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身長175cm、血液型B型<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref>。愛称は露さん<ref>[[石原裕次郎]]等、最も多い</ref><ref>高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166ページ</ref>、露口ちゃん<ref>『映画秘宝』2016年9月号 Hiho Vip interview 池広一夫 75</ref>。 |
身長175cm、血液型B型<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref>。愛称は露さん<ref>[[石原裕次郎]]等、最も多い</ref><ref>高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166ページ</ref>、露口ちゃん<ref>『映画秘宝』2016年9月号 Hiho Vip interview 池広一夫 75</ref>。 |
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[[東京府]](現在の[[東京都]])で生まれるが、[[太平洋戦争]]の影響で両親の故郷である[[愛媛県]][[松山市]]に疎開し、同所で育つ<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref>。[[愛媛県立松山東高等学校]]卒業<ref name="日本映画人名事典>日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。一学年下には俳優[[伊丹十三]]、作家[[大江健三郎]]。高校時代はバスケットボール部で国体代表候補になる程の腕前であった<ref>太陽にほえろ!10周年記念号</ref>。[[愛媛大学]][[文理学部]]人文学科甲(文学課程英語・英文学専攻)に通いながら<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref>、[[NHK松山]]の劇団員(主に[[ラジオドラマ]](オーディオドラマ)として活動した。 |
[[東京府]](現在の[[東京都]])で生まれるが、[[太平洋戦争]]の影響で両親の故郷である[[愛媛県]][[松山市]]に疎開し、同所で育つ<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref>。[[愛媛県立松山東高等学校]]卒業<ref name="日本映画人名事典">日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。一学年下には俳優[[伊丹十三]]、作家[[大江健三郎]]。高校時代はバスケットボール部で国体代表候補になる程の腕前であった<ref>太陽にほえろ!10周年記念号</ref>。[[愛媛大学]][[文理学部]]人文学科甲(文学課程英語・英文学専攻)に通いながら<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref>、[[NHK松山]]の劇団員(主に[[ラジオドラマ]](オーディオドラマ)として活動した。 |
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=== 俳優座研究所時代 === |
=== 俳優座研究所時代 === |
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先輩に誘われて愛媛大学を2年で中退し<ref name="グラフNHK680515">グラフNHK 昭和43年5月15日 私と役 露口茂 最終貢</ref>、[[1955年]]に[[劇団俳優座]]演劇研究所付属俳優養成所に第7期生として入所、同期の[[田中邦衛]]とポスター張りなどのアルバイトをする。<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref><ref>「婦人と暮し」1980.11月号 16-17 田中邦衛『照れ屋“青大将”はすばらしい人』</ref>[[田中邦衛]]は[[週刊文春]]2001年5月31日号の[[阿川佐和子]]との対談の中で、露口について、「露さんは俳優座養成所の女子生徒みんなに『露口さん、おリンゴ食べる?』なんて言われて、俺たちは『なぁ〜にが、おリンゴだよ』なんて言って(笑)」とエピソードを語っている。[[1957年]]にNHKの[[テレビドラマ]]でデビュー。[[1958年]]卒業公演での演技を称賛されたが、[[俳優座]]所属にはならず、「[[劇団新人会]]」に入団<ref name="日本映画人名事典>日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
先輩に誘われて愛媛大学を2年で中退し<ref name="グラフNHK680515">グラフNHK 昭和43年5月15日 私と役 露口茂 最終貢</ref>、[[1955年]]に[[劇団俳優座]]演劇研究所付属俳優養成所に第7期生として入所、同期の[[田中邦衛]]とポスター張りなどのアルバイトをする。<ref name="star7507">スタア([[マガジンハウス|平凡出版]])1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男 </ref><ref>「婦人と暮し」1980.11月号 16-17 田中邦衛『照れ屋“青大将”はすばらしい人』</ref>[[田中邦衛]]は[[週刊文春]]2001年5月31日号の[[阿川佐和子]]との対談の中で、露口について、「露さんは俳優座養成所の女子生徒みんなに『露口さん、おリンゴ食べる?』なんて言われて、俺たちは『なぁ〜にが、おリンゴだよ』なんて言って(笑)」とエピソードを語っている。[[1957年]]にNHKの[[テレビドラマ]]でデビュー。[[1958年]]卒業公演での演技を称賛されたが、[[俳優座]]所属にはならず、「[[劇団新人会]]」に入団<ref name="日本映画人名事典">日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
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=== 初期 === |
=== 初期 === |
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1959年 映画「[[逃亡者 (1959年の映画)|逃亡者]]、[[女子大学生 私は勝負する]]」で映画デビューを果たしたが、劇中の水着のシーンに問題があるとして、たった一日で上映が打ち切られた<ref>{{cite web|url=http://www.geocities.jp/iom1960hn/dousoukai/tokisankai/akuyaku-kawai.html |title= 悪代官 川合伸旺|accessdate=2017-07-01}}</ref>。その後、劇団新人会を退団して[[1960年]]に[[小沢昭一]]らと共に「[http://www.haishou.co.jp/profile.html 劇団俳優小劇場]」<ref>[[新人会]]※[[劇団新人会]]…1954年に結成された劇団。劇団仲間、劇団[[青年座]]、劇団三期会(現・東京演劇アンサンブル)と並ぶ俳優座スタジオ劇団の一つ。1954年に劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所二期生・三期生の卒業生が結成。1960年に[[小沢昭一]]ら[[劇団俳優小劇場]]に分裂。再建するが、1969年6月下旬に看板女優団員の[[渡辺美佐子]]をはじめ中堅・若手団員10人が突如一斉に退団した為、翌7月上旬に劇団新人会は解散。