「モルゴス」の版間の差分
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彼のその絶大な力は、原初のアルダの形成期の時に最も発揮された。彼は自身の欲望や目的に沿うように捻じ曲げようとし、各所で盛んに火を燃やしたのである。そして若いアルダが炎で満ちると、そこを我が物にしようとした彼は、他のヴァラールがアルダを形造ろうとするのを妨害し始めた。彼らが陸地を造り上げると、メルコールが破壊し、彼らが谷を穿つとメルコールが埋め戻してしまった。山々を積み刻み上げると、メルコールがこれを崩した。海を作るため深く掘ったなら、メルコールが海水を周囲に溢れさせてしまった。かくの如くヴァラールが仕事を始めても必ず、それを元に戻すか損ねてしまったのである。このためアルダは当初ヴァラールが思い描いていたものとは異なるものに仕上がってしまった。これらの混乱が統御されるのは大分後の事となる。 |
彼のその絶大な力は、原初のアルダの形成期の時に最も発揮された。彼は自身の欲望や目的に沿うように捻じ曲げようとし、各所で盛んに火を燃やしたのである。そして若いアルダが炎で満ちると、そこを我が物にしようとした彼は、他のヴァラールがアルダを形造ろうとするのを妨害し始めた。彼らが陸地を造り上げると、メルコールが破壊し、彼らが谷を穿つとメルコールが埋め戻してしまった。山々を積み刻み上げると、メルコールがこれを崩した。海を作るため深く掘ったなら、メルコールが海水を周囲に溢れさせてしまった。かくの如くヴァラールが仕事を始めても必ず、それを元に戻すか損ねてしまったのである。このためアルダは当初ヴァラールが思い描いていたものとは異なるものに仕上がってしまった。これらの混乱が統御されるのは大分後の事となる。 |
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しかしここで重要な事がある。彼の力は確かに膨大なものではあったが、エルとは異なり所詮は有限のものに過ぎないという点である。彼は無分別に力を空しく浪費したり、配下に力を分け与えたり、邪悪な生き物を創ることなどによって、少しずつその力を減じていったのである。この事の詳細は[[モルゴス#メルコールの弱体化|メルコールの弱体化]]を参照されたい。 |
しかしここで重要な事がある。彼の力は確かに膨大なものではあったが、エルとは異なり所詮は有限のものに過ぎないという点である。彼は無分別に力を空しく浪費したり、他者を堕落させたり配下に力を分け与えたり、邪悪な生き物を創ることなどによって、少しずつその力を減じていったのである。この事の詳細は[[モルゴス#メルコールの弱体化|メルコールの弱体化]]を参照されたい。 |
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彼はその強大な力を用いて2つの山脈を隆起させた。中つ国の極北に造られた[[中つ国関連の記事のカテゴリー別一覧#鉄山脈|鉄山脈]](エレド・エングリン)と、中つ国の南東部に造られた[[中つ国関連の記事のカテゴリー別一覧#霧ふり山脈|霧ふり山脈]](ヒサイグリア)である。前者は彼の最初の大規模地下要塞である[[ウトゥムノ]]の防壁として築かれ、後者は狩人神[[オロメ]]が中つ国内部に分け入るのを妨げるために築かれた。また後者は、『ホビットの冒険』及び『指輪物語』にも登場し、[[トーリン・オーケンシールド|トーリン]]達や[[フロド・バギンズ|フロド]]達一行が山脈越えを敢行しようとしたことや、ドワーフが[[モリア]]の王国を |
彼はその強大な力を用いて2つの山脈を隆起させた。中つ国の極北に造られた[[中つ国関連の記事のカテゴリー別一覧#鉄山脈|鉄山脈]](エレド・エングリン)と、中つ国の南東部に造られた[[中つ国関連の記事のカテゴリー別一覧#霧ふり山脈|霧ふり山脈]](ヒサイグリア)である。前者は彼の最初の大規模地下要塞である[[ウトゥムノ]]の防壁として築かれ、後者は狩人神[[オロメ]]が中つ国内部に分け入るのを妨げるために築かれた。また後者は、『ホビットの冒険』及び『指輪物語』にも登場し、[[トーリン・オーケンシールド|トーリン]]達や[[フロド・バギンズ|フロド]]達一行が霧ふり山脈越えを敢行しようとしたことや、ドワーフが[[モリア]]の王国を山脈内に築いたことでも知られる。また[[アマン]]から帰還した直後に鉄山脈の南側に、第二の大規模地下要塞として造り直される[[アングバンド]]を掘った時に出た大量の土砂と礫、それと地下溶鉱炉から出た大量の灰や鉱滓を積み上げた、[[サンゴロドリム]]の塔と呼ばれる連峰を築くことになる。彼の副官であったサウロンが精々山を破壊できる程度の力であるのと比べれば、最強のアイヌアである彼の力が如何程のものであったかがこの事からもわかるだろう。 |
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彼は、山々の頂から山々の下なる深い溶鉱炉に至るまで、冷気と火を支配していた。そして彼が座している所には暗黒と影が周囲を取り巻いており、その暗闇は優れた眼を持つマンウェとその召使たちでさえも見通すことは出来なかったという。またイルーヴァタールから人間が贈り物として賜った"死"に、影を投げかけて暗黒の恐怖と混同させ、"死"を忌避すべきものとしてしまったのも彼の仕業であった。 |
彼は、山々の頂から山々の下なる深い溶鉱炉に至るまで、冷気と火を支配していた。そして彼が座している所には暗黒と影が周囲を取り巻いており、その暗闇は優れた眼を持つマンウェとその召使たちでさえも見通すことは出来なかったという。またイルーヴァタールから人間が贈り物として賜った"死"に、影を投げかけて暗黒の恐怖と混同させ、"死"を忌避すべきものとしてしまったのも彼の仕業であった。 |
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メルコールは他のヴァラールの中でも[[アウレ]]と最も似ていた。才能や考えること、新しい物を作り出す事でその技を賞賛される事を共に喜んだ。しかしアウレがエル・イルーヴァタールに忠実であり、他者を妬むことはなく、自らの制作物に執着する事がなかったのに対し、メルコールはアウレを妬み、羨望と所有欲に身を焼くようになっていった。結果彼は他者の作品を破壊するか、模造するか、醜く作り変えるかの何れかしかできなくなってしまった。そのメルコールが創りだしたのが、邪悪な[[オーク (トールキン)|オーク]]や[[トロール (トールキン)|トロル]]、[[竜 (トールキン)|竜]]のような怪物たちである。エルフの古賢やエント達に言わせると、オークは捕らえたエルフを醜く捻じ曲げ変質させたものであり、トロルはエントの模造物であるという。しかしこれは彼らの間での通説であり、実際の所オークやトロルの成り立ちは不明なところが多い。ただ、モルゴスが深く関わっていることだけは確かである。 |
メルコールは他のヴァラールの中でも[[アウレ]]と最も似ていた。才能や考えること、新しい物を作り出す事でその技を賞賛される事を共に喜んだ。しかしアウレがエル・イルーヴァタールに忠実であり、他者を妬むことはなく、自らの制作物に執着する事がなかったのに対し、メルコールはアウレを妬み、羨望と所有欲に身を焼くようになっていった。結果彼は他者の作品を破壊するか、模造するか、醜く作り変えるかの何れかしかできなくなってしまった。そのメルコールが創りだしたのが、邪悪な[[オーク (トールキン)|オーク]]や[[トロール (トールキン)|トロル]]、[[竜 (トールキン)|竜]]のような怪物たちである。エルフの古賢やエント達に言わせると、オークは捕らえたエルフを醜く捻じ曲げ変質させたものであり、トロルはエントの模造物であるという。しかしこれは彼らの間での通説であり、実際の所オークやトロルの成り立ちは不明なところが多い。ただ、モルゴスが深く関わっていることだけは確かである。 |
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=== 外見 === |
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メルコールが最初に目に見える形を取った時は、彼の心中に燃える悪意と鬱屈した気分のため、その形は暗く恐ろしかった。彼は他のヴァラールの誰よりも強大な力と威厳を見せてアルダに降り立った。だがその姿はさながら、頭を雲の上に出し、その身に氷を纏い、頭上に煙と火を王冠のように戴き、海を渡る山のようであったという。 |
