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1969年の大洋ホエールズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1969年の大洋ホエールズ
成績
セントラル・リーグ3位
61勝61敗8分 勝率.500[1]
本拠地
都市 神奈川県川崎市
球場 川崎球場
球団組織
オーナー 中部謙吉
経営母体 大洋漁業
監督 別当薫
« 1968
1970 »

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1969年の大洋ホエールズでは、1969年の大洋ホエールズの動向をまとめる。

この年の大洋ホエールズは、別当薫監督の2年目のシーズンである。

概要

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チームは5月に巨人と同率ながら阪神に次ぐ2位とまずまずの滑り出しだったが、巨人が独走した6月以降はゲーム差が開き、7月以降は中日アトムズと3位争いを展開。9月終了時点で2位の阪神に0.5ゲーム差と接近するが、終盤は一進一退の試合が続いて波に乗れず巨人の5連覇を許した。それでもシーズン勝ち越しは果たせなかったが、三原脩監督時代の1964年以来5年ぶりのAクラスとなった。チームは優勝の巨人に11勝13敗2分と健闘し、2位阪神には14勝12敗と勝ち越したものの、5位のアトムズには9勝16敗1分と相性が悪く5割越えはならなかった。投手陣では3年目の平松政次山下律夫が2ケタ勝利をあげ、高橋重行森中千香良などもローテーションを守ってチーム防御率リーグ3位の3.19を記録した。打撃陣では4番の松原誠が奮闘し、近藤和彦江尻亮などもそれなりの成績を残してチーム本塁打125本はリーグ4位と健闘した。後年、プロ野球史上初となる12球団勝利を達成した野村収がこの年のドラフト1位入団だったが、シーズン終盤の1試合登板にとどまった。

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 近藤昭仁
2 近藤和彦
3 林健造[注 1]
4 松原誠
5 江尻亮
6 重松省三
7 伊藤勲
8 松岡功祐
9 平岡一郎
1969年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島 --- 阪神 --- 巨人 --- 巨人 --- 巨人 --- 巨人 --- 巨人 ---
2位 阪神 1.0 巨人 1.0 阪神 3.0 阪神 4.5 阪神 4.0 阪神 9.0 阪神 6.5
3位 巨人 1.0 大洋 中日 3.5 中日 7.0 大洋 7.5 大洋 9.5 大洋 11.0
4位 大洋 1.5 広島 3.0 大洋 6.0 大洋 7.5 アトムズ 8.0 中日 11.0 中日 14.0
5位 アトムズ 中日 4.0 広島 7.5 アトムズ 10.0 中日 12.5 アトムズ 14.5 アトムズ 16.5
6位 中日 4.0 アトムズ 6.0 アトムズ 10.0 広島 10.0 広島 13.0 広島 18.0 広島 18.0


1969年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
1位 読売ジャイアンツ 73 51 6 .589 優勝
2位 阪神タイガース 68 59 6 .535 6.5
3位 大洋ホエールズ 61 61 7 .500 11.0
4位 中日ドラゴンズ 59 65 6 .476 14.0
5位 アトムズ 58 69 3 .457 16.5
6位 広島東洋カープ 56 70 4 .444 18.0

[1]

オールスターゲーム

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ファン投票 選出なし
監督推薦 平松政次 伊藤勲 松原誠

できごと

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選手・スタッフ

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表彰選手

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リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし

脚注

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注釈

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  1. ^ 偵察メンバーの柴田信夫と交代。

出典

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