翌1970年3月に[[長山藍子]]、[[山本學]]、[[前田昌明]]ら“第二次「[[劇団新人会]]」”を結成。1994年に「劇団朋友」に変更。</ref>を旗揚げ、1962年には[[今村昌平]]作、演出、脚本の舞台「パラジ-神々と豚々」に[[北村和夫]]らと共に出演した<ref>今平犯科帳 今村昌平とは何者 松村友視 NHK出版 144ページ</ref>。[[1971年]]劇団俳優小劇場は解散。後に田村企画所属<ref>共に[[劇団俳優小劇場]]在籍して、[[木曽街道いそぎ旅]]共演の[[山口崇]]、[[太陽にほえろ!]]でボンを演じた[[宮内淳]]と同事務所 日本タレント名鑑1977</ref><ref>露口茂in太陽にほえろ!101</ref>となり、その後、露口茂事務所<ref>日本タレント名鑑1991年-1996年 つ欄</ref>を創立したが閉鎖<ref name="週刊女性2013514">『週刊女性』[[2013年]]5月14・21日合併号の企画「GW総力取材 '[[1980年代|80年代]]に輝いていたあの芸能人の今でしょ!!」47ページ</ref>。<!-- 最終学歴は国立の総合大学(VIPタイムズ社出版“日本タレント名鑑”による)。--> |
1959年 映画「[[逃亡者 (1959年の映画)|逃亡者]]、[[女子大学生 私は勝負する]]」で映画デビューを果たしたが、劇中の水着のシーンに問題があるとして、たった一日で上映が打ち切られた<ref>{{cite web|url=http://www.geocities.jp/iom1960hn/dousoukai/tokisankai/akuyaku-kawai.html |title= 悪代官 川合伸旺|accessdate=2017-07-01}}</ref>。その後、劇団新人会を退団して[[1960年]]に[[小沢昭一]]らと共に「[http://www.haishou.co.jp/profile.html 劇団俳優小劇場]」<ref>[[新人会]]※[[劇団新人会]]…1954年に結成された劇団。劇団仲間、劇団[[青年座]]、劇団三期会(現・東京演劇アンサンブル)と並ぶ俳優座スタジオ劇団の一つ。1954年に劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所二期生・三期生の卒業生が結成。1960年に[[小沢昭一]]ら[[劇団俳優小劇場]]に分裂。再建するが、1969年6月下旬に看板女優団員の[[渡辺美佐子]]をはじめ中堅・若手団員10人が突如一斉に退団した為、翌7月上旬に劇団新人会は解散。翌1970年3月に[[長山藍子]]、[[山本學]]、[[前田昌明]]ら“第二次「[[劇団新人会]]」”を結成。1994年に「劇団朋友」に変更。</ref>を旗揚げ、1962年には[[今村昌平]]作、演出、脚本の舞台「パラジ-神々と豚々」に[[北村和夫]]らと共に出演した<ref>今平犯科帳 今村昌平とは何者 松村友視 NHK出版 144ページ</ref>。[[1971年]]劇団俳優小劇場は解散。後に田村企画所属<ref>共に[[劇団俳優小劇場]]在籍して、[[木曽街道いそぎ旅]]共演の[[山口崇]]、[[太陽にほえろ!]]でボンを演じた[[宮内淳]]と同事務所 日本タレント名鑑1977</ref><ref>露口茂in太陽にほえろ!101</ref>となり、その後、露口茂事務所<ref>日本タレント名鑑1991年-1996年 つ欄</ref>を創立したが閉鎖<ref name="週刊女性2013514">『週刊女性』[[2013年]]5月14・21日合併号の企画「GW総力取材 '[[1980年代|80年代]]に輝いていたあの芸能人の今でしょ!!」47ページ</ref>。<!-- 最終学歴は国立の総合大学(VIPタイムズ社出版“日本タレント名鑑”による)。--> |
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[[舞台]]を中心に活動する一方、[[山田洋次]]監督の「[[霧の旗]]」、[[今村昌平]]監督作品、日活映画などやテレビドラマで、悪役、犯人役、好青年まで幅広く演じる、個性派の性格俳優として売れっ子になった<ref name="日本映画人名事典>日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
[[舞台]]を中心に活動する一方、[[山田洋次]]監督の「[[霧の旗]]」、[[今村昌平]]監督作品、日活映画などやテレビドラマで、悪役、犯人役、好青年まで幅広く演じる、個性派の性格俳優として売れっ子になった<ref name="日本映画人名事典">日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
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当初はテレビ番組の刑事、悪役、敵役、ゲストとしての役、単発作品の主役などが多かった。なお一部の文献に、「[[赤い殺意]]」がデビュー作とあるが、誤りである。 |
当初はテレビ番組の刑事、悪役、敵役、ゲストとしての役、単発作品の主役などが多かった。なお一部の文献に、「[[赤い殺意]]」がデビュー作とあるが、誤りである。 |
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1964年 [[今村昌平]]監督「[[赤い殺意]]」に出演、主演の[[春川ますみ]]演じる人妻を強姦し、やがて心臓病で死ぬアクの強い役を好演、一躍注目された<ref name="日本映画人名事典>日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
1964年 [[今村昌平]]監督「[[赤い殺意]]」に出演、主演の[[春川ますみ]]演じる人妻を強姦し、やがて心臓病で死ぬアクの強い役を好演、一躍注目された<ref name="日本映画人名事典">日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
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1966年 [[吉田喜重]]監督の「女のみづうみ」と[[成沢昌茂]]監督の「[[四畳半物語娼婦しの]]」の演技により、第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞を受賞した<ref name="日本映画人名事典>日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
1966年 [[吉田喜重]]監督の「女のみづうみ」と[[成沢昌茂]]監督の「[[四畳半物語娼婦しの]]」の演技により、第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞を受賞した<ref name="日本映画人名事典">日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
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1967年 [[今村昌平]]監督ドキュメンタリー映画「人間蒸発」に事件を追うレポーター役で出演、蒸発した男の行方を追う内容であり、蒸発した男の妻で出演者である一般人の女性と男の行方を追ったが、その女性が次第に露口に思いを寄せる様になるというハプニングが起こった<ref>本編でも露口が女性に、どうして自分を好きになったのか聞いている。</ref><ref>{{cite web|url=http://www.cinemanest.com/imamura/flabo1/zyouhatu_12.html |title=今村昌平 人間蒸発|accessdate=2017-06-17}}</ref>。 |
