金春惣右衛門
金春 惣右衛門(こんぱる そうえもん)は、能楽太鼓方の名跡。位階は従四位。
初代
[編集]天正11年(1583年)- 寛永21年1月8日(西暦換算1644年2月15日)
江戸時代前期の能役者太鼓方。金春長誥の子。名は一峰。通称ははじめ音松。金春流太鼓方六代目金春安照(金春彦三郎)の娘と結婚し、彦九郎、のち惣右衛門を名のる。徳川家康に仕え、以後その流派は惣右衛門流と呼ばれる。法名は宗岸。
二十一代目
[編集]明治30年(1897年)7月22日 - 昭和17年(1942年)2月8日
東京出身。本名は林太郎。二十代目川井彦兵衛の女婿増見仙太郎の長男。明治41年(1908年)初舞台。大正5年(1916年)断絶していた宗家を再興、金春五十雄の継嗣として昭和6年(1931年)惣右衛門を襲名し、国泰を名のった。
二十二代目
[編集]大正13年(1924年)9月22日 - 平成26年(2014年)3月11日
東京出身。二十一代目の長男。本名は惣一。父に師事し、昭和11年(1936年)初舞台。昭和19年(1942年)金春流家元を継ぎ二十二代目金春惣右衛門国長を名のる。東京音楽学校卒。昭和28年(1953年)「金春流太鼓全書」を刊行。平成4年(1992年)人間国宝。平成6年(1994年)勲四等旭日小綬章受章[1]。平成8年(1996年)日本芸術院賞。平成17年(2005年)日本芸術院会員。著書に『金春流太鼓序之巻』(能楽書林、1984)。平成26年(2014年)3月11日午前1時13分に心不全のため東京都新宿区の病院で死去[2]。89歳没。歿日付で従四位。
実子は金春國和(二十三代目)[3]。孫は金春惣右衛門國直(二十四代目)[4]。
DVD
[編集]二十一世
[編集]- 能楽名演集2(NHKエンタープライズ、以下同)
- 金春流「葵上」櫻間金太郎(弓川) 宝生新 光本弥一 山本東次郎 一噌又六郎 幸悟朗 吉見嘉樹 金春惣右衛門/「実盛」櫻間道雄 森茂好
二十二世
[編集]- 能楽名演集2
- 金春流「葵上」櫻間金太郎(弓川) 宝生新/「実盛」櫻間道雄 森茂好 宝生閑 鏑木岑男 一噌正之助 北村一郎 瀬尾乃武 金春惣右衛門
- 観世流「鞍馬天狗・白頭」梅若実 梅若景英 寺井政数 幸円次郎 佐伯実 金春惣右衛門/「恋重荷」観世銕之丞(雅雪) 観世静夫 森茂好 善竹圭五郎 田中一次 幸正影 瀬尾乃武 金春惣右衛門
- 喜多流「通小町」後藤得三/「鶴(新作能)」喜多実 塩津哲生 藤田大五郎 穂高光晴 安福春雄 金春惣右衛門
- 能楽名演集3
- 能 観世流『俊寛』観世寿夫/能『猩々乱』観世寿夫 宝生弥一 寺井政数 幸祥光 安福春雄 金春惣右衛門
出典
[編集]- ^ 「94秋の叙勲 都内から518人受章」『読売新聞』1994年11月3日朝刊
- ^ 訃報:金春惣右衛門さん89歳=人間国宝、能楽太鼓方金春流22世宗家 著名人の葬儀 2014年3月11日
- ^ “金春国和氏が死去 能楽太鼓方金春流23世宗家”. 日本経済新聞 (2014年12月13日). 2024年4月27日閲覧。
- ^ “人物履歴|文化デジタルライブラリー”. www2.ntj.jac.go.jp. 2024年4月27日閲覧。
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太字は恩賜賞受賞者。名跡は受賞時のもの。表記揺れによる混乱を避けるため漢字は便宜上すべて新字体に統一した。 |
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