に横たわる太古の暗闇、その先にはサウロンの呪術とメリアンの魔力が渦巻くナン・ドゥンゴルセブの荒野、そしてそこに生息するウンゴリアントの子孫たち―これらを突破したことはベレンの勲の中でも特筆すべきものであったが、彼はこの事を語ることはなかった。その時の恐怖が余りにも凄まじかったからである。その旅の苦しみによろめくようにドリアスに入ってきたベレンは、そこでシンゴルとメリアンの娘ルーシエン・ティヌーヴィエルと運命の出会いを果たす。
ルーシエンとベレンは互いに深い恋に落ち、度々二人でネルドレスの森を逍遥した。しかし定命の存在であるベレンと、不死のエルフであるルーシエンの間には大きな隔たりがあり、これは彼女にとって大きな苦悩となった。そんなある日二人が逢瀬を楽しんでいるところを、彼女に横恋慕していたエルフがそれを見かけ、シンゴル王に密告した。王は激怒した。どんなに立派なエルフの公子でも、娘とは釣り合わないと考えるほどに娘を溺愛していたからである。ましてや相手は死すべき定めの人の子である。王はベレンを捕らえて玉座の前に引っ立てようとしたが、ルーシエンが自ら彼の手を取って賓客のように連れてきた。王は蔑みを込めてベレンを詰問したが、メリアンは無言であった。そこでベレンは平たく言えばルーシエンを嫁に貰い受けたいと堂々と言ってのけたのである。シンゴルは怒髪天を衝く思いであったが、ルーシエンにベレンを虜囚にしたり死罪にしたりしないと事前に誓っていたため、彼を殺すことは出来なかった。シンゴルに出来たのは、ベレンに対して実の所お前はモルゴスの間者ではないのかと、当て擦りを言うだけであった。それに対しベレンはフィンロドの指輪を高々と掲げて見せ、自分は間者などではないと、シンゴルの侮蔑を否定してみせた。そこでメリアンがシンゴルに彼は運命によって魔法帯を通り抜けここに来たのであって、彼の運命はシンゴルの運命とも深く関わっていると忠言する。やがてシンゴルは怒りを抑え、ルーシエンが欲しいならその代わりにモルゴスからシルマリルを奪ってこいという、究極とも言える無理難題をベレンに申し渡した。要はお前はとっとと死ねと言っているようなものである。しかしベレンは余裕綽々で笑いながらそれを承諾すると、メネグロスを去った。
ベレンはシンゴルの前で大見得を切ったものの、全く良い知恵は浮かばず、どうすればよいのか途方に暮れながら、自然と南方へ向かっていた。彼はそこでナルゴスロンドのエルフの衛士達に発見され、指輪を見せることでフィンロド王のもとに連れて行ってもらった。そしてベレンの話と彼が苦境に陥っていることを聞くと、かつて彼が立てた誓言ゆえにベレンを助けねばならないと考えた。しかしナルゴスロンドにはケレゴルムとクルフィンがおり彼らもシルマリルの所有権を主張した。その上でフェアノールの誓言とその恐ろしさを雄弁に語り、ナルゴスロンドの民を恐れさせた。そして彼らは出来うるならフィンロド一人を送り出し、ナルゴスロンドの王位を簒奪しようという腹黒い企みを持ったのである。フィンロドは自分と共についてくる者を募ったが、僅か10人だけであった。そしてフィンロドは弟のオロドレスに王位を譲ると、ベレンと10人の忠実な配下とともに出立した。この先の彼ら一行の運命はサウロンの第一紀での活動にある通りである。
ベレンが投獄された頃、ルーシエンは激しい胸騒ぎを覚え母であるメリアンに相談に行った。メリアンはマイアとしての力でベレンがトル=イン=ガウアホスの地下牢におり、助かる望みはないことを知った。ルーシエンはこうなったら自らベレンを助けに行こうと決心した。しかし助力を求めたエルフが王に密告したため、ブナの大樹の遥か上方に木の家が造られ、彼女はそこに押し込められた。しかしルーシエンは持てる魔法の力を使って、髪の毛を非常に長く伸ばし、その髪の毛で魔法の外套を織った。この影のような外套は身を包むと身隠しの効果があり、また相手に被せれば眠らせる魔力を秘めていた。そして残った髪房でロープを拵えるとそれを伝って降り、樹下にいた番人たちは眠りの魔法で無力化させ、ドリアス脱走に成功した。しかしドリアスの森の西の外れでケレゴルムとクルフィンの兄弟と、彼らが連れていたヴァリノールの猟犬フアンに発見されてしまう。ルーシエンは彼らがノルドールの公子であったため、自分の身分を正直に明かしてしまう。陽光の下での彼女の美しさが余りにも際立っていたため、ケレゴルムは彼女に恋慕の情を覚え、ベレン一行のことを既に知ってるのはおくびにも出さず、彼女をナルゴスロンドへと誘った。そこで彼女は謀られたことを知った。兄弟は彼女の身の自由を奪い、外套を取り上げ、誰とも口を利かせないようにしたのである。この兄弟は、ベレンとフィンロドをこのまま死なせ、ルーシエンとケレゴルムを無理矢理婚約させることで、ナルゴスロンドとドリアスの両王国を勢力下に置き、ノルドールの諸侯の中でも最も力ある者になろうと考えたのである。この二人に王位を継いだオロドレスは抵抗できなかった。民心は兄弟に支配されていたからである。しかし猟犬フアンは誠実であったため彼女に好意を寄せ、彼女の話を聞くうちに同情し、主人たちの腹黒い考えに反抗することにした。そして彼女の外套を咥えてくると彼女を背に乗せナルゴスロンドを脱走した。この先の彼女とフアンの顛末はサウロンの第一紀での活動にある通りである[24]。
二人はフィンロドの亡骸を埋葬すると、再び自由の身となってしばしの間二人きりの時間を過ごした。フアンはケレゴルムの許へ戻ったが、主従関係は破綻してしまった。ナルゴスロンドはサウロンの捕虜となっていた多くのエルフ達が戻ってきたことにより状況が変わり、その顛末を聞かされたことで彼らの王であったフィンロドの死を嘆き、民心は再びフィナルフィン王家に向かいオロドレスに従った。そして腹に一物持っていたケレゴルム兄弟を殺害しようとする者もいたが、これはオロドレスが許さなかった。その代わりに二人はナルゴスロンドから追放された。この時クルフィンの息子ケレブリンボールは父親と袂を分かった。追放された兄弟が北へ馬を進めていた所、折り悪くベレンとルーシエンと行き会った。ケレゴルムは馬に鞭を入れ全速でベレンを轢こうとし、一方クルフィンはルーシエンを抱え上げ自分の鞍に乗せた。しかしベレンは轢かれる寸前に跳躍し、傍を掠めて去ったクルフィンの馬に飛び乗った。そして背後からクルフィンの首を掴んで強く引いた。二人は落馬し、ルーシエンは投げ出され草の上に横たわった。ベレンはクルフィンを絞め落とそうとしたが、そこへケレゴルムが槍を構えて突進してきた。この時フアンはケレゴルムと絶縁し、彼に跳びかかり遁走させた。ベレンはクルフィンからアングリストと言う短剣を奪うとクルフィンを投げ飛ばした。クルフィンはベレンを罵りながらケレゴルムの馬に乗り、去ってゆこうとした。しかし隙を見て、クルフィンは弓矢をルーシエンに向けて射た。1本目はフアンが空中で咥えて防いだが、2本目はベレンがルーシエンの前に盾となり彼の胸に刺さった。怒ったフアンが兄弟を追いかけたため彼らは恐れて逃げた。そしてフアンは薬草を咥えて戻ってきた。この薬草とルーシエンの癒やしの術、それと彼女の愛のおかげでベレンは全快した。そしてドリアスに戻ってきた後、日も出てない早朝にベレンはルーシエンをフアンに託すと、馬を駆ってアンファウグリスにまでやって来た。彼は一人でアングバンドに向かうつもりだったのである。しかしルーシエンがフアンの背に乗ってベレンの後を追いかけてきていた。彼らはその道中、サウロンの島でドラウグルインの皮衣とスリングウェシルという吸血蝙蝠の外被を取ってきた。そこでフアンの助言で、ベレンはドラウグルインの皮衣に身を包みルーシエンはスリングウェシルの皮翼を身に纏った。そしてルーシエンの魔術によって彼らは巨狼と吸血蝙蝠に変身したのである。
