村田町
むらたまち 村田町 | |||||
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店蔵の並ぶ街並み | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 東北地方 | ||||
都道府県 | 宮城県 | ||||
郡 | 柴田郡 | ||||
市町村コード | 04322-2 | ||||
法人番号 | 5000020043222 | ||||
面積 |
78.38km2 | ||||
総人口 |
9,884人 [編集] (推計人口、2024年11月1日) | ||||
人口密度 | 126人/km2 | ||||
隣接自治体 | 仙台市、名取市、岩沼市、柴田郡大河原町、柴田町、川崎町、刈田郡蔵王町 | ||||
町の木 | マツ | ||||
町の花 | モクセイ | ||||
町の鳥 | キジ | ||||
村田町役場 | |||||
町長 | 大沼克巳 | ||||
所在地 |
〒989-1392 宮城県柴田郡村田町大字村田字迫6 北緯38度07分07秒 東経140度43分21秒 / 北緯38.11853度 東経140.72242度座標: 北緯38度07分07秒 東経140度43分21秒 / 北緯38.11853度 東経140.72242度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
概要
[編集]地誌『柴田郡村田郷風土記御用書出』(安永7年=1778年)によると、公家が京都から下向してこのあたりに暮らし、「お館様」」と呼ばれて16代を数えた後に村田氏が城に入ったとされる[2]。その村田城が築かれた室町時代に入ると、下野国小山氏に連なる九郎業朝(くろう なりとも)が合戦に敗れて奥州へ逃れ、村田に住んだのが嘉吉年間(1441年–1444年)とされる。姓を村田に改めて6代目の村田近重(ちかしげ)には男子がなかった。そこで永禄8年(1565年)、後嗣ぎとして伊達稙宗(たねむね=第14代)の九男宗殖(むねふゆ=万好斎[注釈 1])を迎え、村田氏は伊達氏の係累に入った[2]。西根荘村田郷の領地は村田町内の大字村田から同大字足立の辺りで、宗殖から7代にわたって治めた[2]。
江戸時代の村田は水運を生かし仙南地方における紅花の集積地となり[3][4]、明治時代にはカイコの繭を集めて各地へ出荷する中心地として栄えた[注釈 2]。
中心市街地の村田は、「なまこ壁」を用いた「店蔵」(たなぐら)と呼ばれる土蔵造りの店舗と豪壮な表門とが並ぶ古い町並みが残っており[3][4]、7.4ヘクタールの区域が2014年(平成26年)9月18日付けで国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された[4][6][7]。」「みちのく宮城の小京都」[8]とも称される。
その他、「スポーツランドSUGO」を有しており[9][10]、町内の一地名である」「菅生」「SUGO」はモータースポーツ界では鈴鹿と並び知名度は高い[16]。
地理
[編集]位置
[編集]宮城県南部に位置する。町の7割を緩やかな丘陵が占める。町の中心部は東・西・北の三方を山に囲まれた盆地であり、また市街地の東部を川(荒川)が流れるなど京都に類似した地形となっており、小京都と言われる所以の一つとなっている。
地形
[編集]河川
[編集]主な川
湖沼
[編集]主な湖
- 村田ダム(人造湖)
人口
[編集]村田町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 村田町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 村田町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
村田町(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
隣接自治体・行政区
[編集]歴史
[編集]近代
[編集]- 明治時代
近現代
[編集]- 昭和時代