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弱体化した後に彼が取っていた姿は、ウトゥムノの圧制者としての丈高く見るだに恐ろしい暗黒の王の姿である。ウトゥムノが出来て以降、彼はアマンに囚われていた一時期を除き、ずっとこの姿を取っていた。 |
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上のエルフの上級王[[フィンゴルフィン]]との一騎討ちの際は、黒い鎧で身を包んでおり、頭には鉄の王冠を戴き、地下世界の大鉄槌[[グロンド]]と、紋章のない黒一色の巨大な盾をその手に携えていた。エルフ王の前ではモルゴスの姿はまるで塔のようであったという。 |
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なおアマンで取っていた姿は詳細はなく、尤もらしい姿をしていたとくらいしか書かれていない。 |
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=== メルコールの弱体化 === |
=== メルコールの弱体化 === |
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トールキンはこのメルコールの弱体化というアイディアについて、二つのパターンを考えていた。その内の一つが出版された『シルマリルの物語』にもあるように、アルダを侵食するために、数多い下僕に悪意と力を注ぎ込んで繰り出すうちに、本来は並ぶ者のなかったメルコール自身の力は少しずつ損なわれ、弱まっていった、というものである。この結果[[諸力の戦い]](諸神の戦い)でウトゥムノを攻略したマンウェは、要塞の最深部でメルコールと相見えたが、二人とも大いに驚愕したという。マンウェはメルコールの眼光で最早怯むことがなかったため、メルコール個人の力が衰えたことに気付いたためであり、逆にメルコールはそんなマンウェを見て、自身の力がマンウェよりも弱体化したことを見て取ったためであった<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 391頁</ref>。そして彼は[[トゥルカス]]と組み打ち、投げ飛ばされ敗北を喫するのである。 |
トールキンはこのメルコールの弱体化というアイディアについて、二つのパターンを考えていた。その内の一つが出版された『シルマリルの物語』にもあるように、アルダを侵食するために、数多い下僕に悪意と力を注ぎ込んで繰り出すうちに、本来は並ぶ者のなかったメルコール自身の力は少しずつ損なわれ、弱まっていった、というものである。この結果[[諸力の戦い]](諸神の戦い)でウトゥムノを攻略したマンウェは、要塞の最深部でメルコールと相見えたが、二人とも大いに驚愕したという。マンウェはメルコールの眼光で最早怯むことがなかったため、メルコール個人の力が衰えたことに気付いたためであり、逆にメルコールはそんなマンウェを見て、自身の力がマンウェよりも弱体化したことを見て取ったためであった<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 391頁</ref>。そして彼は[[トゥルカス]]と組み打ち、投げ飛ばされ敗北を喫するのである。 |
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もう一つの案は、メルコールがアルダそのものを支配するために、自己とアルダを同一化しようと試みた、というものである。これはサウロンと一つの指輪との関係に似ている。だがそれよりも遥かに広大で尚且つ危険な方法であった。つまりアルダ全てが(祝福された地アマンを除いて)メルコールの"要素"を含むこととなり、穢れてしまったからである。このためアマン以外の地で生まれ育つものは、大なり小なりメルコールの影響を受けてしまう事になった。しかしこの事と引き換えに、モルゴスは彼が持っていた膨大な力の殆どを失ってしまった。故に中つ国全てがいわば「モルゴスの指輪」となったのである。ただサウロンとモルゴスの指輪の違いは、サウロンの力は小さいが集約されているため指に嵌めることができ、彼は昔日にも増してその力を発揮できるが、モルゴスのそれは彼の膨大な力が中つ国遍くに散逸してしまっており、彼の直接的なコントロール下にはないという点である。そしてその膨大な力を差し引いて残った余り物―それが即ちモルゴス他ならないということは、彼の肉体に宿る霊が酷く萎びて零落してしまった事を意味した。しかしこのためにモルゴスを完全に滅ぼそうとするならば、アルダそのものを完全に分解しなければならないというジレンマが生じてしまった<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 398から403頁</ref> |
もう一つの案は、メルコールがアルダそのものを支配するために、自己とアルダを同一化しようと試みた、というものである。これはサウロンと一つの指輪との関係に似ている。だがそれよりも遥かに広大で尚且つ危険な方法であった。つまりアルダ全てが(祝福された地アマンを除いて)メルコールの"要素"を含むこととなり、穢れてしまったからである。このためアマン以外の地で生まれ育つものは、大なり小なりメルコールの影響を受けてしまう事になった。しかしこの事と引き換えに、モルゴスは彼が持っていた膨大な力の殆どを失ってしまった。故に中つ国全てがいわば「モルゴスの指輪」となったのである。ただサウロンとモルゴスの指輪の違いは、サウロンの力は小さいが集約されているため指に嵌めることができ、彼は昔日にも増してその力を発揮できるが、モルゴスのそれは彼の膨大な力が中つ国遍くに散逸してしまっており、彼の直接的なコントロール下にはないという点である。そしてその膨大な力を差し引いて残った余り物―それが即ちモルゴス他ならないということは、彼の肉体に宿る霊が酷く萎びて零落してしまった事を意味した。しかしこのためにモルゴスを完全に滅ぼそうとするならば、アルダそのものを完全に分解しなければならないというジレンマが生じてしまった。ヴァラールがモルゴスとの全面的な戦いになかなか乗り出さなかったのはこのためである<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 398から403頁</ref>。 |
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どちらのアイディアが最終的なトールキンの意図、つまり正典となったのかは曖昧模糊としており(後期には後者の方に関しての考察が多いが)、出版された『シルマリルの物語』では前者の案を採用している。何れにせよ弱体化したモルゴスはこの結果、永遠に"受肉"してしまい、アイヌアなら誰でもできる、肉体を棄てて不可視の姿に戻ることさえできなくなったのである。トールキンの草稿によると、第一紀末のモルゴスの力は第二紀のサウロンよりも劣るものであったという<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 394頁</ref>。 |
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弱体化および受肉し、堕落してアイヌアとしての力を殆ど失ったモルゴスに残されたのは、巨人の如き体躯(ogre-size)と怪力(monstrous power)<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 403頁</ref>と幾許かの魔力、あと元ヴァラとしての威光は久しく痕を留めたため、彼の面前では殆どの者が恐怖に落ち込むこととなった。とは言え、彼は受肉したことにより、自身が戦いに巻き込まれるのを可能な限り避けるようになり、専ら下僕たちやカラクリを用いるようになっていった。宝玉戦争において、彼が自ら戦場に現れて武器を振るったのはただの1度だけである。 |