1967年 [[今村昌平]]監督ドキュメンタリー映画「人間蒸発」に事件を追うレポーター役で出演、蒸発した男の行方を追う内容であり、蒸発した男の妻で出演者である一般人の女性と男の行方を追ったが、その女性が次第に露口に思いを寄せる様になるというハプニングが起こった<ref>本編でも露口が女性に、どうして自分を好きになったのか聞いている。</ref><ref>{{cite web|url=http://www.cinemanest.com/imamura/flabo1/zyouhatu_12.html |title=今村昌平 人間蒸発|accessdate=2017-06-17}}</ref>。 |
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=== 太陽にほえろ!出演開始から卒業まで === |
=== 太陽にほえろ!出演開始から卒業まで === |
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1972年 7月には露口の代名詞ともなり1986年4月まで14年にも及び出演する事となる刑事ドラマ「[[太陽にほえろ!]]」に出演。山村精一(落としの山さん)を演じて、更に知名度を高めた。以降しばらく「太陽にほえろ!」のスケジュールの為約10年間映画から遠ざかり、テレビのみの活躍となった<ref name="日本映画人名事典>日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
1972年 7月には露口の代名詞ともなり1986年4月まで14年にも及び出演する事となる刑事ドラマ「[[太陽にほえろ!]]」に出演。山村精一(落としの山さん)を演じて、更に知名度を高めた。以降しばらく「太陽にほえろ!」のスケジュールの為約10年間映画から遠ざかり、テレビのみの活躍となった<ref name="日本映画人名事典">日本映画人名事典 下巻 190-191</ref>。 |
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1973年 大河ドラマ「[[国盗り物語 (NHK大河ドラマ)|国盗り物語]]」に出演。同ドラマの原作の一つとして取り入れられた[[梟の城]]の主人公であり、[[織田信長]]の命を狙う忍者・葛籠重蔵を演じた。この年「[[木曽街道いそぎ旅]]」にも[[山口崇]]とのダブル主演で出演、露口は、「三枚目で売り出したいと、事務所と話し合っていたときにこの役が来た。」と語り、演じる以上は最高に無口な、ニヒルな男を目指したという<ref>{{Cite web |date = 2012-5-04 |url =https://www.jidaigeki.com/forum/peri/kagyo/20120504_4864.html |title =木曽街道いそぎ旅 山口崇が密命を帯びた渡世人成りゆきの辰に、相棒の露口茂は最高に無口に男を目指す |work = ペリーのちょんまげ |publisher = 時代劇専門チャンネル |accessdate = 2017-7-22 }}</ref>。 |
1973年 大河ドラマ「[[国盗り物語 (NHK大河ドラマ)|国盗り物語]]」に出演。同ドラマの原作の一つとして取り入れられた[[梟の城]]の主人公であり、[[織田信長]]の命を狙う忍者・葛籠重蔵を演じた。この年「[[木曽街道いそぎ旅]]」にも[[山口崇]]とのダブル主演で出演、露口は、「三枚目で売り出したいと、事務所と話し合っていたときにこの役が来た。」と語り、演じる以上は最高に無口な、ニヒルな男を目指したという<ref>{{Cite web |date = 2012-5-04 |url =https://www.jidaigeki.com/forum/peri/kagyo/20120504_4864.html |title =木曽街道いそぎ旅 山口崇が密命を帯びた渡世人成りゆきの辰に、相棒の露口茂は最高に無口に男を目指す |work = ペリーのちょんまげ |publisher = 時代劇専門チャンネル |accessdate = 2017-7-22 }}</ref>。 |
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1984年 [[五社英雄]]監督「[[北の螢]]」出演に際し髪を延ばしていた為、太陽にほえろ!の劇中でも少し長髪になっている。 |
1984年 [[五社英雄]]監督「[[北の螢]]」出演に際し髪を延ばしていた為、太陽にほえろ!の劇中でも少し長髪になっている。 |
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1986年4月 長年出演した「[[太陽にほえろ!]]」をスペシャル放送の「さらば山村刑事」の回にて降板。同年4月10日放送のワイドショー番組「[[ルックルックこんにちは]]」のインタビューに答え、山さんが好きであった事、山さんを降りる寂しさ、そして山さんが重荷であった事を語った<ref name="太陽にほえろ!> 太陽にほえろ! 山さん殉職編映像特典</ref>。 |
1986年4月 長年出演した「[[太陽にほえろ!]]」をスペシャル放送の「さらば山村刑事」の回にて降板。同年4月10日放送のワイドショー番組「[[ルックルックこんにちは]]」のインタビューに答え、山さんが好きであった事、山さんを降りる寂しさ、そして山さんが重荷であった事を語った<ref name="太陽にほえろ!"> 太陽にほえろ! 山さん殉職編映像特典</ref>。 |
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最後のシーンの撮影には降板した[[渡辺徹 (俳優)|渡辺徹]]、[[地井武男]]も花を持って駆け付けた<ref name="太陽にほえろ!> 太陽にほえろ! 山さん殉職編映像特典</ref>。 |
最後のシーンの撮影には降板した[[渡辺徹 (俳優)|渡辺徹]]、[[地井武男]]も花を持って駆け付けた<ref name="太陽にほえろ!"> 太陽にほえろ! 山さん殉職編映像特典</ref>。 |
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=== 太陽にほえろ! 卒業後 === |
=== 太陽にほえろ! 卒業後 === |
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==太陽にほえろ!のエピソード == |
==太陽にほえろ!のエピソード == |
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*太陽にほえろ!で自身最後の出演となった「さらば山村刑事」の回では、「太陽にほえろ!」の最後のカットは通常ボス([[石原裕次郎]])のカットで番組が終わるが、自身の番組からの卒業でもあるので、どうしても自分のカットで終わって欲しい、と強くプロデューサーの梅浦、監督を務めた高瀬らに求めたが、ルールは変えられないと却下され<ref name="昭和千本のドラマたち> ^高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166-170ページ</ref>。しかし高瀬により、ビルからボスが見下ろした山さんのカットが差し込まれ、最後のシーンとなった<ref name="昭和千本のドラマたち> ^高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166-170ページ</ref>。高瀬は自身の演技にこだわる露口に強く心を引かれ、好きであったと、自身の著書に記した<ref name="昭和千本のドラマたち> ^高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166-170ページ</ref>。 |