二人はアンファウグリスを抜けアングバンドの大門の前まで来た。だがそこには恐ろしい門番カルハロスがいた。しかし母方のマイアの力が突然ルーシエンから発揮され、カルハロスは眠りに落ちた。そしてベレンとルーシエンは城門をくぐり抜け、迷路のように入り組んだアングバンドの中を駆け抜け、ついにモルゴスの玉座の前に到着した。ベレンは狼に偽装したままモルゴスの玉座の下に逃げこむように入った。しかしルーシエンは、モルゴスの視線により偽装を解かれ、彼の凝視を受けることとなった。彼女は暗黒の王の視線にも怯まず自分の名を名乗り、吟遊詩人のように御前で歌を歌いましょうと申し出て、歌い出した。そんな彼女の美しさをとくと目の当たりにしたモルゴスは、アマンから逃亡して以来、彼が考えたどんな企みよりも腹黒い下心を懐いた。彼はその下心故にヘマをやらかす。というのも彼女をしばらく自由に歌わせたまま、その美しさを眺めながら、自分の邪な思いに密かな喜びを覚えていたためである。その時彼女は暗がりに身を移しそこから歌を歌った。ルーシエンの歌は限りなく美しく、分別を失わせる力があったため、モルゴスは彼女の姿を求めて視線を彷徨わせているうち、判断力が鈍ってきた。モルゴス麾下の将たちも微睡み始め、モルゴスも眠気に襲われ頭を垂れた。そこへルーシエンが眠りの外套を投げかけ夢を注いだ。ついにモルゴスは完全に眠りに落ち、玉座から転げ落ちそのまま床に突っ伏した。モルゴスの鉄の王冠は転げて、彼の頭から外れた。ベレンは狼の外衣を脱ぎ捨てるとアングリストを用いてシルマリルを一つ切り取った。そのときベレンの心に欲が出て、誓言以上のことを、即ちシルマリルを3つとも切り取ってやろうという考えが頭をもたげた。しかし、これは残りのシルマリルの運命ではなく、アングリストの刃は折れ、その破片は眠りこけているモルゴスの頬に突き刺さった。彼は呻き声を発し身じろぎした。その途端ベレンとルーシエンは恐怖に襲われ、城門まで一目散に逃げ出した。しかし城門では既にカルハロスが眠りより目覚め、憤怒の形相で待ち構えていた。ルーシエンは疲れきって最早この巨狼を鎮める力は残っていなかったため、ベレンが彼女の前に進み出てシルマリルを突きつけた。シルマリルの光は不浄を許さぬ聖なる光だからである。しかし意外なことに、カルハロスは突き出された聖なる宝玉をしげしげと眺めると、ベレンの右手ごとシルマリルを食ってしまった。シルマリルに内側から焼かれたカルハロスは苦痛の余り二人の前から逃げ出した。そしてカルハロスの猛毒がその身に入ったベレンは死にかけていた。ルーシエンは毒を吸い出し手当をしたが、背後ではモルゴスの軍勢のざわめきが聞こえてきていた。そんな時にソロンドールとその配下がやって来て二人を空へと運んでいった。大鷲たちは二人をドリアスの国境まで運ぶとそこで下ろした。フアンもそこへ来た。長い間ベレンは生死の狭間を彷徨っていたが、ルーシエンの愛により奇跡的に一命を取り留めた。二人は再び森の中を逍遥した。ルーシエンはこのまま二人でずっと凄すのもいいと思っていたが、ベレンは誓言のこともありそうはいかなかった。そのため二人はドリアスのメネグロスに戻った。そしてシンゴルの玉座の前でベレンはもう今はない右手を見せ、シルマリルを手に入れたことを告げた。そして二人の探索の話を残らず聞かされたシンゴルは驚嘆し、二人の愛と結びつきは運命であると認めざるを得ず、ついに二人の婚約を認めた。しかしシルマリルの力が加わったカルハロスが、魔法帯を突破し、メネグロスに近づいていることを知らされたベレンは、まだ探索は終わってないと、狼狩りに参加することにした。この狼狩りでカルハロスは不意打ちをしシンゴル王に襲いかかった。その時ベレンが槍を構えて王の盾となったが、カルハロスは槍を押しのけベレンに喰らいついた。その時フアンがカルハロスに跳びかかり、両者は激しい戦いの後、相討ちとなった。マブルングが狼の腹から宝玉を取り出すとベレンの左手にそれを握らせた。そしてベレンはそれをシンゴル王に渡し、探索が成就したことを告げると、ついに黙して語らなかった。狼狩りの一行を迎えたルーシエンは、命の灯がまさに消えようとしているベレンを両の腕で抱くと口付けし、西方の彼方で待つように告げた。それを聞いてベレンは逝った。しかし「レイシアンの謡」はここでは終わっていない。
死せる人間の魂はこの世界を離れ、イルーヴァタールのみ知る所へと去ってゆく運命であったが、ベレンの魂魄はマンドスの館に留まり、この世を去りかねていた。ルーシエンへの愛ゆえである。そしてルーシエンも愛する人を失った悲嘆の余り、彼女の魂はついに肉体から抜け出てマンドスの館へとやって来た。彼女はマンドスの前に跪いて歌を歌った。マンドスの前で歌われた彼女の歌は、この世の言葉では例えようもない美しい歌であると同時に、他の死せる者の悲しみにもいや増すほどに、この上なく深く悲しい歌でもあった。ルーシエンが歌ったこの歌は、アルダに住む人間とエルフのことを歌ったもので、彼女の目からは涙が零れ落ちた。マンドスはそれを憐れに思い(彼がこうも心を動かされたことは後にも先にもないという)ベレンを連れて来て、ルーシエンがベレンの今際の時に告げたよう、二人をまさに西方の彼方にあるこの館で引き合わせたのであった。しかし困ったことに、マンドスには死んだ人間の魂を永遠にこの館に置いておくことは出来ず、さりとて人間の運命を変える権限は彼にはなかった。そこで彼はイルーヴァタールと唯一話のできるマンウェの御許に赴くと、彼に相談した。マンウェはイルーヴァタールの啓示を仰ぎ、二つの選択肢をルーシエンに提示した。一つ目はマンドスの館からルーシエンのみ復活し、ヴァリマールに赴いてこの世の終わりまでヴァラールとともに住むことで、彼女の味わった艱難辛苦の全てを忘れ去ることが出来るというものであった。ただしベレンはそのままこの世を永遠に去ることとなる。二つ目はルーシエンもベレンも復活できるという異例のものであった。ただしルーシエンは最早不死のエルフではなく定命の存在となり、中つ国に戻りそこで暮らすこととなるが、いずれ再び死ぬこととなり、彼女もまた人間の運命と同じく、この世を永遠に去ることになるというものだった。
彼女は二つ目の選択肢を選んだ。エルダールとしての全ての権利を放棄して、どんなことがあろうともベレンと二人でともに生きてゆこうと決心したのである。この結果、全エルフの中で彼女のみが真の死を経ることになったのであった。しかし彼女の選択によって二つの種族は結ばれることとなるのである。
ベレンとルーシエンはこの後中つ国に戻り、ドリアスに赴き1度だけシンゴル夫妻と対面した。それから二人はドリアスを立ち去り、オッシリアンドに入り、やがて緑の島<トル=ガレン>に住んだ。そしてディオル・アラネルという名の子を設けた。
マイズロスの連合
このベレンとルーシエンの勲を聞いたマイズロスは、アングバンドが必ずしも難攻不落ではないことを知って、勇気を取り戻した。ここで彼らが再び団結して事に当たらねば、モルゴスは順々にエルフの王国を滅ぼしていくだろうと確信した。それを防ぐためマイズロスは全エルフに向けて「マイズロスの連合」と呼ばれる提唱を行った。しかしフェアノールの誓言と同族殺害の呪いが、この提唱を邪魔した。ナルゴスロンドのオロドレスはケレゴルムとクルフィンの件で、出兵を断った。また今だにかの場所はモルゴスに名前しか知られていなかったため、秘密を守って隠密行動を取ってさえいれば、ナルゴスロンドを防衛し得ると確信していた。そのためナルゴスロンドからはグウィンドールという武勇の誉れ高い公子に従ったごく僅かなものしか参加しなかった。彼がオロドレスの意向に背いたのは、ダゴール・ブラゴルラハで兄ゲルミアを失っていたからである。ドリアスからは殆ど助けは来なかった。提唱前にフェアノールの息子たちは誓言故に、シルマリルの引き渡しをシンゴル王に要求していたからである。それにケレゴルムとクルフィンがルーシエンに対して働いた無礼も忘れてはいなかった。その怒りで胸が煮えたぎる思いをしていたシンゴルは、要求も提唱も皆撥ね付けた。メリアンはシルマリルを引き渡したほうがいいと忠告したのだが、シルマリルの輝きを眺めれば眺めるほど、これをいつまでも手許に置いておきたいと気持ちが、シンゴルに生じていたのである。マイズロスはこのシンゴルの対応に何も言わなかったが、ケレゴルムとクルフィンは自分たちが勝利を占めた暁には、シンゴルもその民も皆殺しにしてやると公言した。しかしシンゴルの配下で武勇で名高いマブルングとベレグだけはこの提唱に応じた。戦人である彼らは戦場に出ないのを良しとしなかったため、シンゴルはフェアノールの息子たちには仕えないという条件付きで、二人の出陣を許可した。
このように上手くゆくか怪しい提唱だったが、意外なところから助力を得た。エレド・ルインのドワーフたちである。ノグロドとベレゴストのドワーフ達が多量の兵士と武器を援助したのである。そして東夷のボールとウルファングの一族も東国からその仲間を呼び寄せた。西の方ではマイズロスの親友たるフィンゴンがヒスルムで配下のノルドールとハドルの一族の人間たちと共に提唱に加わった。ブレシルではハレスの一族が族長ハルディアの下、提唱に加わった。これらの情報は隠れ王国のゴンドリンのトゥアゴン王にも達した。