- 1955年(昭和30年)4月20日 - 村田町と沼辺村および富岡村の旧菅生村域(13.74平方km、1,460人)が合併し、新制の村田町が発足。
- 1960年(昭和35年)
- 1973年(昭和48年)11月27日 - 東北自動車道白石IC - 仙台南IC間の開通に伴い、村田IC[21]、菅生PAの供用開始。
- 1975年(昭和50年)5月 - スポーツランドSUGOが建設され、営業開始。
- 1988年(昭和63年)10月13日 - 山形自動車道村田JCT - 宮城川崎IC間の開通に伴い、村田JCTの供用開始。
現代
[編集]- 平成時代
- 令和時代
政治
[編集]行政
[編集]首長
[編集]- 歴代村長
代 氏名 就任 退任 備考 1 安積公 1889年(明治22年)4月23日 1894年(明治27年)4月15日 2 桜中荘次郎 1894年(明治27年)4月23日 1895年(明治28年)10月30日
- 歴代町長
-
- 昭和の合併以前
代 氏名 就任 退任 備考 1 桜中荘次郎 1895年(明治28年)10月31日 1899年(明治32年)7月1日 村長より留任 2 八島糾 1899年(明治32年)7月25日 1907年(明治40年)8月2日 3 田山孫八 1907年(明治40年)8月16日 1923年(大正12年)9月 4 大沼万兵衛 1923年(大正12年)10月16日 1932年(昭和7年)12月20日 5 升敏之助 1943年(昭和8年)1月24日 1941年(昭和16年)7月7日 6 武田恭次郎 1941年(昭和16年)7月8日 1946年(昭和21年)6月13日 7 善積康平 1946年(昭和21年)6月18日 1947年(昭和22年)3月31日 都市計画区域の策定[24] 8 大沼千吉 1947年(昭和22年)4月6日 1951年(昭和26年)4月4日 9 升健蔵 1951年(昭和26年)4月23日 1955年(昭和30年)4月19日
- 昭和の合併以後
代 氏名 就任 退任 備考 升健蔵 1955年(昭和30年)4月20日 1955年(昭和30年)5月24日 職務代執行者 1 大平良治 1955年(昭和30年)5月25日 1983年昭和58年)5月24日 2 大沼勘右衛門 1983年(昭和58年)5月25日 1991年(平成3年)5月24日 3 桜中良寿 1991年(平成3年)5月25日 1999年(平成11年)5月24日 4 佐藤洋治 1999年(平成11年)5月25日 2007年(平成19年)5月24日 5 佐藤英雄 2007年(平成19年)5月25日 2019年(令和元年)8月27日 6 大沼克巳 2019年(令和元年)8月28日 現職
町章
[編集]1961年(昭和36年)5月16日制定。村田町の「む」を図案化したもので、村田町をめぐる「山」を上部にとり入れ、和と飛躍する恒久発展の姿を現した。
施設
[編集]警察
[編集]- 本部
- 駐在所
- 村田駐在所
消防
[編集]- 本部
- 消防署
- 村田出張所(村田町大字村田字西田56-1)
医療
[編集]- 主な病院
郵便局
[編集]- 主な郵便局
- 村田郵便局
- 沼辺郵便局
- 菅生簡易郵便局
- 集配は大河原郵便局が担当している。
交流施設
[編集]対外関係
[編集]姉妹都市・提携都市
[編集]国内
[編集]- 提携都市
- その他
海外
[編集]- 姉妹都市
経済
[編集]第一次産業
[編集]農業
[編集]第二次産業
[編集]工業
[編集]- 村田工業団地(プラスエンジニアリング、竹内ハガネ商行、三丸化学、東邦メッキ、東亜工業、東北特殊鋼、他7事業所)を中心に、町内の各地で42社が操業。
第三次産業
[編集]商業
[編集]- 主な商業施設
- コメリ村田店
金融機関
[編集]情報・通信
[編集]マスメディア
[編集]中継局
[編集]教育
[編集]高等学校
[編集]- 県立
中学校
[編集]- 町立
- 村田町立村田第一中学校 : 文部科学省が推進する「学力向上フロンティア」指定校(フロンティアスクール)
- 村田町立村田第二中学校
小学校
[編集]- 町立
- 村田町立村田小学校
- 村田町立村田第二小学校
- 統廃合
- 宮城県柴田郡村田町立村田第四小学校[26]
交通
[編集]鉄道
[編集]町内を東北新幹線が通過しているが、鉄道駅は在来線を含め存在しない。鉄道を使用する場合の最寄り駅は、JR東日本東北本線大河原駅。