*太陽にほえろ!で自身最後の出演となった「さらば山村刑事」の回では、「太陽にほえろ!」の最後のカットは通常ボス([[石原裕次郎]])のカットで番組が終わるが、自身の番組からの卒業でもあるので、どうしても自分のカットで終わって欲しい、と強くプロデューサーの梅浦、監督を務めた高瀬らに求めたが、ルールは変えられないと却下され<ref name="昭和千本のドラマたち"> ^高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166-170ページ</ref>。しかし高瀬により、ビルからボスが見下ろした山さんのカットが差し込まれ、最後のシーンとなった<ref name="昭和千本のドラマたち"> ^高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166-170ページ</ref>。高瀬は自身の演技にこだわる露口に強く心を引かれ、好きであったと、自身の著書に記した<ref name="昭和千本のドラマたち"> ^高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166-170ページ</ref>。 |
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*当初山村刑事は髪型も短髪でアウトローの刑事であったが、露口が「[[刑事コロンボ]]のキャラクターを山さんの中に取り入れた。」<ref>太陽にほえろ!10周年記念号</ref>と語っていた様に、次第に落としの山さんといういぶし銀のキャラクターとして変化していった。太陽にほえろ!で露口の主演もしくは主演と同等の扱いなのは87話分あり、[[竜雷太]]に次いで多い<ref>太陽にほえろ! 完結記念号 39-41</ref>。 |
*当初山村刑事は髪型も短髪でアウトローの刑事であったが、露口が「[[刑事コロンボ]]のキャラクターを山さんの中に取り入れた。」<ref>太陽にほえろ!10周年記念号</ref>と語っていた様に、次第に落としの山さんといういぶし銀のキャラクターとして変化していった。太陽にほえろ!で露口の主演もしくは主演と同等の扱いなのは87話分あり、[[竜雷太]]に次いで多い<ref>太陽にほえろ! 完結記念号 39-41</ref>。 |
2017年7月29日 (土) 00:27時点における版
つゆぐち しげる 露口 茂 | |
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本名 | 露口 茂 |
生年月日 | 1932年4月8日(92歳) |
出生地 | 日本東京府東京市 |
身長 | 175cm |
血液型 | B型 |
職業 | 俳優 |
ジャンル | 映画・テレビドラマ |
活動期間 | 1955年 - 1995年 |
配偶者 | あり |
主な作品 | |
テレビドラマ |
露口 茂(つゆぐち しげる、1932年(昭和7年)4月8日 - )は、東京府生まれ、愛媛県松山市育ちの俳優。現在は俳優業から引退状態にある[1]。
来歴
生い立ち
身長175cm、血液型B型[2]。愛称は露さん[3][4]、露口ちゃん[5]。 東京府(現在の東京都)で生まれるが、太平洋戦争の影響で両親の故郷である愛媛県松山市に疎開し、同所で育つ[2]。愛媛県立松山東高等学校卒業[6]。一学年下には俳優伊丹十三、作家大江健三郎。高校時代はバスケットボール部で国体代表候補になる程の腕前であった[7]。愛媛大学文理学部人文学科甲(文学課程英語・英文学専攻)に通いながら[2]、NHK松山の劇団員(主にラジオドラマ(オーディオドラマ)として活動した。
俳優座研究所時代
先輩に誘われて愛媛大学を2年で中退し[8]、1955年に劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所に第7期生として入所、同期の田中邦衛とポスター張りなどのアルバイトをする。[2][9]田中邦衛は週刊文春2001年5月31日号の阿川佐和子との対談の中で、露口について、「露さんは俳優座養成所の女子生徒みんなに『露口さん、おリンゴ食べる?』なんて言われて、俺たちは『なぁ〜にが、おリンゴだよ』なんて言って(笑)」とエピソードを語っている。1957年にNHKのテレビドラマでデビュー。1958年卒業公演での演技を称賛されたが、俳優座所属にはならず、「劇団新人会」に入団[6]。
初期
1959年 映画「逃亡者、女子大学生 私は勝負する」で映画デビューを果たしたが、劇中の水着のシーンに問題があるとして、たった一日で上映が打ち切られた[10]。その後、劇団新人会を退団して1960年に小沢昭一らと共に「劇団俳優小劇場」[11]を旗揚げ、1962年には今村昌平作、演出、脚本の舞台「パラジ-神々と豚々」に北村和夫らと共に出演した[12]。1971年劇団俳優小劇場は解散。後に田村企画所属[13][14]となり、その後、露口茂事務所[15]を創立したが閉鎖[1]。
舞台を中心に活動する一方、山田洋次監督の「霧の旗」、今村昌平監督作品、日活映画などやテレビドラマで、悪役、犯人役、好青年まで幅広く演じる、個性派の性格俳優として売れっ子になった[6]。 当初はテレビ番組の刑事、悪役、敵役、ゲストとしての役、単発作品の主役などが多かった。なお一部の文献に、「赤い殺意」がデビュー作とあるが、誤りである。 1964年 今村昌平監督「赤い殺意」に出演、主演の春川ますみ演じる人妻を強姦し、やがて心臓病で死ぬアクの強い役を好演、一躍注目された[6]。
1966年 吉田喜重監督の「女のみづうみ」と成沢昌茂監督の「四畳半物語娼婦しの」の演技により、第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞を受賞した[6]。
1967年 今村昌平監督ドキュメンタリー映画「人間蒸発」に事件を追うレポーター役で出演、蒸発した男の行方を追う内容であり、蒸発した男の妻で出演者である一般人の女性と男の行方を追ったが、その女性が次第に露口に思いを寄せる様になるというハプニングが起こった[16][17]。
1969年 TBS時代劇「水戸黄門」第一部 出演、東野英治郎演じる水戸黄門の命を狙う刺客、古川兵庫を演じた[18]。
太陽にほえろ!出演開始から卒業まで
1972年 7月には露口の代名詞ともなり1986年4月まで14年にも及び出演する事となる刑事ドラマ「太陽にほえろ!」に出演。山村精一(落としの山さん)を演じて、更に知名度を高めた。以降しばらく「太陽にほえろ!」のスケジュールの為約10年間映画から遠ざかり、テレビのみの活躍となった[6]。
1973年 大河ドラマ「国盗り物語」に出演。同ドラマの原作の一つとして取り入れられた梟の城の主人公であり、織田信長の命を狙う忍者・葛籠重蔵を演じた。この年「木曽街道いそぎ旅」にも山口崇とのダブル主演で出演、露口は、「三枚目で売り出したいと、事務所と話し合っていたときにこの役が来た。」と語り、演じる以上は最高に無口な、ニヒルな男を目指したという[19]。
1974年 必殺シリーズ「暗闇仕留人」の石屋の大吉役[20]のオファーを受けるが最終的には断った。当時多くの新聞、雑誌などには露口で決定と有り、露口版の設定は妻が居る設定であった[21][22]。 1975年には「影同心」への出演も予定されていたようで、昭和49年12月28日のスポーツニッポン等には、渡瀬恒彦、金子信雄、旧知の仲の山口崇、と並んで露口の名前がある。
1976年 大河ドラマ「風と雲と虹と」では最終回で主役の加藤剛演じる平将門を弓矢で射殺す重要な役、田原(俵)藤太を演じた[23]。なお、2016年の大河ドラマ「真田丸」で話題になった「黙れ小童!」というセリフは、「風と雲と虹と」の大ファンで、露口の大ファンであった脚本家の三谷幸喜が、「風と雲と虹と」の中での露口のセリフを転用したもので、露口へのリスペクトを込めたものであった[24]。
1980年 今村昌平監督「ええじゃないか」[25] で約10年ぶりとなる映画出演を果たし、キネマ旬報助演男優賞の候補者の一人にもなる[26]。向田邦子原作のNHKドラマ阿修羅のごとくPART2」で緒形拳の演じた里見鷹男の役を引き継いだ[27]。
1981年 TBSドラマ「父母の誤算」では自身初の連続ドラマでの主役を務めた[28]。