しかしマイズロスはまだ機が熟さぬ内に攻撃を急いだ。べレリアンドの北方地域全域からオークが掃討され、ドルソニオンも敵の手から開放された。今やエルフ達が決起したという警告を受けたモルゴスは、対抗するため謀を練った。彼は多くの間者や謀反の用意がある工作員達を、フェアノールの息子たちの内部に送り込んでいたため、それを使うこととした。
ようやくマイズロスはエルフ・人間・ドワーフの中から集められるだけの兵力を糾合し終え、東西からアングバンドを挟撃することにした。まずマイズロスがアンファウグリスに兵を進め、モルゴス軍を応戦のため引きずり出し、そうなったらフィンゴンがヒスルムの山道から打って出て、敵軍を挟み撃ちにすることで粉砕することを考えた。決起の合図はドルソニオンの大狼煙であった。
夏至の日の朝トランペットが吹き鳴らされ、東西にそれぞれの旗印が掲げられた。上級王フィンゴンの許にはヒスルムの全ノルドールに、ナルゴスロンドのグウィンドール麾下のノルドール、そしてファラスのエルフに、ドル=ローミンの人間の大部隊がいた。その中には剛勇を誇るフーリンとフオル兄弟がおり、ブレシルからはハルディアが一族の多くを率いて来ていた。大軍勢である。フィンゴンはサンゴロドリムの方を見やると、黒雲に包まれ、黒煙が立ち上っていることで、この挑戦をモルゴスが受ける気でいることがわかった。その時不安がフィンゴンの心に起こった。彼は東の方を見て、マイズロスの軍が進軍してくるのがエルフの鋭い視力で見えないかと探し求めたが、それは見えなかった。その頃マイズロスは東夷のウルドールから、アングバンドから軍が襲撃してくるという偽報を受けたため、出陣が遅延していたのである。所がこの時、不意に歓声が西で沸き起こった。何と意外なことにフィンゴン王の弟トゥアゴン王がゴンドリンから1万の兵を率いて出陣してきたのである。フィンゴンの士気は否が応にも高まり声高く叫び、彼の大音声は山々に木霊した。
敵側の計画をすべて把握していたモルゴスは、間者がマイズロスを引き止め、敵側の連携が崩れるのを期待し、一見大軍と見える軍勢(彼の全軍から見れば一部分にすぎない)をヒスルム方面へ出陣させた。この時士気が高まっていたノルドール族は、これをアンファウグリスにて迎え撃とうとしたが、モルゴスの姦計を用心したフーリンが異を唱えた。そしてオーク達が攻撃を仕掛けてくるの待つこととした。しかしアングバンドのヒスルム方面軍指揮官はどんな手段をとってでも、フィンゴンの軍勢を誘い出すよう厳命されていた。そこでモルゴス軍はヒスルム軍の直ぐ目の前までやって来て彼らを挑発した。しかしフィンゴン側は挑発に乗らず無視したため、オーク達の嘲りの声も段々下火になってきた。そこで指揮官は数人の使者と共に一人のエルフの捕虜を送り出した。彼はナルゴスロンドの貴族ゲルミアで、拷問で盲目にされていた。アングバンドの使者は、こういった捕虜たちが幾らでもアングバンドにはいる。助けたかったら早くしないとこうなるぞ、と告げてゲルミアを手足を順に切断し最後に首を切り落として去った。
折悪しく、その場にはゲルミアの弟グウィンドールがいた。兄の死に様を見せつけられた彼は狂気の如き怒りに駆られ、馬に飛び乗ると走り出た。他にも多くの騎手が続き、彼らは使者たちを皆殺しにし、さらに敵陣深く斬り込んでいってしまった。これを見て他のノルドールの軍勢も否応なく出撃し、フィンゴンも白き兜をかぶると、トランペットを鳴らさせた。第五の合戦の始まりである。
- ニアナイス・アルノイディアド(涙尽きざる合戦)
ヒスルム軍は一斉に踊り出て猛攻撃を開始した。その攻撃の凄まじさたるや、アングバンドの西方軍は援軍の到着を待たずしてたちまち全滅させられた。フィンゴンの軍勢はグウィンドール麾下のナルゴスロンドのエルフ達を先頭に、アンファウグリスを通過するとアングバンドの大門前にたどり着き、そこを守る守備兵を壊滅させると門扉を激しく叩いた。モルゴスはこの音を聞き地の底深い己の玉座で震え慄いたという。しかしここでフィンゴン軍は罠にはめられた。サンゴロドリムに数多くある秘密の入口から、モルゴスが主力部隊を出撃させ、不意に打って出たのである。ナルゴスロンドのエルフ達はグウィンドールを除いて皆殺しにされ、彼は生きながら捕らえられた。というのも、フィンゴンは敵主力部隊との戦いのため彼を助けることが出来なかったのである。そして無数の死傷者を出してフィンゴン軍はアングバンドの城門から撃退された。フィンゴンの軍勢は退却戦に移り、殿をつとめたハルディアとブレシルの男たちの大半が討ち死にを遂げた。
五日目に入って、エレド・ウェスリンはまだ遠く、夜も暮れてきた頃、オーク達はヒスルム軍を包囲し次第に追い詰めた。しかし朝になるとともに、ゴンドリンの主力部隊を率いてトゥアゴン王が救援にやって来た。彼らは南方に配置されていたことと、早まった攻撃に出ないよう用心していたのである。ゴンドリン軍はオーク達の包囲を突破しトゥアゴンは兄フィンゴンの許へ辿り着いた。その場にはフーリンもいた。彼らの再会は激戦の最中とはいえ、喜ばしいものであった。こうしてエルフ達の士気も再び高まった。また丁度この時東方からマイズロスのトランペットが聞こえてきた。フェアノールの息子たちがようやく動いたのである。彼らはアングバンド軍の後方を襲った。この時全軍が忠実であったなら、エルダールは勝利を収めることもできたかもしれなかった。アングバンド軍は浮足立ち、逃走する者も出始めていたからである。
しかし、ここぞとばかりにモルゴスは最後の戦力を解き放った。狼や狼乗り、バルログたち、竜たちとその祖グラウルングが来襲したのである。この恐るべき軍勢はマイズロスとフィンゴンの間に割って入り、両軍の合流を妨げた。しかしこの合戦で、モルゴス軍にとって何よりも大きな力を発揮したのは裏切りであった。これがなければ狼やバルログや竜がいかに猛威をふるおうとも、モルゴスは目的を達し得なかったであろう。腹黒いウルファングがモルゴスと通じていたのが露見したのはこの時だった。東夷たちの多くは嘘偽りと不安に耐えられず逃げ出したが、ウルファングの息子たちはモルゴス側に加担してフェアノールの息子たちに突然襲いかかった。そしてこの混乱に乗じて自分たちはマイズロスの軍旗へと迫った。しかしその一方、もう一つの主要な東夷の部族であるボールの一族は、エルフ諸侯への忠誠を貫き、ウルファングの息子たちを迎え撃った。結果裏切りを指導した呪わしきウルドールはマグロールの手で殺され、ウルファストとウルワルスはボールの息子たちが討ち果たした。そのためウルファングの一族は、モルゴスの約束した褒賞を結局受け取ることは出来なかったのである。しかしウルドールが前もって東国から集めておいた凶悪な人間達の伏兵が新手として攻め寄せてきた。そしてマイズロスの軍勢は総崩れとなり、ボールの息子たちのボルラド・ボルラハ[25]・ボルサンドは全員が討ち死にを遂げた。しかしフェアノールの息子たちは傷を追ったものの、落命した者はおらず、ノルドールとドワーフの生存者を周りにかき集めて、どうにかドルメド山まで逃げ切った。
東軍の殿を務めたのはベレゴストのドワーフたちであった。彼らドワーフ族はエルフや人間よりも火熱に耐えられ、また戦場では大きな恐ろしい面を被る習慣があり、これらが役立って彼らは竜たちに猛然と立ち向かったのである。もし彼らがいなければグラウルングとその眷属たちによって、ノルドールの生存者は皆焼かれて死んでいたかもしれない。ドワーフ達はグラウルングを取り囲むと大鉞で斬りつけた。この重い一撃には、グラウルングの堅固な鱗も完璧な防御とは言えなかった。このため猛り狂ったグラウルングは、ドワーフ王アザガールに突進し、これを押し倒しその上に這い登った。その時アザガールは今際の際に、最後の力を振り絞って、グラウルングの柔い腹部に短剣を深く突き刺した。この深手にグラウルングはたまらずアングバンドに一目散に逃げ帰った。そしてその係累たちも慌てふためいてその後を追って退却していった。