バス
[編集]路線バス
[編集]村田町にはミヤコーバスの村田駐在所があり、バスの結節点となっている。
- 仙台 - 村田・蔵王町線
- 大河原駅前 - 村田駐在所
- 村田駐在所 - 川崎
- 村田町役場前 - 村田駐在所 - 菅生
- 蔵王町総合運動公園 - 蔵王町役場前 - 村田営業所
道路
[編集]道の駅
[編集]観光
[編集]名所・旧跡
[編集]- 重要伝統的建造物群保存地区
- 村田 - 重要伝統的建造物群保存地区に選定された店蔵が並ぶ街並み。小京都村田の象徴。
- 主な城郭
- 村田城跡 現城山公園
- 主な神社
- 白鳥神社 奥州の蛇藤、縄文けやき、大銀杏、白樫などの巨木群 パワースポット
- 主な寺院
- 主な遺跡
- 主な史跡
観光スポット
[編集]- スポーツランドSUGO - 台湾ドラマ『戰神 MARS』のロケ地。
- 谷山温泉 - 塩化物泉低張性弱アルカリ性冷鉱泉
- 谷山自然公園 ハイキングコース
- 天然の石橋
- 水芭蕉群生地
- 村田ダムなど
- 民話の里 - 古よりの民話と日本一の夫婦水車
- 道の駅村田 - 村田町の産直品販売所
- 村田町歴史みらい館
文化・名物
[編集]祭事・催事
[編集]- 主な祭事
- 主な催事
- むらた 町家の雛めぐり
- 小京都むらた写真展
- 蔵の工芸市
- そら豆まつり(6月第2日曜)
- みやぎ村田町蔵の陶器市
- 蔵ing村田 新そばまつり
名産・特産
[編集]- 地酒(日本酒)
- 納豆
- 味噌
- そら豆加工品(うどん、コンニャク、アイス、サブレ、ケーキなど)
- 陶器
- ガラス細工
- 草木染
- 日本画、石板画
スポーツ
[編集]モータースポーツ
[編集]出身関連著名人
[編集]出身著名人
[編集]ゆかりの著名人
[編集]- 吉川団十郎 - 当町に在住のシンガーソングライター、陶芸家、ラジオパーソナリティ
参考文献
[編集]脚注の典拠。主な執筆者、編者の順。
- I. IWATA、K. SAITO「全日本ツーリングカー選手権JTCC第3大会(SUGO)から」『自動車工学』第46巻第9号、鉄道日本社、1997年8月、198-201頁、doi:10.11501/3271589、国立国会図書館書誌ID:000000010207-d3271589。
- 大友 利郎(著)、日本特産農産物協会(編)「みちのく宮城の小京都 村田のそらまめと加工品づくり(宮城県)」『豆類時報』第36号、2004年9月、1, 9-13(図巻頭1p)、国立国会図書館書誌ID:7090170。
- 「「金銭教育」は生き方の教育:宮城県柴田郡村田町立村田第四小学校」『月刊教育ジャーナル』第32巻第4号、学習研究社、1993年7月、44-48頁、doi:10.11501/6050539、国立国会図書館書誌ID:000000006741-d6050539。
- 「村田町 村田〔宮城県〕」『日本の町並み : 歴史文化遺産』 下巻、苅谷勇雅、西村幸夫 編著、山川出版社、2016年3月、8-10頁。全国書誌番号:22708819。国立国会図書館書誌ID:027157870、ISBN 978-4-634-15082-9
- 建設省(著)、大蔵省印刷局、日本マイクロ写真(製作)(編)「告示 / / 建設省」『官報』第6680号、1949-04-21(昭和24年)、207(コマ番号2)、doi:10.11501/2963222、国立国会図書館書誌ID:000000078538-d2963222。
- 国土交通省都市局都市計画課 監修 ほか「第5節 伝統的建造物群保存関係」『都市計画法令要覧』平成27年版、ぎょうせい、2014年9月。国立国会図書館書誌ID:025806918。ISBN 978-4-324-09873-8
- K. SAITO「全日本ツーリングカー選手権(JTCC):第3・4戦(SUGO)から」『自動車工学』第45巻第9号、鉄道日本社、1996年、198-201頁、国立国会図書館書誌ID:000000010207。
K. SAITO「フォーミュラニッポン(第6戦)(SUGO)から」『自動車工学』第45巻第11号、鉄道日本社、1996年10月、186-189頁、doi:10.11501/3271577、国立国会図書館書誌ID:000000010207-d3271577。