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弱体化および受肉し、堕落してアイヌアとしての力を殆ど失ったモルゴスに残されたのは、巨人の如き体躯(ogre-size)と怪力(monstrous power)<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 403頁</ref>と幾許かの魔力、あと元ヴァラとしての威光は久しく痕を留めたため、彼の面前では殆どの者が恐怖に落ち込むこととなった。とは言え、彼は受肉したことにより傷付くのを恐れ、自身が戦いに巻き込まれるのを可能な限り避けるようになり、専ら下僕たちや卑劣なカラクリを用いるようになっていった。宝玉戦争において、彼が自ら戦場に現れて武器を振るったのはただの1度だけであり、その殆どをアングバンドの深奥に引き篭もって過ごしたため、弱体化後のモルゴスの能力的な描写があるのは僅かなものでしかない。彼はサンゴロドリムから火と煙を吹き出させ、時には火焔流を流出させたり、炎を太矢のように遠く飛ばし堕ちた箇所を破壊したりすることが出来た<ref> これはサウロンとオロドルインの関係に非常に似ている。というよりもむしろ、モルゴスとサンゴロドリムの関係が元になっていると言った方が正確かもしれない。</ref>。フィンゴルフィンとの決闘の際には、大鉄槌グロンドを高々と振り上げ雷光の如く打ち下ろし、大地を劈いて大きな穴を開け、そこからは煙と火が発したという。また人間の英雄フーリンを魔力で金縛りにし、彼の家族たちに呪いをかけ、後に一家全員の運命を破滅に追い込んでいる。ただこれは文字通りモルゴスの呪いの魔力なのか、彼の下僕である[[竜 (トールキン)|グラウルング]]を用いて結果的にそうなるように仕向けたのか、線引が難しいところがある。 |
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実の所、メルコールの持っていたオリジナルの力が減じてゆき、弱体化してゆくというアイディアは、後期クウェンタ・シルマリルリオン(LATER QUENTA SILMARILLION、LQ)の『アマン年代記』にて初めて見られるもので<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 393頁</ref>、初期クウェンタ・シルマリルリオン(EARLY QUENTA SILMARILLION、EQ)には見られないものであった。EQは中つ国の歴史』シリーズの5巻に当たり、LQは10巻から11巻に当たるが、LQで物語として改変・執筆されたのは[[トゥーリン・トゥランバール]]の死辺りまでで、それ以降の部分(ゴンドリンの陥落や[[怒りの戦い]]など)はEQを用いざるを得なかったため、これは特別厄介な問題を引き起こした。即ち古い時代に書かれたEQと、より発展した構想のもとに書かれたLQの間では看過しがたい不調和が生じたということで、これはクリストファー氏も認めている<ref> J.R.R.トールキン 『新版 シルマリルの物語』 評論社 2003年 8頁</ref>。この不調和には様々な設定の差異などがあるが、その一つとして『シルマリルの物語』の終盤部分は、メルコールの弱体化というアイディアが無い時代に書かれたものだということに留意する必要がある。 |
実の所、メルコールの持っていたオリジナルの力が減じてゆき、弱体化してゆくというアイディアは、後期クウェンタ・シルマリルリオン(LATER QUENTA SILMARILLION、LQ)の『アマン年代記』にて初めて見られるもので<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 393頁</ref>、初期クウェンタ・シルマリルリオン(EARLY QUENTA SILMARILLION、EQ)には見られないものであった。EQは中つ国の歴史』シリーズの5巻に当たり、LQは10巻から11巻に当たるが、LQで物語として改変・執筆されたのは[[トゥーリン・トゥランバール]]の死辺りまでで、それ以降の部分(ゴンドリンの陥落や[[怒りの戦い]]など)はEQを用いざるを得なかったため、これは特別厄介な問題を引き起こした。即ち古い時代に書かれたEQと、より発展した構想のもとに書かれたLQの間では看過しがたい不調和が生じたということで、これはクリストファー氏も認めている<ref> J.R.R.トールキン 『新版 シルマリルの物語』 評論社 2003年 8頁</ref>。この不調和には様々な設定の差異などがあるが、その一つとして『シルマリルの物語』の終盤部分は、メルコールの弱体化というアイディアが無い時代に書かれたものだということに留意する必要がある。 |
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=== 灯火の時代 === |
=== 灯火の時代 === |
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アルダの外なる暗闇に追いやられたメルコールは、トゥルカスを憎悪しつつ密かに機会を伺っていた。その間にヴァラールは世界に秩序をもたらし、[[ヤヴァンナ]]の種子も蒔かれ、メルコールの火も鎮められるか、あるいは原初の山々の下に埋められた。そして世界には光が必要となったため、アウレが二つの巨大な灯火を造り、そして[[ヴァルダ]]が灯火に明かりを点け、マンウェがこれを清めた。ヴァラールはこの灯火を南北にそれぞれ据え付けた。この灯火が据え付けられた柱は、後の世の如何なる山々も及ばないほどの高さであったという。その灯火の下ヤヴァンナの種子はたちまち芽吹き生い茂り、獣たちも現れ出た。そして[[中つ国 (トールキン)|中つ国]]にかつてあった大湖に浮かぶアルマレンの島に彼らの宮居を築き、宴を開き、「アルダの春」と呼ばれる平和な時代を謳歌し始め、如何なる禍も懸念せずにいた。しかしメルコールはこれらのことをすべて把握していた。何故ならば彼が堕落させた数多のマイアールがスパイとして働いていたからである。彼らの長はサウロンであった<ref> J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 52頁</ref>。やがてトゥルカスが心地よい疲れから眠り込んでしまうと、機会到来と見たメルコールは堕落させた聖霊たちをエアの館から呼び出し、灯火も朧な中つ国の遥か北方に鉄山脈を築き、その山々の地の下深くに穴を掘り、大規模な地下要塞を造り始めた。これこそウトゥムノである。この地よりメルコールの禍と憎悪の瘴気が流れでて、「アルダの春」は台無しとなった。植物は病んで腐り、水は淀み腐敗し、獣達は角や牙ある怪物となり大地を血で染めた。ここに至りヴァラールもようやくメルコールが活動を再開したことを悟り、彼が潜んでいる場所を探し求めたが、メルコールは彼らが準備を整える前に奇襲を仕掛け、アルマレンを照らしていた二つの巨大な灯火を破壊してしまった。このときアルダがこうむった被害は甚大で、陸は砕け海は荒れ狂い、灯火は破壊の炎となって流れ出た。このためヴァラールが最初に構想した世界は決して実現しなくなってしまった。復讐を終えたメルコールは速やかにウトゥムノに撤退し、災害の鎮圧で手一杯のヴァラールには彼を追撃する余裕はなかった。かくして「アルダの春」は終わりを告げた。アルマレンの彼らの宮居は完全に破壊されたため、やむなくヴァラールは中つ国を去り、西方大陸[[アマン (トールキン)|アマン]]に移り住んだ<ref> アルダ初期において、メルコールのみでヴァラールを退却せしめ、中つ国の外へと追い出したことは注目に値する、とトールキンは記している。 J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 390頁</ref>。そしてメルコールを警戒し、ペローリ山脈即ちアルダで最も高いアマンの山脈を防壁として築いた。とは言え神々は完全に中つ国を見捨てたわけではなく、[[ウルモ]]の力はメルコールの暗黒の地にあっても絶えざる水の流れの形をとって配慮され、ヤヴァンナ、オロメの二者はアマンから遠く隔たった暗黒の地にも時折訪れた。前者はメルコールのもたらした傷を少しでも癒すため、後者はメルコールの怪物を狩るためであった。メルコールはそんなオロメを恐れ疎んじ、彼の侵入を妨げるため霧ふり山脈を隆起させた。そして鉄山脈の西方、北西の海岸から然程遠くない所にはヴァラールの攻撃に備えて城砦と武器庫を造った。これは[[アングバンド]]と名付けられ、副将サウロンをその守りに当たらせた。この暗黒の時代にメルコールによって変節させられた、邪悪なる者達や怪物たちが数多く育ち跋扈するようになり、以後久しく世を悩ますこととなる。そして彼の暗黒の王国は絶えず中つ国の南方へと拡大していった。 |