片や西の戦場では、フィンゴンとトゥアゴンの兄弟が味方の軍勢の3倍以上もの敵兵相手に、波状攻撃を受けていた。一方そこにはバルログの王ゴスモグが来ていた。かれはフィンゴンを囲むエルフ軍に、軍勢をなだれ込ませることでトゥアゴンとフーリンを引き離した。そして孤立したフィンゴンに襲いかかった。近衛兵達の亡骸に囲まれて、フィンゴンはただ一人勇敢にゴスモグと戦っていたが、別のバルログが彼の背後に回り込み、火の鞭を彼に巻きつけた。そこへゴスモグの黒い鉞が脳天に振り下ろされ、フィンゴンの兜は割れ、ノルドールの上級王は討ち死にを遂げた。灰土に横たわった王の遺骸を、敵は矛で散々に打ちのめし、彼の王旗は血溜まりの中で踏みにじられた。
フーリンとフオル兄弟とハドルの一族の戦士たちは、トゥアゴンを囲んで何とか踏みとどまっていた。そしてモルゴスの軍勢はシリオンの山道は抑えることがまだできないでいた。そこでフーリンはトゥアゴンに撤退してくれるよう懇願した。トゥアゴンはゴンドリンも発見されて滅ぼされるに違いないと、半ば捨て鉢になっていたが、フオルがゴンドリンは最後の望みであり、そこからエルフと人間の望みが生まれること、フオルとトゥアゴンの間から新しい星が生じることを、死を前にした予見で告げた。マイグリンはこれを聞き決して忘れなかった。トゥアゴンはそこで二人の忠告を受け入れ、ゴンドリン軍の生存者全てと、兄フィンゴンの臣下で集められるだけのものを集めると退却を始めた。彼の大将である泉のエクセリオンと金華家のグロールフィンデルが左右を警護してゴンドリンへと向かっていった。そしてドル=ローミンの人間たちとフーリン・フオルは殿を守って敵を寄せ付けなかった。このためトゥアゴンは無事にゴンドリンへ退却することが出来た。しかし残された者達は、敵軍に包囲され次々と死んでいった。フオルも6日目の夕方頃に毒矢で目を射抜かれて討ち死にした。ハドル家の勇敢な男たちはみな殺され、屍の山となった。フーリンただ一人が最後まで生き残り、両手で斧を振るってゴスモグを護衛するトロル達を屠っていった。彼は一人屠る度に自らを鼓舞する声を上げ、それは70回にも及んだという。しかしついに彼は生きながら捕らえられた。ゴスモグは彼を縛り上げ、笑いものにしながらアングバンドまで引きずっていった。モルゴスの命で、オーク共は戦死者達の骸や彼らの武器武具を尽く集めて、アンファウグリスの真ん中に積み上げて大きな塚山を作った。これは小山のようで遥か遠くからも眺めることが出来た。エルフ達はこれをハウズ=エン=ヌギンデンと名付けた。<戦死者の丘>の意である。またはハウズ=エン=ニアナイスとも呼んだ。こちらは<涙の丘>の意である。しかし灰土に覆われ何も育たないアンファウグリスの中で、やがてこの丘には草が萌え出て、ここだけは緑の草が再び青々と伸びて生い茂ったのであった。そしてこの地を好んで踏もうとするモルゴスの配下は誰もいなかった。
かくして第五の合戦、ニアナイス・アルノイディアドは終わった。
モルゴスの勝利は大きかった。軍事的にはもちろん、人間が人間の命を奪い、エルダールを裏切る者も出たからである。このため団結して対抗しなければならない筈の者達の間に恐怖と憎しみが起きてしまった。この時からエルフ達の心は、エダイン三王家を除いた人間たちから遠ざかってしまったのである。
フィンゴンの王国は滅亡し、フェアノールの息子たちはオッシリアンドのエルフのもとに身を寄せ、古の勢威も栄光もない、荒々しい森の暮らしをする羽目になった。ブレシルは大量の戦死者を出したものの、ハルディアの息子ハンディアが族長となり、ごく一部が森に守られて暮らしていた。しかしヒスルムには一人もフィンゴンの兵は戻らず、ハドル家の男たちも戻らなかった。モルゴスは彼のために働いた東夷をヒスルムに送り込んだ。彼らは肥沃なべレリアンドの地を望んだのだが、モルゴスは無視した。彼はヒスルムに東夷を閉じ込めそこを離れることを禁じた。これが彼らの裏切り行為への報奨であった。ヒスルムに残っていたエルダールは北方の鉱山に連れて行かれ、奴隷とされた。
オークと狼たちは今や北の地だけでなく、南にまで下ってきてベレリアンドにも侵入し、オッシリアンドの国境にも入り込むようになったため、安全な場所はもう殆ど無かった。ドリアスとナルゴスロンドは持ちこたえていたが、モルゴスはこれらには殆ど注意を向けなくなっていた。存在が知られていなかったからか、まだ攻撃対象として順番が巡ってきてなかったからかもしれない。今では多くのエルフがファラスの港に遁れキーアダンの許へ避難した。そしてエルフは水軍を編成し敏速な上陸・撤収を繰り返して、敵を攻撃し悩ませた。そこで翌年の冬が来る前にモルゴスはヒスルムとネヴラストを超えて大軍を送り、ファラス地方を荒らしまわった。そしてブリソンバールとエグラレストの2つの港は包囲され、敵に多大な損害を与えたがついには陥落した。キーアダンの民の大半は殺され、奴隷にされた。しかしキーアダンやフィンゴンの息子ギル=ガラド、その他少数の者は船で海に遁れ、バラール島に避難場所を作り上げた。また彼らはシリオンの河口リスガルズの地にも港を建設した。
モルゴスの思いは絶えずトゥアゴンへと向けられていた。惜しくも彼を逃したことと、今やモルゴスの仇敵の中で滅ぼしたい者の筆頭となっていたからである。というのもトゥアゴンはフィンゴルフィン王家の者であり、フィンゴン亡き今は、彼が全ノルドールの上級王であったからである。また彼は、モルゴスが支配しようとしても出来なかった「水」、それを司るウルモの庇護を受けていた上、彼の父フィンゴルフィンの剣によって癒えない傷を負わされたからである。そして何よりアマンの地にいた頃、ヴァリノールでトゥアゴンを見た時モルゴスの心に影がきざし、自分の破滅は将来彼から齎されるのではないか、という予感を覚えたからであった。
そこでモルゴスはフーリンを前に連れてこさせた。彼がトゥアゴンと親しいことを間者を通じて知っていたからである。最初モルゴスはその凝視によって彼を威圧しようと試みたが、彼はこれに屈せず、むしろ反抗してみせた。そこでモルゴスは鎖による拷問を試みた後、二つの選択肢を示した。ここより解放され自由の身となるか、モルゴス軍の指揮官となりその地位と権力を享受するか。但し引き換えにゴンドリンの所在を白状せよ、と。それにフーリンは罵りで応じた。次にヒスルムにいる妻子縁者のことを持ちだして脅してみたが、これにもフーリンは屈しなかった。とうとうモルゴスは怒り、フーリン一家に災いと絶望と死、そして何処へ行っても破滅を齎すという呪いを吐きかけた。対してフーリンは、嘘吐きのお前にそんな力などないと、歯牙にもかけず嘲った。そのため彼はサンゴロドリムの高みにある石の椅子に座らされると、モルゴスの魔力で金縛りとなり、再度呪いの言葉を吐きかけられ、そしてモルゴスの歪んだ眼と耳で持って、妻子と一族の行く末を否応なく見せつけられることになるのであった。
フーリンの子らの物語
ドル=ローミンの領主フーリンの妻はモルウェンといった。この二人の間に生まれた子がトゥーリンで、彼はニアナイス・アルノイディアドが終わった時まだ8歳であった。トゥーリンにはラライスという名の妹がいたが、彼女は3つになる時病で死んだ。そしてこの時モルウェンは三人目の子を懐妊していた。ニアナイス・アルノイディアドの後、東夷たちがこの地に入り込み無法を働いたが、ドル=ローミンの奥方は東夷たちの間で、あの女は白い魔物(エルフのこと)と付き合いのある魔女だという噂が飛び交い、危険視され、彼らはフーリン家の者とその館には手を出そうとはしなかった。東夷たちはエルフを恐れていたのである。故に彼は多くのエルダールが避難場所としている南方の山岳地帯を恐れ、近づこうとはしなかった。こうしたことから東夷たちは略奪の後北へ引き上げていった。フーリンの館はドル=ローミン南東にあったからである。とは言え、今や彼女たちの生活は貧しくなっていた。彼女たちは殺されることこそなかったものの、土地・財産は奪われてしまっていたからである。もしもフーリンの縁者のアイリンからの密かな援助がなければ、彼らは飢え死にしていたことだろう。アイリンはブロッダという名の東夷の頭目に、力ずくで妻とされていたのである。しかしモルウェンはこのままの状況では埒が明かない事に気付いており、最も恐れていたこと―ドル=ローミンの正当な継承者であるトゥーリンが東夷の奴隷になることを避けるため、彼を密かに南方へ送り出しシンゴル王に匿って貰えないだろうかと考えた。なぜならバラヒアの息子ベレンは彼女の父方の縁者で、フーリンの友人でもあったからである。そこでニアナイス・アルノイディアドの翌年モルウェンは、トゥーリンに年老いた二人の下僕を付けて山の向うに送り出した。ドリアスに向かうために。この母との別れがトゥーリンの悲しみの始まりであった。
