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== 発言 ==
== 発言 ==
*[[2013年]][[5月7日]]、[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の[[川口順子]]参院環境委員長が[[野党]]による延期申請却下のた[[国会]]の許可なく中国訪問期間を延委員会が中止になった。これについて自身のブログで「普通、[[審議拒否]]というのは野党がとる戦術。与党というのは、国民のために提出された法案が早期に成立されることをめざし、常に正常にかつ円滑に国会審議が行われるように最大限の努力を払うのが課せられた責務。その与党が自ら審議拒否をするなんていうのは、まさに前代未聞です。<ref>[http://blog.goo.ne.jp/i484jp/e/efd902a454d625f5efcf46d26318e235 えっ、与党が審議拒否??? ] 石橋みちひろのブログ 2013年5月7日</ref>」と発言し与党を批判した。
*[[2013年]][[5月7日]]、中国を訪問中の[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の[[川口順子]]参院環境委員長が要人との会談が実現したとして帰国延期を要請した。[[野党]]の反対で認られなかったが川口は[[国会]]の許可なく滞在1日し委員会が中止になった。野党7党が川口の委員長解任決議案を提出したことを受け、与党自民・公明両党は翌8日の参議院予算委員会を欠席し[[審議拒否]]した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130508/plc13050812010013-n1.htm 参院予算委、異例の与党欠席、閣僚と野党のみ審議 川口氏解任問題収拾せず]2013年5月8日 MSN産経ニュース</ref><ref>[http://www.news24.jp/articles/2013/05/08/04228201.html 川口氏解任決議案 9日の参院本会議で採決]2013年5月8日 日テレNEWS24</ref>。これについて石橋は自身のブログで「普通、審議拒否というのは野党がとる戦術。与党というのは、国民のために提出された法案が早期に成立されることをめざし、常に正常にかつ円滑に国会審議が行われるように最大限の努力を払うのが課せられた責務。その与党が自ら審議拒否をするなんていうのは、まさに前代未聞です。<ref>[http://blog.goo.ne.jp/i484jp/e/efd902a454d625f5efcf46d26318e235 えっ、与党が審議拒否??? ] 石橋みちひろのブログ 2013年5月7日</ref>」と発言し与党を批判した。


== 脚注 ==
== 脚注 ==

2013年9月10日 (火) 03:03時点における版

日本の旗参議院議員 石橋 通宏
生年月日 (1965-07-01) 1965年7月1日(59歳)
出身地 島根県安来市
出身校 中央大学法学部
学位・資格 政治学修士
前職 情報労連中央本部特別執行委員
世襲 2世
父・石橋大吉(元衆議院議員)
選出選挙区 比例区
当選回数 1回
所属党派 民主党
ウェブサイト 石橋みちひろOfficial website
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石橋 通宏(いしばし みちひろ、1965年7月1日 - )は、日本労働運動家政治家民主党所属の参議院議員(1期)。父は元衆議院議員の石橋大吉

略歴

島根県安来市生まれ。幼少期を東京都武蔵野市で過ごす。中央大学法学部法律学科卒業後、アラバマ大学大学院に留学。卒業後、帰国し全電通中央本部に入職。

1994年国際自由労連・アジア太平洋地域事務所へ出向。情報局長、青年部長を歴任。1998年に帰国し全電通中央本部。2001年国際労働機関へ出向。イタリアフィリピンで勤務。教育プログラムの策定や労働者技術協力活動等を行う。2009年に退官し、帰国。NTT労組特別中央執行委員及び情報労連中央本部特別執行委員に就任。

同年、不出馬が決まった内藤正光に代わる情報労連の組織内候補に選出。

2010年7月11日に行われた第22回参議院議員通常選挙民主党公認で比例区から出馬し、初当選。

政策

発言

  • 2013年5月7日、中国を訪問中の自由民主党川口順子参院環境委員長が要人との会談が実現したとして帰国延期を要請した。野党の反対で認められなかったが川口は国会の許可なく滞在を1日延長し委員会が中止になった。野党7党が川口の委員長解任決議案を提出したことを受け、与党自民・公明両党は翌8日の参議院予算委員会を欠席し審議拒否した[1][2]。これについて石橋は自身のブログで「普通、審議拒否というのは野党がとる戦術。与党というのは、国民のために提出された法案が早期に成立されることをめざし、常に正常にかつ円滑に国会審議が行われるように最大限の努力を払うのが課せられた責務。その与党が自ら審議拒否をするなんていうのは、まさに前代未聞です。[3]」と発言し与党を批判した。

脚注

外部リンク

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