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JR西日本への入社後は、単身で[[西日本旅客鉄道広島支社|広島支社]]へ赴任するとともに、経理部に籍を置く<ref name="no-hitter>{{cite news|title=JR西の元DeNA加賀美がノーノー「勝つことが恩返し」|url =http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/06/kiji/K20161106013671190.html|newspaper=スポーツニッポン|date=2016-11-6}}</ref>。{{by|2016年}}には、[[第42回社会人野球日本選手権大会]]へ出場。[[11月5日]]の2回戦では、[[JR東日本東北硬式野球部|JR東日本東北]]打線を相手に、死球と失策で2人の走者を出しただけ<ref name="no-hitter />で、[[ノーヒットノーラン]]を達成した<ref name="nikkei20161105">{{cite news|title = JR西・加賀美が無安打無得点 社会人日本選手権|url = http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK60339_V01C16A1000000/|publisher = [[日本経済新聞]]|date = 2016年11月5日 | accessdate = 2016年11月5日}}</ref><ref name="jiji20161105">{{cite news|title = JR西日本の加賀美が無安打無得点=社会人野球日本選手権|url = http://www.jiji.com/jc/article?k=2016110500216&g=bsb|publisher = [[時事通信社]]|date = 2016年11月5日 | accessdate = 2016年11月5日}}</ref>。加賀美にとっては、野球人生で初めてのノーヒットノーランであったという<ref name="no-hitter />。[[社会人野球日本選手権大会]]においては、[[第36回社会人野球日本選手権大会]]({{by|2009年}})の[[三菱重工神戸・高砂硬式野球部|三菱重工神戸]]・[[木林敏郎]]以来、史上二人目のノーヒットノーランであった<ref name="nikkei20161105" />。更に加賀美のノーヒットノーランの翌日([[11月6日]])には、[[大阪ガス硬式野球部|大阪ガス]]の[[猿渡真之]]がノーヒットノーランを記録し、二日続けてのノーヒットノーランとなっている<ref>{{Cite news |title=大阪ガス・猿渡がノーヒットノーラン 今大会2人目、準完全の快投 |newspaper=スポーツニッポン |date=2016-11-06 |url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/06/kiji/K20161106013673820.html |accessdate=2016-11-06}}</ref>。 |
JR西日本への入社後は、単身で[[西日本旅客鉄道広島支社|広島支社]]へ赴任するとともに、経理部に籍を置く<ref name="no-hitter">{{cite news|title=JR西の元DeNA加賀美がノーノー「勝つことが恩返し」|url =http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/06/kiji/K20161106013671190.html|newspaper=スポーツニッポン|date=2016-11-6}}</ref>。{{by|2016年}}には、[[第42回社会人野球日本選手権大会]]へ出場。[[11月5日]]の2回戦では、[[JR東日本東北硬式野球部|JR東日本東北]]打線を相手に、死球と失策で2人の走者を出しただけ<ref name="no-hitter" />で、[[ノーヒットノーラン]]を達成した<ref name="nikkei20161105">{{cite news|title = JR西・加賀美が無安打無得点 社会人日本選手権|url = http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK60339_V01C16A1000000/|publisher = [[日本経済新聞]]|date = 2016年11月5日 | accessdate = 2016年11月5日}}</ref><ref name="jiji20161105">{{cite news|title = JR西日本の加賀美が無安打無得点=社会人野球日本選手権|url = http://www.jiji.com/jc/article?k=2016110500216&g=bsb|publisher = [[時事通信社]]|date = 2016年11月5日 | accessdate = 2016年11月5日}}</ref>。加賀美にとっては、野球人生で初めてのノーヒットノーランであったという<ref name="no-hitter" />。[[社会人野球日本選手権大会]]においては、[[第36回社会人野球日本選手権大会]]({{by|2009年}})の[[三菱重工神戸・高砂硬式野球部|三菱重工神戸]]・[[木林敏郎]]以来、史上二人目のノーヒットノーランであった<ref name="nikkei20161105" />。更に加賀美のノーヒットノーランの翌日([[11月6日]])には、[[大阪ガス硬式野球部|大阪ガス]]の[[猿渡真之]]がノーヒットノーランを記録し、二日続けてのノーヒットノーランとなっている<ref>{{Cite news |title=大阪ガス・猿渡がノーヒットノーラン 今大会2人目、準完全の快投 |newspaper=スポーツニッポン |date=2016-11-06 |url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/06/kiji/K20161106013673820.html |accessdate=2016-11-06}}</ref>。 |