1983年 TBSドラマ「誰かが私を愛してる」に出演。週刊テレビ番組昭和58年1月21日号のインタビューで「ヤマさんとは違う初のシティロマンドラマに大変気持ちが乗っている」事、最初に話が来たのが前年の夏であったが、その後話が無く、企画が没になったかと思っていた頃、正式なオファーが来た事などを語った[29]。
1984年 五社英雄監督「北の螢」出演に際し髪を延ばしていた為、太陽にほえろ!の劇中でも少し長髪になっている。
1986年4月 長年出演した「太陽にほえろ!」をスペシャル放送の「さらば山村刑事」の回にて降板。同年4月10日放送のワイドショー番組「ルックルックこんにちは」のインタビューに答え、山さんが好きであった事、山さんを降りる寂しさ、そして山さんが重荷であった事を語った[30]。 最後のシーンの撮影には降板した渡辺徹、地井武男も花を持って駆け付けた[30]。
太陽にほえろ! 卒業後
太陽にほえろ!卒業以降はかなりの2時間ドラマの主演やスペシャルドラマなどに出演した、また久しぶりに舞台にも出演している。
1989年 フジテレビで放送された大地真央主演「女ねずみ小僧」に出演、現在までに、連続ドラマへの出演は最後という事になる。また番宣のため、フジテレビの「なるほどザワールド」に大地真央らと出演した。
1992年 露口主演の土曜ワイド劇場森村誠一・終着駅シリーズ第2作 「信濃大町発7時53分“あずさ8号”殺意のめぐり逢い ホテル逆密室の謎」出演 23%の高視聴率で、翌年再度放送された。
1994年 土曜ワイド劇場 森村誠一・終着駅シリーズ 第4作となる「蒼の十字架」に主演、現在までに俳優として、最後の主演作で出演作である。
1995年 ジブリ映画「耳をすませば」公開。バロンの声の吹き替えを務めた。これが俳優/声優として、現在まで最後の仕事である。以降は公の場に現れる事は無くなった。
1990年代中期以降は終着駅シリーズを降板したり、2001年の今村昌平監督の映画「赤い橋の下のぬるい水」で北村和夫の演じた役などのオファーを受けたが断るなど表舞台からは遠ざかる[1]。
1996年 太陽にほえろ!露口の主演作からセレクトされたレーザーディスク プロデューサーセレクション山村刑事BOXが販売された。
2001年『週刊文春』2001年5月3・10日GW特大号の企画「あの人は同級生」で『太陽にほえろ!』についてインタビューに応じており、石原裕次郎の成城の自宅やハワイの別荘に誘われたが、一度も行かなかった事を後悔している事、一度だけ飲みに行った事、石原のレコードを貰った事などを語った。
2009年『週刊文春』8月13・20日夏の特大号のインタビューでは、元気であることや、良いオファーがあればまた出演を考える旨などを述べ、俳優復帰を期待させた。
2013年 『週刊女性』2013年5月14・21日合併号の企画「GW総力取材 '80年代に輝いていたあの芸能人の今でしょ!!のインタビューでは、以前と変わらず、元気で普通の生活を送っているが、「役者として復帰は特に考えていません」と述べ、事実上俳優業から引退ととれる発言をした。また露口家に近い者の話として、オファーは多数有ったが、復帰をしてまで演じたい役が無かった事、今の時代に自分が演じたい役はないだろうと語っていた、とも記されてた[1]。
声優として
ラジオドラマや海外作品の吹き替え、劇場アニメーションなど、声優としての実績も豊富。コロンボの日本語版演出担当者によると当初 刑事コロンボの声の吹き替えは、[31]露口が第一候補とされていた。[32]NHK放映の「シャーロック・ホームズの冒険」ではシャーロック・ホームズ(ジェレミー・ブレット)役を吹き替え、当たり役となった。
またジブリ映画「耳をすませば」のバロンの声を務めた。COMIC BOX 1995年9月号のインタビューでは露口自身が「宮崎さんから依頼されたんですが、何しろアニメで、しかもネコの声をやるだけなんて初めてですし、こういうのはむしろ専門の方がいらっしゃるでしょうと、まずはお断りしたんですよ…宮崎さんと話しているうちにその魅力に引かれ、やはりこの宮崎さんとの貴重な出会いを大切にしたいなと思い、引き受けることにしました。」「なかなか自分で納得がいかないものですから、何度も自分からお願いして取り直させてもらったんです。何しろ猫である上に、全体のドラマの中でも核というか重要な役ですからね。台詞はほんの何行かですけどすごく重い。」と語っている。
太陽にほえろ!のエピソード
- 太陽にほえろ!で自身最後の出演となった「さらば山村刑事」の回では、「太陽にほえろ!」の最後のカットは通常ボス(石原裕次郎)のカットで番組が終わるが、自身の番組からの卒業でもあるので、どうしても自分のカットで終わって欲しい、と強くプロデューサーの梅浦、監督を務めた高瀬らに求めたが、ルールは変えられないと却下され[33]。しかし高瀬により、ビルからボスが見下ろした山さんのカットが差し込まれ、最後のシーンとなった[33]。高瀬は自身の演技にこだわる露口に強く心を引かれ、好きであったと、自身の著書に記した[33]。
- 当初山村刑事は髪型も短髪でアウトローの刑事であったが、露口が「刑事コロンボのキャラクターを山さんの中に取り入れた。」[34]と語っていた様に、次第に落としの山さんといういぶし銀のキャラクターとして変化していった。太陽にほえろ!で露口の主演もしくは主演と同等の扱いなのは87話分あり、竜雷太に次いで多い[35]。
- 勝野洋はインタビューで露口の芝居の間の取り方が上手いので、間の取り方を真似ていたと語っている[36]。またストイックに役に臨む露口を見て、俳優とはこういうものなのか、と思ったとも語っている。また木之元亮も同様に語っている[37]。
- 1984年には太陽を楽しみながらマイペースでやっているが、同時に番組に対しても、俳優としても様々な葛藤があることも語り[38]、1985年渡辺徹が演じるラガー刑事が降板の際、渡辺に、そろそろ自分も降板したいと語っていた[39]。
- 番組のプロデューサー岡田晋吉氏は、露口の文五捕物絵図での芝居に感動し、太陽にほえろ!の企画に際して、真っ先に露口と出演交渉をし、人物設定を決めたと語っている[40]。自身初の写真集である「露口茂IN太陽にほえろ!」の出版にあたって、露口が完全主義者であり、相当のこだわりを見せた為発売が遅れたが、完成度が高くなった事を太陽にほえろ!プロデューサーの岡田晋吉氏が語っている[41]。
人物
- 自身のプライベートをとても大切にしている為、プライベートな事は余り語らず、太陽にほえろ!のスタッフや関係者でも、既婚で有ると知る者は少なかった[42]。
- 仕事に対しては準備稿の段階から台本を受け取り役に臨んだり、監督とディスカッションするなど、妥協を許さず、ストィックだが、普段はひょうきんで、冗談を言ったり、鼻歌を歌うこともある、また演技に行きずまる若手にはさりげなくアドバイスをする事もあった[43]。
- 極度の高所恐怖症で、飛行機が苦手。そのため、地方など遠方へのロケの場合、他の出演者が飛行機で移動する一方で露口だけは列車で移動するという手段をとるかそのまま東京に残るというケースが多かった[2]。また『太陽にほえろ!』の海外ロケにも、こういった理由で不参加となっている[45]。
- NHKの朝のドラマ「おはなはん」「繭子ひとり」や「太陽にほえろ!」などで特に主婦層に多大な人気を得て[8]、「太陽にほえろ!」当時ファンレターもメインの新人刑事に次ぐ多さだった[46]。また婦人週刊誌やTV情報誌などでは、よくナイスミドルと評された[29]。また80年代にはTVガイドにて中年御三家の一人と呼ばれていた事もあった。
- 文五捕物絵図の放送時、婦人会のイベントに連れていかれ、そこで婦人方から黄色い声援が飛んだきたが、「主演の杉と間違えているんではないのかと思い、そして自分にこんなに沢山の婦人層のファンが居たことに驚いた。」と話した[8]。
- 1975年より1986年まで毎年日本テレビから販売された太陽にほえろ!公式カレンダーには、出演者のサインがプリントされていたが、露口のサインだけは毎年少しずつだが形が異なっていた。
- 昭和54年10月25日の雑誌「クロワッサン」の読者が選ぶ美しい40代男性版ベスト30人の3位選ばれている[47]。