そしてモルウェンは子を産んだ。女の子であった。彼女は娘にニエノールと名付けた。その頃トゥーリン一行はついにドリアスの国境に辿り着いていた。そこで彼らは国境守備隊の隊長ベレグと出会い、メネグロスへと案内された。シンゴルは昔と違って今や、エダイン三王家に好意的になっており、トゥーリンを快く向かえ入れると、驚くべきことに己の養子とした。人間の中にあって最強の者、フーリン・サリオンに敬意を表するためである。そしてトゥーリンの下僕の一人がドル=ローミンの奥方に、このことを伝えるためにと出立すると、シンゴルはエルフの護衛を付けてやった。彼らは無事にモルウェンのもとに到着し、トゥーリンのことを伝えた。この時エルフ達は女王メリアンの招きを伝えて、モルウェンにもドリアスへ来るよう促したのだが、彼女は自尊心とニエノールのことからこれを丁重に拒み、使者のエルフ達が帰還する時、ハドル家の重代の宝器の中でも最も貴重なものである、ドル=ローミンの竜の兜を託した。
トゥーリンはドリアスでの少年時代を、ネルラスという名のエルフ乙女とよく過ごした。彼女からドリアスについてトゥーリンは多くのことを学び、またシンダール語も彼女から学んだ。この頃はトゥーリンにとって明るい一時であった。しかしトゥーリンが少年から青年になると、ネルラスと会うことは次第に少なくなっていった。それでもネルラスは陰から彼を見守っていたのだが。9年の間トゥーリンはメネグロスで過ごした。彼の親族の消息は使者を通じて度々齎され、妹ニエノールが美しく成長していることや、それがモルウェンの心痛を和らげていることを伝え聞いたのである。そしてトゥーリンは人間の中で最も丈高く成長し、その膂力と勇気は国内に知れ渡るようになった。彼はベレグに弓矢の技に森の知識、そして剣術を学んだ。このように彼をよく知るものからは愛情・友情を得たが、彼自身は陽気な性質ではなく、滅多に笑うこともない陰気な所があったので、友人は多くはなかった。特に彼を嫌う者の中にサイロスという名のエルフがいた。彼はべレリアンド最初の合戦でデネソールに仕えていたものである。デネソールの死後、彼はオッシリアンドではなくドリアスに避難してきたのであった。彼はトゥーリンに巧みに悪意を隠して嫌味を言ったり、侮蔑の言葉を投げかけた。トゥーリンはこれに終始沈黙を持って答えたが、これがさらにサイロスの癇に障った。
17歳になった時、新たなトゥーリンの悲しみが起きた。ドル=ローミンから使者が戻ってこなくなったのである。今やモルゴスの覆う影はヒスルム全土にまで達していたためである。トゥーリンは家族のことを思うと思い悩んだ。彼はシンゴル王の前に参じると剣と鎧、そしてドル=ローミンの竜の兜を賜るよう願い出た。それは叶えられたが、彼が冥王を撃とうとしていることを知ると、シンゴル夫妻は忠告してそれを諌めた。そこで彼は忠言に従い北の国境へ出向き、エルフ部隊に合流し、オークや他のモルゴスの召使いたちと戦うようになった。彼は常に先陣を切って敵を屠った。その大胆さからドル=ローミンの竜の兜の再来がドリアス以外の国々でも囁かれるようになった。この頃戦士としてトゥーリンが敵わなかったのは、彼の師であるベレグ・クーサリオンただ一人であった。二人は戦友となって共に戦った。
そして3年後、トゥーリンは戦いに疲れて、休息を取ろうとメネグロスに帰ってきた。しかし荒野から戻ってきたばかりの彼は髪は茫々武具も衣服もくたびれ果てており、そんな彼が食卓についたところをサイロスが嘲って、ヒスルムの男たちがこんなにも野蛮で荒々しいのなら、女達は髪の毛以外身を覆うものもなく走り回っているに違いないと、侮蔑の言葉を投げかけた。これにはトゥーリンもブチ切れ、杯を取るやサイロスの顔面に投げつけた。彼はひどい傷を負い、ひっくり返った。そこへトゥーリンは剣を抜いて迫ったが、これはマブルングによって阻止された。翌日トゥーリンが国境警備隊に戻ろうとしていたところを、剣と盾で武装したサイロスが待ち伏せしており、背後から襲いかかった。しかし百戦錬磨の戦士となっていたトゥーリンはこれを躱すと、素早く剣を抜き、打ちかかった。そしてサイロスの盾を砕き、剣を持つ手を傷つけて、彼を無力化した。その上で昨日の侮蔑のお返しにサイロスの衣を剥ぎ取り、身を覆うのは髪の毛だけにすると、剣でもって追い回した。サイロスは狂ったように悲鳴を上げながら逃げまわったため、他のエルフ達も何事かと集まってきたが、二人はすごい速さで駆け抜けていったため、ついていける者は殆どおらず、追いかけられたのはマブルング他数名であった。彼は追いかけながら、必至にトゥーリンに思いとどまるよう説得したが、トゥーリンはそれを無視した。そしてサイロスはエスガルドゥインの川まで追い詰められ、恐怖のあまり跳躍を試みたものの、対岸への着地には失敗し、悲鳴とともに落ちていき、水中の大岩に当たって砕けて死んだ。その結果を見届けたトゥーリンが振り返ると、そこにはマブルング他何名かのエルフ達がやって来ていた。彼はトゥーリンにメネグロスに戻り、王の裁きを待つよう伝えた。しかしトゥーリンはこれを断った。サイロスは王の助言者の一人であったからである。マブルングは心中トゥーリンに同情していたため、友として戻るよう勧めた。しかしそれでも囚人となるのを恐れたトゥーリンは断り、立ち去った。もしトゥーリンを生きたまま捕らえようとするなら、マブルング側にも犠牲者が出るのは避けられないためである。そしてトゥーリンは逃亡し無法者となったのである。
その頃ドリアスではトゥーリンに対して裁断が下されようとしていた。シンゴル王はサイロスも嘲笑の言葉を投げかけたりと非はあるが、死に至らしめる程の罪には見合わないと考え、トゥーリンが王に赦しを請わず国を出て行ったことを聞き、養子縁組を取り消すとまで発言した。だがそこへベレグがネルラスを連れて来て、彼女が王に彼女の見たこと、即ちサイロスがトゥーリンに不意打ちを仕掛けたことを言上した。これにより審判の場は一変し、皆がトゥーリンに同情的になった。そして王はトゥーリンの過失を赦し、再び王宮に迎え入れることを許可した。しかしネルラスは泣き出し、彼は見つかるだろうかと嘆いた。王もなにか良い手立てはないものかと思案に暮れていたところを、べレグが王に対して、自分がトゥーリンを必ず探し出して連れてくると応え、一人出立した。
その頃トゥーリンは自らを王に追われる無法者になったと信じこみ、西を目指してドリアスを抜けると、テイグリン南部の森に入った。ニアナイス・アルノイディアド以前には、ハレスの一族が点在して生活していた場所である。だが今では彼らの多くは死に絶え、生存者はブレシルへと落ち延びていた。そしてニアナイス・アルノイディアド以降は荒廃した時代となったため、付近一帯はオークと無法者が跳梁跋扈していた。敗残兵に罪人、荒廃した土地を捨ててきた人々、追放者、これらは略奪を繰り返す無法者と化していた。彼らはガウアワイス(狼人)呼ばれ忌み嫌われていた。その中の50人ほどは徒党を組み、オークに劣らぬほど嫌われていた。その中でも悪名高い一党にトゥーリンは出会うこととなった。彼らは通行料を要求し、払えないなら死んでもらうと脅してきたが、トゥーリンはそのうちの一人を即座に殺してみせることで、後釜に入った。そして本名は明かさずネイサンと名乗った。程なく彼は一目置かれるようになった。剣の腕が立ち、森の知識も豊富で、欲が薄く、自分の取り分を殆ど要求しなかったからである。このように無法者仲間から信用されるようになったが、恐れられるようにもなった。彼らには理解できない突然の怒りのためである。トゥーリンは自尊心故にドリアスには帰れず、ブレシルのハレスの一族のもとに下るつもりもなく、かと言ってドル=ローミンには戻れなかった。冥王の影の下にある彼の地に、単独で赴くのはあまりにも危険過ぎるからであった。それゆえトゥーリンはガウアワイスの一員として留まらざるを得なかった。しかし彼らの非道な行為を見て見ぬふりをする時、憐憫の情や羞恥心から怒りの感情が頭をもたげたのである。そして春が来たが、このまま森の民の家々の近くに根城を構えるのは危険なことであった。何時彼らが団結してガウアワイスに抵抗してくるか知れないからである。そこで南へさっさと行くべきだとトゥーリンは思っていたが、それを首領フォルウェグがしないのを不審に思っていた。そんな折、散歩に出ていたトゥーリンはたまたま森の民の若い娘を襲おうとしていた首領を斬り捨ててしまう。そこを無法者の一員アンドローグ[26]に見られてしまうが、彼の命は助けた。この結果ガウアワイス内で揉めたものの、前首領に不平が溜まっていたこともあって、トゥーリンを新しい首領とすることに決まった。そして彼らはその地方を離れた。