- K. SAITO「全日本GT選手権シリーズ第5戦(SUGO)から」『自動車工学』第45巻第14号、鉄道日本社、1996年12月、178-181頁、doi:10.11501/3271580、国立国会図書館書誌ID:000000010207-d3271580。
- K. SAITO「モータースポーツ:全日本GT選手権第3戦SUGO GTチャンピオンシップから」『自動車工学』第48巻第10号、鉄道日本社、1999年8月、196-199頁、doi:10.11501/3271618、国立国会図書館書誌ID:000000010207-d3271618。
- 「グラビア:「栄光のゴール」へ:ル・マン24時間耐久レース—レンズは国境を越えた「'82世界報道写真展」から—総合レジャースポーツランド SUGOで鉄道博覧会」『サンデー毎日』第61巻31(通号3368):1982年7月18日、毎日新聞出版、1982年7月、doi:10.11501/3370006、国立国会図書館書誌ID:000000009518-d3370006。
- 志間泰治第25集、宮城県教育委員会 (東北自動車道関係遺跡発掘調査概報 白石市・柴田郡村田町地区)〈宮城県文化財調査報告書〉、1972年、2-頁。doi:10.11501/2526449。国立国会図書館書誌ID:000001282824。
- 清水和夫「清水和夫のNSX、国内サーキット攻略法 」『Motor fan』別冊、三栄書房、1993年5月、96-104頁、doi:10.11501/2304104、国立国会図書館書誌ID:000000023171-d2304104。副題『知的好奇心を満たす自動車総合誌』。
- Tーサーキット英田
- 大分阿蘇レーシングパーク(オートポリス)
- 筑波サーキット
- 仙台ハイランドレースウェイ
- スポーツランドSUGO
- 鈴鹿サーキット
- 富士スピードウェイ
- 『10 years Sugo : 菅生の10年と世界のレース』菅生、1985年6月。ISBN 4-381-07526-9
- 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年、141頁。ISBN 9784816922749。
- 村田町史編纂委員会『村田町史 通史編』(宮城県柴田郡村田町、1977年)
- 村田町生涯学習課 編「4 村田の歴史」『村田町村田修理・修景の手引き』宮城県村田町、2024年1月19日 。2024年9月23日閲覧。
- ◆全頁ダウンロード(合計70.5MB)『村田町村田修理・修景の手引き』 村田町生涯学習課: “村田町村田伝統的建造物群保存地区保存計画の解説” (PDF). www.town.murata.miyagi.jp. 文化財 > 伝統的建造物群保存地区. 宮城県村田町 (2024年1月19日). 2024年9月23日閲覧。
関連資料
[編集]発行年順。脚注に未使用。
- 青柳・今泉・大槻・養賢堂文庫和漢書目録
- 熊澤 正興『武将感状記』 10巻、崇高堂河内屋八兵衞、菅生堂河内屋宇兵衞〈近代正説碎玉話〉、1716年。国立国会図書館書誌ID:000121021。24cm、和古書・漢籍3冊。図書館古典籍類所蔵資料目録、代替資料無し『養賢堂文庫』叡智の杜Web(宮城県図書館)
- 畠山 郡興、穗積 尚古『大友真鳥実記』 14巻、菅生堂河内屋宇兵衞、1737年。国立国会図書館書誌ID:000120871。24cm、和古書・漢籍5冊。国立国会図書館古典籍類所蔵資料目録、代替資料無し『青柳文庫』叡智の杜Web(宮城県図書館)
- 宮城 清行、佐野 利有 編『和漢〓法 9卷』菅生堂河内屋茂八、1764年。国立国会図書館書誌ID:000121188。23cm、和古書・漢籍7冊。図書館古典籍類所蔵資料目録、代替資料無し『養賢堂文庫』叡智の杜Web(宮城県図書館)
- 斉藤良雄、八巻睦夫 編『菅生ふるさと史 : 年表・史料』菅生地区公民館、1999年8月。国立国会図書館書誌ID:000002814231。村田町(宮城県)
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ “町章制定について”. 宮城県村田町. 2013年10月23日閲覧。