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ヴァラールが[[中つ国 (トールキン)|中つ国]]にアルマレンの国を築き、「アルダの春」と呼ばれる平和な時代を謳歌しているさなか、メルコールはひそかに要塞[[ウトゥムノ]]を北方に建造していた。ヴァラールはかれの帰還を察知したが、準備を整える前に奇襲を受け、アルマレンを照らしていた二つの巨大な灯火を破壊されてしまった。このときアルダがこうむった被害は甚大で、ヴァラールが最初に構想した世界は決して実現しなくなってしまった。 |
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復讐を終えたメルコールはウトゥムノにこもり、災害の鎮圧で手一杯のヴァラールにはかれを追撃する余裕はなかった。やむなくヴァラールは中つ国を去り、西方大陸[[アマン (トールキン)|アマン]]に移り住んだ。邪魔者の居なくなったメルコールは第二の要塞[[アングバンド]]を建造して、さらに勢力の拡大を図った。 |
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=== 二本の木の時代 === |
=== 二本の木の時代から第一紀 === |
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ヴァラールが新たにアマンに築いた国ヴァリノールには彼らの都ヴァルマールが築かれた。そしてこの都の正門の前に緑の築山があり、ヤヴァンナはこれを清めるとその地で力の歌を歌った。この歌により生まれいでたのが世に名高い[[二つの木]]である。至福の地アマンはこの木によって美しく照らされたが、その光は中つ国にまでは届かなかった。未だ中つ国はウトゥムノにいるメルコールの暗闇の下にあった。そこでヴァラールは会議を行い、やがて目覚めるであろうイルーヴァタールの子らのために、中つ国をこのままにしておいてよいものか、と意見を出し合った。しかし[[マンドス]]の最初に生まれる者達は暗闇の中に目覚め、まず星々を仰ぎ見るという宿命があり、さらに大いなる光(太陽のこと)が現れる時彼らは衰微するのだという発言から、ヴァルダはアルダに降りきたってから今までになかった大事業に取り掛かった。二つの木から零れ落ちる露を受け溜める、ヴァルダの泉からテルペリオンの銀の雫を掬い取り、それを元に幾つもの新しい星々を天に輝かせ、そしてメルコールへの挑戦として滅びの印である<ヴァラールの鎌>すなわちヴァラキアカと呼ばれる7つの強力な星々(要は北斗七星のこと)を天に嵌め込んだ。この難事業を長いことかけてヴァルダがやり遂げた時、[[エルフ (トールキン)|エルフ]]はついにクイヴィエーネンの湖の畔にて目覚めたと言われる。警戒に抜かりのないメルコールは早速彼らに気づき、エルフを惑わそうとし、黒い狩人の姿をした召使たちを送り込み、これらはエルフを捕らえては貪り食った。このため、狩りに出かけたオロメは偶然彼らと邂逅し彼らをエルダール(星の民)と名付けて、親愛の情から近づいたのだがエルフたちの多くは彼を恐れて逃げ出すか、隠れるかして行方知れずとなった。しかし勇気あるエルフは踏み止まりオロメが暗黒の下僕などではないことを見て取った。そしてエルフたちはみな彼の方に引き寄せられていったのである。しかしメルコールの罠に落ち込んだ不運な者達は、確かなことは殆ど知られていないものの、彼の魔力で捻じ曲げられオークと化したのだと、後の賢者たちの間では信じられている。オロメからこのエルフの目覚めはヴァリノールにも伝えられ、ヴァラール達は大いに喜んだ。しかしメルコールの所業を聞くと迷いの気持ちも起きた。そこで彼らはメルコールからエルフ達を守るためにはどうすればいいのか、長い時間をかけて話し合った。そしてマンウェはイルーヴァタールの助言を仰ぐと、ヴァラールを召集し、如何なる犠牲を払おうともメルコールに対して戦を仕掛け、エルフたちをかの影から救い出すべきだと宣言した。これを聞きトゥルカスは喜んだが、アウレはその戦いで被る世界の傷を思って心を傷めた。そしてヴァラールは軍備を整え軍勢を率いてアマンから出撃した。メルコールはアングバンドでまずヴァラールの攻撃を迎えたが、これに抗し得ず陥落した。メルコールの召使いたちはヴァラール軍に追われてウトゥムノに遁走した。次いでウトゥムノの攻城戦にかかったがこれは長く苦しいものであった。ウトゥムノは地の底深く掘られ、穴という穴はメルコールの火と夥しい召使いたちで満たされていたからである。しかし遂にウトゥムノは破られ、要塞の屋根は引き剥がされ、地下坑は皆むき出しとなり、要塞最深部での激しい戦いの末、メルコールはトゥルカスに組み伏せられ、アウレの造った鎖アンガイノールによって縛り上げられた。こうして世界はしばしの間、平和を得ることになる。 |
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ヴァラールが新たにアマンに築いたヴァリノールの国は[[二つの木]]によって美しく照らされたが、その光は中つ国にまでは届かず、時おりヤヴァンナやオロメが訪れる以外にメルコールの支配を脅かすものは何もなかった。だがやがてヴァルダが新しい星々を天に輝かせ、[[エルフ (トールキン)|エルフ]]を目覚めさせた。早速メルコールはかれらを惑わそうとし、一部のものを捕らえて[[オーク (トールキン)|オーク]]へとねじ曲げてしまった。オロメの報告を受けたヴァラールは、エルフ救出のために出陣してウトゥムノを攻略した。激しい戦いの末、メルコールはトゥルカスに組み伏せられ、アウレの鎖アンガイノールによって縛り上げられた。 |
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ヴァリノールに連行されたメルコールは[[マンドス]]の砦に投獄され、三期のあいだ幽閉された。その後再びヴァラールの前に引き出されたかれは、へりくだって改心したふりをして見せた。そして実際に人々を助けて回ることで周囲を油断させつつ、[[ノルドール]]族に目をつけてかれらの間に不和の種をばら撒いていった。メルコールが何より欲したのは、[[フェアノール]]が作り出した宝玉[[シルマリル]]である。ノルドールの叛意を焚きつけるまではかれの目論見どおりになったが、フェアノールに悪意を見抜かれたメルコールは、いったんはアマンから行方をくらませた。 |
ヴァリノールに連行されたメルコールは[[マンドス]]の砦に投獄され、三期のあいだ幽閉された。その後再びヴァラールの前に引き出されたかれは、へりくだって改心したふりをして見せた。そして実際に人々を助けて回ることで周囲を油断させつつ、[[ノルドール]]族に目をつけてかれらの間に不和の種をばら撒いていった。メルコールが何より欲したのは、[[フェアノール]]が作り出した宝玉[[シルマリル]]である。ノルドールの叛意を焚きつけるまではかれの目論見どおりになったが、フェアノールに悪意を見抜かれたメルコールは、いったんはアマンから行方をくらませた。 |
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首尾よく追っ手をまいたメルコールは、大蜘蛛[[ウンゴリアント]]をつれてアマンを急襲した。ウンゴリアントの放つ闇でヴァリノールの国は大混乱に陥り、二つの木は枯れ果ててしまった。その隙にメルコールはフェアノールの父[[フィンウェ]]を殺害してシルマリルを奪い、氷の海峡ヘルカラクセを渡って中つ国へ逃亡した。しかし力を与えすぎたウンゴリアントを制御できず、宝玉はおろか自分自身さえ喰われそうになり、大地を揺るがす絶叫を上げた。アングバンドから駆けつけた[[バルログ]]がウンゴリアントを追い払い、一命を取り留めたメルコールはシルマリルを鉄の王冠にはめ込むと、世界の王を称して中つ国に君臨した。これより彼は、モルゴス、黒き敵などと呼ばれるようになる。 |
首尾よく追っ手をまいたメルコールは、大蜘蛛[[ウンゴリアント]]をつれてアマンを急襲した。ウンゴリアントの放つ闇でヴァリノールの国は大混乱に陥り、二つの木は枯れ果ててしまった。その隙にメルコールはフェアノールの父[[フィンウェ]]を殺害してシルマリルを奪い、氷の海峡ヘルカラクセを渡って中つ国へ逃亡した。しかし力を与えすぎたウンゴリアントを制御できず、宝玉はおろか自分自身さえ喰われそうになり、大地を揺るがす絶叫を上げた。アングバンドから駆けつけた[[バルログ]]がウンゴリアントを追い払い、一命を取り留めたメルコールはシルマリルを鉄の王冠にはめ込むと、世界の王を称して中つ国に君臨した。これより彼は、モルゴス、黒き敵などと呼ばれるようになる。 |