出演作品(俳優)
映画
- 逃亡者(1959年、日活 / 監督:古川卓巳) - 岡田孝
- 女子大学生 私は勝負する(1959年、東宝 / 監督:板谷紀之) - 大木真
- 「赤坂の姉妹」より 夜の肌(1960年、東宝 / 監督:川島雄三) - 宮内義彦
- 漫画横丁 アトミックのおぼん 女親分対決の巻(1961年、東宝 / 監督:佐伯幸三) - 坂本福一
- にっぽん昆虫記(1963年、日活 / 監督:今村昌平) - 本田俊三
- 赤い殺意(1964年、日活 / 監督:今村昌平) - 平岡
- くノ一忍法(1964年、東映 / 監督:中島貞夫) - 坂崎出羽守
- くノ一化粧(1964年、東映 / 監督:中島貞夫) - 天草扇千代
- 河内ぞろ 喧嘩軍鶏(1964年、日活 / 監督:舛田利雄) - ペットの梅
- 黒い猫(1965年、東映 / 監督:渡辺祐介) - 三木
- 霧の旗(1965年、松竹 / 監督:山田洋次) - 柳田正夫
- 四畳半物語 娼婦しの(1966年、東映 / 監督:成澤昌茂) - 大島竜吉
- 女のみづうみ(1966年、松竹 / 監督:吉田喜重) - 桜井銀平
- 「空白の起点」より 女は復讐する(1966年、松竹 / 監督:長谷和夫) - 小梶裕一郎
- さそり(1967年、日活 / 監督:水川淳三) - 山下刑事
- 人間蒸発(1967年、ATG・日本映画新社 / 監督:今村昌平) - 露口茂(露さん)
- 続・組織暴力(1967年、東映 / 監督:佐藤純彌) - 田沢
- 雌が雄を喰い殺す かまきり(1967年、松竹 / 監督:井上梅次) - 山岡満
- スクラップ集団(1968年、松竹 / 監督:田坂具隆) - ケース
- 闇を裂く一発(1968年、大映 / 監督:村野鐵太郎) - 江森刑事
- 無頼 黒匕首(1968年、日活 / 監督:小沢啓一) - 竹宮国松
- 女賭博師 さいころ化粧(1969年、大映 / 監督:井上芳夫) - 八丁荒しの政吉
- 関東おんな悪名(1969年、大映 / 監督:森一生) - 五十嵐隆一
- 秘剣破り(1969年、大映 / 監督:池広一夫) - 長尾龍之進
- 博徒無情(1969年、日活 / 監督:齋藤武市) - 赤間竜吉
- 代紋 男で死にたい(1969年、日活 / 監督:松尾昭典) - 野中鉄次郎
- 与太郎戦記(1969年、大映 / 監督:弓削太郎) - 伊藤
- 私が棄てた女(1969年、日活 / 監督:浦山桐郎) - 刑事
- あゝ海軍(1969年、大映 / 監督:村山三男) - 山下兵曹
- あゝ陸軍 隼戦闘隊(1969年、大映 / 監督:村山三男) - 正木中尉
- 富士山頂(1970年、日活・石原プロ / 監督:村野鉄太郎) - 富沢
- 逆縁三つ盃(1971年、日活 / 監督:野村孝) - 潮桂三
- 子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる(1972年、東宝・勝プロ / 監督:三隅研次) - 柳生蔵人
- ええじゃないか(1981年、松竹 / 監督:今村昌平) - 金蔵
- 北の螢(1984年、東映 / 監督:五社英雄) - 男鹿孝之進
- ラブ・ストーリーを君に(1988年、東映 / 監督:澤井信一郎) - 千葉茂樹
- さよなら、こんにちわ(1990年、アルゴプロジェクト・NTV / 監督:福田陽一郎) - 中川一雄
- 流転の海(1990年、東宝・NTV / 監督:齋藤武市) - 筒井剛
- 不意の旅人(1992年、東映・総務庁) - 杉山リョウヘイ ※人権問題啓蒙映画
その他「あゝ君が愛」(1967年、松竹、監督:野村芳太郎) 台本5ページ、出演者欄に露口の名前の記載があるが、出演が予定されていたが出演しなかったのか、実際に出演しているのか、確認出来ない。
テレビドラマ
- 東京の虹(1957年、NHK)
- 少年航路(1958年、KR)
- ここに人あり(NHK)
- 第44話「母の碑」(1958年)
- 第77話「壁さえぎるとも」(1960年)
- 第122話「ある闘い」(1960年)主演
- 「私の秘密」以後(1958年、NHK)
- 雑草の歌 第8話「富士に勝った男」(1958年、NTV)
- 夫婦百景(NTV)
- 第15話「関白亭主とその妻」(1958年)
- 第111話「技能賞女房」(1960年)
- 第137話「御降嫁型女房」(1960年)主演
- 第197話「結婚試験」(1962年)
- 遭難(1959年、KR)
- テレビ劇場(NHK)
- 私だけが知っている(NHK)
- ホテルの客(1960年)
- 嘘(1961年)
- 推理小説入門(1961年)
- 死の舞踊(1961年)
- ダイヤル110番 第158話「飢え」(1960年、NTV) 主演
- 奇妙な遊び(1960年、NHK)主演
- 戦争(CX)
- 第3話「顎」(1960年)
- 第21話「リング」(1960年)主演
- 三菱ダイヤモンド劇場 / 馬淵川(1960年、CX)
- 日立劇場(KR)
- 友情の朝(1960年)
- これが恋愛だ(1961年)
- 父と子の山(1961年)
- 慎太郎ミステリー 暗闇の声(KR)
- だれ?(1960年)主演
- 遙かなる旅路(1960年)
- 晩い夏に(1960年)主演
- そして三人が…(1960年)主演
- ドキュメンタリードラマ・指名手配(NET)主演
- 第10・11話「町の毒草(前・後編)」(1960年)
- 第81・82話「黒衣の花嫁(前・後編)」(1961年)
- 第89話「総合手配第三号」(1961年)
- 第108・109話「恐喝者(前・後編)」(1962年)
- おかあさん 第1シリーズ(CBC)
- 第39話「夏ひらく」(1960年)
- 第118話「水仙」(1962年)
- これが真実だ 第33話「葛飾北斎」(1960年、CX)
- けれど夜明けに(1960年、NHK)主演
- ※第15回芸術祭参加作品 それが言えない(1960年、NHK)
- グリーン劇場(KR)
- 第13話「怒りの果実」(1960年)
- 第20話「密航」(1961年)主演
- 松本清張シリーズ・黒い断層(TBS)
- 第27・28・29回「失踪」(1961年)
- 第43・44回「反射」(1961年)
- 愛の劇場 / わかれる日(1961年、NTV)
- その夜は雨だった(1961年、NTV)主演
- 口笛を聞くと 126回(1961年、NTV)主演
- 運(1961年、NTV)
- 畏れ多くも将軍家 第15話「侍」(1961年、CX)
- 源氏鶏太シリーズ めでたい風景(1961年、KR)
- 創作劇場(ETV)
- 三日月の影 尼子十勇士戦記(1961年)
- 秘密製品(1963年)
- 室内楽(1961年、NHK)主演
- 若き日の摂津守(1961年、NTV)主演
- 決定的瞬間(1961年、NTV)
- 第21話「遙かな国から来た男」
- 第23話「殺さないで」
- 第24話「53分の1」主演
- しづけさや(1961年、NTV)
- 東京の人(1961年、CX)
- サンヨーテレビ劇場 / 大出世物語(1961年、TBS)
- 黒百合城の兄弟(1961年 - 1962年、NHK)
- NECサンデー劇場 / 女はいつでも(1961年、NET)
- テレビ指定席(NHK)
- 東芝日曜劇場(TBS)
- 松本清張シリーズ・黒の組曲(NHK)
- 第15話「詩人と電話」(1962年) - 宗尾
- 第38話「赤猫」(1962年 全2回)主演
- お気に召すまま(1962年、NET)
- 第5話「幽霊会社」
- 第10話「セールスの秘訣」
- 名作推理劇場 / 警察物語 非情(1963年、NET)
- 感傷夫人(1962年、CX)
- 文芸劇場 直木賞受賞作シリーズ(1963年、NHK)
- 第64話「女人の館」
- 第74話「英語屋さん」
- 妻は告白する(1963年、CX)
- 新日本百景 第8話「ジャガイモと風船 札幌」(1963年、NHK)
- 裸の恋人 第3部 宝塚篇(1) 第16話(1963年、CX) - 松田四郎