ドリアスから幾人もの探索者が放たれ、トゥーリンが出奔した都市に探索に当たったが、探索は失敗に終わった。というのもまさか無法者の徒とつるんでいるとは、夢にも思わなかったからである。結局彼らは皆帰参した。べレグのみがひとり孤独な探索を続けた。そしてトゥーリンに助けられた森の民の娘からついに足がかりを得たのである。べレグは追跡を開始したが、トゥーリンは移動の際ほとんど手がかりを残さぬよう、水際立った術を用いて妨げたので、ベレグですら彼らの探索には手を焼いた。痕跡を見つけ、野生の生き物から聞き出した情報からその場へ行ってみると、既にもぬけの殻となっていた。
それから程なくオーク達がテイグリンを渡って南にやって来た。ブレシルの民の抵抗を受けながらも、オーク共は森の民の許へ略奪にやってきた。ベレグによる注意を受けていたため先に送り出していた婦女子は、ブレシルに逃れていたため助かったが、遅れて出立した男たちはオークに遭遇し、戦いとなり打ち負かされた。幾許かの者が辛うじてブレシルまで逃げ切ったが、多くの者は殺されるか捕虜となった。そしてオークは家屋敷を略奪して回ると、火を付け、西に戻って街道を使い北方へ戻ろうとしていた。これを無法者の斥候が察知した。捕虜はどうでもよく、略奪品目当てゆえである。しかしトゥーリンは相手の規模がわからない以上、無闇に襲うのは危険だと判断したが、無法者たちは耳を貸そうとはしなかった。そこで仕方なくトゥーリンはオルレグという名の無法者を伴って偵察に出た。その間はアンドローグが一党の指揮をとることとなった。だがオーク達は街道近くが、ナルゴスロンドの領域に近いことを知っており、その見張りを恐れてもいた。そのため略奪後でも浮かれておらず、用心深くなっていたためトゥーリンとオルレグは発見されてしまった。オーク達はナルゴスロンドの斥候と勘違いし、たちまち二人を追い回し始めた。トゥーリンは彼らの様子から、ナルゴスロンドのエルフを大変恐れているのを見抜き、オークを欺いて西へと逃げた。オルレグは途中で多量の矢を浴びて死んだが、俊足とエルフの鎧を身に纏っていたトゥーリンは無事逃げ果せた。オーク達はナルゴスロンドのエルフがやって来るかもしれないとの恐れから、捕虜を皆殺しにすると慌てて北へと逃げていった。
三日間たっても首領とオルレグが戻らないことから、無法者たちは出立を促したがアンドローグがこれを制していた。そんな時彼らの前に一人のエルフが不意に姿を表した。ベレグであった。彼は何の武器も持たず、敵意のないことを示すため掌を彼らの方に向けていた。しかし無法者たちは恐怖し、アンドローグの打った輪縄がべレグの両腕を絡めとった。ベレグは友として参った自分になぜこんな仕打ちをするのかと、ネイサンの名を呼んだが、ウルラドという名の無法者が彼は今は此処にはいないことを告げた。そしてアンドローグが、長らく自分たちを付け回していたのがベレグであると確信すると、彼を木に縛り付けた。彼は詰問したがベレグは、自分はネイサンと名乗る男の友人で、彼に吉報を携えてきたとしか答えなかった。アンドローグは彼を殺そうとしたが、多少は心根の良い者たちが反対し、アルグンドは、もし首領が戻ってきた時に友人と吉報を奪われたと知ったら、自分たちは後悔することになると言って制止した。だがアンドローグはベレグをドリアス王の間者に違いないと決め付けた。それから二日間が経過すると流石に男たちも痺れを切らし、エルフを殺そうとした。その時丁度トゥーリンが帰ってきたのである。彼はベレグを見ると衝撃を受け、涙をはらはらと流しながら駆け寄った。そして友を縛っている縄目を断ち切ると、ベレグを掻き抱いた。無法者仲間から事の次第を聞いて、自分の行ってきた無法無道な行為に自責の念が芽生え、今後トゥーリンは人間とエルフ以外しか襲わないと誓った。そこに縛めから解かれたべレグが、サイロスの一件は不問となったことを告げ、ドリアスに戻ってくれるよう頼むが、彼は黙りこんでしまった。翌朝もう一度ベレグはドリアスに戻るよう説得したが、トゥーリンは自尊心からドリアスへの帰還を拒んだ。それに無法者仲間に対しても愛情があることから、今更彼らを見捨てるわけにも行かないと告げ、トゥーリンは自由にやってゆきたいと、自身の手勢を従えて戦うことを決意する。そしてベレグに残ってくれるよう懇願するが、ベレグはそれは出来ないと答え、今やオーク達はディンバールにもやって来て、ブレシルの人間も難儀しているから、自分はそこへ戻るつもりだと言う。そこで自分に会いたければディンバールに来て自分を探せと伝える。トゥーリンはそれに黙って耐えたが、不意にエルフの乙女のことを口に出し、彼女に証言してもらったのに自分は彼女を思い出すことが出来ない、なぜ彼女は自分を見ていたんだろうかと独りごちる。これにはべレグも驚き、トゥーリンが幼い頃ネルラスとともに過ごしていた日のことを告げる。しかし子供の頃のことはもう朧気でよく思い出せないと答えるトゥーリンに、ベレグは大きく嘆息し、中つ国には武器によらぬ傷もあるのだと言い、エルフと人間はやはり出会うべきではなかったのだと嘆いた。そして別れの際何故かアモン・ルーズが目に入ったことから、トゥーリンはベレグに、自分に会いたければアモン・ルーズに来て自分を探せと伝え、二人は友情を懐きながらも悲しい気持ちで別れた。
べレグはメネグロスに戻ると、シンゴル夫妻に事の顛末を全て言上した。シンゴルは溜息をつくと、トゥーリンに対してどうすればいいのかと、悩んだ。そこでべレグは暇乞いをした。彼は出来る限りトゥーリンを守り導く決心をしたのである。シンゴルはそれを許可し、別れに際して望みの品を与えると言った。ベレグは名剣を一振り所望した。今やオークの数は多すぎて、彼の大弓だけでは間に合わなくなってきたのと、ベレグの持っている剣ではオークの鎧を貫くのが難しくなっていた。それに対しシンゴルは武器庫に所蔵している剣のうちから好きなものを選べ、と言いベレグはアングラヘルを選んだ。この剣は非常な名剣で、これに匹敵するのはアングウィレルという対になる剣のみであった。この二振りの剣は隕鉄で出来ており、鍛えた刀匠は、ゴンドリンで処刑された<暗闇のエルフ>エオルである。彼はナン・エルモスの住む許可をシンゴルから得る代わりに、嫌々アングラヘルを献上したのだった。アングウィレルの方はエオルが自分用にとっておいたが、マイグリンが脱走時に勝手に持ちだした。ベレグがアングラヘルを拝領すると女王メリアンがその刃を見て、その剣には邪気が篭っており、それを鍛えた刀鍛冶の黒い心が潜んでいるため、使い手を愛することはないだろうと忠告する。それでもべレグはこの剣を選んだ。そしてメリアンからはレンバスを大量に与えられた。
ベレグはこれらの授けられた物を携え、北のディンバールへ戻っていった。そしてアングラヘルは鞘から抜かれることを喜んだ。やがてオーク共が駆逐され戦いが鎮まると、冬にベレグはそこを去り、二度と戻らなかったのである。
ベレグが去ってから、北方のオークは以前にも増して大部隊で街道を南下してテイグリンを渡るようになり、無法者一行は狩るよりも狩られることの方が多くなってきた。そこでトゥーリンはより安全な巣窟を探さねばならないと痛感し、シリオンの谷間を抜けて西へと向かった。ここまで遠出するのは一向にとっても初めてのことであった。そんな中雨宿りをしている時、3つの人影を目撃する。大声で止まるよう命じたが、人影はそれに従わず逃げようとしたため、アンドローグが矢を射かけた。2つの人影はそのまま逃げたが、1つは逃げ遅れトゥーリン達に捕まった。それは小ドワーフで名をミームといった。ミームは命乞いをし、身代金の代わりに、誰にも見つからぬ隠れ家を共にしてもよいと申し出たため、トゥーリンはそれを受け入れた。翌日彼らはミームに続いてアモン・ルーズへ向かった。アモン・ルーズは禿山でシリオンの谷とナログの間の荒れ地の外れにあり、岩を覆うセレゴンという深紅の花以外何も生えていなかった。ミームは秘密の入口に着くと、一行をバル=エン=ダンウェズと名付けた洞窟の中へと案内した。ここでミームは自分の息子キームが死んだことをもう一人の息子イブンから知らされる。アンドローグの放った矢がキームの命を奪ったのである。トゥーリンはこれを申し訳なく思い、もしも富が手に入ることでもあれば金塊で息子の命を贖おうと申し出た。ミームはこれを聞くとトゥーリンを眺め、その旨承ったことと、気持ちが少しは和らいだことを告げた。だがアンドローグに対しては、再び弓矢を手に取らば弓矢によりて死ぬという呪いをかける。こうしてバル=エン=ダンウェズにおけるトゥーリンの日々が始まる。
