井坂亮平
楽天時代 | |
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 茨城県取手市 |
生年月日 | 1984年10月19日(40歳) |
身長 体重 |
186 cm 75 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2008年 ドラフト3位 |
初出場 | 2009年5月5日 |
最終出場 | 2011年10月15日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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派遣歴 | |
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この表について
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井坂 亮平(いさか りょうへい、1984年10月19日 - )は、茨城県取手市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
経歴
[編集]プロ入り前
[編集]取手東中学校(現取手第一中学校)を経て、藤代高校に入学。2年生の2001年、春のセンバツに出場し、初戦の四日市工業高校戦で完封勝利、3回戦で敗退した。
東都の中央大学では、大学2年次に右肘を故障、3年次に右肘を手術した。3年秋は入替戦で敗れ、4年次は2部。東都1部リーグで4試合に登板し1勝0敗。2部リーグで17試合に登板し2勝2敗。中澤雅人は大学の同期であり当時のエース。また、後に楽天で同僚となる美馬学は高校・大学の後輩である。
大学卒業後は、社会人野球の住友金属に入社。野球部では1年目から活躍。第78回都市対抗野球出場に貢献したが、この際に肘を故障。2007年8月に右肘の靱帯を手術。
2008年、チームは第79回都市対抗野球への出場は逃したものの、藤澤英雄らと共に富士重工業の補強選手として名前が挙がった。しかし、投手コーチの阿波野秀幸に肘の状況を心配され辞退。社会人野球日本選手権大会に出場し、故障明けながら最速148km/hを記録。
2008年のNPBドラフト会議で、東北楽天ゴールデンイーグルスから3巡目で指名。契約金6000万円、年俸1200万円(金額は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号は13。
プロ入り後
[編集]- 2009年
- 春季キャンプを一軍で過ごしたがフォームが固まらず、開幕は二軍スタート。イースタン・リーグでは、開幕から防御率8点台で0勝3敗と振るわなかった。しかし一軍の先発要員が不足したため、5月5日の埼玉西武ライオンズ戦(西武ドーム)で先発投手として一軍デビュー。6回3失点と好投し勝利を挙げる。NPBの一軍公式戦において、楽天の投手が1つの試合で初登板・初先発・初勝利を同時に記録した事例は初めてであった[1]。肺気胸が判明した8月以降は一軍から遠ざかったがシーズン2勝をマーク。同期入団の藤原紘通と共に、即戦力投手としてチームの好成績に貢献した。
- 2010年 - 2011年
- 先発ローテーションに完全定着とはならなかったものの、2010年6月24日の西武戦で9回2失点でプロ初完投、2011年10月5日の日本ハム戦ではダルビッシュ有に投げ勝つ[2]など、2年で5勝をマーク。2011年のシーズン終了後には、片山博視と共にオーストラリアのウインターリーグ(ABL)に派遣された[3]。
- 2012年
- 春先から左脚に違和感を覚えた影響で、一軍公式戦への登板機会はなく、イースタン・リーグの公式戦でも防御率5点台と不振。後に左脚が上がらなくなるなどほど症状が悪化したため、4ヶ所の病院で診断を受けたところ、シーズン終盤の10月に黄色靱帯骨化症(厚生労働省が指定する難病の一種)であることが判明[4]。シーズン終了後の11月4日には、支配下選手登録を外れて、育成契約を結ぶことが発表された[5]。背番号は103[6]。なお、12月には、骨化した靱帯を取り除く手術を受けている[4]。
- 2013年
- 前述した手術のリハビリに専念していたが、右肘痛を発症したため、6月に右肘から骨棘を取り除く手術を受けた。二軍のイースタン・リーグ最終戦であった9月21日の対横浜DeNAベイスターズ戦で実戦復帰[4]。育成選手に関するNPBの規約によって、10月31日付でNPBから自由契約選手として公示された[7]が、11月12日に育成選手契約を改めて締結した。
- 2014年
- イースタン・リーグ公式戦19試合に登板したが、支配下選手登録や一軍公式戦への復帰には至らず、10月3日に球団から戦力外通告を受けた[8]。10月31日、自由契約公示された[9]。12月2日に、Twitter上の公式アカウントを通じて現役引退を表明[10]。
現役引退後
[編集]2015年には、知人の紹介で、不動産会社に1年間勤務した。藤代高校時代の監督だった持丸修一の紹介で、2016年からシダックスに入社。入社後は、グループ会社のシダックスフードサービスで、東京都内担当の営業推進部員を務めている[4]。
選手としての特徴