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=== 第一紀 === |
=== 太陽の第一紀 === |
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中つ国北西部[[ベレリアンド]]をめぐって、モルゴスは何度もエルフたちに戦いを仕掛けた。まず、アマンには渡らなかった[[シンダール]]族を襲い、撃退はされたものの大きな損害を与えた。次にノルドールがかれを追って中つ国までやってきたのを知ると、ただちに軍勢を差し向けた。これが「星々の下の合戦」ダゴール・ヌイン・ギリアスである。このときのオーク勢はほぼ全滅したが、深追いしてきたフェアノールがバルログの首領ゴスモグに討ち取られたことでモルゴスは喜んだ。 |
中つ国北西部[[ベレリアンド]]をめぐって、モルゴスは何度もエルフたちに戦いを仕掛けた。まず、アマンには渡らなかった[[シンダール]]族を襲い、撃退はされたものの大きな損害を与えた。次にノルドールがかれを追って中つ国までやってきたのを知ると、ただちに軍勢を差し向けた。これが「星々の下の合戦」ダゴール・ヌイン・ギリアスである。このときのオーク勢はほぼ全滅したが、深追いしてきたフェアノールがバルログの首領ゴスモグに討ち取られたことでモルゴスは喜んだ。 |
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その一方で、モルゴスは銀の木の最後の花である[[月]]を手に入れようと影の精を出撃させるが、此方は月の守護の任に就いていたオロメ配下のマイアール・ティリオンによって返り討ちにあって完全な失敗に終わっている。 |
その一方で、モルゴスは銀の木の最後の花である[[月]]を手に入れようと影の精を出撃させるが、此方は月の守護の任に就いていたオロメ配下のマイアール・ティリオンによって返り討ちにあって完全な失敗に終わっている。 |
2017年3月25日 (土) 11:16時点における版
モルゴス(Morgoth)は、J・R・R・トールキンの中つ国を舞台とした小説、『シルマリルの物語』の登場人物。
概要
エル・イルーヴァタールによって作られたヴァラールの一人で、神々の王マンウェとは兄弟の関係にあった。彼の本来の名前はメルコール(Melkor)であった。メルコールはヴァラール、引いては全アイヌアの中でも最大の力を持つ存在であり、力と知識において最も優れた資質を与えられていた上、他のヴァラールの資質をも幾らかずつ併せ持っていた。だがこの力を悪しき方向に使い、マンウェの王国(アルダ)を力で奪い取る事に費やし、アルダに回復不能な傷を負わせた。この反逆を持ってメルコールという名は奪い去られ、彼は最早ヴァラールの一員としては数えられない。
マイアールの中には彼の力に畏怖し、仕える者も現れた。彼はアルダの内と云わず外と云わず多くのマイアールを堕落させた。その中でも強大なものがサウロンであり、それよりも劣っているものがバルログたちであった[1]。
彼は『シルマリルの物語』における邪悪な者たちの首魁であり、尚且つ『ホビットの冒険』や、『指輪物語』にまでおけるアルダの諸悪の根源でもある。
名前
彼の本来の名前であるメルコールは、クウェンヤで「力にて立つ者」(He Who Arises In Might)の意である。このメルコールをシンダリンで表したものがベレグーア(Belegûr)になるが、シンダール・エルフ達にとって初めて会った時から敵であった彼に、この名前が用いられることは一度もなかった。故に彼らはベレグーアを捩ってベレグアス(Belegurth)と呼んだ。これは「大いなる死」(Great Death)を意味する。メルコールの名を奪い取られた後、モルゴスと呼ばれるようになったが、これはシンダリンで「黒き敵」(Black Foe)もしくは「暗黒の敵」(Dark Enemy)を意味する。この他にシンダリンで「圧制者」(the Constrainer)の意味を持つバウグリア(Bauglir)の名で呼ばれることもある。
なおモルゴスと名付けたフェアノールがシンダリンを知っている筈がないので(彼はシンダール・エルフと交流がない)、本来はクウェンヤで「黒き敵」と呼んだ筈である。原作者のトールキンは、モルゴスのクウェンヤ形について幾つかの案を出しており、モリンゴット(Moringotto, Moriñgotho)[2]、またはモリコット(Morikotto)になるだろうと記している[3]。しかし明確にどれが正解かは述べていない。
肩書
彼の最も代表的な肩書(タイトル)は「冥王」である。「冥王」(Dark Lord)という単語が世に初めて用いられたのは『指輪物語』のサウロンだったが、本来はモルゴスこそが初代の「冥王」に当たる。彼はアイヌアとしては極寒と灼熱を生じさせた者だったが、彼が悪事を成すにあたって最もよく用いたのが暗黒であった。本来は暗闇は生者にとって恐れる必要のないものであったが、彼はこの暗闇を全ての生ある者にとって甚だしい恐怖に満ちたものへと変えてしまった。故に彼は「冥王」と呼ばれるようになったのである。この他にエルフ達からは「大敵」(Great Enemy)や「暗黒の王」(Lord of the Darkness)などと呼ばれた。
彼自身が称したものとしては「世界の王」(King of the World)や、人間の英雄フーリンに対して名乗った「アルダの運命の主」(Master of the fates of Arda)、「長上王」(Elder King)がある。しかし「長上王」はマンウェの肩書であり、モルゴスの詐称に過ぎない。
『シルマリルの物語』には出てこないが、『中つ国の歴史』シリーズにのみ登場するものとしては、「北方の暗黒の力」(the Dark Power of the North)、「地獄の王」(Lord of Hell)、「虚言の王」(Lord of Lies)、「災禍の王」(Lord of Woe)、「地獄の民の君主」(Prince of the People of Hell)などがある。
能力
彼の力は全アイヌア中、最強と言ってよいものであった。原作者のトールキンは、メルコールの元来の性質はより遥かに強大なものとして造られたと、後の"フィンロドとアンドレス"の草稿にて書いている。彼はエル・イルーヴァタールを除けば最大の力を持つ者であり、他のヴァラールが皆一丸となって挑んでも、彼を制御することも縛鎖につける事も不可能であった[4]。全盛期のメルコールはただ睨みつけるだけで、マンウェの気力を挫くことすら可能だったという[5]。その目の光たるや熱を持って萎らせ、死の如き冷たさで刺し貫く炎のようであった。
彼のその絶大な力は、原初のアルダの形成期の時に最も発揮された。彼は自身の欲望や目的に沿うように捻じ曲げようとし、各所で盛んに火を燃やしたのである。そして若いアルダが炎で満ちると、そこを我が物にしようとした彼は、他のヴァラールがアルダを形造ろうとするのを妨害し始めた。彼らが陸地を造り上げると、メルコールが破壊し、彼らが谷を穿つとメルコールが埋め戻してしまった。山々を積み刻み上げると、メルコールがこれを崩した。海を作るため深く掘ったなら、メルコールが海水を周囲に溢れさせてしまった。かくの如くヴァラールが仕事を始めても必ず、それを元に戻すか損ねてしまったのである。このためアルダは当初ヴァラールが思い描いていたものとは異なるものに仕上がってしまった。これらの混乱が統御されるのは大分後の事となる。
しかしここで重要な事がある。彼の力は確かに膨大なものではあったが、エルとは異なり所詮は有限のものに過ぎないという点である。彼は無分別に力を空しく浪費したり、他者を堕落させたり配下に力を分け与えたり、邪悪な生き物を創ることなどによって、少しずつその力を減じていったのである。この事の詳細はメルコールの弱体化を参照されたい。
彼はその強大な力を用いて2つの山脈を隆起させた。中つ国の極北に造られた鉄山脈(エレド・エングリン)と、中つ国の南東部に造られた霧ふり山脈(ヒサイグリア)である。前者は彼の最初の大規模地下要塞であるウトゥムノの防壁として築かれ、後者は狩人神オロメが中つ国内部に分け入るのを妨げるために築かれた。また後者は、『ホビットの冒険』及び『指輪物語』にも登場し、トーリン達やフロド達一行が霧ふり山脈越えを敢行しようとしたことや、ドワーフがモリアの王国を山脈内に築いたことでも知られる。またアマンから帰還した直後に鉄山脈の南側に、第二の大規模地下要塞として造り直されるアングバンドを掘った時に出た大量の土砂と礫、それと地下溶鉱炉から出た大量の灰や鉱滓を積み上げた、サンゴロドリムの塔と呼ばれる連峰を築くことになる。彼の副官であったサウロンが精々山を破壊できる程度の力であるのと比べれば、最強のアイヌアである彼の力が如何程のものであったかがこの事からもわかるだろう。