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== 選手としての特徴・人物 == |
== 選手としての特徴・人物 == |
2017年1月11日 (水) 01:46時点における版
JR西日本硬式野球部 #17 | |
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DeNA時代(2013年3月16日、横浜スタジアム) | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 神奈川県鎌倉市 |
生年月日 | 1988年9月5日(36歳) |
身長 体重 |
187 cm 92 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2010年 ドラフト2位 |
初出場 | 2011年10月19日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
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加賀美 希昇(かがみ きしょう、1988年9月5日 - )は、神奈川県鎌倉市出身の元プロ野球選手(投手)。2016年シーズンからは、社会人野球のJR西日本でプレーを続ける[1]。
経歴
プロ入り前
逗子シニアで捕手を務めたが、桐蔭学園高入学後に投手へ転向。2年秋からエースとなったが、春夏とも甲子園の全国大会には出場できなかった。
法政大学人間環境学部への進学後は、硬式野球部で2年春からベンチ登録。2年秋からは主力投手になった。ちなみに、王子(王子製紙)を経て2014年に阪神タイガースへ入団した左腕投手の山本翔也は、加賀美の同級生で控え投手でもあった。
東京六大学リーグの公式戦には、通算で40試合に登板。16勝10敗、防御率1.97、223奪三振という記録を残した。法政大学の4年生だった2010年に開かれた第5回世界大学野球選手権大会には、当初日本代表に選ばれていた中央大学の投手・澤村拓一の故障による辞退を受けて、代替選手として代表に招集された。同大会では、リリーフで3試合に登板。韓国との3位決定戦では、4番手の登板で1回を無失点に抑えて、チームの銅メダル獲得に貢献した。
2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズから2巡目で指名。11月16日に、契約金8,000万円、年俸1,200万円(いずれも推定金額)で契約した。
DeNA時代
2011年、即戦力として期待されたが右肘を痛め6月に手術を行う。10月にようやく一軍に昇格。10月19日の対阪神タイガース戦ではプロ初登板初先発で6回1失点の投球を見せ初勝利を記録した[2]。6回には逆転の口火となるプロ初安打も記録している。
2012年、8月12日にプロ入り初の中継ぎとして登板し、シーズン初勝利をあげると、8月19日の中日戦では9回無失点の快投を演じ、延長で味方が逆転して2勝目をあげた[3]。この年あげた3勝は全て中日からだった。しかしその一方で、3敗は全て巨人からである。
2013年、首脳陣から先発陣の一角を担うことを期待されながら、オープン戦での不調や脇腹痛で出遅れた[4]。7月30日にようやく一軍へ登録されると[5]、シーズン初先発になった8月29日の広島戦でシーズン初勝利[6]。しかし、次に先発で登板した9月4日の阪神戦では、「いまひとつシャキッとしない投球だったので、けじめを付ける」[7]として勝利投手の権利を得る目前(5回1アウト)で中畑清監督から降板を命じられた[8]。結局、一軍公式戦には、8試合(先発で5試合)の登板で1勝4敗にとどまった。
2014年、先発投手として一軍公式戦5試合に登板したが、0勝3敗でシーズンを終了。この成績を背景に、入団以来付けていた背番号21を67に変更した。
2015年、一軍公式戦への登板機会がなく、10月4日に球団から戦力外通告を受けた。
DeNA退団後
2015年11月10日に、打者3人に対するシートバッティング形式の12球団合同トライアウト(草薙球場)に参加。1奪三振1与四球という内容で、打者3人を無安打に抑えた[9]が、NPBから声は掛からなかった。その後、JR西日本硬式野球部の入部テストに参加。このテストに合格し、JR西日本に入社、同部に所属することとなった[1]。