- ^ a b c 村田町生涯学習課 2024, p. 3, 「2 村田の歴史:古代〜中世」
- ^ a b 金森崇之「文化審答申:村田の蔵や門の町並み、重要伝統的建造物群に 国の文化審、保存地区選定を答申」『毎日新聞』毎日新聞社、2014年5月17日。
- ^ a b c d “【主情報】名称:村田町村田”. 国立国会図書館WARP事業. 文化庁. 2021年6月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月23日閲覧。
- ^ ぎょうせい 2014, 「第5節 伝統的建造物群保存関係」
- ^ 「平成26年9月18日文部科学省告示第133号」“平成26年(2014年)文部科学省”. 法庫2. 文部科学省. 2024年9月23日閲覧。 “一三三:9月18日:伝統的建造物群保存地区を重要伝統的建造物群保存地区に選定する件”
- ^ 苅谷、西村 2016, pp. 1, 8–10, 「巻頭:図」、「村田町 村田〔宮城県〕」
- ^ a b 大友 2004, pp. 9–13
- ^ 『サンデー毎日』 1982, doi:10.11501/3370006
- ^ 清水 1993, pp. 96–104
- ^ K. SAITO 1996, pp. 198–201
- ^ K. SAITO 1996, pp. 186–189
- ^ K. SAITO 1996, pp. 178–181
- ^ I. IWATA & K. SAITO 1997, pp. 198–201
- ^ K. SAITO 1999, pp. 196–199
- ^ 『自動車工学』(鉄道日本社、1952-2016年)第45巻[11][12][13]、第46巻[14]、第48巻[15]。
- ^ 『日本災害史事典』 2010, p. 141
- ^ a b 『東北自動車道関係遺跡発掘調査概報』 1972, pp. 2-
- ^ 宮城県遺跡地名表, 「7014村田字西原、丘陵斜面(集落、縄文・平安、畑、縄文土器、土師器、須恵器、鉄製品)」
- ^ 宮城県遺跡地名表, 「7022東足立遺跡(乗越遺跡)ひがしあしたて(のりこし)村田町足立字乗越他、丘陵斜面(集落、縄文後・晩・弥生・平安、畑、縄文土器(金剛寺・大洞B)、石器、弥生土器、土師器)」
- ^ 「II 東北自動車道と関係遺跡」[18]、「III 各遺跡の発掘調査概報」[18]
- ^ 建設省 1949, 「第322号 / 宮城縣村田都市計画区域」
- ^ 建設省 1949, p. 207, 「第323号」
- ^ 都市計画法第1条の規定により、宮城県村田町を都市計画区域とする。昭和24年4月21日 建設大臣益谷秀次[22]。都市計画法第2条第1項の規定によりて、宮城縣柴田郡村田町の区域をもって宮城県村田都市計画区域とする。建設大臣益谷秀次[23]。
- ^ 「姉妹都市提携一覧」(姉妹都市提携データ)
- ^ 『月刊教育ジャーナル』 1993, pp. 44–48
- ^ 大蔵省印刷局; 日本マイクロ写真(製作), eds (1931-05-20). 土地收用公告. “道路改築柴田郡村田町長(宮城県)”. 官報 (大蔵省) (1314): 499(コマ番号5). doi:10.11501/2957782. 国立国会図書館書誌ID:000000078538-d2957782.
- ^ 村田町布袋まつり保存会(地域産業推進課): “蔵の町むらた布袋まつり”. web.archive.org. トップ > イベント. 村田町役場 (2013年12月13日). 2013年12月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月23日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 村田町
- 村田町.com 村田町の総合情報発信サイト
- 村田町商工会
- 村田町観光物産協会 - ウェイバックマシン(2000年9月17日アーカイブ分)
- 村田町の観光案内サイト MURATABI
- 佐藤町長 (@HideoSato) - X(旧Twitter)