彼は、山々の頂から山々の下なる深い溶鉱炉に至るまで、冷気と火を支配していた。そして彼が座している所には暗黒と影が周囲を取り巻いており、その暗闇は優れた眼を持つマンウェとその召使たちでさえも見通すことは出来なかったという。またイルーヴァタールから人間が贈り物として賜った"死"に、影を投げかけて暗黒の恐怖と混同させ、"死"を忌避すべきものとしてしまったのも彼の仕業であった。
メルコールは他のヴァラールの中でもアウレと最も似ていた。才能や考えること、新しい物を作り出す事でその技を賞賛される事を共に喜んだ。しかしアウレがエル・イルーヴァタールに忠実であり、他者を妬むことはなく、自らの制作物に執着する事がなかったのに対し、メルコールはアウレを妬み、羨望と所有欲に身を焼くようになっていった。結果彼は他者の作品を破壊するか、模造するか、醜く作り変えるかの何れかしかできなくなってしまった。そのメルコールが創りだしたのが、邪悪なオークやトロル、竜のような怪物たちである。エルフの古賢やエント達に言わせると、オークは捕らえたエルフを醜く捻じ曲げ変質させたものであり、トロルはエントの模造物であるという。しかしこれは彼らの間での通説であり、実際の所オークやトロルの成り立ちは不明なところが多い。ただ、モルゴスが深く関わっていることだけは確かである。
外見
メルコールが最初に目に見える形を取った時は、彼の心中に燃える悪意と鬱屈した気分のため、その形は暗く恐ろしかった。彼は他のヴァラールの誰よりも強大な力と威厳を見せてアルダに降り立った。だがその姿はさながら、頭を雲の上に出し、その身に氷を纏い、頭上に煙と火を王冠のように戴き、海を渡る山のようであったという。
弱体化した後に彼が取っていた姿は、ウトゥムノの圧制者としての丈高く見るだに恐ろしい暗黒の王の姿である。ウトゥムノが出来て以降、彼はアマンに囚われていた一時期を除き、ずっとこの姿を取っていた。 上のエルフの上級王フィンゴルフィンとの一騎討ちの際は、黒い鎧で身を包んでおり、頭には鉄の王冠を戴き、地下世界の大鉄槌グロンドと、紋章のない黒一色の巨大な盾をその手に携えていた。エルフ王の前ではモルゴスの姿はまるで塔のようであったという。
なおアマンで取っていた姿は詳細はなく、尤もらしい姿をしていたとくらいしか書かれていない。
メルコールの弱体化
トールキンはこのメルコールの弱体化というアイディアについて、二つのパターンを考えていた。その内の一つが出版された『シルマリルの物語』にもあるように、アルダを侵食するために、数多い下僕に悪意と力を注ぎ込んで繰り出すうちに、本来は並ぶ者のなかったメルコール自身の力は少しずつ損なわれ、弱まっていった、というものである。この結果諸力の戦い(諸神の戦い)でウトゥムノを攻略したマンウェは、要塞の最深部でメルコールと相見えたが、二人とも大いに驚愕したという。マンウェはメルコールの眼光で最早怯むことがなかったため、メルコール個人の力が衰えたことに気付いたためであり、逆にメルコールはそんなマンウェを見て、自身の力がマンウェよりも弱体化したことを見て取ったためであった[6]。そして彼はトゥルカスと組み打ち、投げ飛ばされ敗北を喫するのである。
もう一つの案は、メルコールがアルダそのものを支配するために、自己とアルダを同一化しようと試みた、というものである。これはサウロンと一つの指輪との関係に似ている。だがそれよりも遥かに広大で尚且つ危険な方法であった。つまりアルダ全てが(祝福された地アマンを除いて)メルコールの"要素"を含むこととなり、穢れてしまったからである。このためアマン以外の地で生まれ育つものは、大なり小なりメルコールの影響を受けてしまう事になった。しかしこの事と引き換えに、モルゴスは彼が持っていた膨大な力の殆どを失ってしまった。故に中つ国全てがいわば「モルゴスの指輪」となったのである。ただサウロンとモルゴスの指輪の違いは、サウロンの力は小さいが集約されているため指に嵌めることができ、彼は昔日にも増してその力を発揮できるが、モルゴスのそれは彼の膨大な力が中つ国遍くに散逸してしまっており、彼の直接的なコントロール下にはないという点である。そしてその膨大な力を差し引いて残った余り物―それが即ちモルゴス他ならないということは、彼の肉体に宿る霊が酷く萎びて零落してしまった事を意味した。しかしこのためにモルゴスを完全に滅ぼそうとするならば、アルダそのものを完全に分解しなければならないというジレンマが生じてしまった。ヴァラールがモルゴスとの全面的な戦いになかなか乗り出さなかったのはこのためである[7]。
どちらのアイディアが最終的なトールキンの意図、つまり正典となったのかは曖昧模糊としており(後期には後者の方に関しての考察が多いが)、出版された『シルマリルの物語』では前者の案を採用している。何れにせよ弱体化したモルゴスはこの結果、永遠に"受肉"してしまい、アイヌアなら誰でもできる、肉体を棄てて不可視の姿に戻ることさえできなくなったのである。トールキンの草稿によると、第一紀末のモルゴスの力は第二紀のサウロンよりも劣るものであったという[8]。
弱体化および受肉し、堕落してアイヌアとしての力を殆ど失ったモルゴスに残されたのは、巨人の如き体躯(ogre-size)と怪力(monstrous power)[9]と幾許かの魔力、あと元ヴァラとしての威光は久しく痕を留めたため、彼の面前では殆どの者が恐怖に落ち込むこととなった。とは言え、彼は受肉したことにより傷付くのを恐れ、自身が戦いに巻き込まれるのを可能な限り避けるようになり、専ら下僕たちや卑劣なカラクリを用いるようになっていった。宝玉戦争において、彼が自ら戦場に現れて武器を振るったのはただの1度だけであり、その殆どをアングバンドの深奥に引き篭もって過ごしたため、弱体化後のモルゴスの能力的な描写があるのは僅かなものでしかない。彼はサンゴロドリムから火と煙を吹き出させ、時には火焔流を流出させたり、炎を太矢のように遠く飛ばし堕ちた箇所を破壊したりすることが出来た[10]。フィンゴルフィンとの決闘の際には、大鉄槌グロンドを高々と振り上げ雷光の如く打ち下ろし、大地を劈いて大きな穴を開け、そこからは煙と火が発したという。また人間の英雄フーリンを魔力で金縛りにし、彼の家族たちに呪いをかけ、後に一家全員の運命を破滅に追い込んでいる。ただこれは文字通りモルゴスの呪いの魔力なのか、彼の下僕であるグラウルングを用いて結果的にそうなるように仕向けたのか、線引が難しいところがある。
実の所、メルコールの持っていたオリジナルの力が減じてゆき、弱体化してゆくというアイディアは、後期クウェンタ・シルマリルリオン(LATER QUENTA SILMARILLION、LQ)の『アマン年代記』にて初めて見られるもので[11]、初期クウェンタ・シルマリルリオン(EARLY QUENTA SILMARILLION、EQ)には見られないものであった。EQは中つ国の歴史』シリーズの5巻に当たり、LQは10巻から11巻に当たるが、LQで物語として改変・執筆されたのはトゥーリン・トゥランバールの死辺りまでで、それ以降の部分(ゴンドリンの陥落や怒りの戦いなど)はEQを用いざるを得なかったため、これは特別厄介な問題を引き起こした。即ち古い時代に書かれたEQと、より発展した構想のもとに書かれたLQの間では看過しがたい不調和が生じたということで、これはクリストファー氏も認めている[12]。この不調和には様々な設定の差異などがあるが、その一つとして『シルマリルの物語』の終盤部分は、メルコールの弱体化というアイディアが無い時代に書かれたものだということに留意する必要がある。
来歴
世界の創造前
世界が始まる前、最も力あるアイヌアとして誕生したメルコールは、不滅の炎を求めてしばしば独り虚空に入った。彼には、エル・イルーヴァタールが虚空のことを全く顧みないように思われたため、それに不満を抱き、彼を創造した者を見倣って、意志ある者達を創りだし虚空を満たしたいと考えるようになった。だがそれには神秘の火、不滅の炎が必要だったのであるが、彼はそれを見出すことは出来なかった。何故ならばその火はイルーヴァタールと共にあったからである。しかしこの単独行動が過ぎるあまり、彼は次第に同胞たちと異なる独自の考えを抱くようになっていった。