JR西日本への入社後は、単身で広島支社へ赴任するとともに、経理部に籍を置く[10]。2016年には、第42回社会人野球日本選手権大会へ出場。11月5日の2回戦では、JR東日本東北打線を相手に、死球と失策で2人の走者を出しただけ[10]で、ノーヒットノーランを達成した[11][12]。加賀美にとっては、野球人生で初めてのノーヒットノーランであったという[10]。社会人野球日本選手権大会においては、第36回社会人野球日本選手権大会(2009年)の三菱重工神戸・木林敏郎以来、史上二人目のノーヒットノーランであった[11]。更に加賀美のノーヒットノーランの翌日(11月6日)には、大阪ガスの猿渡真之がノーヒットノーランを記録し、二日続けてのノーヒットノーランとなっている[13]。
選手としての特徴・人物
腕が遅れて出てくるゆったりとしたオーバースロー[14]から、最速153km/h(プロ入り後の最速は149km/h)の速球に100km/h台の大きなカーブ、チェンジアップ、スライダーで緩急をつける。チェンジアップについては、本人の弁によれば、落差が小さいという。しかし、大石達也(埼玉西武ライオンズ投手)が早稲田大学時代に打者として加賀美と対戦した際に、「『ストレートだ』と思って振ったらチェンジアップだったというボールが多い」と驚くほどであった[14]。
詳細情報
年度別投手成績
年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2011 | 横浜 DeNA |
1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 23 | 6.0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 0 | 1 | 1 | 1 | 1.50 | 0.67 |
2012 | 10 | 9 | 1 | 0 | 0 | 3 | 3 | 0 | 0 | .500 | 250 | 57.2 | 56 | 3 | 19 | 1 | 2 | 40 | 4 | 0 | 25 | 21 | 3.28 | 1.30 | |
2013 | 8 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | .200 | 146 | 31.1 | 35 | 3 | 20 | 0 | 0 | 23 | 1 | 0 | 22 | 21 | 6.03 | 1.76 | |
2014 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | .000 | 99 | 21.2 | 27 | 4 | 9 | 0 | 1 | 18 | 0 | 0 | 13 | 13 | 5.40 | 1.66 | |
通算:4年 | 24 | 20 | 1 | 0 | 0 | 5 | 10 | 0 | 0 | .333 | 518 | 116.2 | 122 | 10 | 48 | 1 | 3 | 87 | 5 | 1 | 61 | 56 | 4.32 | 1.46 |
- 2015年度シーズン終了時
- 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更
記録
- 投手記録
- 初登板・初先発・初勝利:2011年10月19日、対阪神タイガース22回戦(阪神甲子園球場)、6回1失点
- 初奪三振:同上、1回裏に柴田講平から空振り三振[15]
- 初完投:2012年9月2日、対読売ジャイアンツ19回戦(東京ドーム)、8回2失点で敗戦投手[16]
- 打撃記録
背番号
- 21 (2011年 - 2014年)
- 67 (2015年)
脚注
- ^ a b DeNA戦力外の加賀美、社会人JR西日本へ入団」日刊スポーツ 2015年12月4日付記事より。
- ^ ルーキー1年目総括『週刊ベースボール』2011年12月26日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-12/26, 47頁。
- ^ 加賀美 9回無失点の好投報われた…DeNAが接戦制す スポニチAnnex 2012年8月19日付記事より。
- ^ キヨシ怒り増幅「金もらうレベルじゃ…」日刊スポーツ 2013年4月30日付記事より。
- ^ 【DeNA】須田、加賀美を1軍登録日刊スポーツ 2013年7月30日付記事より。
- ^ 【DeNA】加賀美、今季初先発で初白星日刊スポーツ 2013年8月29日付記事より。
- ^ 「けじめをつけた継投」/中畑監督 日刊スポーツ 2013年9月5日付記事より。
- ^ 中畑監督もう迷わない CSへ非情の道日刊スポーツ 2013年9月5日付記事より。
- ^ “2015年合同トライアウト速報”. 日刊スポーツ. (2015年11月10日)
- ^ a b c “JR西の元DeNA加賀美がノーノー「勝つことが恩返し」”. スポーツニッポン. (2016年11月6日)
- ^ a b “JR西・加賀美が無安打無得点 社会人日本選手権”. 日本経済新聞. (2016年11月5日) 2016年11月5日閲覧。
- ^ “JR西日本の加賀美が無安打無得点=社会人野球日本選手権”. 時事通信社. (2016年11月5日) 2016年11月5日閲覧。
- ^ “大阪ガス・猿渡がノーヒットノーラン 今大会2人目、準完全の快投”. スポーツニッポン. (2016年11月6日) 2016年11月6日閲覧。
- ^ a b 『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、19、88-89項。
- ^ a b 神奈川新聞、2011年10月20日。
- ^ 神奈川新聞、2012年9月3日。
関連項目
外部リンク
- 個人年度別成績 加賀美希昇 - NPB.jp 日本野球機構