[編集]186センチの長身から投げる平均球速約139km/h[11]、最速153km/hのストレートとスライダー、カットボールを中心に、フォーク・カーブを駆使した投球術が持ち味。新人合同自主トレのときにブルペンで投球した際には、投手コーチの杉山賢人に「球の質は岩隈以上」と絶賛された[12]。2011年には監督の星野仙一から直々にツーシームを教わり投球の幅が広がった[2]。
人物
[編集]2008年4月、中学の同級生の女性と結婚。楽天入団時点で既に結婚していたため、チームの合宿所には入っていない。2009年9月18日に第1子(長女)が誕生した[13]。
詳細情報
[編集]年度別投手成績
[編集]年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
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2009 | 楽天 | 15 | 7 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | 1 | .400 | 246 | 54.0 | 67 | 6 | 21 | 1 | 0 | 23 | 1 | 0 | 36 | 34 | 5.67 | 1.63 |
2010 | 7 | 7 | 1 | 0 | 0 | 2 | 4 | 0 | 0 | .333 | 164 | 35.1 | 50 | 5 | 12 | 0 | 2 | 17 | 0 | 0 | 24 | 20 | 5.09 | 1.76 | |
2011 | 15 | 12 | 0 | 0 | 0 | 3 | 5 | 0 | 0 | .375 | 297 | 66.2 | 80 | 5 | 16 | 0 | 6 | 25 | 0 | 1 | 35 | 32 | 4.32 | 1.44 | |
通算:3年 | 37 | 26 | 1 | 0 | 0 | 7 | 12 | 0 | 1 | .368 | 707 | 156.0 | 197 | 16 | 49 | 1 | 8 | 65 | 1 | 1 | 95 | 86 | 4.96 | 1.58 |
記録
[編集]- NPB
- 初登板・初先発登板・初勝利・初先発勝利:2009年5月5日、対埼玉西武ライオンズ5回戦(西武ドーム)、6回3失点
- 初奪三振:同上、1回裏に中島裕之から見逃し三振
- 初ホールド:2009年5月25日、対横浜ベイスターズ2回戦(横浜スタジアム)、6回裏無死に3番手で救援登板、2回無失点
- 初完投・初完投勝利:2010年6月24日、対埼玉西武ライオンズ11回戦(クリネックススタジアム宮城)、9回2失点
背番号
[編集]- 13(2009年 - 2012年)
- 103(2013年 - 2014年)
登場曲
[編集]脚注
[編集]- ^ 「まさかの井坂!初登板1勝にノムさん仰天」 スポーツニッポン(2009年5月6日)、2011年11月26日閲覧。
- ^ a b 「井坂自己最多3勝目 ダルに投げ勝った」 日刊スポーツ(2011年10月6日)、2011年11月26日閲覧。
- ^ 「オーストラリア・ウィンターリーグ参加選手に関して」 東北楽天ゴールデンイーグルス(2011年11月20日)、2011年11月26日閲覧。
- ^ a b c d “難病・黄色靱帯骨化症を克服 元楽天・井坂亮平さんが語る闘病と営業マンとしての“覚悟””. スポーツ報知 (2017年12月12日). 2018年1月6日閲覧。
- ^ “来季の育成選手契約に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年11月4日). 2012年11月4日閲覧。
- ^ 育成契約に伴う背番号変更のお知らせ東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年11月28日). 2012年11月28日閲覧。
- ^ 2013年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2013年11月3日閲覧。
- ^ 来季の選手契約に関して楽天球団公式サイト2014年10月3日配信
- ^ 2014年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年11月7日閲覧。
- ^ 井坂亮平のツイート(2014年12月2日) 2016年4月12日閲覧。
- ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2012年、66頁頁。ISBN 978-4-905411-04-8。
- ^ 「楽天3位ルーキーは掘り出し物? 杉山コーチが井坂を大絶賛」 中日スポーツ(2009年1月24日)、リンク切れ。
- ^ 「井坂亮平選手に第一子(長女)が誕生」 東北楽天ゴールデンイーグルス(2009年9月19日)、2011年11月26日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 個人年度別成績 井坂亮平 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube
- 井坂 亮平 (@i_ryohei13) - X(旧Twitter)