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'''地産'''(ちさん、株式会社地産)は、かつて存在した日本の不動産会社である。
'''地産'''(ちさん、株式会社地産)は、かつて存在した日本の不動産会社である。


東京・渋谷(渋谷区[[神宮前 (渋谷区)|神宮前]])を拠点に[[ビジネスホテル]]チェーンや[[ゴルフ場]]の運営など行っていたが、{{jdate|2002}}に[[倒産]]した。
東京・渋谷(渋谷区[[神宮前 (渋谷区)|神宮前]])を拠点に[[ビジネスホテル]]チェーンや[[ゴルフ場]]の運営など多角的に事業を行っていたが、{{jdate|2002}}に[[倒産]]した。倒産後の地産はアメリカの投資会社・[[ローンスター]]のもとで事業が分割され、かつての地産は現在、パチンコ機器メーカー・[[平和 (パチンコ)|平和]]傘下の資産管理会社「[[PGMホールディングス|PGMプロパティーズ]]」となっている


==概要==
==概要==

2012年1月31日 (火) 09:53時点における版

地産(ちさん、株式会社地産)は、かつて存在した日本の不動産会社である。

東京・渋谷(渋谷区神宮前)を拠点にビジネスホテルチェーンやゴルフ場の運営など多角的に事業を行っていたが、2002年平成14年)に倒産した。倒産後の地産はアメリカの投資会社・ローンスターのもとで事業が分割され、かつての地産は現在、パチンコ機器メーカー・平和傘下の資産管理会社「PGMプロパティーズ」となっている。

概要

地産の創業は1951年(昭和26年)で、実業家・竹井博友が設立した不動産会社 「竹井産業」が始まりである。竹井産業は1965年(昭和40年)、商号を「地産」に改めた。地産は同年、渋谷区神宮前6丁目の明治通り沿いに本社ビルを新築、本社をそれまでの青山から移転した[1]

地産は、『アルコート』のブランドでマンションを分譲したほか、全国チェーンのビジネスホテルチサンホテル」や、ゴルフ場 「チサンカントリークラブ」などを展開した。、「アルコート」ブランドのマンション分譲を行い、中堅不動産会社に育成した。地産グループは拡大方針を採り、地産トーカン・平田紡績などいくつもの企業買収等を繰り返し膨張を続けたが、その殆どは株の買い占めであった。地産トーカン

1976年昭和51年)には東洋観光を買収して傘下に収め、「地産トーカン」と改称した。地産トーカンは、岩手県のスキー場「岩手高原スキー場」などを経営していた。1986年昭和61年)には、平田紡績を買収した。

バブル期には、ファミリー企業のミヒロファイナンスと木鶏の2社で株投機を盛んに行い、光進グループをはじめとした仕手グループの有力な資金源となっていた。

1991年(平成3年)6月、経営者であった竹井博友が、光進事件における国際航業株の売買で得た55億円の利益を隠して、東京地検特捜部に33億円の所得税法違反(=脱税)容疑で逮捕され、翌年に実刑判決を受けて収監されるという事態になった。

また、住専の地銀生保住宅ローンの大口貸出先でもあり、多額の不良債権を生じさせた。その後、信用の失墜した地産はバブル崩壊もあり、2002年(平成14年)8月に東京地裁に会社更生法の適用を申請して事実上倒産した。

倒産後

地産の倒産後、アメリカの投資ファンドローンスターが地産の支援企業となった。ローンスターは地産が保有していた事業のうち、ホテル事業とゴルフ場事業を分割、前者については元々チサンホテルの統括企業のひとつであったユニゾンホテルアンドリゾーツ社を買収してその傘下に買収ホテルを集約、後者については2003年平成15年)にパシフィックゴルフグループ社を設立して資産管理を行った。

地産の創業社長で地産グループの総帥であった竹井博友は、地産倒産後の2003年平成15年)7月に死去している。また、渋谷区神宮前6丁目の明治通り沿いにあった地産の本社ビルは解体されたが、跡地には香港不動産投資会社・ヴェロックスによる商業ビルが2006年平成18年)に完成[2]、現在はアウディの旗艦店「アウディフォーラム東京」などが入居している。

ホテル事業

パシフィックゴルフグループインターナショナルホールディングス社は2004年平成16年)、「ソラーレ ホテルズ アンド リゾーツ」と改称した。現在もローンスターの傘下企業として日本国内で70余りのホテルを運営・管理しており、『チサンホテル』の名称もブランドとして引き続き使用している[3]

ゴルフ事業

パシフィックゴルフグループは資産管理を目的とした子会社、パシフィックゴルフプロパティーズ(PGP)社を2004年平成16年)2月に設立した。PGP社は設立翌月、資産管理を目的に存続していた株式会社地産などを子会社化している。

同年12月になると、ゴルフ場事業を統括する持株会社としてパシフィックゴルフグループインターナショナルホールディングス(PGIH)社が設立された。PGIH社は2010年平成22年)7月に、PGMホールディングスと改称とした。

2011年平成23年)12月、PGMホールディングスに対してTOBを実施したパチンコ機器メーカー・平和がPGMホールディングスの買収に成功、ローンスターに代わる新たな所有者となった[4]。かつての株式会社地産の登記上の存続会社は、PGMホールディングス傘下の試算管理会社 「PGMプロパティーズ」となっている。

脚注

  1. ^ 神宮前六丁目 『原宿 1995』 コム・プロジェクト 穏田表参道商店会1994年12月25日発行 p70
  2. ^ http://kstyle.s57.xrea.com/2006/01/post_340.php
  3. ^ 会社概要 平成23年12月現在 ソラーレホテルズアンドリゾーツのウェブサイト、平成24年1月31日閲覧
  4. ^ 親会社、親会社以外の支配株主及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ PGMホールディングス株式会社・平成23年11月29日

関連項目

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