- 三匹の侍 第14話「浪人墓場」(1964年、CX)
- 近鉄金曜劇場
- 風雪(NHK)
- 当世書生気質(1964年) - 須河
- 炎の女(1964年) - 小林樟雄
- 弾丸列車(1964年、NHK)主演
- 喜びも悲しみも幾歳月(1965年、TBS) - 鈴木
- 家庭劇場 / 悦ちゃん(1965年、NHK)
- NHK劇場(NHK)
- 日産スター劇場 / 未亡人と四人の紳士(1965年、NTV)
- 流れる雲(1965年、KTV)
- 四季に花咲く ふたりの休日(1965年、NHK)
- ポーラ名作劇場 / いのちある日を(1965年、NET)
- ザ・ガードマン(TBS)
- 銭形平次 第9話「兄弟ふたり」(1966年、CX) - 弥太郎
- おらんだ正月(1966年、NHK)
- 幸子とともに(1966年、ABC)
- 連続テレビ小説 / おはなはん(1966年、NHK) - 大作
- 新・新三等重役 第3話(1966年、NTV)
- 特ダネ記者(1966年、NTV)
- 若者たち 第34回「鈴蘭を苅った男」(1966年、CX)- 向井
- とく妻さん(1967年、NTV)
- 伏見の馬卒(1967年、CX)
- 大岡政談 池田大助捕物帳 第35話(1967年、NHK)
- 文五捕物絵図(1967〜8年、NHK) - 丑吉
- ローンウルフ 一匹狼 第25話「狂犬の罠」(1968年、NTV)
- 風 第40話「刀の中の顔」(1968年、TBS) - 池田種之助
- キイハンター(TBS)
- 第22話「悪党ダービー」(1968年) - 伊吹英男
- 第156話「世界殺人結社ただ今到着」(1971年) - 元FBI捜査官・緒形
- 第164話「わたしは大空の死刑執行人」(1971年) - 国際ジャーナリスト・野坂
- 第173話「首のない女と男の戦争」(1971年) - 杉崎達也
- お庭番 第13話〜第16話(1968年、NTV) - 遊佐新九郎
- 五人の野武士 第2話「剣豪 暁の対決」(1968年、NTV) - 雲見左馬之介
- 水戸黄門 第1部(1969年、TBS) - 古川兵庫(セミレギュラー)
- 鞍馬天狗(1969 - 1970年、NHK) - 黒姫の吉兵衛
- 愛妻くんこんばんは 第34話「ブルー・サンデー」(1968年、TBS)主演
- おんなの劇場(CX)
- 五辨の椿(1969年)
- 離縁(1969年) - 音吉
- 銀河ドラマ(NHK)
- 見合い恋愛 第10話「見合い異議あり」(1969年、NTV)- 呉服屋の若主人・多田信彦
- 怪奇ロマン劇場 第20話「怪談蟻地獄」(1969年、NET)
- 花と狼 第10話(1969年、CX)
- 土曜劇場 / 春一番(3)(1970年、CX)
- 鬼平犯科帳 第1シリーズ 第56話「金太郎そば」(1970年、NET / 東宝) - 由松
- 柳生十兵衛 第18話「隠密子守唄」(1971年、CX) - 利兵衛
- 大忠臣蔵(1971年、NET) - 密偵・兎助
- 清水次郎長(1971年、CX)- 黒駒勝蔵
- 怪奇十三夜 第5話「髑髏妻の怪」(1971年、NTV) - 滝五郎 主演
- 火曜日の女 / 九月は幻の海(1971年、NTV) - 河合信也
- 繭子ひとり(1971年 - 1972年、NHK) ※芸術選奨文部大臣賞受賞作品 - 北川隆史編集長
- 天皇の世紀 第7話「黒い風」(1971年、ABC) - 尾高長七郎 主演
- 遠山の金さん捕物帳 第44話「地獄から来た女」(1971年、NTV) - 村木又四郎
- 忍法かげろう斬り 第10話「男が死ぬとき」(1972年、KTV) - 楓小十郎
- 太陽にほえろ!シリーズ(PARTI) 第1話〜第691話(1972年7月 - 1986年4月)、 - 山村精一刑事(警部補・山さん)
- 水曜ドラマ / 庖丁(1972年、NHK)
- 大岡越前 第3部 第13話「恐怖の連判状」(1972年、TBS) - 小十郎
- ブラザー劇場 / 熱血猿飛佐助(1972年、TBS) - 戸沢白雲斎
- お祭り銀次捕物帳(1972年、CX) - 一本長兵衛
- ジキルとハイド(1973年、CX) - 毛利刑事
- 国盗り物語(1973年、NHK大河ドラマ) - 葛籠重蔵 20~24、26、27、33~38、40、41、43、45~50話
- 無宿侍 第1話「掟討ち」(1973年、CX) - 松丸
- 木曽街道いそぎ旅(1973年、CX) - 裏街道の銀次
- 編笠十兵衛(1974年 - 1975年、THK) - 小林平八
- 風と雲と虹と(1976年、NHK大河ドラマ) - 田原(俵)藤太
- 同心部屋御用帳 江戸の旋風 第26話「秋祭りの女」(1975年、CX) - 与三郎
- 同心部屋御用帳 江戸の旋風II(1976年、CX) - 島津半蔵
- 同心部屋御用帳 江戸の旋風(第3シリーズ)(1977年、CX) - 島津半蔵 33話、35話出演無し。
- 同心部屋御用帳 江戸の旋風(第4シリーズ)(1978年、CX) - 島津半蔵
- 姿三四郎(1978年、NTV) - 矢野正五郎
- 江戸の渦潮(1978年、CX) - 目明かし辰蔵
- 江戸の激斗(1979年、CX) - 毛間内以蔵
- 土曜ドラマ / 阿修羅のごとく パートII(1980年、NHK 全4回) - 里見鷹男
- 木曜ゴールデンドラマ(YTV)
- 金曜ドラマ / 父母の誤算(1981年、TBS 全13回) - 中林繁雄校長 主演
- 火曜サスペンス劇場(NTV)
- 木曜座 / 誰かが私を愛してる(1983年、TBS 全13回) - 矢崎副総支配人
- 大奥(1983年、KTV) - 徳川家宣
- 第26話「ある貴婦人の殺意」
- 第27話「塵に咲く花」
- 第28話「女帝への階段」
- 第29話「渚の体験」
- 時代劇スペシャル(CX)
- 裏切りの報酬 追放者・九鬼真十郎(1983年) - 九鬼真十郎 主演
- 怪談津の国屋 半七捕物帳(1983年) - 三河町の半七親分 主演
- 土曜ワイド劇場(ANB)
- 木曜ドラマストリート / 熱血女先生! まるでセンチな乙女のように(1986年、CX)
- 水曜ドラマスペシャル / 秘められた関係(1986年、CX) - 亘理靖皓
- 年末時代劇スペシャル(NTV)
- ザ・ドラマチックナイト / 松本清張の地方紙を買う女(1987年、CX)※日本テレビ技術協会主催・第27回日本テレビ技術賞(撮影部門)受賞作品 - 杉本隆治
- 金曜女のドラマスペシャル(CX)
- 男と女のミステリー(CX)
- 丹後・宮津殺人岬(1988年、大映テレビ)
- しらべる女(1988年)
- 女ねずみ小僧(1989年、CX) - 内藤美濃守直康
- 月曜・女のサスペンス(TX)
- 艶やかな死神(1989年) - 東原刑事 主演
- 鬼平犯科帳スペシャル / 雲竜剣(1990年、CX / 松竹) - 堀本伯道
- ドラマスペシャル / 鹿鳴館の貴婦人(1990年、ANB) - 大山巌
- 時代劇スペシャル / 鳴門秘帖(1990年、TBS) - 甲賀流忍術宗家の幕府隠密・世阿弥(よあみ)
- 世にも奇妙な物語 第2シリーズ #104「三人死ぬ」(1991年、CX) - 武内厚太郎(弁護士)
- 鎌倉恋愛委員会 第1話「ラインダンス」(1991年、TBS)
- 運命峠(1993年、CX) - 柳生但馬守宗矩
バラエティー・情報
- カックラキン大放送(NTV) ゲスト
- '87ニュー・スペシャル「ザ・日本100景」 元旦ネイチァリングスペシャル(1987年、ANB) レポーター
- 「酒井ひろし うわさのスタジオ」追悼特集「14年4カ月続いた 太陽にほえろ! ボス!!裕次郎を偲んで」(1987年、NTV)ゲスト
- なるほど!ザ・ワールド'89春の3時間半スペシャル(1989年、CX)ゲスト
出演作品(声優)
ラジオドラマ
- 放送劇 沖縄(1958年、文化放送)
- 一人だけの出来事(1962年、ニッポン放送)
- はらいそう(1962年) - 天草四郎
- 島〜ラジオのための作品(1964年、NHK放送)
- 壁をへだてた目撃者(1964年、NHK放送)
- 長崎の人(1964年、NHK放送)