世界の創造
そして世界創造の歌、無数のアイヌアの聖歌隊による音楽、即ちアイヌリンダレが歌われた際、主題が進むに連れ、メルコールは心中に彼独自の、イルーヴァタールの主題にそぐわぬことを織り込もうという考えを起こした。メルコールは自分に割り当てられた声部の力と栄光を、さらに偉大なものにしたいという欲望が湧き起こったのである。そして世界創造前に抱いた考えの一部を彼の音楽に織り込んだのであった。すると彼の周囲には不協和音が生じ、他のアイヌアの旋律を乱し、中にはメルコールの音楽に調子を合わせるアイヌアも出始めた。こうして彼の不協和音はイルーヴァタールの主題とぶつかることとなった。するとイルーヴァタールは第二の主題を提示し新たな音楽が始まったが、またもメルコールの不協和音がこれと競い合い、最後には勝ちを制した。しかしイルーヴァタールが提示した第三の主題は全く相容れない二つの音楽が同時進行するような仕儀となり、最後にはイルーヴァタールの主題がメルコールと同調者達の不協和音さえも取り込んで一つの音楽として完成するようになっていた。そしてこの時イルーヴァタールはメルコールを叱責したが、彼は恥じ入ったものの考えを改めることなく、むしろ密かに心に怒りを懐いた。 イルーヴァタールがアイヌアの音楽の産物であるエア(Eä、アルダを含む世界全てを指す)を幻視させると、アイヌアの内最も力ある者の多くがアルダに心を奪われたが、その最たるものがメルコールであった。最も彼はアルダに赴いてイルーヴァタールの子らのために準備を整えるよりも、実の所アルダの支配者となりたかったのであるが。そして歌の主題が実在となって地球即ちアルダが誕生すると、彼が生じさせた極寒と灼熱を統御するという口実を己自身に信じこませて、アルダに降った多くのアイヌアの一人となった。そしてヴァラールがアルダを仕上げるのは自分たちの仕事であると気づき、その大事業にとりかかった時、メルコールはアルダを我が物にしようとし、他のヴァラにそう宣言した。兄弟であるマンウェに窘められて一旦は退いたものの、ヴァラールが目に見える諸力として肉体を纏い、美しく地上を歩く姿を見て嫉妬に燃え、自らも肉体を纏うと同胞たちに戦いを挑んだ。しばらくはメルコールが優勢だったが、トゥルカスが参戦するとアルダからの逃走を余儀なくされた。
灯火の時代
アルダの外なる暗闇に追いやられたメルコールは、トゥルカスを憎悪しつつ密かに機会を伺っていた。その間にヴァラールは世界に秩序をもたらし、ヤヴァンナの種子も蒔かれ、メルコールの火も鎮められるか、あるいは原初の山々の下に埋められた。そして世界には光が必要となったため、アウレが二つの巨大な灯火を造り、そしてヴァルダが灯火に明かりを点け、マンウェがこれを清めた。ヴァラールはこの灯火を南北にそれぞれ据え付けた。この灯火が据え付けられた柱は、後の世の如何なる山々も及ばないほどの高さであったという。その灯火の下ヤヴァンナの種子はたちまち芽吹き生い茂り、獣たちも現れ出た。そして中つ国にかつてあった大湖に浮かぶアルマレンの島に彼らの宮居を築き、宴を開き、「アルダの春」と呼ばれる平和な時代を謳歌し始め、如何なる禍も懸念せずにいた。しかしメルコールはこれらのことをすべて把握していた。何故ならば彼が堕落させた数多のマイアールがスパイとして働いていたからである。彼らの長はサウロンであった[13]。やがてトゥルカスが心地よい疲れから眠り込んでしまうと、機会到来と見たメルコールは堕落させた聖霊たちをエアの館から呼び出し、灯火も朧な中つ国の遥か北方に鉄山脈を築き、その山々の地の下深くに穴を掘り、大規模な地下要塞を造り始めた。これこそウトゥムノである。この地よりメルコールの禍と憎悪の瘴気が流れでて、「アルダの春」は台無しとなった。植物は病んで腐り、水は淀み腐敗し、獣達は角や牙ある怪物となり大地を血で染めた。ここに至りヴァラールもようやくメルコールが活動を再開したことを悟り、彼が潜んでいる場所を探し求めたが、メルコールは彼らが準備を整える前に奇襲を仕掛け、アルマレンを照らしていた二つの巨大な灯火を破壊してしまった。このときアルダがこうむった被害は甚大で、陸は砕け海は荒れ狂い、灯火は破壊の炎となって流れ出た。このためヴァラールが最初に構想した世界は決して実現しなくなってしまった。復讐を終えたメルコールは速やかにウトゥムノに撤退し、災害の鎮圧で手一杯のヴァラールには彼を追撃する余裕はなかった。かくして「アルダの春」は終わりを告げた。アルマレンの彼らの宮居は完全に破壊されたため、やむなくヴァラールは中つ国を去り、西方大陸アマンに移り住んだ[14]。そしてメルコールを警戒し、ペローリ山脈即ちアルダで最も高いアマンの山脈を防壁として築いた。とは言え神々は完全に中つ国を見捨てたわけではなく、ウルモの力はメルコールの暗黒の地にあっても絶えざる水の流れの形をとって配慮され、ヤヴァンナ、オロメの二者はアマンから遠く隔たった暗黒の地にも時折訪れた。前者はメルコールのもたらした傷を少しでも癒すため、後者はメルコールの怪物を狩るためであった。メルコールはそんなオロメを恐れ疎んじ、彼の侵入を妨げるため霧ふり山脈を隆起させた。そして鉄山脈の西方、北西の海岸から然程遠くない所にはヴァラールの攻撃に備えて城砦と武器庫を造った。これはアングバンドと名付けられ、副将サウロンをその守りに当たらせた。この暗黒の時代にメルコールによって変節させられた、邪悪なる者達や怪物たちが数多く育ち跋扈するようになり、以後久しく世を悩ますこととなる。そして彼の暗黒の王国は絶えず中つ国の南方へと拡大していった。
二本の木の時代から第一紀
ヴァラールが新たにアマンに築いた国ヴァリノールには彼らの都ヴァルマールが築かれた。そしてこの都の正門の前に緑の築山があり、ヤヴァンナはこれを清めるとその地で力の歌を歌った。この歌により生まれいでたのが世に名高い二つの木である。至福の地アマンはこの木によって美しく照らされたが、その光は中つ国にまでは届かなかった。未だ中つ国はウトゥムノにいるメルコールの暗闇の下にあった。そこでヴァラールは会議を行い、やがて目覚めるであろうイルーヴァタールの子らのために、中つ国をこのままにしておいてよいものか、と意見を出し合った。しかしマンドスの最初に生まれる者達は暗闇の中に目覚め、まず星々を仰ぎ見るという宿命があり、さらに大いなる光(太陽のこと)が現れる時彼らは衰微するのだという発言から、ヴァルダはアルダに降りきたってから今までになかった大事業に取り掛かった。二つの木から零れ落ちる露を受け溜める、ヴァルダの泉からテルペリオンの銀の雫を掬い取り、それを元に幾つもの新しい星々を天に輝かせ、そしてメルコールへの挑戦として滅びの印である<ヴァラールの鎌>すなわちヴァラキアカと呼ばれる7つの強力な星々(要は北斗七星のこと)を天に嵌め込んだ。この難事業を長いことかけてヴァルダがやり遂げた時、エルフはついにクイヴィエーネンの湖の畔にて目覚めたと言われる。警戒に抜かりのないメルコールは早速彼らに気づき、エルフを惑わそうとし、黒い狩人の姿をした召使たちを送り込み、これらはエルフを捕らえては貪り食った。このため、狩りに出かけたオロメは偶然彼らと邂逅し彼らをエルダール(星の民)と名付けて、親愛の情から近づいたのだがエルフたちの多くは彼を恐れて逃げ出すか、隠れるかして行方知れずとなった。しかし勇気あるエルフは踏み止まりオロメが暗黒の下僕などではないことを見て取った。そしてエルフたちはみな彼の方に引き寄せられていったのである。しかしメルコールの罠に落ち込んだ不運な者達は、確かなことは殆ど知られていないものの、彼の魔力で捻じ曲げられオークと化したのだと、後の賢者たちの間では信じられている。オロメからこのエルフの目覚めはヴァリノールにも伝えられ、ヴァラール達は大いに喜んだ。しかしメルコールの所業を聞くと迷いの気持ちも起きた。そこで彼らはメルコールからエルフ達を守るためにはどうすればいいのか、長い時間をかけて話し合った。そしてマンウェはイルーヴァタールの助言を仰ぐと、ヴァラールを召集し、如何なる犠牲を払おうともメルコールに対して戦を仕掛け、エルフたちをかの影から救い出すべきだと宣言した。これを聞きトゥルカスは喜んだが、アウレはその戦いで被る世界の傷を思って心を傷めた。そしてヴァラールは軍備を整え軍勢を率いてアマンから出撃した。メルコールはアングバンドでまずヴァラールの攻撃を迎えたが、これに抗し得ず陥落した。メルコールの召使いたちはヴァラール軍に追われてウトゥムノに遁走した。次いでウトゥムノの攻城戦にかかったがこれは長く苦しいものであった。ウトゥムノは地の底深く掘られ、穴という穴はメルコールの火と夥しい召使いたちで満たされていたからである。しかし遂にウトゥムノは破られ、要塞の屋根は引き剥がされ、地下坑は皆むき出しとなり、要塞最深部での激しい戦いの末、メルコールはトゥルカスに組み伏せられ、アウレの造った鎖アンガイノールによって縛り上げられた。こうして世界はしばしの間、平和を得ることになる。