ある年の真冬が近づく頃、未曾有の大雪が北方から齎され、アモン・ルーズも深い雪に覆われた。アングバンドの力が増大するにつれて、ベレリアンドの冬は厳しさが増していると人々の間で噂された。そんな厳しい寒さの最中、ベレグ・クーサリオンが再びトゥーリンの許へ訪れる。ベレグは彼の竜の兜を携えてきていた。それによってトゥーリンの考えが変わることを期待したからである。しかしトゥーリンはドリアスに戻ろうとはしなかった。ベレグは彼への愛情に負け、彼もトゥーリンの仲間になることになった。無法者仲間にレンバスを与えることで活力を与え、怪我人や病人も治療した。たちまち彼らは癒やされた。ベレグは弓の腕前も優れて、力も強く、遠目も効いたので、無法者仲間からも尊敬を受けるようになった。しかし小ドワーフは過去にべレリアンドのエルフに追い立てられ、殺されたことがあったためミームはベレグを憎んだ。トゥーリンは再び竜の兜を身につけると自らをゴルソル(恐るべき兜の意)と名乗り、バル=エン=ダンウェズを拠点に戦いを開始した。オーク達は南方の地域、ベレリアンドに入る道を探っていたが、トゥーリンに率いられたガウアワイス達はそれを襲撃するようになった。竜の兜と強弓が再起したという噂は遍くに伝えられた。流離人となりつつも、モルゴスに抵抗する意思を持つ多くの者たちが、再び勇気を取り戻しトゥーリンとべレグの許へ集まってきた。テイグリン川とドリアス西境に挟まれた地域はドル=クゥーアルソルと呼ばれるようになった。<弓と兜の国>の意である。メネグロスやナルゴスロンド、そして隠れ王国ゴンドリンにすら二人の武勇の誉れは響いた。だがそれはアングバンドにも聞かれることとなり、竜の兜故にフーリンの息子の存在は明らかになってしまった。モルゴスは大いに笑い、アモン・ルーズ近辺に間者を大量に放った。
その年も暮れる頃、ミームとイブンは冬の蓄えのため、荒れ地に赴いたところを捕らえられた。そして秘密の入口をまたも案内させられる羽目になった。こうしてバル=エン=ダンウェズは敵に売られた。ミームの案内で、オーク達は敵が寝静まっているところを襲ったのである。トゥーリンの仲間の多くは寝ているところを襲われ殺された。中には階段を使って丘の頂に逃れた者もおり、彼らはそこで討ち死にするまで戦った。しかしトゥーリンは戦闘中に網を被せられ、身動きの取れなくなったところを連れ去られた。当たりに静けさが戻った頃、ミームが姿を現した。そして山頂に斃れた死者たちを見渡したが、一人生存者がいた。ベレグであった。そこでミームは憎悪の念からベレグを殺そうと、死者の傍らにあったアングラヘルを手に近づいたが、ベレグはよろめきながら立ち上がり、アングラヘルを奪い返すと逆にそれを突きつけた。ミームは仰天して山頂から逃げ去った。ベレグはひどい傷を負っていたが、彼は中つ国のエルフでも力強い者である上、癒やしの術にも長けていたので死ななかった。回復した彼は埋葬しようとした死者の中にトゥーリンがいないことに気付き、彼がオークたちに連れて行かれたことに気付いたのである。そこで彼は追跡を開始した。相手の足取りを追う術にかけて彼の右に出るものは、中つ国広しといえども一人もいないほどであった。彼は眠らずに急行したのに対し、オーク達は勝利に浮かれて北上するにつれ、追跡を恐れなくなっていたため、その足取りは遅かった。オーク達の居所ももはや然程遠くはなかった。そんな時ベレグは道中タウア=ヌ=フインで一人のエルフを発見する。それはナルゴスロンドのグウィンドールであった。そこでグウィンドールにレンバスを与え活力を取り戻させ、通過したオークの部隊の話を聞くと、その中にたいそう背の高い人間の男がいたと彼は言った。そこでトゥーリンを助けるために自分が来たことを話すと、彼は一端は諦めることを勧めるが、ベレグはそれでもトゥーリンを見捨てず助けにいく決心であると言うと、彼も助力を申し出た。アンファウグリスの不毛の地まで来るとオーク達は、狼を見張り番に立てて酒盛りを始めた。その頃エレド・ウェスリンに稲妻が走り、西から風が吹き始めていた。オークが眠った所でベレグはその強弓で狼を一匹ずつ確実に仕留めていった。そして二人は野営地に入ると、縛られたトゥーリンを発見し、綱を切ると抱き上げてそこから運びだした。そこから少し上った茨の茂みまで来ると、これ以上彼を運べず二人はトゥーリンをそこで下ろした。嵐は近くまで来ていた。ベレグはアングラヘルを抜くと、トゥーリンの手足の縛めを切った。しかしこの時運命の力が強く働いた。足の枷を切った時アングラヘルの切っ先が、トゥーリンの足を少し刺したのである。彼はそれで目を覚ました。すると何者かが抜き身の剣を引っさげて、自分の上に屈みこんでいたのだ!彼はオークが再び彼を苦しめに来たと早とちりし、暗闇の中で掴みかかると敵の剣を奪い取り、彼の上に屈みこんでいた何者かを斬り殺したのである。しかしその時一閃の稲妻が頭上を走り、自分が斬った者の顔を照らした。それはベレグの顔であった。トゥーリンは石と化したように動かず、それを見つめ、傍らのグウィンドールは稲光に照らしだされるトゥーリンの顔の凄惨さに言葉もなかった。オーク達は嵐のため野営地全体が大変な騒ぎとなっていたが、トゥーリンはグウィンドールの危険を告げる声にも全く反応せず、ベレグの亡骸の傍らにいつまでも座り込んでいた。朝が来て嵐も去ると、オーク達はトゥーリンの捜索を諦めアングバンドへと帰還していった。トゥーリンは魂が抜けたように呆然と座り込んでいた。グウィンドールはトゥーリンを促すとベレグを埋葬した。傍らには彼の強弓ベルスロンディングが置かれた。しかしアングラヘルはグウィンドールが取り置き、トゥーリンに渡してこれでモルゴスの召使に恨みを晴らすといいと言った。そしてこの先必要だったためレンバスも取り置いた。
こうして最も信義に篤い、べレリアンドの森の技にかけては右に出るもののいないベレグ・クーサリオンは、彼の弟子であり親友であった者の手によって最期を遂げたのである。そしてこの悲しみは一生トゥーリンの中から消えることはなかった。
ドリアスの滅亡
ゴンドリンの陥落
フオルの妻リーアンは、ニアナイス・アルノイディアドの2ヶ月前に彼と結婚し、子を懐妊した。
そこでモルゴスは、トゥアゴンと親しい人間の戦士フーリンを捕縛して28年の間拘禁し、その後慈悲を装って解放した。トゥアゴンに呼びかけるフーリンの行動によって隠れ王国ゴンドリンの所在をつかんだモルゴスは、ついにこの残り少ないエルフの拠点を陥落させた。しかしこのとき、トゥアゴン王の孫に当たるエアレンディルは無事に落ち延びていたのである。
エアレンディルの航海
成長したエアレンディルとその妻エルウィングは、大海を渡ってアマンにたどり着き、ヴァラールに中つ国の窮状を訴えて救いを求めた。こうしてヴァリノールからかつてない規模の軍勢が出撃し、西方からの干渉はもはやないと高をくくっていたモルゴスに決戦を挑んだ。モルゴスは全兵力で迎え撃ち、最終兵器の空飛ぶ竜まで投入したがついに破れた。再びアンガイノールの鎖で縛られたかれは、夜の扉の向こうの虚空に放逐され、エアレンディルによって見張りを受け続けることになった。
こうしてモルゴスはもはやアルダに手を出すことはできなくなったが、かれがエルフや人間の心に撒いた悪の種は決して消えることはなかった。
やがて起こるアルダ最後の戦い、ダゴール・ダゴラスにおいて虚空より帰還し、ヴァラールらとの戦いでマンドスの館から戻ったトゥーリンに心臓を貫かれ滅びるといわれている。
脚注