- 輝け地球よ(1965年、NHK放送)
- 三千世界の…(1965年、NHK放送)
- ゼロ・アワー(1965年、NHK放送)
- ひるがえる旗の意味(1965年、NHK放送)
- 跫音(1965年、NHK放送)
- 一つの部屋千の部屋(1965年、TBSラジオ)
- 馬橇(1965年、NHK放送)
- 武蔵野夫人(1965年、TBSラジオ)
- フェデリコの死(1966年、NHK放送)
- 黒潮幻想(1966年、NHK放送)
- 空港にて(1966年、NHK放送)
- 他人の死(1966年、TBSラジオ)
- レベル・オフ〜ある航空管制官の記録 ドキュメンタリー(1966年、NHK放送)
- 泣くのはいやだから(1966年、NHK放送)
- 野に下る右近(1966年、NHK-FM放送)
- 雲とへだつ(1967年、NHK放送)
- ジャズ・カントリー(1967年、NHK放送)
- ヨネカワの人(1967年、NHK放送)
- アダコの唄(1967年、NHK放送)
- 足音(1967年、NHK放送)
- 東京のザシキワラシ(1968年、NHK放送)
- ア・ハード・デーズ・ナイト[つらい日の夜](1968年、NHK放送)
- 巡礼(1968年、NHK放送)
- 遺愛の歌(1968年、日本放送[要曖昧さ回避])
- 釣巡礼(1969年、NHK放送)
- 夏(1972年、NHK放送)
吹き替え
- デール・ロバートスン
- 大酋長(1954年、米・メキシコ合作/W・R・フランク・プロ=テレ・ヴォス・SA) - ロバート・パリッシュ少佐役
- ロバート・スターリング
- ヒッチコック・サスペンス/居候(1963年、アメリカ / フジテレビ) - レイ・ロスコー役
- ロイ・シネス
- オーディ・マーフィ
- スミスという男(1961年)
- ジェレミー・ブレット
- シャーロック・ホームズの冒険(1985〜1995年、グラナダTV / NHK) - シャーロック・ホームズ役
- セルゲイ・ボンダルチュク
- シュガーフット 18話 野望の山(1962 アメリカ/ フジテレビ) [51]
- ブブアンの海賊(1972年、日本/今村プロダクション・東京12チャンネル/監督:今村昌平) - モス弁護士役
劇画・アニメ
教育・教養
- 印象派 光と影の画家たち(1981年、TBS)朗読
舞台
- 劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所時代
- アルトナの監禁された人たち
- 野に下る右近
- カーヴ
- 真夏の夜の夢
- 劇団俳優小劇場時代
- パラジ-神々と豚々 1962.12
その他太陽にほえろ!卒業後も舞台出演がある。
レコード
写真集など
- 露口茂in太陽にほえろ!
- 太陽にほえろ!小説24巻(単独表紙)
- 太陽にほえろ!山村刑事プロデューサー・セレクションLDBOX
脚注
- ^ a b c d 『週刊女性』2013年5月14・21日合併号の企画「GW総力取材 '80年代に輝いていたあの芸能人の今でしょ!!」47ページ
- ^ a b c d e f スタア(平凡出版)1975年7月号 p.81 - 83 インタビュー・写真類いっさいお断りの拒否人間 露口茂という男
- ^ 石原裕次郎等、最も多い
- ^ 高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166ページ
- ^ 『映画秘宝』2016年9月号 Hiho Vip interview 池広一夫 75
- ^ a b c d e f 日本映画人名事典 下巻 190-191
- ^ 太陽にほえろ!10周年記念号
- ^ a b c グラフNHK 昭和43年5月15日 私と役 露口茂 最終貢
- ^ 「婦人と暮し」1980.11月号 16-17 田中邦衛『照れ屋“青大将”はすばらしい人』
- ^ “悪代官 川合伸旺”. 2017年7月1日閲覧。
- ^ 新人会※劇団新人会…1954年に結成された劇団。劇団仲間、劇団青年座、劇団三期会(現・東京演劇アンサンブル)と並ぶ俳優座スタジオ劇団の一つ。1954年に劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所二期生・三期生の卒業生が結成。1960年に小沢昭一ら劇団俳優小劇場に分裂。再建するが、1969年6月下旬に看板女優団員の渡辺美佐子をはじめ中堅・若手団員10人が突如一斉に退団した為、翌7月上旬に劇団新人会は解散。翌1970年3月に長山藍子、山本學、前田昌明ら“第二次「劇団新人会」”を結成。1994年に「劇団朋友」に変更。
- ^ 今平犯科帳 今村昌平とは何者 松村友視 NHK出版 144ページ
- ^ 共に劇団俳優小劇場在籍して、木曽街道いそぎ旅共演の山口崇、太陽にほえろ!でボンを演じた宮内淳と同事務所 日本タレント名鑑1977
- ^ 露口茂in太陽にほえろ!101
- ^ 日本タレント名鑑1991年-1996年 つ欄
- ^ 本編でも露口が女性に、どうして自分を好きになったのか聞いている。
- ^ “今村昌平 人間蒸発”. 2017年6月17日閲覧。
- ^ 第1話〜8話、10話〜13話。
- ^ “木曽街道いそぎ旅 山口崇が密命を帯びた渡世人成りゆきの辰に、相棒の露口茂は最高に無口に男を目指す ”. ペリーのちょんまげ. 時代劇専門チャンネル (2012年5月4日). 2017年7月22日閲覧。
- ^ (近藤洋介が演じた)
- ^ 京都新聞 昭和49年4月22日
- ^ 暗闇仕留人 DVD-BOX
- ^ 1話以降は27話まで出演は無く、28話、37、38、40、41、43、46、48~51話に出演
- ^ 三谷幸喜のありふれた生活14 いくさ上手 松村邦洋との大河フリーク対談 248ページ
- ^ “今村監督の唯一の失敗作 ええじゃないか”. 2017 6,9閲覧。
- ^ キネマ旬報ベストテン 個人賞60年史 92ページ
- ^ “NHK 阿修羅のごとく 八千草薫インタビュー”. 2017 7,16閲覧。
- ^ 事実上は木曽街道いそぎ旅、江戸の激斗も主演である
- ^ a b 週刊テレビ番組 1983.1.21 21-22
- ^ a b 太陽にほえろ! 山さん殉職編映像特典
- ^ 小池朝雄が担当
- ^ 同人誌コロンボコロンボ
- ^ a b c ^高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち 166-170ページ
- ^ 太陽にほえろ!10周年記念号
- ^ 太陽にほえろ! 完結記念号 39-41
- ^ “勝野洋 『太陽にほえろ!』現場で学んだ露口茂の間の使い方”. NEWSポストセブン (2015年4月19日). 2017年6月17日閲覧。
- ^ 露口茂in太陽にほえろ! 98
- ^ 週刊TVガイド 1984.5.18号 20ページ れんさいぴいぷる 露口茂
- ^ 露口茂in太陽にほえろ!103
- ^ 露口茂イン太陽にほえろ!107
- ^ 露口茂イン太陽にほえろ!107~108
- ^ 太陽にほえろ!10周年記念号等
- ^ 露口茂in太陽にほえろ!98-105
- ^ 週刊TVガイド 1981.5.15号 VIP 露口茂 175-177
- ^ 週刊テレビ番組(東京ポスト)1977年8月12日号 p.49(同ドラマの第266話「逃亡者」、第267話「追跡者」(いずれもオーストラリアロケ作品)のロケ不参加について掲載)
- ^ 太陽にほえろ!10周年記念号
- ^ クロワッサン 1979.10.25 表紙、本文
- ^ 週刊TVガイド 1983.8.19号グラビアページ 露口茂 残暑お見舞い申し上げます。番号無
- ^ 露口茂イン太陽にほえろ!101
- ^ テレビ指定席 はらから - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス
- ^ 西部劇、56話製作された作品だが、他の回でも声の出演をしているかは不明
関連項目
劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所 第7期生