ヴァリノールに連行されたメルコールはマンドスの砦に投獄され、三期のあいだ幽閉された。その後再びヴァラールの前に引き出されたかれは、へりくだって改心したふりをして見せた。そして実際に人々を助けて回ることで周囲を油断させつつ、ノルドール族に目をつけてかれらの間に不和の種をばら撒いていった。メルコールが何より欲したのは、フェアノールが作り出した宝玉シルマリルである。ノルドールの叛意を焚きつけるまではかれの目論見どおりになったが、フェアノールに悪意を見抜かれたメルコールは、いったんはアマンから行方をくらませた。
首尾よく追っ手をまいたメルコールは、大蜘蛛ウンゴリアントをつれてアマンを急襲した。ウンゴリアントの放つ闇でヴァリノールの国は大混乱に陥り、二つの木は枯れ果ててしまった。その隙にメルコールはフェアノールの父フィンウェを殺害してシルマリルを奪い、氷の海峡ヘルカラクセを渡って中つ国へ逃亡した。しかし力を与えすぎたウンゴリアントを制御できず、宝玉はおろか自分自身さえ喰われそうになり、大地を揺るがす絶叫を上げた。アングバンドから駆けつけたバルログがウンゴリアントを追い払い、一命を取り留めたメルコールはシルマリルを鉄の王冠にはめ込むと、世界の王を称して中つ国に君臨した。これより彼は、モルゴス、黒き敵などと呼ばれるようになる。
太陽の第一紀
中つ国北西部ベレリアンドをめぐって、モルゴスは何度もエルフたちに戦いを仕掛けた。まず、アマンには渡らなかったシンダール族を襲い、撃退はされたものの大きな損害を与えた。次にノルドールがかれを追って中つ国までやってきたのを知ると、ただちに軍勢を差し向けた。これが「星々の下の合戦」ダゴール・ヌイン・ギリアスである。このときのオーク勢はほぼ全滅したが、深追いしてきたフェアノールがバルログの首領ゴスモグに討ち取られたことでモルゴスは喜んだ。 その一方で、モルゴスは銀の木の最後の花である月を手に入れようと影の精を出撃させるが、此方は月の守護の任に就いていたオロメ配下のマイアール・ティリオンによって返り討ちにあって完全な失敗に終わっている。
アングバンドの包囲
やがてノルドールがベレリアンドの各地に国を築くに至って、モルゴスはまたも攻撃を仕掛けた。しかしオーク兵は1人残らず滅ぼされ、以後アングバンドは400年にわたって包囲された。この間、フィンゴルフィンへの奇襲が失敗したり、新しい怪物「竜」のグラウルングが未成熟のまま這い出して撃退されたりと、モルゴスの計画は思うように進まなかった。かれはシンダールや新たに目覚めた人間に悪意ある噂を流しつつ、時節を待って力を蓄えた。
ダゴール・ブラゴルラハ
そして、ついに包囲を破ったモルゴスは「俄かに焔流るる合戦」ダゴール・ブラゴルラハを仕掛け、ノルドールとかれらに味方する人間を散々に打ちのめした。だが怒りに燃えるフィンゴルフィンがアングバンドの門前に現れて一騎討ちを申し込んだため、配下の手前モルゴス自身も姿を現さざるを得なくなった。かれは黒い鎧をまとい、鉄槌グロンドと黒い盾を構えて決闘に臨んだ。フィンゴルフィンはモルゴスに7度斬りつけ、ついに力尽きて地面にたおれはしたが、最期の力で敵の左足に深手を負わせた。モルゴスはエルフ王の亡骸を狼に与えようとしたが、鷲の王ソロンドールが飛来して顔を鉤爪で引っかき、フィンゴルフィンの遺体を運び去った。戦争におけるモルゴスの勝利は大きかったが、かれ自身が負った傷はこの後も癒えることはなかった。
シルマリルの奪還
モルゴスはなおもエルフや人間の諸国に攻勢をかけるのをやめなかった。その一方で守りをかためることも欠かさず、アングバンドには最強の魔狼カルハロスを控えさせていた。ところがかれの思っても見なかったことに、エルフの姫君ルーシエンと人間の勇士ベレンが玉座にまで侵入してきた。モルゴスはルーシエンの美しさに眼を奪われているうち、かの女の歌声の心地よさに眠り込んでしまい、ベレンによって冠からシルマリルの1つを奪い返されてしまった。目覚めたモルゴスはカルハロスを追っ手に差し向けたが、狼が戻ってくることはなかった。
ニアナイス・アルノイディアド
モルゴスといえど無敵ではないことを聞き知ったマイズロスは勢いづき、一大連合を形成してアングバンドを攻めた。モルゴス軍は一時追い詰められたが後に盛り返し、東夷の裏切りによって勝利を決定的なものにした。この戦いを称して「涙尽きざる合戦」ニアナイス・アルノイディアドという。ほとんど何もかもがモルゴスの意図したとおりに運んだが、かれがアマンにいたときから警戒していたトゥアゴンを捕らえることだけはできなかった。そこでモルゴスは、トゥアゴンと親しい人間の戦士フーリンを捕縛して28年の間拘禁し、その後慈悲を装って解放した。トゥアゴンに呼びかけるフーリンの行動によって隠れ王国ゴンドリンの所在をつかんだモルゴスは、ついにこの残り少ないエルフの拠点を陥落させた。しかしこのとき、トゥアゴン王の孫に当たるエアレンディルは無事に落ち延びていたのである。
怒りの戦い
成長したエアレンディルとその妻エルウィングは、大海を渡ってアマンにたどり着き、ヴァラールに中つ国の窮状を訴えて救いを求めた。こうしてヴァリノールからかつてない規模の軍勢が出撃し、西方からの干渉はもはやないと高をくくっていたモルゴスに決戦を挑んだ。モルゴスは全兵力で迎え撃ち、最終兵器の空飛ぶ竜まで投入したがついに破れた。再びアンガイノールの鎖で縛られたかれは、夜の扉の向こうの虚空に放逐され、エアレンディルによって見張りを受け続けることになった。
こうしてモルゴスはもはやアルダに手を出すことはできなくなったが、かれがエルフや人間の心に撒いた悪の種は決して消えることはなかった。
やがて起こるアルダ最後の戦い、ダゴール・ダゴラスにおいて虚空より帰還し、ヴァラールらとの戦いでマンドスの館から戻ったトゥーリンに心臓を貫かれ滅びるといわれている。
脚注
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 410頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 194および294頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Patrick H. Wynne 『Vinyar Tengwar, Number 49』 2007年 Elvish Linguistic Fellowship 24-25頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 390頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 391頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 391頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 398から403頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 394頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 403頁
- ^ これはサウロンとオロドルインの関係に非常に似ている。というよりもむしろ、モルゴスとサンゴロドリムの関係が元になっていると言った方が正確かもしれない。
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 393頁
- ^ J.R.R.トールキン 『新版 シルマリルの物語』 評論社 2003年 8頁
- ^ J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 52頁
- ^ アルダ初期において、メルコールのみでヴァラールを退却せしめ、中つ国の外へと追い出したことは注目に値する、とトールキンは記している。 J.R.R. Tolkien, Christopher Tolkien 『The History of Middle Earth, vol.10 Morgoth's Ring』1993年 Harper Collins, 390頁