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 410頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 194および294頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Patrick H. Wynne 『Vinyar Tengwar, Number 49』 2007年 Elvish Linguistic Fellowship 24-25頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 390頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 391頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 391頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 398から403頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 394頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 403頁
- ^ これはサウロンとオロドルインの関係に非常に似ている。というよりもむしろ、モルゴスとサンゴロドリムの関係が元になっていると言った方が正確かもしれない。
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 393頁
- ^ J.R.R.トールキン 『新版 シルマリルの物語』 評論社 2003年 8頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 52頁
- ^ アルダ初期において、メルコールのみでヴァラールを退却せしめ、中つ国の外へと追い出したことは注目に値する、とトールキンは記している。 J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 390頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 51頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.11 The War of the Jewels』1994年 Harper Collins, 342頁
- ^ この攻城戦には7ヴァリノール年、即ち約70年もの月日がかかっている、とトールキンは記している。 J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 75頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 420及び421頁
- ^ トールキンの後期のアイディアでは、この合戦の2年後に起きるサウロンのトル=シリオン攻めを、ダゴール・ブラゴルラハと同時期に起きたものにするという案があった。その時トル=シリオンを守っていた、フィンロドの弟オロドレスは絶体絶命の危機に陥っていたが、この時南西方に逃れたケレゴルムとクルフィンが配下の騎兵に加えて、道中集められるだけ集めた軍勢でサウロンに立ち向かったため、オロドレスは命拾いをしたというものがある。しかしこの結果サウロンの力の前に、ケレゴルムとクルフィンと僅かな供回りだけを残して軍は壊滅し、トル=シリオンは奪われた。この働きがあったために、二人はナルゴスロンドで歓迎され両王家の痼は忘れ去られた、と出版されたシルマリルの物語よりも自然な流れになっている。J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.11 The War of the Jewels』1994年 Harper Collins 54頁
- ^ 出版された『シルマリルの物語』では簡潔にしか触れてないが、フィンゴルフィンの罵倒は『中つ国の歴史』シリーズではより詳細に書かれている。彼の罵倒内容は以下の通り。「姿を現せ、汝臆病者の王よ、そなた自身の手で戦え!巣穴に住まう者よ、奴隷の主にして、嘘吐きのこそつく者め、神々とエルフの敵よ、来い!汝の意気地のない顔をこの眼でしかと見てくれようぞ」J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.11 The War of the Jewels』1994年 Harper Collins 55頁
- ^ 『中つ国の歴史』での「灰色の年代記」では、アングバンドの鉄槌即ちグロンドによって大地に打ち倒されたとなっている。J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.11 The War of the Jewels』1994年 Harper Collins 55頁
- ^ エレイニオンはオロドレスの息子であるという設定もある。しかし『シルマリルの物語』中において、オロドレスとエレイニオンの間に血縁関係を示唆するような箇所は何処にもない。エレイニオンとの深い関連性が見受けられるのは、フィンゴンとキーアダン、第二紀に入ってからのエルロンドくらいである。
- ^ ここで何故副官たるサウロンが出張ったのか、『シルマリルの物語』ではハッキリとした理由は示されていないが、『中つ国の歴史』シリーズによれば3巻の『レイシアンの謡』16頁及び117頁ではモルゴスからサウロン(この時点ではスーという名であった)にメリアンの魔法帯を破壊してこいとの命令が下されたため、5巻の『Lost Road』283頁では、グラウルング(この時点ではグロームンドという名であった)もウルモの力の前にシリオンを渡る冒険はできなかったためとある。クリストファー・トールキンは前者の方を複数の箇所で見ることが出来、非常に興味深いと述べている。
- ^ 実はこの顛末に関しては、トールキンの中では別のアイディアもあった。フアンがルーシエンを助けるのは同じだが、彼女の眠りの外套を忘れてきてしまうのである。そこで彼女らは一計を案じる。ルーシエンの歌に気付いたサウロン(ここではスーの名になっている)の島へ何と彼女は助けを求めるのである。サウロンは彼女を招き入れるが、眠りの外套を忘れたためにサウロンに魔法をかけることは出来ないため、彼女はそこで作り話をするのである。ケレゴルムとクルフィンとフアンに捕らえられたが、何とか脱出して逃げてきた。しかしフアンに追われているとフアンへの嫌悪を装った。話を聞いたサウロンは、彼自身もフアンを嫌っていたため、あの兄弟ならさもあらんと信じこんだ。そこでさらにルーシエンは彼女を追うフアンが道中体調を崩したらしく、森の中で横たわっているようだと話す。これを聞き好機到来と見たサウロンは巨狼に変身すると、彼女の道案内でフアンが不意打ちを仕掛けようとしている所へ誘われる。そこで不意打ちを受け、サウロンの供回りはあっという間に殺され、碌な戦闘も起こらずサウロンは喉をフアンの牙で咥えこまれてしまう。あとの展開は『シルマリルの物語』と同じである。J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.3 The Lays of Beleriand』1991年 Harper Collins 256-257頁
- ^ 実は彼は『指輪物語』前に書かれたEQではボロミアという名であった。そう、ボロミアは当初東夷の名前だったのである。J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.5 The Lost Road and Other Writings』1987年 Harper Collins, 134,151,287頁など他多数
- ^ 彼にはアンドヴィーア(Andvír)という息子がいて、彼も無法者の一員にいたと『中つ国歴史』にはある。彼は後のバル=エン=ダンウェズにおける虐殺を生き延び、シリオンの港へと避難し、そこでディーアハヴェルがナルン・イ・ヒーン・フーリンを作るのを手伝ったとある。おそらくドリアス出奔後から無法者としての生活、その後ゴルソルとして活動するまでのトゥーリンのことを話したのだろう。J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.11 The War of the Jewels』1994年 Harper Collins, 311頁及び314から315頁